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第123話

Author: るるね
last update publish date: 2026-05-04 15:36:35

 一瞬、陽菜は鷹宮が何かを含んだ言い方をしているように感じた。

 それが何を指しているのかは分からなかった。少し考えた末、やはり事件のことは鷹宮に話さないことにした。

 家の中で起きているあんな事情は、決して人に誇れるものではない。陽菜は鷹宮に心配をかけたくなかったし、何より、彼の中で自分の価値がほんの少しでも下がるのが怖かった。

「……特に変わったことはありません。最近、一条くんが新しい工場を探していて、私も海外の工場にいくつか連絡しているんです。ただ、サンプルの郵送に時間がかかりすぎて、一条くんも少し困っていて……」

「工場か……たしかに修司から聞いたよ。僕のほうでも知り合いの社長に聞いてみる。何か力になれるかもしれない」

「あ、い、いいですよ。これも私の仕事ですし……それに鷹宮さん、もう十分お忙しいのに、これ以上忙しくならないでください」

「大丈夫。君の力になりたいんだ」

 鷹宮は穏やかに笑った。

 陽菜がそれ以上話そうとしないことを察したのか、彼もまた、深く問い詰めることはしなかった。

 食事がまだ半分ほど残っている頃だった。不意に、玄関の外から物音がした。

 続いて聞こえて
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  • 一夜の再会から始まる、雇われない恋   第123話

     一瞬、陽菜は鷹宮が何かを含んだ言い方をしているように感じた。 それが何を指しているのかは分からなかった。少し考えた末、やはり事件のことは鷹宮に話さないことにした。 家の中で起きているあんな事情は、決して人に誇れるものではない。陽菜は鷹宮に心配をかけたくなかったし、何より、彼の中で自分の価値がほんの少しでも下がるのが怖かった。「……特に変わったことはありません。最近、一条くんが新しい工場を探していて、私も海外の工場にいくつか連絡しているんです。ただ、サンプルの郵送に時間がかかりすぎて、一条くんも少し困っていて……」「工場か……たしかに修司から聞いたよ。僕のほうでも知り合いの社長に聞いてみる。何か力になれるかもしれない」「あ、い、いいですよ。これも私の仕事ですし……それに鷹宮さん、もう十分お忙しいのに、これ以上忙しくならないでください」「大丈夫。君の力になりたいんだ」 鷹宮は穏やかに笑った。 陽菜がそれ以上話そうとしないことを察したのか、彼もまた、深く問い詰めることはしなかった。 食事がまだ半分ほど残っている頃だった。不意に、玄関の外から物音がした。 続いて聞こえてきたのは、鷹宮の母の声だった。「凌、いるの?」 陽菜だけではない。鷹宮でさえ、明らかに動揺していた。 それでも彼はすぐに自分を取り戻そうとした。 陽菜を見つめた数秒のあいだに、彼の頭の中ではいくつもの選択肢が巡ったのだろう。彼は陽菜を隠すこともできた。なにしろこの家は広い。どこかに身を潜めれば、少なくともすぐには見つからない。 けれど、そんなことをすれば、まるで二人が本当に後ろめたい関係であるかのように見えてしまう。 結局、鷹宮は唇を固く結んだだけだった。 そして、食卓の上に置かれていた陽菜の手へと、自分の手を伸ばした。 陽菜も緊張していた。怖くさえあった。 鷹宮の母は、それほどまでに人に圧を与える女性だったから。 不思議なことに、鷹宮の手が自分へ伸びてきたその瞬間、陽菜の中にあった恐怖はふっと消えていった。 鷹宮の母が部屋へ入ってきて最初に目にしたのは、二人が固く手を握り合っている姿だった。 彼女の目が、一瞬で大きく見開かれる。 信じられないものを見たかのように。 そして次の瞬間、陽菜の全身を震わせるほど鋭い悲鳴が響いた。「あなた……あなたたち……!」

