「おい、ノー··ヴァ、ちょっ····待て······」
「ノーヴァ、私にも早く。もう待ちきれません」 「ったく、耐え症のない奴だなぁ。いいよ、おいで··ってヴェル、血吸われてイッちゃったんだ。可愛いね」 「あらら、だらしないですねぇ。····はぁ、ようやく私も食事にありつけます。さぁ、可愛いヌェーヴェル、私との番ですよ」 「ちょ、待て、ホン、トに、ノーヴァ··吸いすぎ··だ──」そう言って俺は気を失った。
目を覚ますと、俺はベッドに転がされていた。ヴァニルが綺麗にしてくれたのだろう。きちんと服を着ている。 それよりも、頭がクラクラして目が回る。気分も悪い。吐きそうだ。身体に力が入らないので、起き上がる事もできない。「やっとお目覚めかい?」
「大丈夫ですか? ヌェーヴェル」 「····ああ、なんとかな。気分はめちゃくちゃ悪いが」 「すみません、無理をさせ過ぎてしまいましたね」 「まったく、貧弱だなぁ」 「····このアホガキ、いっぺん殴っていいか?」 「いいけど、その後ミイラにしてあげるね」 「すみません、ヌェーヴェル。ノーヴァの事は諦めてください」 「くっ····。とりあえず、もう少し寝させてくれ。そうしたら血も戻る」 「なるべく早くね。喉が渇いて仕方ないから」このガキは、本気に一度張り倒してやりたい。このままでは、そのうちミイラにされかねない。その前にいっそ······。
「ノーヴァ、お前は少し相手を思い遣る心を持ちなさい」
「思い殺る····?」 「こいつ今、絶対に違う事考えてるぞ」 「冗談だよ。····悪かったと思ってる。少しはしゃぎ過ぎた。ヴェルの血が美味しかったからつい、ね。あれ? だったらヴェルが悪いんじゃない?」珍しく、しおらしい所を見せるのかと思ったらこれだ。コイツの頭の中はどうなっているんだ。
「お前、どこまで思考ぶっ飛んでんだよ。もういい、とにかく寝る! ほら出てけ。おやすみ」
「おやすみなさい、ヌェーヴェル。あの、言い難いんですけど、起きたらその······」 「わかってるよ。お前にもちゃんと吸わせてやるから」 「ボクにも吸わ──」 「お前はお預けだ、バーカ。もうホント出てけ」ヴァニルに促され、ノーヴァはおずおずと部屋を出てゆく。ヘコんでいるのか不機嫌なだけなのか、ノーヴァのほっぺが膨れている。それを可愛いと思ってしまう俺も大概なものだな。
暫く反省させたら許してやらんでもないが、とにかく回復せん事にはどうにもならない。今は眠ろう······。*** しょぼくれた顔で部屋に戻るノーヴァ。不貞腐れた美少年に、ヴァニルは自業自得と言わんばかりの顔を見せる。 2人は、ヴァールス家のメイド達に身の回りの世話をさせている。ヌェーヴェルと同じ扱いを受け、名家にこうも容易く入り込めたのは、ノーヴァの精神を操る能力によるものだ。 ノーヴァに一滴でも血を取り込まれた者は、普通の人間ならば意のままである。ヌェーヴェルの家族でさえも、2人を親族くらいに思っている。 ヌェーヴェルはノーヴァの力を知り、企みがあるのではないかと疑っていて、それは未だ拭いきれない。だが、2人には特に企みなど無かった。ただ純粋に、衣食住の整った環境で快楽を貪りたいだけだったのだ。 しかし、その操作も100%ではない。時々、殆ど洗脳が効かない相手がいるのだ。その理由を、ノーヴァ本人は知らない。「お前達! ヴェルはどうした」 長い廊下の果てから急ぎ早に歩いてくる青年。黒髪に琥珀色の瞳が映える、 ヌェーヴェルそっくりのこの男は、ヌェーヴェルの従兄弟であるノウェル。 年は同じで幼い頃から兄弟の様に育ち、数ヶ月早く生まれたヌェーヴェルを慕っている。現在は別邸で母親と暮らしているが、数日に一度、ヌェーヴェルに会いに来るのだ。 そして、ノウェルはヌェーヴェルに執心しており、2人を目の敵にしている。都合の悪い事に、ノウェルには洗脳が効かない。なので、ノーヴァとヴァニルの正体や、3人がただならぬ関係である事も知られている。 嫉妬に塗《まみ》れたノウェルは、2人に対し喧嘩腰でしか話せない。本来なら温厚で、誰にでも優しい好青年なのだが。「ヌェーヴェルならお部屋で寝ていますよ」「ふんっ! また無理をさせたのだろう! まったく、貴様らなどさっさと追い出してしまえば良いものを」 勢いを殺して立ち止まり、腕組みをして牽制するノウェル。荒らげた息をふんと鳴らす。「ヴェルに相手にされないからって八つ当たりしないでよ」「な、なんだと!?」「ノーヴァ、煽るんじゃありません。ノウェル、すみません。どうにも我儘が
