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ノウェルの心-1

Author: よつば 綴
last update Huling Na-update: 2025-03-28 06:00:00

 あの夜から暫く、甘ったるい雰囲気が続いている。

 ノーヴァは暇さえあればご機嫌で傍らに居るし、ヴァニルは無駄にちょっかいを掛けてくるわ絡んでくるわ。いい加減鬱陶しい。

 そんな折、めでたく18歳になり成人した俺の、誕生パーティが開催される季節を迎えた。今年は例年よりも少し派手に、そこそこの規模で行われている。

 ヴァールス家が経営する製薬会社の薬学課に、いや、父さんの管轄下に置かれ監視されることとなった。以前から顔を出しては手伝いをしていたが、この度正式に籍を置けと仰せつかったのだ。

 その記念パーティも兼ねているときたから、無駄に盛大な催しとなっている。

「今宵はお集まりいただき、誠にありがとうございます。ヌェーヴェルも漸く──」

 息子自慢から始まった父さんの長ったらしい口上を、皆グラスを片手に飽き飽きと聞いている。大人達の張り付いた笑顔が気持ち悪い。

 優秀かつ眉目秀麗な俺を、自慢したくなる気持ちは分かる。だが、グラスを落としてしまいそうなほど退屈な長話は勘弁してほしい。

「では、ヌェーヴェルからも一言」

 ······なんだと。聞いてないぞ。このクソ親父、また勝手なことを!

「えー、皆様。毎年、私の為にお集まりいただき大変恐縮です。節目の歳を迎えまして、父から一層の飛躍を期待され荷が重い··というのが正直なところです。はは····ですが、世の為に成果を残せるよう尽力して参りますので、どうぞお力添えを──」

 俺は完璧な挨拶を終え、拍手喝采を浴びながら舞台を降りる。そして、父さんのくどい口上を上手く躱し、恙無く乾杯を済ませた。これで今日から、俺も堂々と酒を仰げるわけだ。

 俺に群がる女共も増えるわけだが、これまで通り適当にあしらっておけばいい。父さんが絡まない限りは、それでやり過ごせるだろう。

 父さんは毎度毎度、何の相談もなく勝手に事を進める。腹立たしい事この上ない。俺が学院の寮に入る事も、父さんの会社に勤める事も

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Kaugnay na kabanata

  • ヴァールス家 嫡男の憂鬱   ノウェルの心-2

    「ヌェーヴェル····あぁ、僕の愛しいヌェーヴェル。あの2人がいないうちに···さぁ」 俺の頬には手が添えられ、ゆっくりとノウェルの顔が近づいてくる。 「なっ、何だよ!? やめろって····」 俺は必死にノウェルの胸を押し返す。だが、まったく敵わない。 「何って····僕と愛を育むんだよ。照れないでおくれ」「はぁ!? お前っ、狂ってんのか! 照れてないわ!! はーなーれーろっ!」 俺は、全力で押し除けようと試みたが微動だにしない。酔っている所為なのか、血走った眼が恐ろしい。「こんの馬鹿力がっ!」「ヌェーヴェル····僕はね、ずっと我慢してたんだよ? 君が僕に振り向いてくれない事も、あんな吸血鬼共に君が弄ばれている事も、僕にもアイツらと同じ吸血鬼の血が流れている事もっ!!」 ノウェルは歯を食いしばりながら、自らの首を締めて爪を立てる。「お前、知ってたのか。いつから····」「君が10歳になったあの日、君の誕生会で、だ。君が薔薇の棘で指を怪我して、流した血を僕が舐めただろう」 そんな小さな出来事などいちいち覚えていない。そう言ってやりたいのは山々なのだが、切羽詰まったコイツの表情を見ていると言葉が詰まる。「その瞬間だよ、心臓がドクンと跳ね、醜悪な欲求を覚えたのは。君の首筋に喰らいつき、その血を全て啜ってしまいたいような····そんな激しい気持ちが湧き上がったんだ」 俺の所為じゃないか。とんだ失態だ。幼い俺は、それに気づけなかった。 けれど、今なら分かる。こいつの前で、誰よりも俺の血を見せてはいけなかったのだ。「まさか、そんな子供の

