Share

第58話

Author: 北野 艾
京介が来ることなど、詩織は全く知らなかった。そんな話は聞いていなかったからだ。

だが、すぐに納得もした。

江ノ本市の社交界なんて狭いものだし、賀来家と宇田川家には昔からの付き合いがある。

京介が帰国したからには、柊也が主催するパーティーに顔を出すのも当然のことだろう。

彼の姿は、志帆も捉えていた。彼女は満面の笑みで駆け寄る。「京介、遅かったじゃない。ずっと待ってたのよ」

「悪い。渋滞に捕まって」

「そのネクタイ、私が贈ったものでしょう?よく似合ってるわ」志帆はそう言って、ごく自然な仕草で彼のネクタイにそっと手を伸ばし、結び目を直した。

親密でありながらも、決して馴れ馴れしくは見えない。

すべてが計算され尽くした、完璧な振る舞いだった。

その光景を見て、詩織はふと思い出す。以前、リヴ・ウエストの個室の外で耳にした噂話を。

――柊也が今までで一番スリルのあった経験は、好きな人の恋路に割り込んだこと。

その一言で、太一は、柊也が心の奥に隠していた相手が志帆だと確信したのだ。

太一は言っていた。志帆は昔、京介を追いかけて留学したのだと。

ということは……柊也と京介は、
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter
Comments (2)
goodnovel comment avatar
山下正子
志帆さん嫉妬ですか?詩織の男を奪い、まだ元彼にも自分を見ろと欲張り過ぎです。w
goodnovel comment avatar
Visitor
志帆は、京介が好きだったんだねー でも夢中になってくれなかったから 自分に夢中になってくれる方に乗り変えたんだね。条件は、似たり寄ったりだもんねー
VIEW ALL COMMENTS

Latest chapter

  • 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した   第1257話

    「……うん」「だから、今は嵐が過ぎ去るのをじっと待ちなさい。あの男とミキの溝が決定的に深まって、もう絶対に修復不可能なところまで関係が壊れきった後で、あなたがひょっこり戻ってくればいいのよ。孤独に打ちひしがれて空っぽになった男の心なんて、あなたが少し優しくすり寄って甘えれば、いとも簡単に落ちるんだから」璃々子は、母の蓉子が言った言葉を頭の中でぐるぐると反芻した。確かに……今の白彦兄さんは私にすごく冷たい。このまましつこく泣きついても、ウザがられるだけかもしれないわね。ここはあえて彼の指示に従い、一時的に距離を置いて引くのが賢い女のやり方だ。そうと決まれば、こんな場所に用はない。璃々子は即座に点滴の針を引き抜き、ベッドから飛び降りた。そもそも大した怪我などしていない。白彦の同情を引くために、わざと大げさに入院し、傷口すらも特殊メイクで偽装していただけなのだから。「ちょっと、どこへ行くの?」驚く蓉子に、璃々子は鼻を鳴らした。「海外に飛ばされる前に、ちょっと軍資金を稼ぎに行ってくるわ」白彦は金銭的な支援も、留学先の学校や住居も手配してくれている。しかし、それはあくまで一般的な学生生活を送れる程度の額でしかない。これまで彼に甘え、湯水のように金を使って贅沢三昧してきた璃々子にとって、そんなどん底の貧乏留学生のような暮らしなど、絶対に耐えられなかった。だから、海外でみじめな思いをしないために、自分でたんまりと金を稼いでおく必要がある。実は以前、ある富裕層の食事会に参加した際、彼らが密かに話題にしていた「非公開の投資ファンド」の話を耳にしていたのだ。絶対に儲かるインサイダー情報があるらしく、リターンが桁違いだという。ずっと気になってはいたものの、なんとなく手を出せずにいた。しかし、一緒に食事会にいた知り合いは全員それに投資し、既に莫大な利益を手に入れているらしい。欲望に火がついた璃々子は、もうじっとしていられなかった。彼女はすぐさま身支度を整え、今夜の投資家たちのパーティーに乗り込むことにした。海外に追放される前に、絶対に一攫千金を狙ってやるのだ。......翌日のお昼。アシスタントの萌が、不満げに唇を尖らせながら弁当を運んできた。「えー、今日のロケ弁、ただの幕の