──ガチャ「ヌェーヴェル····ああ、僕のヌェーヴェル、可哀想なヌェーヴェル····」 普段は血色の良いヌェーヴェルの顔が蒼白く、今にも死にそうな顔をしている。いつもは飛び掛りたくなるほどの美しい寝顔なのに、今日は抱き締めたくなるほど弱々しく見える。 そんな心情を瞳に映しながら、ノウェルはそっとヌェーヴェルを覗き込んだ。「お前、また寝込みを襲う気だったろ」「お、起きていたのかい? 意地悪だなぁ····。そんな事はしないよ。君の安眠を妨害するつもりはなかったんだ」「よく言う······」 ノウェルは時々、寝ているヌェーヴェルのもとを訪れては、起こさないようそっと指を這わす。 髪や睫毛、鎖骨など、いちいち厭らしい触れ方をするノウェル。ノーヴァとヴァニルの所為で敏感になっているヌェーヴェルは、少し触れただけでも目が覚めてしまうのだ。 先日、ヴァニルに抱き潰され深い眠りに落ちていた時には、瞼にキスをされ目が覚めたヌェーヴェル。咄嗟にノウェルを殴ったが、ノウェルは喜んだだけだった。「お前、薔薇の匂いがキツイんだよ。吐きそうな、くらい····甘い匂いだから··目も覚めるわ。····そこに居ていいから、静かに··してろ····」 ヌェーヴェルは再び眠りについた。 すぐに悪態をつくヌェーヴェルは、決して誰にも心を許さない。だが、ノウェルの純粋な好意は受け止めている。 それが劣情を孕んでいようと、自分に害がない限り構いはしない。純粋に好かれている事に、ヌェーヴェルだって悪い気はしないのだから。ヌェーヴェルもまた、吸血鬼程で
「ねぇヴァニル。ヴェル、怒ってないかな····」 ノーヴァは、袖口をちょんと摘まんでヴァニルの注意を引いた。「まぁ、死んでませんしね。約束は守ったじゃないですか」「そうだけど····」 ヴァニルの袖口を摘まんだまま、唇を尖らせて俯くノーヴァ。「それに、私達が血を吸っても相手は快楽に堕ちるだけです。まぁ、普通はそのまま死ぬんですけどね。ヌェーヴェルはなまじ死なない分、逆に大変なのでしょうね」「悪い事しちゃったよね。わざとじゃないんだよ。ただ、本当にアイツの血が美味しすぎて····」 困り眉で弁解するノーヴァ。その姿は、見た目通りの少年に見える。 「わかりますよ。彼の血は極上ですからね。あれは、私達がこれまで貪ってきたどんな血よりも美味しい」「そうでしょ!? ヴァールス家の人間は皆美味しいのかな?」 同意を得たノーヴァは、ぱぁっと表情を明るくした。「そんなことは無いと思いますよ。きっと彼だけです」「試してみなくちゃわからないじゃないか」「ダメですよ。て言うかアナタ、ここに来た初日に全員分口をつけましたよね?」「あんないっぺんに飲んだら、味なんて分かんないよ」 小さな溜め息混じりに言うノーヴァ。ヴァニルは、呆れた顔で言う。「なんにしても、です。一応、ヌェーヴェルとの約束でもあるんですから」 ヴァニルは、そっと人差し指を口に当てた。その表情が|如何《いか》に妖艶なことか。顔がいい上に、凄まじい色気を纏っている。 恋仲ではないと言っているが、ノーヴァはヴァニルの顔がとても好きだった。ヴァニルの厭らしい表情を見ると、ノーヴァは堪らなく興奮する。しかし、それはただの嗜好であって愛ではない。 ヴァニルもそれを自覚していて、ワザと表情を作りノーヴァを喜ばせるのが常だ。そんな美しい2人の戯れを見て、胸を高鳴らせるのがヌェーヴェル