    Huling Na-update : 2025-03-29
  • ヴァールス家 嫡男の憂鬱   ノウェルの心-3

    ──バァァンッ  勢いよく扉が開かれた。「····っ!? ヴァ、ヴァニル! た、助けて──」「ハァ······ノウェル、私達はこうなる事を恐れていたんですよ。だからこの身を呈して、同族である貴方へあんな愚行を働いたというのに····」「ヴァニル······貴様にどれほど嬲《なぶ》られようと、僕がヌェーヴェルへの想いを断つことなどない! 貴様らにわかるか、この積年の想いが!」 昂るノウェルは、激しい身振り手振りで感情を剥き出しにする。けれど、ヴァニルはそれを鼻で笑い、クッと顎を持ち上げ挑発的に返す。「わかりませんよ。だって、まだ出会って何年も経ってないんですから。ハハ····という事はもう、運命とでも呼ぶべきでしょうか」「おいコラ、煽るんじゃないヴァニル!」「貴様····殺してやる······僕のヌェーヴェルを弄ぶ罪深いお前らを、僕のこの手で····」「ダメだ! ノウェル、落ち着け。お前の手が血で塗れるなど、俺は望んでいない!」 やばい、ノウェルの瞳が深紅に変わっている。このままじゃ、吸血鬼として完全に覚醒してしまう。ノウェルが変わってしまう······。 焦るだけで何もできない。そんな自分の無力さに打ちのめされそうになった時、ヒュンと黒い影のようなものが横切った。それと同時に、俺に跨っていたノウェルが消えた。 影の行先を見ると、ノーヴァがノウェルの首を締め上げ、壁に押さえつけていた。

    Huling Na-update : 2025-03-30
  • ヴァールス家 嫡男の憂鬱   ボヌルシオン-1

     気がつくと、2人と出会った王魔団の廃城に居た。 カビ臭くジメッとしていて、相変わらず嫌な雰囲気だ。なんとなく気分が悪い。そりゃ、この環境じゃ仕方ないか。  ここに来るのはあの肝試し以来だ。あの時は、こんなにゴタゴタするなんて夢にも思わなかった。アイツらと出会わないほうが良かったのだろうか。 などと、不毛な事を考えている場合ではない。 どちらにしても、ノウェルと宜しくなる気は無い。アイツら2人とだって、添い遂げるわけではないのだ。 奴らに応えてしまえば、はたまた欲求に従ってしまえば、家督を継ぐことができなくなってしまうのだから。 なんにせよ、ノウェルとの関係は修復が難しいだろう。そもそもノウェルと俺が宜しくやるのを、あの2人が今更認めるとも思えない。私用で会うことすら難しくなる可能性だってある。 となると、これまでのように馬鹿な事を言い合ったり、つまらない競走で張り合ったりはできないのだろうな。そう思うと、少し寂しい気もする。 全てが上手く進まない。バカ2人に出会わなけりゃ、俺は快楽に堕ちることもなかっただろうし、今頃童貞を卒業できていたかもしれない。 いかん、また不毛な考えが巡っていた。そう言えば、今は何時なのだろう。あれからどのくらい寝たんだ? まだ外は真っ暗だが····。 辺りを見回すと、少し離れた所にノウェルが転がっていた。きっと雑な扱われ方をしたのだろう。 あの2人は何処だ。不安に駆られ、かろうじて部屋と呼べる区画から出てみる。部屋だったと思しき区切りがいくつもあり、その一画にヴァニルが居た。「おや、目が覚めましたか。おはようございます、ヌェーヴェル」「ヴァニル! お前何考えてんだよ。俺をこんな所に連れてきてどうするつもりだ!?」「ええ、実はこのまま此処で暮らそうかと思いまして」「······はぁ!? 何を馬鹿なこと····ハンッ、くだら

