LOGIN【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽なことに気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた――
View More午前7時半――
ダイニングルームに朝日が差し込んでいる。
私はテーブルに向かって座り、いつものように夫のラファエルが現れるのを待っていた。
私は7時からここで夫を待ち続けていたが、一向に彼は現れない。
「ゲルダ様、恐らくご主人様は今朝も……」
フットマンのジェフが恐る恐る口を開く。
顔を上げると、いつものように気の毒そうに私を見つめている。
この屋敷にいる者なら全員が知っている。
ノイマン家の主人は、ここに来ないことを。
何故なら彼は別の階にいる。
私ではない別の女性とベッドを共にし、朝食を供にしているのだ。
その女性は他でもない。
彼の幼馴染であり、堂々と傍に居座っている愛人――アネット。
スプーンを置くと、ジェフに微笑んだ。
「ごめんなさい、夫は今朝も来ないようだから今日も1人で頂くことにするわ。用意して貰える?」
「で、でも……すっかりお料理が冷めてしまったので温め直してまいりましょうか?」
「いいのよ。今日で私が彼を待つ最後の日だから」
聞き取れなかったのか、理解したのか、ジェフは唖然とした顔をしている。
私は説明することもせず、ただ静かに座って料理が並べられていくのを待った。
目の前に置かれたクリームスープは、すでに湯気一つ立たないほど冷めていたが、それでも一口すくった。
――冷たい。
だが、三年間の結婚生活よりは冷たくない。
「ゲルダ様……今朝はその、何だかまるで別人の様ですね?」
ジェフは意を決したかのように、口を開いた。
「そうかしら?」
「ええ……いつもなら旦那様の所に怒鳴り込みだり、大騒ぎして屋敷中に泣き声が響いていたでしょうから……」
その言葉に私は笑った。
「大丈夫よ、もうそんなことはしないから」
何故なら、ようやく理解したからだ。
泣いても騒いでも跪いて懇願しようとも、ラファエルは振り向かない。
それに……私は彼を愛していないからだ。
「今日、一つ重要なことが分かったの」
「な、何がですか?」
私はスプーンを置くと、きっぱり言った。
「離婚するわ」
「え!? り、離婚ですか!?」
ジェフが驚きで目を見張る。
誰もが、何故私が突然こんなに変わったのか知るはずもないだろう。
何故なら……今朝、私は前世の記憶を取り戻したからだ――
2人でいつものように厨房に並んで立って料理をしているのだが……。「ちょっと、な~に? 何だか今日は随分視線を感じるんだけど……言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」料理の味付けをしながら私は隣でニンジンを切っているウィンターに話しかけた。「い、いえ! ベ、別にみてなんかいやしませんよ!」ブンブン高速で首を振るウィンター。「ふ~ん……そう。なら別にいいけど……あ、そうそう。朝食後は出掛けて来るから後片付けはアネットと一緒にやってね。その後はブランカと一緒に畑仕事をやってね?」「はい! お任せください! それにハーブも育てるんですよね? ちなみにゲルダ様はどんなハーブが好きなんですか!?」妙に勢いづいて質問してくるウィンター。「え? 私? そうねぇ……ミントやローズマリーはハーブティーとして飲めるから好きね。それにタイムやパセリ、バジルなんかは料理に役立つわよね?」「なるほど、その4種類のハーブが好きなんです? そうだ! 出掛けるってことは町に行くわけですよね? なら俺も買い物に行くので一緒に行きましょう!」「何言ってるのよ。ウィンターは後片付けがあるでしょう? まさか本来厨房係でありながら自分の任務を放棄して、アネットに全て押し付ける訳じゃないでしょうね?」「ま、まさか! そんなことしませんよ! でも……仕方ないですね。