「お待たせ、ヌェーヴェル。医者は呼ばなくていいのかい? 僕にできることはあるかな····。ああっ、まだ横になっていなくちゃ」 起き上がろうとする俺を、わたわたと手のやり場に困りながら制止するノウェル。「横になったままでどうやって水を飲むんだよ。ったく··、そんなに|急《せ》くんじゃない」「あぁ····ごめん。ごめんよ、ヌェーヴェル····」「ふはっ、まるで仔犬みたいだな」 起きがけから喧しい奴だが、俯き肩を落とす様は、叱られた仔犬そのものだ。どうにも、こういう所があしらい難い。まったく、面倒くさい奴だ。「なんだよ、そのショボくれた顔は。俺なら大丈夫だから、焦らなくていいって事だ」「ヌェーヴェル····! やはり君は私の天··んぐっ──」 ノウェルの煩い口を、手で叩くように塞いでやった。俺は小さい頃から『天使』と呼ばれるのが嫌いなんだ。 周囲の大人は、見目麗しい俺を持て囃して取り入ろうとする。容姿が麗しいのは仕方のない事だが、下心があるのは許せない。 なのに、コイツはそれを知ってなお、俺を『天使』だと言う。コイツの場合、本心で言っている辺り質が悪い。流石の俺も、正面切って本心からそう言われると照れる。「うっっわ! てめ、舐めやがって! 気持ち悪ぃな!」「美しい手を差し出す君がいけないんだよ」「何言ってんだお前····。救いようのない気持ち悪さだな。お前の喧しい口を塞いだだけだろ」「どうせなら、その柔らかい唇で塞いで欲しいな」 なんで柔らかいって知ってるんだよ。触らせた事なんてないはずなのに。 「お前、さっさと帰れ」「まったく、君は酷いヤツだね。こんなに君を愛してる僕を追い返すなんて
──コンコンッ 窓を叩く音。ここは3階だぞ。誰がノックなどできようものか。と、普通なら恐怖する場面だろう。けれど、俺には心当たりがあるだけに、大きな溜め息が漏れてしまった。 恐る恐る振り返る。喧しいノウェルを見送った直後の清々した|表情《かお》が、鬱陶しくも劣情を孕んだ|表情《かお》へと変わったのを自覚した。「お前、どっから入ってくんだよ」「すみません。あの、ヌェーヴェル····。ノウェルは、その、アナタにとって何ですか?」 なにを乙女の様にもじもじしているんだか。いつもの威勢は何処へやらだな。大人しいヴァニルなど不気味でしかない。「いきなりだな。····ふん、アイツはただの従兄弟だ。それ以上でも以下でもない」「そうですか」 少し表情を緩めたヴァニル。一体、何に安堵したのだろう。 「何が気になるんだ? 言いたい事があるならハッキリ言え」「····ノウェルは、貴方を好いているでしょう。貴方はどうなのかと思って」「別に、アレは俺をからかっているだけだ。遊び半分だろう? 見ればわかるじゃないか」「はぁ····。貴方は本当に愛くるしい馬鹿ですね」 ヴァニルは片手を腰に当て、もう片方の手で項垂れた頭を支えて言った。「はぁ!? 喧嘩売ってんなら買ってやろうか?」「そんな安売りしてませんよ。だいたい、喧嘩する暇があるならとことん抱き潰してあげます」「なっ、馬鹿はどっちだよ! 言っておくが、俺は男に興味があるわけじゃないからな。だからノウェルの事も、くだらない事を聞くな。まったく、誰が潰されるかってんだ····」 言い訳じみたことを言っているのはわかっている。今、俺の顔が熱くなっているのは、ヴァニルに犯される夜毎の情事を思い出してしまったからだ
*** 外から覗くヴァニルに気づいていたノウェル。部屋を出ると、扉に張り付き聞き耳を立てていた。 ヌェーヴェルの漏らす嬌声が、ノウェルを欲情させる。ノウェルは、腹の中がぐちゃぐちゃぐるぐるしているのを感じ、喉を己の手で締め上げ、込み上げる吐き気を抑える。 愛しいヌェーヴェルの喘ぎ声は、聞くに絶えないほど厭らしい。可愛いヌェーヴェルが漏らす声を聞き逃すまいと、扉に強く耳を押し付ける。喘がせているのがあの吸血鬼というのは我慢ならないが、それよりも欲が先に立った。 ノーヴァによる洗脳の甲斐あって、誰もヌェーヴェルの部屋へは近寄らない。それをいい事に、ノウェルは部屋の前で自慰を始めた。