    Huling Na-update : 2025-03-31
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    「動くな。ようやく見つけた慕人《ボヌルシオン》。その頸《くび》に我らが刻印《しるし》を。沸き立つ紅き血と醜猥な念望《ねんもう》を刻め」 紅黒の瞳に縛りつけられているかの如く、俺の意思では瞬きさえできない。今のは何かの呪文なのだろうか。 “ボヌルシオン”って何だ? 何を刻むって? 強ばったままの身体は、息の仕方さえ忘れようとしている。すると、ぼんやりと輝いていた紅黒の瞳が通常の状態に戻り、俺の拘束はすぅっと解けた。「ヌェーヴェル、貴方に選ばせてあげます。私とノーヴァ、どちらと契約しますか?」「はぁ?」「どちらの血が欲しいですか?」「どういう事だ。お前らの血なんか欲しくないぞ。俺は人間だ。飲むわけないだろ」 ヴァニルの言っている意味が分からない。どちらに飲んでほしいかでははく? 人間である俺が、血なんぞ欲するわけないだろう。「そうではありません。今から吸血鬼になっていただきます。飲んでもらう訳では無いので安心してください。強制的に傷口から流し込みます。言わば感染のようなものだと思っていただければ、幾分か解りやすいかと」「······は?」「貴方が吸血鬼になれば死なないし、今より血も吸い放題です。同族の血はあまり栄養価がありませんが、元人間の貴方の血なら幾分かはマシでしょう。その分、多く吸って犯すことになりますが。何よりも、永遠に一緒に居られますしね。そして、遠慮なく犯せる。簡単な話だったんですよ。初めからこうしていれば良かったんです」 ヴァニルは夕餉の献立を相談するかのように、つらつらと笑顔で並べ立てた。「いや、いやいやいや。俺、吸血鬼にならねぇよ? 何言ってんだよ」 理解が追いつかず、戸惑いと素が出てしまう。「選べ、ヴェル。いつまでもヴァニルと共有はできないんだ」「何のルールだよ。俺は····選べない。お前らと3人で居るのは案外楽しかったから&middo

    Huling Na-update : 2025-04-01
  • ヴァールス家 嫡男の憂鬱   ボヌルシオン-3

    「それにしても····ヌェーヴェルが我々をそんなに気に入っていたなんて、嬉しい限りですね」 俺を見てにたっと笑うヴァニル。無性に悔しさが込み上げた。「それは····身体だけだ」「····わかってますよ」 ヴァニルは、俺の返答に不服そうな面をした。「けど、その、なんだ····我儘言って悪いな。俺はお前に抱き潰されるのが、えっと····好き、だから····」「わかってますよ。たとえ身体だけだとしも、貴方は私を求めてる。私は、貴方が腕の中で快楽に表情《かお》を歪めるのを見れれば良い。今はそれだけで······」 今度は恍惚な表情を浮かべ、ヴァニルは俺の頬に指先を触れさせる。コイツ、こんなに表情豊かだったか?「お前、やっぱ変態だな。ほんっとブレねぇの、逆に凄いと思うぞ」「······はぁ、まったく貴方って人は····。ですがやはり、ヌェーヴェルを抱き潰すのは私だけがいいです」「は? 何勝手な事言ってんの? ボク、振られたワケじゃないんだからね。ボクも遠慮なくヴェルを抱き潰すよ」 ヴァニルとノーヴァのくだらない言い合いになど、付き合っていられない。「どうでもいいが、ノウェルはどうするんだ」「あぁ、あの人は手に負えませんね。いっそ、取り込んでしまえば良いんじゃないでしょうか」「取り込むって、アイツも混ざるって事?」「ヌェーヴェルが、ノウェルを殺すのを嫌がるから仕方ないでしょう。安心してください。私に良い