今日は一緒に出掛けるのはやめますが、次回は必ず一緒にハーブを買いに行きましょうね?」その言葉に驚いた。「え? ちょっと待ってよ。まさか私と一緒に買い物に行くつもりなの? 子供のお使いじゃあるまいし、1人でハーブの苗くらい買いに行けないわけじゃないでしょうね?」「い、いえ! そうじゃなくて俺はゲルダ様といっしょに……」そこまでウィンターが話しかけた時――「おはよう! ウィンターさん。ゲルダさん!」大きな呼び声に驚いてふり向くと、そこには何故か仏頂面の俊也(ルイス)がドアに寄りかかってこちらを見ている。「あら。俊……ううん、ルイスさん。今朝は随分早いのね?」ウィンターがいるのに、危うく『俊也』と呼びそうになってしまった。「チッ! おはようございます……」ウィンターが隣で舌打ち? した気がする。「今朝は早く目が覚めたんですよ。ところでゲルダさん。少し話したいことがあるので、外に出ませんか?」「え!? 何
「え、えっと……あの……そ、それは……」思わず顔を真っ赤にさせながら困っていると、そんな様子を見たジョシュアさんがクスリと笑った。「すみません。どうやら僕は今非常に貴女を困らせているようですね。でも……」ジョシュアさんはさらに私に一歩近づく。「その様子だと……僕はゲルダさんに嫌がられているわけではない……と捉えて良いですよね?」私はその言葉に返事をすることすら忘れてコクコクと頷く。するとさらにジョシュアさんは嬉しそうに笑った。「ああ……良かった。では僕は貴女に好かれているんですね?」えっ?!そんな極端な……! だ、だけど実際私がジョシュアさんに惹かれているのは事実だった。思わず返答に困っているとジョシュアさんが笑いながら私を見た。「アハハハハハ……本当にゲルダさんは可愛らしい方ですね。返事はまたゆっくり聞かせて貰いますよ」「は、はぁ……」駄目だ、ドキドキしすぎて心臓が持たない。「さて、本当は……もう少しゆっくり話したかったのですが……先程からこちらを穴のあくほど見つめている人達がいるので、今夜はこの辺で退散しますね。また後日口説かせていただきます」「は、はい……」ジョシュアさんは突然私の髪の毛を一房すくい上げ、キスしてきた。「前向きに考えておいて下さいね」「!」そしてバーベキュー会場? へと戻って行った。「ジョシュアさん……」何てことだろう。はたから見れば私はまだ21歳のうら若き女性。けれどその中身は前世の年齢と今世の年齢を合わせれば67歳の年寄なのだ。それなのにこんなに胸がときめくなんて……。ん?その時、何処からか突き刺さるような視線を感じて振り向いた。するとそこにはグラスを手にした俊也と大きなヘラを握りしめたウィンターがこちらを見ている。俊也もウィンターも何やら人を非難するような目で私を見ているけれども……。何故!?俊也に非難めいた視線で見られるのはまだしも……何故ウィンターごときにまで、同じ目で見られてしまうのか……。解せぬ。全く理解できなかった。「な、何よ! 2人とも! ほ、ほら! 料理が冷めちゃうわよ! 沢山調理して沢山食べなさいっ!わ、私は先に部屋に戻るからね!」照れ臭さを隠しつつ、私は逃げるように自室へ向かった――**** 午前5時半―ジリジリジリジリ……目覚まし時計が鳴っている。「う〜
その夜のこと―「皆! 今夜は大いに楽しんでちょうだい!」私は全員に大きな声で呼びかけた。『はいっ!』返事をする私の頼もしい仲間たちとシェアハウスの住人である俊也とジョシュアさん。今夜はノイマン家の朗報を知ることが出来たので、外でバーベキューパーティーを開催したのである。いわゆるお祝いパーティーである。庭の外で薪を組んで、その上に大きな金網を載せて野菜を焼いているのはジョン。そして大きな鉄のプレートで肉やウィンナーを焼くのは勿論ウィンターである。ウィンターは、何故俺がこんな役目をしなくてはならないのだとブツブツ文句を言いながら焼いていたが、以外に楽しそうに見える。