Share

第2話

Penulis: 白金 将
last update Tanggal publikasi: 2026-09-01 05:56:50

あの夜から数日が経っても、燐の心に空いた穴は何も埋まらなかった。

燐はベッドで横になったまま、これまでのことを一人で思い返す。

すべては二年前に遡る――

黒鉄家。

明治以前から続く“旧き魔女”の血筋。

そこに生まれた者、特に娘ともなれば誰もが大きな期待をかけるものだった。先祖と同じく、魔法の才を宿しているとして。

――だが、燐は違った。

彼女には魔法の才能がほとんどなかった。

魔力量は極小。一族の中で最も“出来損ない”と呼ばれるほどの有様に、周囲からの期待は簡単にひっくり返った。

『なに、魔法の才能が無い?』

『身体に宿せる魔力量が少ないようです』

『はあぁ。娘が生まれたからと期待してみればこれとは、がっかりじゃ。これじゃあ、ただの人間と変わりあるまい……』

燐が覚えている限り、彼女は早々から、一族の殆どに見限られていた。

最も幼い頃の記憶は、蔵の中に閉じ込められて『しつけ』をされた思い出だった。まだ幼稚園に入る前の話だ。

『魔法を使えないなら、せめて人·並·み·に頭を使えるようになれ』

『お前にはそれしかないんだぞ、燐』

『悔しかったら、魔法の力で鍵を開けてみることだ……』

燐はあまり喋らない子供だった。

魔法の才能がないと知られてからは、家族からの期待を失うと共に一層その傾向が強くなっていった。

それでも――

『燐。貴女の価値は、魔力量なんかでは決まらないわ。これからの貴女が考え、成し遂げることで決まるの』

燐を産んだ母親だけは、そんな娘を心から可愛がって、抱きしめてくれた。

それは闇のような人生における灯火。

母の庇護を受けながら燐は勉学に励んで大学の経営学部へ進学。いつしか“才媛”と呼ばれるに至った。

『大学卒業おめでとう、燐。今の貴女ならどこに出しても恥ずかしくないわ……』

『ありがとう……お母様』

しかし――

その母は原因不明の病に倒れ、大病院での入院生活を余儀なくされた。

『ごめんなさいね、燐……』

『大丈夫よ。私はもう、大人だから』

黒鉄家に、燐の味方はいなくなった。

莫大な治療費は黒鉄家の家計を著しく圧迫し、その中で、落·ち·こ·ぼ·れ·の燐の立場はいっそう厳しくなっていった。

それから三ヶ月後――

『お父様……?』

『燐、お前に大切な話がある』

黒鉄家の当主――父親から呼び出された燐は、和室で正座させられていた。

『お前に見合いの話が来ているんだ』

『見合い……ですか』

燐の身体が硬くなる。

これは、母が居ないのを良いことに、燐を一族からの追い出そうというものだった。

『御堂家の長男、恭司君からの申し出だ』

『御堂家……?』

御堂恭司――金融業界に接したこと人間ならば、誰もが知る名前だ。

若くして『御堂財閥』を継ぎ、CEOとなってからもその天才的な頭脳で業界の頂点に君臨した男。

『……私に、ですか?』

『そうだ。既に先方とは条件を話し合っている。向こうも黒鉄の魔女の血を求めているようでな……』

燐は悟った。これは契約結婚だ。

結婚よりも、取引に近い――

『お前は魔力には恵まれなかったが、その血には、輸血した相手を癒やす力がある。互いに病人を抱える中、黒鉄家は金を、御堂家は血を欲している……』

燐は、魔法らしい魔法が使えない。しかしその一方で、黒鉄の魔女であることは間違いなかった。

黒鉄の血は、他者を癒やす血。魔力の有無にかかわらず生まれつき備え付けられた、高貴な血統の魔女が持つ効能であった。

「……」

つまり、燐は生·き·た·輸·血·パ·ッ·ク·として御堂家に売られるのだった。

燐は、父に向けて頭を下げて返事する。

拒否権など、なかった。

『……お母様の為にも、お受けします』

それから見合いの話は進み、遂に二人が対面することとなった。

よく晴れた日の午前、黒鉄家の和室で、黒いドレスに身を包んだ燐は御堂恭司と向き合う。

一言で表せば、氷のような人だった。

極めて整った顔立ちに引き締まった身体、冷静な態度。他人を簡単に寄せ付けないオーラに満ちている。

「恭司さん。私には魔法の才能がありません。それでもよろしいのですか?」

燐がそのように尋ねてみれば。

恭司は静かに目を瞑りながら、何ら変わらぬ様子で淡々と言葉を返した。

「……関係ありません。これは契約です」

その言葉に、燐は視界がぱっと明るくなったような気がした。すべてのものが、ずっと色鮮やかに映っているように見えた……

(……この人は、“私”を見てくれている)