    Huling Na-update : 2025-04-02
  • ヴァールス家 嫡男の憂鬱   ヌェーヴェルの決心-1

     俺たちは、欲に忠実になるというヴァニルの提案を、ぐうの音も出せずに受け入れる他なかった。 だが、大きな問題がひとつ残る。 「俺は跡継ぎを作らにゃならん。家を継いで、子にまた継がせる責務がある。お前らと、この関係を永遠に続ける事はできないぞ。最悪、俺の人生が一区切りついてからの再考ということになるな」 我ながら、とんでもなく自分本位な事を言っているのはわかっている。だが、次期当主の座は譲れんのだ。「ヌェーヴェル、君は····女性を抱きたいのかい?」「当たり前だろう。俺は不能なわけじゃない」 寂しそうな顔で聞くノウェル。まだノウェルと交わってもいないのに、俺が悪い事を言っているような気分になるのは何故だ。「あっははは! ヴェルには無理でしょ。ボクたちに組み敷かれて潰されてるお前が女を抱く? はははっ。ヴェルはもう、女じゃイけないよ」「ノーヴァ、はしたない笑い方はよしなさい。ですが、私も同感ですね。ヌェーヴェルには不可能でしょう。私達が与える快楽の中でないとイけない身体になってるんですから」「やってみなきゃわからんだろうが!!」 俺を不能扱いしやがって。こうなったら意地でも女を孕ませてやる。「あのね、ヌェーヴェル。無理をして継がなくても良くないかい? 元々、お父上への復讐の為に継ぐつもりだったのだろう? 小さい頃は継ぎたくないと言っていたじゃないか。いっそ、グェナウェルに譲るというのはどうだい?」 グェナウェルとはすぐ下の弟だ。アイツは良い奴だが、少々頼りない。その下の弟、ランディージェのほうが野心に満ちている。確実に命を狙ってくるような性格で、普段から小さなトラブル絶えない。 なんなら、妹のパミュラのほうが、ランディージェよりも聡く穏やかで、それなりに向上心もある子だから後継に向いている。女でなければ、父さんはパミュラに継がせただろう。 しかし、今は俺が1番の候補なのだ。これを誰かにくれてやるつもりはない。これまで、俺を思い通りに操ってきた分、クソ親父の老後を俺が支配してやるんだ。絶対に泣か

    Huling Na-update : 2025-04-03
  • ヴァールス家 嫡男の憂鬱   ヌェーヴェルの決心-2

     翌日、俺は仕事で地方の薬草苑を尋ねていた。 そこの管理をしているのが、ブレイズという吸血鬼なのだ。彼は長い間、うちで作った人工血液を摂取している。 俺が生まれる前の事、父さんに拾われたのがきっかけらしい。血液の供給を条件に、無作為に人間を襲わないと誓ったそうだ。 ずっと、ヴァールス家で面倒を見ている。と言えば聞こえはいいが、実質監視下に置いているだけなのだ。 吸血鬼というのは美しい見た目を保つものだと思っていたが、彼の容姿はこの十数年ずっと初老の紳士のままだ。 曰く、人間に取り入らないのならば、美しくある必要はないのだと言う。「ブレイズさん、ご無沙汰しております」「おや、ヌェーヴェル様。ようこそおいでくださいました。今日は、何かご入用で?」「いくつか見繕って頂きたい物があります。それと、近況をお茶でも飲みながら」 俺は小さい頃から、彼の淹れる紅茶が好きだ。オリジナルブレンドで、ほろ苦い中にフルーティーな甘みがある。好きなのは味だけだが。「お待たせしました。ヌェーヴェル様は、昔からこれがお好きですね」「ありがとうございます。後に残る甘みが好きなんです。不思議と心が落ち着く。また茶葉を頂いて帰ってもよろしいですか」「勿論。薬草と一緒にご用意しましょう」「助かります」 心が疲れてしまった時、この紅茶を飲むと癒されるのだ。しがらみの中で生きていると、こういうささかな癒しが特段ありがたく思う。「ヌェーヴェル様は何かお悩みでも? お顔が沈んでおられるようですが」「はは····ブレイズさんにはいつも見透かされてしまいますね」「小さい頃から知っておりますから、些細な変化にも敏くなってしまうのですよ。私は、貴方の味方になれるのなら何だって····まぁ、爺の戯言だと思ってください」 優しい微笑みを浮かべて、俺を気遣ってくれる。これが本心ならば、それこそありがたいし心強いのだが。「いえ、貴方は本当の祖父

    Huling Na-update : 2025-04-04
  • ヴァールス家 嫡男の憂鬱   武器商のタユエル-1

     薬草苑を後にし、続いてタユエルの武器屋へ赴く。これは、まかり間違えば自殺行為になる。 奴は時々人間を襲う。ヴァニルよりも危険を孕んでいる奴だ。タユエルは、血を吸った人間を生かしておくようなことはしない。 流石に、ヴァールスの人間には手出しをしないようだが、俺は昔から確実に狙われている。これまで、何度誘われたことか。 キィィと重い木の扉を開ける。「いらっしゃ····ヴェルか。なんだ、犯されに来たのか」「違うわ阿呆。様子を見に来ただけだ。クソ親父から賜った仕事なんでな。じゃなかったらお前のトコになんか来ねぇよ」「ははっ、口の減らねぇガキだな。商品のほうは要らねぇのか? 新しいのが入ってるぞ」 タユエルはそう言って、俺に銃を一丁見せた。俺は、それを手に取って見定める。「重いな。試し撃ちはできるのか?」「あぁ、地下でなら」「······やめておく。お前の目にかなったのなら間違いはないだろう。それに、本当に襲われちゃかなわん」「つれねぇな。けどお前、その匂い····相手ができたのか」 あぁ、厄介だ。阿呆2人の所為で、吸血鬼からこの手の質問が増えた。「相手····まぁ」「嫡男が吸血鬼の相手してんのかよ。はぁ~····親父さんも気苦労が絶えねぇだろうなぁ」「クソ親父は知らない。片方が洗脳を使えるらしくて、家のヤツ皆を騙してる」「片方ってお前、2人居んのか」 しまった。口が滑った。これは面倒になりそうだ。「いや、違····お前に関係ないだろ」「あるね。俺ぁずっとお前にフラれ続けてんだぞ」「求愛された覚えはないがな」「何言ってん