  • 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した   第1256話

    だが、急遽「本港市で開催される三日連続のオークションに、ミキの亡き母のジュエリーがそれぞれ出品される」という情報が入り、予定を変更せざるを得なくなった。彼はすべてのオークションに参加し、三つの作品を見事競り落としてから、ようやく帰還のフライトを手配した。その道中、彼はミキのために本場のエッグタルトを買おうと、わざわざ車を飛ばして隣町まで足を運んだ。さらに、空港に着陸するやいなや『スイート・トゥデイ』へ寄り道し、彼女が好きそうな新作のケーキも買い込んだ。美味しい食べ物、温かい飲み物、そして、彼女がずっと探していた母の形見。すべてを完璧に揃え、ミキを喜ばせることだけを楽しみに、胸を高鳴らせて迎えに行ったのだ。――その結果が、これである。彼女は、元夫の白彦の車に乗り込んだ。その瞬間を目撃した時、嘉人はいつもは鬼畜な上司に対して、人生で初めて「気の毒だ」と同情してしまった。彼らは気配を消し、白彦の車を尾行した。澪士は、自分が愛してやまない女が元夫の車に乗り込み、高級レストランで二人きりのディナーを楽しみ、そして店の前で名残惜しそうに言葉を交わす姿を……その目で一部始終見せつけられた。嘉人はその間、一度も後部座席を振り返ることができなかった。見なくともわかる。今の澪士が、どれほど凄惨で、どす黒い怒りと嫉妬に塗れた顔をしているか。不幸中の幸いだったのは、ミキが元夫の車でホテルまで帰らず、途中でタクシーを拾って一人で戻ってきたことだ。もし彼女が元夫と一緒にホテルに入っていくようなことになっていれば……今夜、この街で血の雨が降っていただろう。時計の針が、深夜零時を回った。その時、ずっと閉ざされていたマイバッハの後部座席の窓が、音もなくスゥッと下りた。「……全部、捨ててこい」夜の闇に溶けるような、ひどく冷酷で、氷のように冷たい声だった。澪士の視線の先にあるのは、彼が往復数時間かけて買ってきた本場仕様のエッグタルトと、空港から直行して買ったばかりの新作ケーキ。もちろん、長時間放置されたせいで、もう食べられる状態ではない。零時五分。漆黒の車体は、静かにホテルの前を離れ、底知れぬ夜の闇の中へと消えていった。同じ夜。いつもなら一度寝たら朝まで起きないはずのミキは、なぜかひどく寝付きが悪かった。

  • 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した   第1255話

    彼女のその徹底した無関心と嘲笑を目の当たりにして、白彦の胸にズキリと鋭い痛みが走った。だが、その原因を作ったのは他でもない自分自身だ。反論する権利など、彼にはない。彼は込み上げてくる苦い後悔を喉の奥に押し殺し、絞り出すように言った。「……とにかく、送るから」「だから、必要ないって言ってるでしょ!」この男、本当に昔から人の話を聞かないわね。ミキが呆れてレストランを出ると、白彦も当然のように後ろをついてきた。エントランスにはすでに白彦の車が待機している。彼は自ら後部座席のドアを開け、ミキが乗るのを無言で待っていた。その時、沈黙していたスマホが三度目の着信を知らせる。いや、四度目だ。白彦は忌々しげに顔をしかめ、ついに電話に出た。電話口から微かにヒステリックな声が漏れ聞こえ、白彦の顔色がスッと変わる。「……わかった。すぐに行く」通話を切った白彦は、ミキに対してひどく申し訳なさそうな視線を向けた。「璃々子が……事故に遭ったらしい」「そう。なら早く行ってあげれば?」ラッキー。これでやっと解放される。ミキの冷淡な反応にも、白彦はすぐに車に乗り込もうとはせず、ミキの目をじっと見つめて言った。「……今回の視察に来る社長夫婦の詳細な資料、後で君のスマホに送っておく」「ん、わかった」ミキは適当に相槌を打った。早く行けばいいのに、グズグズしていて鬱陶しい。「いや、俺が言いたいのは……」白彦は気まずそうに目を逸らした。「君のスマホの、俺の着信拒否とブロックを解除してくれないと、資料が送れないんだが」「……あ」そうだった。完全に忘れていた。だが、仕事としてパートナーのフリをする以上、事前の打ち合わせで連絡を取り合うのは必須だ。本番でボロを出すわけにはいかない。仕方なく、ミキは「わかった」と頷いた。それを確認して、白彦はようやく自分の車に乗り込み、璃々子の元へと走り去っていった。ミキはレストランを出ると、流しのタクシーを捕まえてホテルへ向かった。しかし、道中で見覚えのあるケーキ屋の看板が目に入り、思わず運転手に声をかけた。「あっ、すみません。ここで降ろしてください」無性に甘いものが食べたくなったのだ。さっきのレストランでは、白彦と一緒だったせいでまったく