「アンタさ、そんなとこでオナってんの変態過ぎない?」「····なっ!!?」「ははっ、節操なしの変態だ」「おまっ、お前っ、いつからそこに!?」 ノウェルは、突然現れたノーヴァに驚き、慌ててイチモツを仕舞う。「えーっとぉ、アンタが部屋から出てきた時から、かな」「····初めからじゃないか」「ふふっ、いいじゃない。ボクは好きだよ、君みたいな欲望に忠実でおバカな子。そうだ変態さん、ボクがイかせてあげようか?」「よ、余計なお世話だ!」「どうして? ボク、手も口も上手いよ」 元々赤らんでいたノウェルの顔が、さらに真っ赤に染まる。反論しようにも怒鳴りつけようにも、状況が状況なだけに何も言えない。 ノウェルが言葉を詰まらせていると、部屋からヴァニルが出てきた。「まったく、無粋ですねぇ」「あれ? ヴァニル、ヴェルの部屋に居たんだ」「····えぇ、まぁ」「抜け駆け、してないよね?」「してたぞ」 視線を明後日の方へ逸らし、しれっと言うノウェル。「ちょっ、アナタ何言ってるんですか!?」「なるほどね、そうい
窓の外に立つ····いや、飛んでいる2人を見て、俺は嫌気がさした。が、冷えた身体を暖めさせるのもまた良しと、自分に言い聞かせ窓を開けてやる。 すると、さも当然のように真っ直ぐベッドへ腰掛けるノーヴァ。ヴァニルはお行儀よく椅子に座り、うきうきと此方《こちら》を観ている。「今日は窓《そっち》から来たのか」 「“来てくれたのか”でしょ? さぁ、早く脱いで」 「お前、雰囲気も何も無いな」 「まったくです。品位の欠片も無いですよ、ノーヴァ」 「あぁそう、それは悪かったね。そんなのどうでもいいから、おいで」 俺はノーヴァの言葉に逆らえず、すたすたと歩み寄る。「良い子だね」 そう言って、ノーヴァは俺の首筋に吸い付いた。「うっ、くっ······」 「あぁ····。やはり、ノーヴァに血を吸われているヌェーヴェルは唆りますねぇ」 「うるせぇよ変態。それより、こいつが飲み過ぎないように、注意くらい··ンンッ、しろよ。またお預け、くらうぞ··んあっ」 「ぷはぁ····大丈夫だよ。今日はこれだけにしておいてあげるから。ヴァニル、昨日のお詫びだよ。好きなだけ楽しんでいいからね」 「おや、いいんですか? じゃぁ、お言葉に甘えて──」 俺は完全にモノ扱いだ。ノーヴァはヴァニルと入れ替わり、椅子に座ってじっとこちらを見ている。 足を組み背もたれに身を預け、なんとも我儘放題な王子の如くふんぞり返っている。が、その優美な様《さま》に見惚れてしまう自分に腹が立つ。 “待て”を解除されたヴァニルは、タガが外れたように俺の首へ喰らいつく。このまま肉身まで食べられてしまうのではないだろうか。そう思わせるほどの激情をぶつけてくる。 血を吸われている間、より深い快楽に堕ちるのは、ノーヴァよりもヴァニルの時なのだ。この差は一体何なのだろう。 そんな事をふわふわする頭で考えていると、ヴァニルのデカブツが俺の穴を押し拡げながら入ってきた。いつの間にやら、しっかりと解し終えられていたようだ。「おい、血を吸うだけじゃなかったのか!?」 「すみま
「はぁんっ、ふぅ··んぉ゙っ──なっ····ヴァ··ニル····?」「気がつきましたか? 意識を失いながらも、ずっと可愛い声が漏れていましたよ」「知らねぇ··よ····ちょ、待へ、お願いらから」「おや、焦らして欲しいんですか? こうですか? ゆっくりがいいんですか?」 興奮しきったヴァニルは止まらない。ギラついた深紅の眼なんて、瞳孔が開いてるんじゃないか? 何より、俺を喰い殺してしまいそうな牙がチラついて怖い。 俺が息も絶え絶えに声を漏らしていると、意地悪くゆっくりと引き抜き、押し込むように静かに最奥へねじ込む。奥すぎて少し痛みを感じるが、おそらく痛みさえも快楽へと変えられているのだろう。快感へ変換しようと、脳が身体を狂わせる。「んぐっ、あ゙ぁ゙っ! も、ホントに、無理だ··って····」「あと少しだけ、いただきますよ」「はぁ゙っ····ん゙ん゙っ、やらぁぁっ!! ぃあ゙っっ!」「くっ、んっ──」 この絶倫バカめ。奥に射精しながら、飲み干す勢いで血を吸いやがる。「ヴァニル、その辺でやめておきなよ。ヴェルがまた壊れるよ」「····んはぁ······ん? おや、いけませんね。夢中になりすぎてしまいました」 口端に付着した俺後を、親指で拭って舐めとるヴァニル。俺を惑わせる、麗しい容姿と言動に反吐が出る。 それにしたってまったく、毎度毎度この吸血鬼共は! 快楽に身を委ねすぎだ。 俺も人の事は言えんが、限度というものがあるだろう。なんだ