    Huling Na-update : 2025-04-05

Pinakabagong kabanata

  • ヴァールス家 嫡男の憂鬱   変化してゆくもの-2

     俺はすぐさまヴァニルを連れタユエルの店へ向かう。 最悪の事態──それはきっと、タユエルが食料としてではなく無作為に人間を殺めた、という事なのだろう。「ヌェーヴェル、大丈夫ですか?」「あぁ。こういう事態に備えて最低限の訓練はされている。お前に説明するまでもないだろうが、ヤツが暴走していればその時は····」「それは私が。貴方が太刀打ちできる相手ではありません。それに、彼を手に掛けるのは辛いでしょう」 俺とタユエルが長い付き合いだと知って、ヴァニルなりに配慮してくれたのだろう。しかしそれを言うならば、ヴァニルのほうが関係としては深い。「お前の方がやりにくいんじゃないのか。師匠みたいなものだったんだろう? ましてや、同胞を手にかけるなんて気持ちの良いものではないだろ」 ヴァニルは俺に口付けて、それ以上言うなと黙らせる。仕事だと割り切っている····そういう事なのだろう。 俺は気の利いた言葉を見つけられず、黙って銃の確認をした。あくまで念の為だ。 タユエルの店の前に立ち、腰に忍ばせた銃へ手を添える。息を殺し、ゆっくりと扉を開く。 隙間から中を覗くが、真っ暗で何も見えない。しかし気配はある。耳を澄ませると荒い息遣いが聞こえた。 思いきって一歩踏み入れた瞬間、耳を劈くような怒声が響く。「来るな!! ヴェルなんだろ? 絶対に入ってくるなよ!」 明らかに様子がおかしい。手遅れだったのだろうか。「····そうだ、俺だ。タユエル、何があった。何故、立ち入るのを拒む」 タユエルからの返答がないので、ゆっくりと扉を開ききる。陽の光が差し込み、その奥にタユエルの姿を目視した。「入るぞ」 俺はまた一歩踏み込む。タユエルの出方を窺いながら、一歩一歩慎重にカウンターへ向かう。 古い木造の匂い。その中に、血の様な鉄っぽいにおいを感じる。 胸騒ぎ

  • ヴァールス家 嫡男の憂鬱   変化してゆくもの-1

    「ヴェル、起きて。ねぇ大丈夫?」 いつの間にか子どもの姿に戻っていたノーヴァに、柔らかく頬を抓られて目が覚めた。「ん····大丈夫··だ。ぁ、は、腹····」 腹の痛みが消えている。けれど、あの熱さだけは残っている感じがしてズクンと疼く。きっとこれは腹じゃなく、脳にこびりついた感覚なのだろう。 そして、熱さの理由はもうひとつ。ヴァニルが申し訳なさそうに俺の腹をさすっているのだ。こいつの手は冷たいのだが、気持ちは伝わってくる。「ヴァニル、大丈夫だ。もう痛くない」「いえ、そういう事では····。優しくするという約束だったのに、すみません」 ヴァニルは眉間に皺を寄せ、なんとも苦しそうな表情《かお》をしている。 まだ身体を起こせないが、俺はそっとヴァニルの頬に手を添えて微笑んだ。「ヌェーヴェルが私に優しい顔を向けてくれるなんて、出会って随分経ちますが初めてですね」「俺だって、こんなに穏やかな気持ちになったのは初めてだ」 ノーヴァが俺の額を撫で、啄むようにキスを落とす。「ノーヴァ、くすぐったい。なんだ?」「気絶する前に言ったこと、憶えてる?」 そう言えば、とんでもない事を口走った記憶がある。「······憶えてない」 俺は、ふいと目を逸らして言った。耳まで熱い。「嘘だ。憶えてるでしょ」「憶えてねぇよ。あの時は頭の中が真っ白だったからな」 必死に誤魔化したが、下手な嘘など通用しなかったようだ。 ノーヴァにじっと見つめられ、俺は観念して白状する。跡を継いで、全て終わらせてからにしようと思っていたのだが、あんな事を口走った後なのだから仕方がない。「俺は、お前たちを大切に想ってる。ずっと身

