「ヌェーヴェル、大丈夫ですか?」
「あぁ。こういう事態に備えて最低限の訓練はされている。お前に説明するまでもないだろうが、ヤツが暴走していればその時は····」「それは私が。貴方が太刀打ちできる相手ではありません。それに、彼を手に掛けるのは辛いでしょう」俺とタユエルが長い付き合いだと知って、ヴァニルなりに配慮してくれたのだろう。しかしそれを言うならば、ヴァニルのほうが関係としては深い。
「お前の方がやりにくいんじゃないのか。師匠みたいなものだったんだろう? ましてや、同胞を手にかけるなんて気持ちの良いものではないだろ」
ヴァニルは俺に口付けて、それ以上言うなと黙らせる。仕事だと割り切っている····そういう事なのだろう。
俺は気の利いた言葉を見つけられず、黙って銃の確認をした。あくまで念の為だ。タユエルの店の前に立ち、腰に忍ばせた銃へ手を添える。息を殺し、ゆっくりと扉を開く。
隙間から中を覗くが、真っ暗で何も見えない。しかし気配はある。耳を澄ませると荒い息遣いが聞こえた。 思いきって一歩踏み入れた瞬間、耳を劈くような怒声が響く。「来るな!! ヴェルなんだろ? 絶対に入ってくるなよ!」
明らかに様子がおかしい。手遅れだったのだろうか。
「····そうだ、俺だ。タユエル、何があった。何故、立ち入るのを拒む」
タユエルからの返答がないので、ゆっくりと扉を開ききる。陽の光が差し込み、その奥にタユエルの姿を目視した。
「入るぞ」
俺はまた一歩踏み込む。タユエルの出方を窺いながら、一歩一歩慎重にカウンターへ向かう。
古い木造の匂い。その中に、血の様な鉄っぽいにおいを感じる。胸騒ぎ
翌朝、甘ったるい薔薇の匂いで吐き気を催して目が覚めた。 あの後ヴァニルに朝方まで犯され、屍の如く深い眠りに落ちていた。で、起きたらこれだ。 俺のベッドが、俺ごと薔薇に埋め尽くされている。かろうじて、俺の顔だけが出ている状態だ。「おい、ノーヴァ····これはどういう状況だ。····うぷっ」 本当に吐きそうだ。一刻も早く、この尋常じゃない量の薔薇を撤去してほしい。「ん~? ヌェーヴェル、綺麗だよ」「いや、葬儀みたいだとは思わないか? 死者に贈る花より多いぞ」「真っ赤に染まって美味しそうだよ」 ニコッと幸せそうな笑みを見せやがって、愛らしいことこの上ない。だが、そうも言っていられない。 吸血鬼の感性など、きっと俺には一生理解できないだろう。まさか、これがノーヴァなりの求愛なのだろうか。だとしたら、ヴァニルのほうが幾分かマシだ。 早々に撤去させたが、薔薇を全て風呂へ突っ込み『薔薇風呂だね~』とか言って一緒に入らされた。おかげで、匂いが身体に染み付き吐き気は治まらなかった。 昼過ぎには、予想通りノウェルが追加の薔薇を持ってやってきた。俺は顔を覆い天を仰いだ。もう、言葉が見つからず溜め息しか出ない。「ヌェーヴェル、君にありったけの愛を込めて。生涯、君だけを愛する事を誓うよ」 片膝をつき、俺に花束を差し出しながら言うノウェル。女がされれば、昇天するほど喜ぶ場面なのだろう。 だが、今の俺は地獄に落とされたような気分だ。「悪い、ノウェル。薔薇を俺に近付けないでくれ······吐く」「え····? わぁぁ! 大丈夫かい!?」 俺は近くにあった花瓶の花を抜き捨て、そこに粗相をしてしまった。ノウェルが背中をさすってくれているが、ノウェル自体が薔薇くさいので治まらない。「ノ
呼吸の為に唇を離すと、ノーヴァは無言で建物の屋上に降りた。そして、壁に手をつかせるとケツを弄り始める。 ギリギリ周囲からは見えないが、声を出してしまうと丸聞こえだろう。「声、我慢できるよね。見られたかったら出してもいいけど」 なんて耳元で囁かれ、俺は襟を噛んで必死に声を殺す。 後ろから首に牙を立てられると、腰から背中へ快感が抜ける。吸血の瞬間、力が抜けたところでノーヴァはちんこをねじ込んだ。「ふぅっ、ん゙ん゙ん゙っ」「あっは····頑張るねぇ」 ノーヴァは、俺がどこまで声を我慢できるのか試すように、意図してねちっこく前立腺を押し潰す。強く抉るように潰されると痛い。と、いつも言っているのだが、やめるつもりは毛頭ないらしい。「痛い? しゅっごい絞まるんらけろ。ボクのおてぃんてぃん、喰い千切らないれね♡」 耳朶に牙を食い込ませながら言う。