俺はすぐさまヴァニルを連れタユエルの店へ向かう。 最悪の事態──それはきっと、タユエルが食料としてではなく無作為に人間を殺めた、という事なのだろう。「ヌェーヴェル、大丈夫ですか?」「あぁ。こういう事態に備えて最低限の訓練はされている。お前に説明するまでもないだろうが、ヤツが暴走していればその時は····」「それは私が。貴方が太刀打ちできる相手ではありません。それに、彼を手に掛けるのは辛いでしょう」 俺とタユエルが長い付き合いだと知って、ヴァニルなりに配慮してくれたのだろう。しかしそれを言うならば、ヴァニルのほうが関係としては深い。「お前の方がやりにくいんじゃないのか。師匠みたいなものだったんだろう? ましてや、同胞を手にかけるなんて気持ちの良いものではないだろ」 ヴァニルは俺に口付けて、それ以上言うなと黙らせる。仕事だと割り切っている····そういう事なのだろう。 俺は気の利いた言葉を見つけられず、黙って銃の確認をした。あくまで念の為だ。 タユエルの店の前に立ち、腰に忍ばせた銃へ手を添える。息を殺し、ゆっくりと扉を開く。 隙間から中を覗くが、真っ暗で何も見えない。しかし気配はある。耳を澄ませると荒い息遣いが聞こえた。 思いきって一歩踏み入れた瞬間、耳を劈くような怒声が響く。「来るな!! ヴェルなんだろ? 絶対に入ってくるなよ!」 明らかに様子がおかしい。手遅れだったのだろうか。「····そうだ、俺だ。タユエル、何があった。何故、立ち入るのを拒む」 タユエルからの返答がないので、ゆっくりと扉を開ききる。陽の光が差し込み、その奥にタユエルの姿を目視した。「入るぞ」 俺はまた一歩踏み込む。タユエルの出方を窺いながら、一歩一歩慎重にカウンターへ向かう。 古い木造の匂い。その中に、血の様な鉄っぽいにおいを感じる。 胸騒ぎ
「ヴェル、起きて。ねぇ大丈夫?」 いつの間にか子どもの姿に戻っていたノーヴァに、柔らかく頬を抓られて目が覚めた。「ん····大丈夫··だ。ぁ、は、腹····」 腹の痛みが消えている。けれど、あの熱さだけは残っている感じがしてズクンと疼く。きっとこれは腹じゃなく、脳にこびりついた感覚なのだろう。 そして、熱さの理由はもうひとつ。ヴァニルが申し訳なさそうに俺の腹をさすっているのだ。こいつの手は冷たいのだが、気持ちは伝わってくる。「ヴァニル、大丈夫だ。もう痛くない」「いえ、そういう事では····。優しくするという約束だったのに、すみません」 ヴァニルは眉間に皺を寄せ、なんとも苦しそうな表情《かお》をしている。 まだ身体を起こせないが、俺はそっとヴァニルの頬に手を添えて微笑んだ。「ヌェーヴェルが私に優しい顔を向けてくれるなんて、出会って随分経ちますが初めてですね」「俺だって、こんなに穏やかな気持ちになったのは初めてだ」 ノーヴァが俺の額を撫で、啄むようにキスを落とす。「ノーヴァ、くすぐったい。なんだ?」「気絶する前に言ったこと、憶えてる?」 そう言えば、とんでもない事を口走った記憶がある。「······憶えてない」 俺は、ふいと目を逸らして言った。耳まで熱い。「嘘だ。憶えてるでしょ」「憶えてねぇよ。あの時は頭の中が真っ白だったからな」 必死に誤魔化したが、下手な嘘など通用しなかったようだ。 ノーヴァにじっと見つめられ、俺は観念して白状する。跡を継いで、全て終わらせてからにしようと思っていたのだが、あんな事を口走った後なのだから仕方がない。「俺は、お前たちを大切に想ってる。ずっと身