(才能も、家のことでもない)

(ただ、“私”だけを見て――)

この話は極めて打算的なものであり、歯が溶けるような色恋沙汰とは程遠い。

しかしそれでも……燐の心はこの男の言葉で火を着けられたようだった。

「わかり、ました。問題ありません」

「ありがとう……燐」

初めて名前を呼ばれた――

燐は、胸の内がこそばゆくなる気持ちを堪えながら硬い表情で頭を下げる。

「いえ、その……不束者ですが、よろしくお願いします」

これがすべての始まり。

ここからあの雨の夜までの長い二年間を、燐は歩み出したのだった。

Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi

Bab terbaru

  • 一族からも契約夫からも冷遇されていた“落ちこぼれ魔女”の私、血を捧げるだけの日々にさよなら――逆襲を始めます   第57話

    第57話「何度来たって同じだよ、社長さん」取締役会まで残り五日となった日の朝。この日も榊の茶工房を訪ねた燐は、戸口に立ったところで榊からそう言われていた。榊は作業台から顔も上げない。平ざるの茶葉を選り分ける手だけが、黙々と動き続けている。「あのジジイは、あれから何か言ってたのかい」「……いいえ。先日伺ったのですが、何も」「そうかい」短い返事だった。榊はまた手を動かし始める。「社長さんがどうにかしようとしてくれている、その心意気は買うよ。でも、これはどこまで行っても社長さんの問題じゃないんだ。……分かったら、また来な」「……分かりました。また伺います」燐は頭を下げて工房を出た。古株の職人が気の毒そうな目で見送ってくれたが、それだけだった。バス停へ向かう道を歩きながら考える。篠原、真壁、久我、芹――燐の側は四人。東條、氷室、水瀬、そして三枝――三枝が約束どおり白銀に入れれば、優真の側も四人。最後の一票は、榊が握っている。しかしそれは燐個人にはどうにもできない問題に思えていた。(このままだと、もしかしたら……)(いっそのこと、三枝さんに頭を下げて、考え直してもらう……?)一瞬だけそんな考えが頭をよぎった。けれど燐はすぐに首を振る。三枝には入院中の子供がいる。白銀側に入れても大丈夫なようにすると約束したのは、他でもない燐自身だった。その約束は反故にはしたくない。入院中――その言葉を思い浮かべた瞬間、燐はハッと気が付いて、バス停の前で立ち止まる。燐は鞄からスマートフォンを取り出した。呼び出したのは……病院にいる母の番号だった。『……もしもし、燐?』「お母様? いま、大丈夫?」『ええ、いいわよ。どうした

  • 一族からも契約夫からも冷遇されていた“落ちこぼれ魔女”の私、血を捧げるだけの日々にさよなら――逆襲を始めます   第56話

    第56話翌朝、始業の一時間前。窓の外がようやく白み始めた頃、まだ誰もいないオフィスで篠原はホワイトボードの前に立っていた。「昨夜のうちに、他の会議の議事録もすべて確かめました。書き換えられていたのは、芹さんの事業について話し合ったあの回の一箇所だけです」「わざわざ、そこだけを……誰がやったの?」「ファイルの更新履歴を見ると、別部署の端末から書き換えられていました。おそらくは……氷室さんか、水瀬さん」氷室と水瀬。東條と同じ、燐の解任に賛成する派閥の役員だ。優真の手引きで入ってきた彼女たちはこのような工作活動まで行っていたのだ。「そこまでして、私のことを社長から引きずり下ろしたいのね」「議事録は細かな言い回しが変わっています。読み流せば気付かない程度に……」篠原の声は淡々としていたが、その目は燐よりも怒りに燃えているのが分かる。燐はしばらく考え込んだ。保管庫は昨夜のうちに篠原と二人で隅々まで探したが、あの録音機だけがどこにも見当たらなかった。おそらくは証拠を隠そうとしたのだろう。持ち出した誰かが社外へ捨てていればもう取り戻す手立てはない。けれど――もしまだ社内のどこかにあるのなら?「社内を探すのには時間がかかりすぎます。私たちが探し始めたのが相手方に悟られれば、いま残っていたとしても、いずれ消される可能性が高いです」「……篠原さん。芹さんを呼んでもらえる?」「芹さんを?」燐は腹の底で覚悟を決めて、篠原の言葉に頷いていた。 *「どうして私がそんなことをしなきゃいけないんですか」朝一で会議室に呼ばれた芹は、燐の頼みを聞くなり不満をぶつけた。目の下にはうっすらと隈がある。昨夜はあまり眠れなかったのだろう。それでも燐を見る目つきは昨日と同じく睨みつけるようなものだった。「なくした録音機を、芹さんの魔法で探してほしいの。あの会議で私が