「はぁ〜それにしても今夜は良い星空ね〜」果実酒を飲みながら、ほろ酔い気分で皆から少し離れた場所で1人庭に設置されたベンチに座り、お皿に載せた焼肉料理をつまんでいると背後から声をかけられた。「ゲルダさん」「え?」振り向くとそこに立っていたのはジョシュアさんだった。彼は笑みを浮かべながら片手にアルコール、片手に料理の乗ったプレートを載せている。「あ、ジョシュアさん。どうしたんですか?」「いえ、僕もこちらでご一緒させて頂こうかと思いまして」「ええ。どうぞ、お座り下さい」私は真ん中の席からずれるとジョシュアさんが座ってきた。「失礼します。もう、お互い飲み始めていますが……乾杯しませんか?」「ええ、そうですね」そして私達は互いにジョッキを持って乾杯した。「それにしてもゲルダさんは凄い女性ですね〜」ジョシュアさんがお酒を飲みながら話を続ける。「え? 私がですか?」「ええ、そうですよ。シェアハウスと言い、この『バーベキューパーティー』と言い……どれも僕に取って初めての体験ですよ。本当にまだこんなにお若くて美しい女性なのに素晴らしいアイディアをお持ちなのですね?」そしてじっと見つめてくる。「そ、そんな……褒め過ぎです」若くて美しい女性などと言われて、不覚にも胸がときめき、顔が熱くなってしまう。それを誤魔化すために私は言った。「そ、そういえば本日はノイマン家の屋敷が売りに出されたのですよね? 売り主は誰だったのですか?」「ええ、それが驚きなのですよ。てっきりノイマン伯爵家で売りに出したと思っていたのですが……売り主はウェルナー侯爵家だったのですから。おまけに屋敷と一緒
「あ! 面会と言われたから来てみれば……お前だったのか? ゲルダッ!」ラファエルは入室してくるなり、私を指さしてきた。今のラファエルはヨレヨレのYシャツ姿にサスペンダー付きのズボンを履いている。普段お洒落な服ばかり着ていた頃と比べて大違いだ。「あら〜……いい格好ね? ラファエル」私はこれみよがしに腕を組み、ついでに足を組む。「うるさい! 元はと言えば誰のせいでこんな目に遭ったと思っているんだ!」するとラファエルは看守に押さえつけられた。「こら! 暴れるな! 静かにしろ!」「うるさい! 俺を誰だと思っているんだ!? 由緒正しいノイマン伯爵家の人間だぞ!?」「何が伯爵だ! 囚人に平民も伯爵も関係ないんだ!」看守はラファエルの身体を抑えつけながら言う。よし! いいぞ! 頑張れ看守!私は心のなかで密かに看守を応援した。「それで、どうします? 両手を拘束すれば……2人だけで話をすることが出来ますけど……?」看守がラファエルを抑えつけながら尋ねきた。「え? そうなのですか? 両手を縛れば2人だけで話が出来るということですね?」その言葉にラファエルが青ざめる。「な、何だって!? 俺の身体を縛り上げるつもりか!?」いや。何もそこまで言ってはいないが、縛り上げるのも良いかもしれない。「そうですね…一つ、やってみて下さい」「分かりました。それでは2人だけでの話を希望されるということですね?」「はい、そうです」看守と私の会話にラファエルが喚く。「よせ! やめろ! 縛り上げないでくれ!」ラファエルは必死で抵抗するも……あっという間に両手を一つに縛り上げられてしまった。「では面会時間は30分ですので」それだけ言うと看守は出ていき、部屋の中は私とラファエルの2人だけになった。「ほら、何してるの? 座ったらどう?」両手を一つに縛られたラアファエルに声をかけた。「……」ラファエルは険しい目で私を睨みつけるものの……大人しく椅子に座った。「どう? 元気だった?」私の言葉にラファエルが牙を剥く。「はぁ!? これが元気そうに見えるのか!? こんな貧しい服を着させられ、貧しくて不味い料理しか出てこないこの牢屋で! 大体お前何しに来たんだよ!」「ああ、それね? ノイマン家が売りに出されるそうじゃない? そのことを聞きに来たのよ。私の家からの財