  • ヴァールス家 嫡男の憂鬱   優しくとは言ったが····-2

     ほんの数秒で唇を離し、ノーヴァの目を見ながらそっと離れる。ノーヴァの唇へ視線を落とすと、自分でわかるほど瞬時に頬が紅潮した。「次は舌、絡めて」 そう言って、ノーヴァはベッと舌を出して見せた。触れるだけのキスで心臓がイカれてしまいそうなのに、そんな破廉恥な事を自分からできるのだろうか。 このヤワな心臓が根性を見せてくれることを期待して、少し開けて待っているノーヴァの小さな口に、ええいままよと舌先を差し込んだ。 いつもはされるがまま舌を絡めていたが、自分で絡めにいくとなると想像以上に難しい。「ヌェーベル····ソレ、後で私にもシてくださいね」 振り返ることができないので確証はないけれど、きっと嫉妬に歪んだ顔で言っているのだろう。 「ん、んぅ····」 俺のたどたどしい舌遣いに焦れたのだろう。ノーヴァは俺の両頬を手で抱え、こうやるのだと言わんばかりに激しいキスをしてきた。 いつも通りの、息ができなくなるやつだ。酸欠で意識が朦朧としてくる。「ふ、ぅ····ノー、ヴァ····待へ、ぅふ、は、ぁっ····ふぇ゙····」「アナタたちのキスを見てるだけで、なんだか苛つきますね····もう動きますよ」 突くのを待ってくれていたヴァニルだが、堪らずに動き始めた。 突かれるリズムに合わせ身体が前後する。けれど、頭が固定されている所為で衝撃を逃がしきれず、腹の奥に快感となって留まって苦しい。 ヴァニルが結腸口を叩く度に噴いてしまうので、ノーヴァとベッドがびしょ濡れだ。いつもなら、ぶっ掛けてしまうと嫌味の一つや二つ言うくせに、今日はお構いなしにキスを続ける。「ノ

  • ヴァールス家 嫡男の憂鬱   優しくとは言ったが····-1

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  • ヴァールス家 嫡男の憂鬱   黙って聞いてろ-3

     集まった視線に、俺は直観的な苛立ちを覚えた。「な、なんだよ」「お前がそれ言うの? ヘタしたら、ヴェルが誰よりも我儘だし欲深いよ」「そりゃまぁ、俺だしな。それくらいの気概がないと、ヴァールスの名を継ごうなんて思わないだろ」 俺の言葉に、全員が耳を疑ったらしい。揃いも揃って、イイ面がマヌケに口を開けている。「貴方、もしかしてまだ継ぐ気なんですか? てっきり、私たちを選んだ時点で諦めたものとばかり····」「諦めてたまるか。嫁の件は父さんに上手く言って白紙に戻した。子供の事は追々考えるからいいんだよ」「そういえば、よくあのパパさんを言いくるめられたよね。なんて言ったの?」「····内緒だ」 うまい言い訳が思い浮かばず、バカ正直に『好きな人ができたから見合いは無かったことにしたい』と、子供の駄々みたいな理由を告げただなんて言えるか。しかし、あのクソ親父がよくそれで許してくれたなと俺も思う。 正直、もう出家覚悟で言ったのだ。それだけは、絶対にこいつらにはバレないようにしなければ。「貴方が言いたくないのなら聞きません。私達を優先してくれた事実だけで充分です」「そうだね。まぁ、ボクは暇だし、我儘坊やの復讐手伝ってあげてもいいよ」「私も、協力しますよ」「あぁ、頼りにしてるよ。って··おいこらノーヴァ、誰が我儘坊やだ!」 ノーヴァとヴァニルに手伝ってもらえば、いとも容易く父さんを屈服させられるだろう。勿論、物理的に。ヴァニルの場合、まずは容赦なく精神的に殺《ヤ》りそうだ。 協力してもらえるのは助かるし、頼りにしているのも本心だ。けれど、なんだこの漠然とした不安は。 この2人の際限のなさ故だろうか。あまり関わって欲しくないのが正直なところだ。「あの、ちょっといいですか。ヌェーヴェルさんに聞きたいんですけど」「なんだ、イェール」「その復讐ってのを達成したら、アンタは吸