  • 一族からも契約夫からも冷遇されていた“落ちこぼれ魔女”の私、血を捧げるだけの日々にさよなら――逆襲を始めます   第55話

    第55話その日の昼休み、燐は芹が給湯室に一人で向かったタイミングを見て、少し早足でその後を追った。「芹さん、少しいい?」燐が声をかけると、給湯室で湯を沸かしていた芹の肩がびくりと跳ねる。それから、彼女は恐る恐るといった様子でゆっくり振り返った。「……はい。なんですか、社長」返事は硬かった。少し前までは燐の顔を見るなり駆け寄ってきて、仕事の話を嬉しそうに聞かせてくれる子だったのに。芹は、取締役会の話が出てからは目に見えて変わった。昼休みは燐のいない時間を選んで休憩室に入り、廊下ですれ違っても会釈だけで足早に去っていく。燐にはその理由がどうしても思い当たらなかった。取締役会まで残り十日を切っている。なんとしても、芹の真意を把握しておかなければならない。「その……二人で、話をしたいの。今日、仕事が一段落したら、少しだけ時間をもらえないかしら」芹はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。 *定時を過ぎて人の減ったオフィスで、燐と芹は小さな会議室に向かい合って座った。芹は膝の上で両手を握りしめたまま背中を丸め、なかなか顔を上げようとしない。燐がどう接したらいいか迷っていると、芹は小さな声で、しかしはっきりと尋ねる。「……社長。一つだけ、聞いてもいいですか」顔を上げた芹の目が、燐を睨みつけていた。燐が初めて見る、芹の顔だった――「社長が、私の事業を切ろうとしてたって……本当ですか?」「……えっ?」思いも寄らぬ言葉に燐は絶句してしまった。芹は深刻そうな顔で燐を睨みつけている。何かの冗談でもなさそうだ。「そんなわけないじゃない。どうして、そんな……」「優真さんが教えてくれたんです。前の経営会議で、社長が私の事業は効率が悪いから切るべきだって言って……それを、優真さんが

  • 一族からも契約夫からも冷遇されていた“落ちこぼれ魔女”の私、血を捧げるだけの日々にさよなら――逆襲を始めます   第54話

    この日、燐は午後からオフィスを出て、黒鉄家の門を潜っていた。(……ちゃんと、話をするしかない)前回は父からの書状で呼びつけられたが、今回は違う。今の燐には榊の票が要る。それを手に入れるために、燐は『黒鉄家』の過去と向き合うしかない――玄関では、いつもの使用人の女性が頭を下げて彼女を出迎えた。昼間だというのに薄暗い廊下を通り、燐は和室の応接間へ入る。「失礼します」「……」座卓の向こうで、父が腕を組んで待っていた。前に会った時よりも、その肩が少しだけ落ちているように見えた。燐の小さい頃はもっと大柄で、筋肉のある腕も印象的に残っていただけに、今の姿がどうにも哀しくて仕方ない。「……呼んでもいないのに来るとはな。燐、今度は何の用だ」「家の話をしに来ました。白銀から、家の事業ごと買い取る話が来ているそうですね」父の眉がぴくりと動いた。「……ふん、しっかり調べているようだな」「優秀な部下たちのお陰です。今の状況は?」父はしばらく黙っていたが、やがて腕を解くと、座卓の上に置いた手を見下ろした。「取引先はもう半分も残っておらん。このまま意地を張って家ごと沈むか、白銀に売って食い繋ぐか。……どちらにしても、黒鉄の名に先はない」「白銀に売れば、名前も残りません」燐は鞄から一枚の紙を出して、座卓の上に置いた。真壁がまとめた、白銀に吸収された事業の一覧だ。「この十五年で白銀に入った魔女の事業は、三十を超えています。今も元の名前で残っているものは一つもありません」父は紙を手に取った。それから一行ずつ目で追っていき……最後まで読み終えても、父は長いこと何も言わなかった。「お父様。私が黒鉄キャピタルの社長に残ったら、この家を黒鉄キャピタルとして支えます」「……何を言うかと思えば。娘の