喰い千切られたくないなら加減をしろ。なんて、いくら言っても聞く意味を持たないのがノーヴァだ。 キスがしたいと言い、片脚を上げて向かい合わせにされる。そして、軽くキスしながら両脚を抱えて持ち上げた。ずり落ちないようノーヴァの首に手を回すと、嬉しそうに深いキスをしてくる。 そして、そのまま遠慮なく奥をグリグリと押し上げる。これからココに入るのだという合図だ。「ここ、声我慢できるかな······ほら、抜くよ」 奥を貫くと、イッてる俺を抱えて飛び上がりやがった。「ひあぁぁぁ!!! 何考えてんだっ、バカぁっ! やっ、あぁぁっ!! 降ろ、せ····ひぁっ」「あっはははは! めーっちゃ締まるぅ~」 こいつ、マジで狂ってんのか。ケツだけじゃなく全身に力が入る。が、器用に突き上げられる所為で、徐々に力が抜けてゆく。 俺は落ちまいとノーヴァの首にしがみつく。動きにくいと文句を言われたが、そんな事知るか。
粗方の処理を終え、俺は今回の件についてタユエルから聴取する。 暴走した吸血鬼には見覚えがあり、以前は人間として生活していたと言う。ところがここ数ヶ月は、どうも様子がおかしかったらしい。虚ろな目をして、拘束具を数点買いに来た事があったそうだ。 それから暫く経った数日前の早朝。少年が1人、今回と同じ様な状態で店の前で倒れていた。それを保護した事から、今回の事件が幕を開けた。 俺が訪ねた時、タユエルは少年の血にアテられていた。しれでも俺を襲わないよう、必死に理性を保っていたらしい。それは、調書には書かないでおこう。「俺たちは、少年らの容態を確認して聴取もせにゃならん。タユエル、今回の件は不問とする。だが、また同じような事があればお前だとて処罰することになる。報告、ちゃんとしろよ」「わーったよ」「大事にしたくないなら直接俺に報告しろ。それくらいの面倒は見れるつもりだ」「へいへい、頼りになる坊ちゃんだねぇ。ったく、立派になりやがって」 タユエルは俺の頭をグリグリと撫で回し、嬉しそうな面で俺たちを見送った。 俺の頭を撫でて褒めるなんて、母さんが居ない今ではタユエルくらいのものだ。まぁ、悪い気はしないが、まだまだガキ扱いされているようで悔しさも否めない。 俺とヴァニルは、病院で少年達に話を聞く。皆、一様に記憶が欠落していた。だが、最初の被害者だけは、吸血鬼と出会った時の事を覚えていた。 少年は森で遊んだ帰り、友人とはぐれてしまった。森を|彷徨《さまよ》っているうち夜になり、何かに誘われるような感覚で廃墟に辿り着いた。 そこは、レンガ造りの小さな家。中から微かに歌声が聴こえた。恐る恐る覗くと、ロッキングチェアに座った美しい男が、綺麗な歌を唄っているのが見えた。 男は少年に気づき、家へ招き入れた。そして、首に噛み付かれた所で記憶は途切れたそうだ。 結局、吸血鬼が何をしたかったのかも、動機も覚醒したきっかけもわからず終いだ。こんなあやふやな結末では、父さんにネチネチ嫌味を言われるのだろう。 しかし、これにて調査は終了とする。傷も癒えない少年達に、これ以上覚え
ウトウトしながら、1人で心細く留守番をしていた深夜3時頃。内側から板を打ち付けていた扉が、物凄い轟音と共に蹴破られた。 俺は驚きすぎて声も出ず、座っていた椅子から転げ落ちた。慌てて体勢を整え、物陰から様子を窺う。 扉を蹴破ったのはタユエルで、どうやら獲物を捕まえて戻ったようだ。タユエルの後ろで、ヴァニルが縛り上げて繋いだ男を引き摺っていた。「そ、そいつが犯人か?」「そうだ····って、なんだヴェル、んなトコに隠れて。はははっ、チビってねぇか?」「チビるわけあるか! それより、やはり吸血鬼だったのか?」「あぁ、純血じゃねぇがな。どれだけ入り混じってんのかもわからねぇ。あとはまぁ、見ての通り覚醒しちまってる」 どうやら会話はできそうにない。涎が垂れ流しで、牙も仕舞えないらしい。極めつけは紅黒に染まった瞳。以前のノウェルが、これの一歩手前の状態だった。だから俺は焦ったのだ。 ここまでキてしまっては、奇跡でも起きない限り正常に戻ることはない。故に、奇跡など起こりえない今、殺処分という形を取らざるを得ない。 墓穴を掘り、そこに縛った状態で寝かせる。そして、銀の杭で一息に心臓を貫き、地面深くまで打ち込んだ。 