  • ヴァールス家 嫡男の憂鬱   黙って聞いてろ-2

     説明を終えるなり、ノーヴァとイェールに笑われた。ノウェルはふんぞり返って鼻を高くしている。「ヌェーヴェルには僕が色々教えてあげるよ。心の機微を、こいつらが教示できるとは思えないからね」「ボクだってできるよ! 人間の事はローズに教えてもらったからね」「こら、人様の母君を呼び捨てにするんじゃない。失礼だろうが」 やはり、ノーヴァはノーヴァだ。まだまだ礼節を弁えきれていない。所詮、余所行き用の付け焼き刃と言ったところか。「ちぇー····人間ってなんでそういうトコ煩いの? 面倒だなぁ」「ノーヴァがガサツ過ぎるんですよ。誤解のないように言っておきますが、吸血鬼が皆、ノーヴァのようにガサツな訳ではありませんから」 知っている。ローズやブレイズ、ヴァニルのように礼儀正しい者が多い事は。 それは人間とて同じ事だ。住む環境や性格によるところだろう。「お前を見てたらわかるよ。ノーヴァのもまぁ、度を越さなきゃ可愛いもんだしな」「えへへ。ねぇヴェル、ひとつ聞いておきたいんだけど」「なんだ?」「ヴェルはさ、子供のボクと大人のボク、どっちが好き?」 究極の選択じゃないか。愛らしい子供の姿で背徳感を感じるか、大人の姿でヴァニルとは違った美形に支配されるか····なんて言うと図に乗るのだろう。とてもじゃないが、正直な気持ちは伝えられない。「子供で充分だ。大人になるのは禁止だしな。お前ら3人に血を吸われる俺の身にもなれよ」「それぞれ遠慮してるじゃありませんか。ちゃんと“不死の吸血”の約束は守っていますよ」「当然だ。俺が死んだら元も子もないだろうが。そうだ。イェールはノウェルの血を飲むのか?」「許した憶えはないんだけどね、興奮すると時々吸われるよ。嫌かい?」「嫌だな。けど、ヤッてる最中だけは許してやる」「随分と寛大なんだな。ノウェルさんがアンタに執心してるからって余裕じゃないか」「あぁ

  • ヴァールス家 嫡男の憂鬱   黙って聞いてろ-1

     約束の夜。全員が俺の部屋に集まった。「結論から言う。俺は、お前たちの中から1人を選ばん。全員、俺のモノでいろ」 俺が高らかに言い放つと、ヴァニルとノウェルは予想通りと言った顔で項垂れた。ノーヴァは呆気にとられた顔で口をパクパクしている。餌を待つ魚か。 そして、黙って聞いていると約束していたイェールが喚き始めた。「アンタ本当に狂ってんのか!? どれだけ欲張りなんだよ! ふっざけんなよ····ノウェルさんだけは渡さないからな!!」「イェール、黙って聞いてろ。できないなら追い出すぞ」 俺の言葉を受けて、ヴァニルがイェールを睨む。「······クソッ!!」 なんと説明すれば良いものか、俺だってそれなりに悩んだのだ。しかし、ノウェルに言われて“恋”だと知った時点で、俺の中では結論が出ていたのだと思う。 結論が出ているものに、思い悩むのは性に合わない。「お前らが俺を想ってくれている事は、正直嬉しかった。けど、俺はノウェルに言われるまで、恋というものが分からなかったんだ。その····症状に当てはまっていて初めて、お前らに抱いていた感情に“恋”という名がある事に気がついた」「症状って、ヴェル····病気か何かだと思ってたの?」 ノーヴァが憐れむような目で俺を見て言った。 「恋なんて病気みたいなものだろう。鼓動が早まったり身体が熱っぽくなったり、息苦しくなったり情緒が不安定になるんだぞ。まともな状態じゃない」 俺の意見に首を傾げるノーヴァ。俺は、何かおかしな事を言っているのだろうか。「そう····だね? ねぇ、人間って皆こんなにバカなの? ノウェルは人間の中で生きてきたんでしょ? 人間っ