ほんの数秒で唇を離し、ノーヴァの目を見ながらそっと離れる。ノーヴァの唇へ視線を落とすと、自分でわかるほど瞬時に頬が紅潮した。「次は舌、絡めて」 そう言って、ノーヴァはベッと舌を出して見せた。触れるだけのキスで心臓がイカれてしまいそうなのに、そんな破廉恥な事を自分からできるのだろうか。 このヤワな心臓が根性を見せてくれることを期待して、少し開けて待っているノーヴァの小さな口に、ええいままよと舌先を差し込んだ。 いつもはされるがまま舌を絡めていたが、自分で絡めにいくとなると想像以上に難しい。「ヌェーベル····ソレ、後で私にもシてくださいね」 振り返ることができないので確証はないけれど、きっと嫉妬に歪んだ顔で言っているのだろう。 「ん、んぅ····」 俺のたどたどしい舌遣いに焦れたのだろう。ノーヴァは俺の両頬を手で抱え、こうやるのだと言わんばかりに激しいキスをしてきた。 いつも通りの、息ができなくなるやつだ。酸欠で意識が朦朧としてくる。「ふ、ぅ····ノー、ヴァ····待へ、ぅふ、は、ぁっ····ふぇ゙····」「アナタたちのキスを見てるだけで、なんだか苛つきますね····もう動きますよ」 突くのを待ってくれていたヴァニルだが、堪らずに動き始めた。 突かれるリズムに合わせ身体が前後する。けれど、頭が固定されている所為で衝撃を逃がしきれず、腹の奥に快感となって留まって苦しい。 ヴァニルが結腸口を叩く度に噴いてしまうので、ノーヴァとベッドがびしょ濡れだ。いつもなら、ぶっ掛けてしまうと嫌味の一つや二つ言うくせに、今日はお構いなしにキスを続ける。「ノ
ノーヴァは優しいキスを繰り返す。徐々に激しさを増し、早速約束を破って大人の姿になった。 そして、大きくなった手で俺の頬を包み口内を隈無く舐めまわす。「んっ、おま····大人になるなって··んんっ」「ん······ふぅ。こっちだと、ずっと奥まで犯せるもん。それと、血···もうガブ飲みはしない。これからは、ヴェルを危険な目に合わせるのは控えるよ」 優しさを見せているつもりなのだろう。俺に譲歩すると言いたげなノーヴァを愛らしいと思う。「控えるという事は、やるときゃやるんだな」「だってヴェル、好きでしょ? 死ぬほど犯されるの」「······嫌いじゃない」「あははっ。素直じゃないなぁ」 ノーヴァは再び俺の口を塞ぐ。ケツを弄っていたヴァニルは、潤滑油《ローション》が乾かぬうちに滾って反り勃ったモノをねじ込んだ。「んぅ゙っ、ん゙ん゙ん゙っ!!! んはぁっ、デカ····待っ、デカ過ぎんだろ······」「デカいの好きでしょう? ほら、もうイきそうじゃないですか。まだ挿れただけですよ」 確実にいつもより大きい。圧迫感が凄いのだ。なのに、容赦なく奥へ進んでくる。「ひぅっ、あぁっ!! ふっゔぁん····アッ、やだ、奥待って」「大丈夫。まだ奥は抜きませんよ。もう少し、ここを解してからです」 ヴァニルは下腹部を揉みながら、期待を持たせるような事を言う。そして、ぱちゅぱちゅと音を立てて俺を煽る。「ヴァニル····
集まった視線に、俺は直観的な苛立ちを覚えた。「な、なんだよ」「お前がそれ言うの? ヘタしたら、ヴェルが誰よりも我儘だし欲深いよ」「そりゃまぁ、俺だしな。それくらいの気概がないと、ヴァールスの名を継ごうなんて思わないだろ」 俺の言葉に、全員が耳を疑ったらしい。揃いも揃って、イイ面がマヌケに口を開けている。「貴方、もしかしてまだ継ぐ気なんですか? てっきり、私たちを選んだ時点で諦めたものとばかり····」「諦めてたまるか。嫁の件は父さんに上手く言って白紙に戻した。子供の事は追々考えるからいいんだよ」「そういえば、よくあのパパさんを言いくるめられたよね。なんて言ったの?」「····内緒だ」 うまい言い訳が思い浮かばず、バカ正直に『好きな人ができたから見合いは無かったことにしたい』と、子供の駄々みたいな理由を告げただなんて言えるか。