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・Chapter(6) 肉

last update Last Updated: 2025-06-20 21:44:55

「ありがとうございました」

入店時にも聞いた、温かみのあるウェイトレスの言葉を背中で受けながら、瑞穂ら三人は店を後にした。

「和田さん、俺、半額払いますよ。

オムライスやら、デザートやらを食ってるのに、タダっていうのは何か申し訳ない」

古田は財布から千円札を数枚出すと、前を歩く和田マネージャーに手渡そうとする。

「いや、いいってホント」

和田マネージャーは苦笑すると、差し出された千円札を強引に古田へと突き返した。

「だって、俺じゃなく、急に店に入ってきた『宇宙人』が会計してくれたんだもん。

その金を受け取ったら、俺、丸々得する事になっちゃうよ」

「和田さん、デザート食い終わった後に『タバコ吸ってくる』つって、席を離れたじゃないですか。

その時に支払ったんでしょ。

宇宙人が払ったとか、訳分かんない事を言わないで下さいよ」

古田の言葉通り、和田マネージャーは「タバコ」を口実に席を離れ、先に会計を済ませていた。

その為、レジの前を通る際、ウェイトレスの「お代は先に頂いております」の言葉に、瑞穂と古田の二人は戸惑いを隠せなかった。

「和田マネージャー、私も払いますよ。

せっかくの休日に私のワガママで出てきてもらった、っていうのに、さらにおごってもらうなんて、何か悪いですもん」

「いいって、いいって」

和田マネージャーは、苦笑を保ったまま瑞穂に対して手を振る。

「高畑さん、エアコン買い換えるんだからさ。

ここで、無駄に金を使わなくていいじゃない。

もう大人しく、『宇宙人』におごってもらっときなよ」

「……ありがとうございます」

和田マネージャーの言葉に瑞穂は頭を下げると、右手に持っていた財布をゆっくりとバッグに戻した。

「じゃあ、俺もその『宇宙人』とやらに、大人しくおごってもらいますよ。

ありがとうございました」

そして、古田も観念したのか、和田マネージャーに対して頭を下げる。

「そうそう、人間素直が一番」

和田マネージャーは横目で古田を見るのをやめると、前方に視線を戻し、瑞穂のマンションへ向けて真っ直ぐに歩を進めていった。

「あっ、そうだカツアキ」

しかし、高架下の駐輪場を通り過ぎた時、何かを思い出したのか、和田マネージャーは再び横目で古田に視線をやる。

「はい」

「お前、肉買っといてくれや。3㎏くらい。

金は当日に払うから、取り敢えず立て替えといてくれ」

「分かりました
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