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反省-3

Author: よつば 綴
last update Last Updated: 2025-03-05 06:00:00

「ねぇヴァニル。ヴェル、怒ってないかな····」

 ノーヴァは、袖口をちょんと摘まんでヴァニルの注意を引いた。

「まぁ、死んでませんしね。約束は守ったじゃないですか」

「そうだけど····」

 ヴァニルの袖口を摘まんだまま、唇を尖らせて俯くノーヴァ。

「それに、私達が血を吸っても相手は快楽に堕ちるだけです。まぁ、普通はそのまま死ぬんですけどね。ヌェーヴェルはなまじ死なない分、逆に大変なのでしょうね」

「悪い事しちゃったよね。わざとじゃないんだよ。ただ、本当にアイツの血が美味しすぎて····」

 困り眉で弁解するノーヴァ。その姿は、見た目通りの少年に見える。

「わかりますよ。彼の血は極上ですからね。あれは、私達がこれまで貪ってきたどんな血よりも美味しい」

「そうでしょ!? ヴァールス家の人間は皆美味しいのかな?」

 同意を得たノーヴァは、ぱぁっと表情を明るくした。

「そんなことは無いと思いますよ。きっと彼だけです」

「試してみなくちゃわからないじゃないか」

「ダメですよ。て言うかアナタ、ここに来た初日に全員分口をつけましたよね?」

「あんないっぺんに飲んだら、味なんて分かんないよ」

 小さな溜め息混じりに言うノーヴァ。ヴァニルは、呆れた顔で言う。

「なんにしても、です。一応、ヌェーヴェルとの約束でもあるんですから」

 ヴァニルは、そっと人差し指を口に当てた。その表情が|如何《いか》に妖艶なことか。顔がいい上に、凄まじい色気を纏っている。

 恋仲ではないと言っているが、ノーヴァはヴァニルの顔がとても好きだった。ヴァニルの厭らしい表情を見ると、ノーヴァは堪らなく興奮する。しかし、それはただの嗜好であって愛ではない。

 ヴァニルもそれを自覚していて、ワザと表情を作りノーヴァを喜ばせるのが常だ。そんな美しい2人の戯れを見て、胸を高鳴らせるのがヌェーヴェル
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     約束の夜。全員が俺の部屋に集まった。「結論から言う。俺は、お前たちの中から1人を選ばん。全員、俺のモノでいろ」 俺が高らかに言い放つと、ヴァニルとノウェルは予想通りと言った顔で項垂れた。ノーヴァは呆気にとられた顔で口をパクパクしている。餌を待つ魚か。 そして、黙って聞いていると約束していたイェールが喚き始めた。「アンタ本当に狂ってんのか!? どれだけ欲張りなんだよ! ふっざけんなよ····ノウェルさんだけは渡さないからな!!」「イェール、黙って聞いてろ。できないなら追い出すぞ」 俺の言葉を受けて、ヴァニルがイェールを睨む。「······クソッ!!」 なんと説明すれば良いものか、俺だってそれなりに悩んだのだ。しかし、ノウェルに言われて“恋”だと知った時点で、俺の中では結論が出ていたのだと思う。 結論が出ているものに、思い悩むのは性に合わない。「お前らが俺を想ってくれている事は、正直嬉しかった。けど、俺はノウェルに言われるまで、恋というものが分からなかったんだ。その····症状に当てはまっていて初めて、お前らに抱いていた感情に“恋”という名がある事に気がついた」「症状って、ヴェル····病気か何かだと思ってたの?」 ノーヴァが憐れむような目で俺を見て言った。 「恋なんて病気みたいなものだろう。鼓動が早まったり身体が熱っぽくなったり、息苦しくなったり情緒が不安定になるんだぞ。まともな状態じゃない」 俺の意見に首を傾げるノーヴァ。俺は、何かおかしな事を言っているのだろうか。「そう····だね? ねぇ、人間って皆こんなにバカなの? ノウェルは人間の中で生きてきたんでしょ? 人間っ

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    「そうかそうか、なら話は早い。ヴァニル、お前だろ? ヴェルの相手してんの」「はぁ····そうですが」「俺にも喰わせろ」 タユエルはニタッと笑い、圧《プレッシャー》を掛けて言った。一瞬たじろいだヴァニルだったが、すぐに毅然とした姿勢で断る。「いくらタユエルさんの頼みでも、それは承服致しかねます」「ハッ····頼んでんじゃねぇだろ。喰わせろつってんだよ、なぁ?」 タユエルは、ヴァニルの肩を壁に押さえつけると、もう片方の手で俺の首を掴み牙を見せた。「なっ!? タユエル····どうしたんだ!? 来た時から様子がおかしいとは思っていたが、何かあったのか」「や~、別にこれと言ってねぇけどな。お前がイイ匂いふり撒きながらウチに来る度によぉ、溜まるんだよ、色々とな」「はぁ!? 甘い血の匂いか? 俺にはわからんのだから仕方ないだろ! 溜まるって何が····あぁ!! 今まで誘ってたのって本気だったのか」 タユエルとヴァニルの溜め息が地下にこだました。「ヌェーヴェル、タユエルさんにも狙われてたんですか。この人、昔は手当り次第好みの人間を食い散らかしていたんですよ。よく無事でいられましたね」「俺だって理性くらいあるわ。流石に、ヴァールスに手を出すと厄介な事くらいわかってるっつぅの」 脳筋なのだと思っていたタユエル。意外と冷静にものを考えられるのだと感心してしまう。「だと思ってたから、ずっと揶揄われているだけだと思ってた。まぁ、タユエルも吸血鬼だからな。いつ理性が飛んで襲われるかわからんから、常に警戒はしていたが」「そっちの警戒だったのかよ。お前、鈍感だとか言われねぇか?」「言われた事はない。俺は鈍感じゃないからな」 自慢じゃないが、母さんには気が利くとよく褒められた。それに常日頃、細事にも気を配っているつもりだ。

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