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     契約書を手に入れてからというもの、立花は間髪入れず、そこに記された条項の一つひとつを精査し始めた。わずかでも東和に不利となり得る隙を見つけ出すため、徹底的に読み込むつもりだった。 陽菜はその間、落ち着かない日々を過ごしながら、連絡を待ち続けた。 けれど、数日が経っても、望んでいたような“いい知らせ”は届かなかった。 東和の法務チームは、やはり一流だった。 一見すれば理不尽に思える条項がいくつも並んでいる。だがそのどれもが、絶妙な線で法律の枠内に収まっており、形式上は完全に合法とされるものばかりだった。 それでも立花は諦めなかった。 電話越しに、次の手を冷静に伝えてくる。「大丈夫だ、藤野。契約自体に明確な瑕疵は見当たらないが……まだ特許の正式な移転登記は済んでいない。だからこちらから、地裁に特許権移転登記禁止の仮処分を申し立てる。少なくとも東和の次の一手は止められるし、その分だけ時間も稼げる」 法律のことは、陽菜にはよく分からない。 立花の言葉には迷いがなかった。「はい、先輩。私にできることがあれば、何でも言ってください」「今の藤野に一番大事なのは、ちゃんと休むことだ。考え込みすぎるな。……修司から聞いたぞ、この数日ほとんど眠れてないって。あいつ、結構心配してる」 一条の名前が出た瞬間、立花の声が少しだけ軽くなる。隠しきれない興味が滲んでいた。「えっ……それは、一条くんが大げさに言ってるだけです」「そうか? でも、あいつが女の子のことでそこまで気にするの、初めて見たかもしれないな……はは。藤野、ちゃんと休めよ。あまり心配させるな」 軽く冗談を交えたあと、立花のほうに新しい仕事が入ったらしく、通話はそこで切られた。 スマートフォンを下ろした陽菜は、無意識のうちに視線を横へ向ける。 ――一条のいるオフィス。 扉は半開きになっていて、中の様子が少しだけ見えた。 一条はデスクに向かい、書類に目を落としている。表情はいつもよりわずかに険しく、眉がほんの少し寄っていた。 どうやらあまり良い内容ではないらしい。 だが、そのとき。 まるで視線に気づいたかのように、一条がふと顔を上げた。 目が、合う。「……っ」 陽菜は慌てて視線を逸らした。 けれど、それではあまりにも不自然だと気づき、すぐにもう一度だけ、そっと見直す。 一条は、

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  • 一夜の再会から始まる、雇われない恋   第49話 彼女って言えば?

    「修司、どうした……?」 鷹宮は一瞬、言葉を失った。記憶をたどっても、一条がここまで特定の女性に気を配る姿は初めてだった。鈍い自覚のある彼でさえ、どこか違和感を覚えずにはいられない。 訝しげに見つめる鷹宮に対し、一条は再びソファへ身を沈め、先ほどと同じく気だるく寛いだ姿勢に戻った。「なんだよ?」「……なんだか、陽菜さんのこと、やけに気にかけてるように見える」「昔の同級生だからな。俺ってさ、性格いいだろ? 久しぶりに会った相手を放っておく趣味はないんだよ」「放っておくって……」 鷹宮は呆れたように肩をすくめ、小さく笑った。 けれど、言われてみれば間違ってはいないとも思う。鷹宮の

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     陽菜はスマートフォンを持つ手を、ふいに止めた。 画面に表示された『お前の好きな香りだろ?』という一条のメッセージを見つめたまま、ほんの短いあいだ、思考が止まったように固まってしまう。 どう返せばいいのか、すぐには思いつかなかった。 陽菜は箱の中からアロマとハンドクリームを取り出す。 パッケージも、箱と同じく白を基調としていて、どこか清潔で上品な印象を与えるものだった。 余計な装飾はなく、やわらかな光を受けて、品のよさを感じさせる。 白茶の香りに合わせているのか、ハンドクリームの表面には、シンプルな線で描かれた白茶の花のイラストが添えられていた。 細く繊細な線で描かれたその花は

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