  • ヴァールス家 嫡男の憂鬱   偶然とは確率-2

    「そうかそうか、なら話は早い。ヴァニル、お前だろ? ヴェルの相手してんの」「はぁ····そうですが」「俺にも喰わせろ」 タユエルはニタッと笑い、圧《プレッシャー》を掛けて言った。一瞬たじろいだヴァニルだったが、すぐに毅然とした姿勢で断る。「いくらタユエルさんの頼みでも、それは承服致しかねます」「ハッ····頼んでんじゃねぇだろ。喰わせろつってんだよ、なぁ?」 タユエルは、ヴァニルの肩を壁に押さえつけると、もう片方の手で俺の首を掴み牙を見せた。「なっ!? タユエル····どうしたんだ!? 来た時から様子がおかしいとは思っていたが、何かあったのか」「や~、別にこれと言ってねぇけどな。お前がイイ匂いふり撒きながらウチに来る度によぉ、溜まるんだよ、色々とな」「はぁ!? 甘い血の匂いか? 俺にはわからんのだから仕方ないだろ! 溜まるって何が····あぁ!! 今まで誘ってたのって本気だったのか」 タユエルとヴァニルの溜め息が地下にこだました。「ヌェーヴェル、タユエルさんにも狙われてたんですか。この人、昔は手当り次第好みの人間を食い散らかしていたんですよ。よく無事でいられましたね」「俺だって理性くらいあるわ。流石に、ヴァールスに手を出すと厄介な事くらいわかってるっつぅの」 脳筋なのだと思っていたタユエル。意外と冷静にものを考えられるのだと感心してしまう。「だと思ってたから、ずっと揶揄われているだけだと思ってた。まぁ、タユエルも吸血鬼だからな。いつ理性が飛んで襲われるかわからんから、常に警戒はしていたが」「そっちの警戒だったのかよ。お前、鈍感だとか言われねぇか?」「言われた事はない。俺は鈍感じゃないからな」 自慢じゃないが、母さんには気が利くとよく褒められた。それに常日頃、細事にも気を配っているつもりだ。

  • ヴァールス家 嫡男の憂鬱   偶然とは確率-1

     ほとんど眠れずに、俺はタユエルの店へ赴く。人使いの荒い父さんから、先日の銃を仕入れてこいと仰せつかったのだ。「ヴァニル、相手が俺に何を言おうと、たとえ何をしようと、絶対に口も手も出すなよ」「事と次第によりますよ。それより貴方、あんな事の後でよく私を護衛につけましたね」「これは仕事だ。私情は挟まん。だから、馬車《ここ》でシようとか考えるなよ。約束は今夜だろ」 俺は書類に目を通しながら言った。チラッとヴァニルを見ると、むくれた顔で窓から外を眺めている。「キ、キスくらいならいいぞ。軽いヤツな」「····子供じゃあるまいに」 気を遣って言ってやったのに、無下にするとは腹立たしい。「そうか、ならもういい。指一本触れるな」「わかりましたよ。······ヌェーヴェル」「なんだよ」 やらしい声で呼ばれたので、鬱々とヴァニルを見る。ヴァニルは恍惚な表情で俺を見て、滾らせたイチモツを見せつけてくる。「バ、バカか!! こんな所でナニおっ勃ててるんだ!」「シィー····声が大きいですよ。御者に聞こえてもいいんですか?」 唇に人差し指を当てて言う。無駄にエロい所為で、こっちまでその気にさせられてしまうじゃないか。「夕べ、途中で終えてしまいましたからね。で、どっちの口に欲しいですか? 今なら優しくしてあげますよ?」 俺の話を聞いていなかったのだろうか。いや、聞いた上での愚行か。 これに逆らったら、きっと御者に気づかれてしまう程度には激しく犯されるのだろう。そうなれば厄介だ。「······くそっ。資料に目を通さにゃならんから、し、下の口にしろ」 おずおずとヴァニルにケツを差し出す。到着まで1時間足らず。間に合うのだろうか。

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