  • 一族からも契約夫からも冷遇されていた“落ちこぼれ魔女”の私、血を捧げるだけの日々にさよなら――逆襲を始めます   第53話

    翌日の昼過ぎ、会議室の扉が控えめにノックされた。「……失礼します。お呼びでしょうか、社長」三枝は扉を半分だけ開けて、身体を滑り込ませるように入ってくる。それからは、燐と目を合わせないまま向かいの椅子に浅く腰を下ろし、視線をせわしなく動かしながら指を強く組んでいた。燐はそれを見て――できる限り、優しい表情と優しい声色を意識しながら、三枝にゆっくりと声をかける。「忙しいところごめんなさい。仕事の話じゃないの」「なんのこと、ですか……?」「ちょっとした雑談……貴女のお子さんのこと、少し聞かせてもらえないかしら」子供のことについて触れた瞬間、三枝の肩がびくりと跳ねた。燐にはその気持ちが痛いほどによく分かる。三枝は早口になって、話題を浅いところでまとめようとする。「あの子は、大丈夫です。病院の先生にもよくしてもらっていますし」「そう。それならよかった」「はい。ですから、何も……」三枝の声はそこで途切れた。視線はテーブルの木目に落ちたままだ。燐はそれ以上急かさなかった。二人は静かになり、壁の時計の秒針の音だけが、やけに大きく響いて聞こえる。そして……燐もまた三枝と同じように視線を落としてから、声を低くして身の上話を打ち明ける。「……私の母もね、入院しているの」燐がぽつりと言うと、三枝が一瞬の間を置いてから顔を上げた。「もう何年も前から、原因の分からない病気でね。母の入院費のために、私もいろいろあって。昨日……母の病院のことを調べていたら、出資者の中に『白銀』の名前があったわ」三枝の目が大きく見開かれた。「社長の、お母様も……?」「ええ。だから三枝さんがどんな気持ちでいるのか、少しは分かるつもり」燐の言葉の意味を察してか、三

  • 一族からも契約夫からも冷遇されていた“落ちこぼれ魔女”の私、血を捧げるだけの日々にさよなら――逆襲を始めます   第52話

    翌朝、燐は真壁の席の隣に椅子を寄せて座っていた。「社長、こちらがまとめたものです。お父様からいただいた一覧を元に、私の伝手と登記の記録で一つずつ追いかけました」真壁はそう言って、分厚いファイルを燐の前に広げる。燐の父が渡してくれた、白銀が出資した事業の一覧。その一行一行に真壁の細かい書き込みが添えられていた。「この十五年で、白銀の傘下に入った魔女の事業は三十を超えています。そして……今も元の名前で残っているものは、一つもありません」「……一つも?」「早いものは一年で、遅くても三、四年で屋号が消えています。登記の上では白銀系の大きな会社に吸収されて終わりです」燐はファイルをめくった。どの事業も最後の行は同じような言葉で閉じられている。吸収合併。商号変更。解散。想像以上の結果だった。想像以上に……事態は深刻かもしれない。「そこで働いていた魔女たちは?」「伝手で何人かに話を聞けました。皆さん、白銀系の別々の部署に回されています。詳細は篠原さんが今も調べていますが、同じ工房にいた人たちが、今はばらばらの会社にいて……連絡もあまり取れていないそうです」散り散りになった魔女たちを集めて、ひとつにする――バーで優真が口にした言葉が、燐の頭の中で嫌な形に組み替わっていく。その言葉に偽りはないのだろう。しかし、それは『魔女としての力』を白銀という枠に入れて、指示ひとつで動かす構造を作っているに過ぎない。かつてあった居場所も、人と人との繋がりも、白銀の中では何も残してもらえない。魔女たちはバラバラにされ、もっとも効率よく扱える形に再分配される……「それから、もう一つ」真壁はファイルの最後のページを開くと、少し言いにくそうに声を落とした。「黒鉄家に残っている古い取引先にも白銀の人間が接触しているようです。そのうちの一社が私の伝手にこう漏らしていました。白銀は黒鉄の当主に、家の事業ごと買い取る話を持ちかけている

Bab Lainnya
Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status