胸の当たりが燃え、耳を塞ぎたくなるような断末魔が響く。こうして、心臓が灰になるまで待ち、確実に息絶えた事を確認する。 十字架と弾丸をモチーフにしたヴァールスの家紋。それを銀の糸で刺繍した、無駄に煌びやかな布を被せてから埋める。 これが決まりなのだから、俺は手順通りにこなす。人知れず命を終える吸血鬼への弔いだ。手を抜くわけにもいかない。 それにしたって、ヴァニルとタユエルの顔が見られないなど、我ながら感傷に浸るようで吐き気がする。「少年達は、よく殺されなかったな」 俺は思わず、ポツリと呟いた。「えぇ。けれど、それは理性が残っていた訳ではなく、彼の性癖だったんだと思いますよ」「俺もそう思う。あんま気にすんな」「あぁ、気になどしていない。さぁ、そろそろ帰るか」
俺はすぐさまヴァニルを連れタユエルの店へ向かう。 最悪の事態──それはきっと、タユエルが食料としてではなく無作為に人間を殺めた、という事なのだろう。「ヌェーヴェル、大丈夫ですか?」「あぁ。こういう事態に備えて最低限の訓練はされている。お前に説明するまでもないだろうが、ヤツが暴走していればその時は····」「それは私が。貴方が太刀打ちできる相手ではありません。それに、彼を手に掛けるのは辛いでしょう」 俺とタユエルが長い付き合いだと知って、ヴァニルなりに配慮してくれたのだろう。しかしそれを言うならば、ヴァニルのほうが関係としては深い。「お前の方がやりにくいんじゃないのか。師匠みたいなものだったんだろう? ましてや、同胞を手にかけるなんて気持ちの良いものではないだろ」 ヴァニルは俺に口付けて、それ以上言うなと黙らせる。仕事だと割り切っている····そういう事なのだろう。 俺は気の利いた言葉を見つけられず、黙って銃の確認をした。あくまで念の為だ。 タユエルの店の前に立ち、腰に忍ばせた銃へ手を添える。息を殺し、ゆっくりと扉を開く。 隙間から中を覗くが、真っ暗で何も見えない。しかし気配はある。耳を澄ませると荒い息遣いが聞こえた。 思いきって一歩踏み入れた瞬間、耳を劈くような怒声が響く。「来るな!! ヴェルなんだろ? 絶対に入ってくるなよ!」 明らかに様子がおかしい。手遅れだったのだろうか。「····そうだ、俺だ。タユエル、何があった。何故、立ち入るのを拒む」 タユエルからの返答がないので、ゆっくりと扉を開ききる。陽の光が差し込み、その奥にタユエルの姿を目視した。「入るぞ」 俺はまた一歩踏み込む。タユエルの出方を窺いながら、一歩一歩慎重にカウンターへ向かう。 古い木造の匂い。その中に、血の様な鉄っぽいにおいを感じる。 胸騒ぎ
「ヴェル、起きて。ねぇ大丈夫?」 いつの間にか子どもの姿に戻っていたノーヴァに、柔らかく頬を抓られて目が覚めた。「ん····大丈夫··だ。ぁ、は、腹····」 腹の痛みが消えている。けれど、あの熱さだけは残っている感じがしてズクンと疼く。きっとこれは腹じゃなく、脳にこびりついた感覚なのだろう。 そして、熱さの理由はもうひとつ。ヴァニルが申し訳なさそうに俺の腹をさすっているのだ。こいつの手は冷たいのだが、気持ちは伝わってくる。「ヴァニル、大丈夫だ。もう痛くない」「いえ、そういう事では····。優しくするという約束だったのに、すみません」 ヴァニルは眉間に皺を寄せ、なんとも苦しそうな表情《かお》をしている。 まだ身体を起こせないが、俺はそっとヴァニルの頬に手を添えて微笑んだ。「ヌェーヴェルが私に優しい顔を向けてくれるなんて、出会って随分経ちますが初めてですね」「俺だって、こんなに穏やかな気持ちになったのは初めてだ」 ノーヴァが俺の額を撫で、啄むようにキスを落とす。「ノーヴァ、くすぐったい。なんだ?」「気絶する前に言ったこと、憶えてる?」 そう言えば、とんでもない事を口走った記憶がある。「······憶えてない」 俺は、ふいと目を逸らして言った。耳まで熱い。「嘘だ。憶えてるでしょ」「憶えてねぇよ。あの時は頭の中が真っ白だったからな」 必死に誤魔化したが、下手な嘘など通用しなかったようだ。 ノーヴァにじっと見つめられ、俺は観念して白状する。跡を継いで、全て終わらせてからにしようと思っていたのだが、あんな事を口走った後なのだから仕方がない。「俺は、お前たちを大切に想ってる。ずっと身