しかし、あのクソ親父がよくそれで許してくれたなと俺も思う。 正直、もう出家覚悟で言ったのだ。それだけは、絶対にこいつらにはバレないようにしなければ。「貴方が言いたくないのなら聞きません。私達を優先してくれた事実だけで充分です」「そうだね。まぁ、ボクは暇だし、我儘坊やの復讐手伝ってあげてもいいよ」「私も、協力しますよ」「あぁ、頼りにしてるよ。って··おいこらノーヴァ、誰が我儘坊やだ!」 ノーヴァとヴァニルに手伝ってもらえば、いとも容易く父さんを屈服させられるだろう。勿論、物理的に。ヴァニルの場合、まずは容赦なく精神的に殺《ヤ》りそうだ。 協力してもらえるのは助かるし、頼りにしているのも本心だ。けれど、なんだこの漠然とした不安は。 この2人の際限のなさ故だろうか。あまり関わって欲しくないのが正直なところだ。「あの、ちょっといいですか。ヌェーヴェルさんに聞きたいんですけど」「なんだ、イェール」「その復讐ってのを達成したら、アンタは吸
説明を終えるなり、ノーヴァとイェールに笑われた。ノウェルはふんぞり返って鼻を高くしている。「ヌェーヴェルには僕が色々教えてあげるよ。心の機微を、こいつらが教示できるとは思えないからね」「ボクだってできるよ! 人間の事はローズに教えてもらったからね」「こら、人様の母君を呼び捨てにするんじゃない。失礼だろうが」 やはり、ノーヴァはノーヴァだ。まだまだ礼節を弁えきれていない。所詮、余所行き用の付け焼き刃と言ったところか。「ちぇー····人間ってなんでそういうトコ煩いの? 面倒だなぁ」「ノーヴァがガサツ過ぎるんですよ。誤解のないように言っておきますが、吸血鬼が皆、ノーヴァのようにガサツな訳ではありませんから」 知っている。ローズやブレイズ、ヴァニルのように礼儀正しい者が多い事は。 それは人間とて同じ事だ。住む環境や性格によるところだろう。「お前を見てたらわかるよ。ノーヴァのもまぁ、度を越さなきゃ可愛いもんだしな」「えへへ。ねぇヴェル、ひとつ聞いておきたいんだけど」「なんだ?」「ヴェルはさ、子供のボクと大人のボク、どっちが好き?」 究極の選択じゃないか。愛らしい子供の姿で背徳感を感じるか、大人の姿でヴァニルとは違った美形に支配されるか····なんて言うと図に乗るのだろう。とてもじゃないが、正直な気持ちは伝えられない。「子供で充分だ。大人になるのは禁止だしな。お前ら3人に血を吸われる俺の身にもなれよ」「それぞれ遠慮してるじゃありませんか。ちゃんと“不死の吸血”の約束は守っていますよ」「当然だ。俺が死んだら元も子もないだろうが。そうだ。イェールはノウェルの血を飲むのか?」「許した憶えはないんだけどね、興奮すると時々吸われるよ。嫌かい?」「嫌だな。けど、ヤッてる最中だけは許してやる」「随分と寛大なんだな。ノウェルさんがアンタに執心してるからって余裕じゃないか」「あぁ
約束の夜。全員が俺の部屋に集まった。「結論から言う。俺は、お前たちの中から1人を選ばん。全員、俺のモノでいろ」 俺が高らかに言い放つと、ヴァニルとノウェルは予想通りと言った顔で項垂れた。ノーヴァは呆気にとられた顔で口をパクパクしている。餌を待つ魚か。 そして、黙って聞いていると約束していたイェールが喚き始めた。「アンタ本当に狂ってんのか!? どれだけ欲張りなんだよ! ふっざけんなよ····ノウェルさんだけは渡さないからな!!」「イェール、黙って聞いてろ。できないなら追い出すぞ」 俺の言葉を受けて、ヴァニルがイェールを睨む。「······クソッ!!」 なんと説明すれば良いものか、俺だってそれなりに悩んだのだ。しかし、ノウェルに言われて“恋”だと知った時点で、俺の中では結論が出ていたのだと思う。 結論が出ているものに、思い悩むのは性に合わない。「お前らが俺を想ってくれている事は、正直嬉しかった。けど、俺はノウェルに言われるまで、恋というものが分からなかったんだ。その····症状に当てはまっていて初めて、お前らに抱いていた感情に“恋”という名がある事に気がついた」「症状って、ヴェル····病気か何かだと思ってたの?」 ノーヴァが憐れむような目で俺を見て言った。 「恋なんて病気みたいなものだろう。鼓動が早まったり身体が熱っぽくなったり、息苦しくなったり情緒が不安定になるんだぞ。まともな状態じゃない」 俺の意見に首を傾げるノーヴァ。俺は、何かおかしな事を言っているのだろうか。「そう····だね? ねぇ、人間って皆こんなにバカなの? ノウェルは人間の中で生きてきたんでしょ? 人間っ
「そうかそうか、なら話は早い。ヴァニル、お前だろ? ヴェルの相手してんの」「はぁ····そうですが」「俺にも喰わせろ」 タユエルはニタッと笑い、圧《プレッシャー》を掛けて言った。一瞬たじろいだヴァニルだったが、すぐに毅然とした姿勢で断る。「いくらタユエルさんの頼みでも、それは承服致しかねます」「ハッ····頼んでんじゃねぇだろ。喰わせろつってんだよ、なぁ?」 タユエルは、ヴァニルの肩を壁に押さえつけると、もう片方の手で俺の首を掴み牙を見せた。「なっ!? タユエル····どうしたんだ!? 来た時から様子がおかしいとは思っていたが、何かあったのか」「や~、別にこれと言ってねぇけどな。お前がイイ匂いふり撒きながらウチに来る度によぉ、溜まるんだよ、色々とな」「はぁ!? 甘い血の匂いか? 俺にはわからんのだから仕方ないだろ! 溜まるって何が····あぁ!! 今まで誘ってたのって本気だったのか」 タユエルとヴァニルの溜め息が地下にこだました。「ヌェーヴェル、タユエルさんにも狙われてたんですか。この人、昔は手当り次第好みの人間を食い散らかしていたんですよ。よく無事でいられましたね」「俺だって理性くらいあるわ。流石に、ヴァールスに手を出すと厄介な事くらいわかってるっつぅの」 脳筋なのだと思っていたタユエル。意外と冷静にものを考えられるのだと感心してしまう。「だと思ってたから、ずっと揶揄われているだけだと思ってた。まぁ、タユエルも吸血鬼だからな。いつ理性が飛んで襲われるかわからんから、常に警戒はしていたが」「そっちの警戒だったのかよ。お前、鈍感だとか言われねぇか?」「言われた事はない。俺は鈍感じゃないからな」 自慢じゃないが、母さんには気が利くとよく褒められた。それに常日頃、細事にも気を配っているつもりだ。
ほとんど眠れずに、俺はタユエルの店へ赴く。人使いの荒い父さんから、先日の銃を仕入れてこいと仰せつかったのだ。「ヴァニル、相手が俺に何を言おうと、たとえ何をしようと、絶対に口も手も出すなよ」「事と次第によりますよ。それより貴方、あんな事の後でよく私を護衛につけましたね」「これは仕事だ。私情は挟まん。だから、馬車《ここ》でシようとか考えるなよ。約束は今夜だろ」 俺は書類に目を通しながら言った。チラッとヴァニルを見ると、むくれた顔で窓から外を眺めている。「キ、キスくらいならいいぞ。軽いヤツな」「····子供じゃあるまいに」 気を遣って言ってやったのに、無下にするとは腹立たしい。「そうか、ならもういい。指一本触れるな」「わかりましたよ。······ヌェーヴェル」「なんだよ」 やらしい声で呼ばれたので、鬱々とヴァニルを見る。ヴァニルは恍惚な表情で俺を見て、滾らせたイチモツを見せつけてくる。「バ、バカか!! こんな所でナニおっ勃ててるんだ!」「シィー····声が大きいですよ。御者に聞こえてもいいんですか?」 唇に人差し指を当てて言う。無駄にエロい所為で、こっちまでその気にさせられてしまうじゃないか。「夕べ、途中で終えてしまいましたからね。で、どっちの口に欲しいですか? 今なら優しくしてあげますよ?」 俺の話を聞いていなかったのだろうか。いや、聞いた上での愚行か。 これに逆らったら、きっと御者に気づかれてしまう程度には激しく犯されるのだろう。そうなれば厄介だ。「······くそっ。資料に目を通さにゃならんから、し、下の口にしろ」 おずおずとヴァニルにケツを差し出す。到着まで1時間足らず。間に合うのだろうか。