  • 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した   第1254話

    白彦が心の中でどう傷ついていようが、ミキの知ったことではない。だが、後で面倒なことにならないよう、釘だけは刺しておく必要があった。ミキは彼に向かって、三つの条件を突きつけた。第一に、あくまで演技であること。人前ではおしどり夫婦を演じても、二人の時は完全な他人として振る舞うこと。第二に、演技上どうしても必要な接触を除き、個人的なスキンシップは一切禁止すること。第三に、接待が終わり次第、即座に解散し、今後一切付き纏わないこと。白彦は、すべての条件を呑んだ。いや、呑むしかなかったのだ。かつては目も合わせてもらえず、完全に赤の他人として無視され続けていた頃に比べれば、こうして会話をしてくれる今の状況だけでも、彼にとっては奇跡に近かった。やがて料理が運ばれてきたが、ミキはまったく食指が動かなかった。目の前に並んでいるのは大好物ばかりのはずなのに、どうしても上の空で、チラチラとスマホの画面ばかり気にしてしまう。その様子に気づいた白彦が、少し心配そうな、温かい声で尋ねた。「……食欲がないのか?」そりゃ、アンタとご飯食べてて美味しいわけないでしょ。喉まで出かかった毒舌を、ミキはぐっと飲み込んだ。一兆円の配当金が懸かっているビジネスパートナーなのだから、ここは大人な対応をしておくべきだ。「最近、仕事の稽古がハードでちょっと疲れてるだけ」ミキは無難に答えた。白彦は彼女が通っているトレーニングセンターを実際に見たことがあるため、その言葉に嘘がないことは分かっていた。彼女がボロボロになって頑張る姿を思い出し、彼はたまらず口を開いた。「……そんなに無理をしてまで働く必要はないだろう。お金に困っているなら、俺に言ってくれればいいのに」彼は昔からずっと、ミキが女優を続ける理由はお金のためだと思い込んでいる。まだ夫婦だった頃、彼は何度も「女優なんて辞めろ」と言ってきた。一度、こっそり彼女の撮影現場を見に行ったことがある。当時のミキはまだ無名の新人だったため、理不尽な扱いや嫌がらせを受けていた。その過酷な光景を目の当たりにしたからこそ、辞めさせたかったのだ。だが、不器用で傲慢な彼には、思いやりのある言葉などかけられなかった。「由木家がお前に不自由な思いをさせたとでも言うのか?なぜわざわざ外

  • 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した   第1253話

    ……もしかして、あの男、また車を買い替えたの?そう思いながら足を止めたミキの目の前で、後部座席のドアが開いた。だが、そこから降りてきたのは澪士ではなく――元夫の白彦だった。その姿を見た瞬間、ミキの今日一日の上機嫌は、冷水を浴びせられたように一瞬で凍りついた。白彦は、ミキが自分を心底嫌悪していることを自覚していた。自分が顔を出すたびに彼女を苛立たせていると分かっていたからこそ、ここしばらくは接触を控えていたのだ。だが今日は、どうしても彼女に会わなければならない正当な理由があった。彼はミキの前に歩み寄り、いつもよりずっとへりくだった態度で口を開いた。「……大事な話があって来たんだ。少し、時間をくれないか」ミキが舌打ちをして背を向けようとするのを察し、白彦は慌てて言葉を継いだ。「由木グループが現在進めている、重要プロジェクトの件だ!君は今、由木グループの大株主だろう。会社の莫大な利益に関わる重大な決定事項だから、筆頭株主である君に相談しに来たんだ。決して、個人的に君に付き纏おうとしているわけじゃない」確かに、彼の口調は完全にビジネスライクなものだった。ミキは冷ややかな目を彼に向けた。「……何の相談?」「まだ夕食を食べていないだろう? 食事でもしながら話そう」白彦は拒絶されるのを恐れるように、早口で付け加えた。「確認してもらいたい資料が山ほどあるんだ。立ち話で終わるような内容じゃない」ミキは少し考えた後、短く答えた。「……わかったわ」彼女は気だるげにため息をつくと、白彦の車に乗り込んだ。レストランの個室に入ると、白彦はメニューをミキに差し出し、注文を促した。ミキは遠慮なく、自分の食べたいものだけを次々とオーダーしていく。結婚していた頃のように「白彦の好みに合わせる」なんてことは一切しない。その変化に気づいた白彦の瞳が、ふっと寂しげに曇った。――一度手に入れたものを失うと、人はこうも執着してしまうものなのか。彼はまるで、過去の結婚生活という名の檻に魂を囚われたまま、一歩も外に出られなくなっているようだった。そして何より恐ろしいのは、彼自身がその檻の中にいることを「甘んじて受け入れている」ことだ。白彦から向けられる、湿っぽく複雑な視線に気づきながらも、ミキは完全に無視

  • 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した   第1252話

    言うまでもなく、彼が口にした「欲しい」は、単なる「会いたい」という意味ではない。極めて露骨な、夜の誘惑だ。ミキは普段、竹を割ったようなサバサバした性格で、少々の下ネタや冗談なら笑って受け流せるタイプだ。だが、彼から向けられる剥き出しの情欲にはどうしても耐性がなく、一瞬で顔に朱が差してしまった。カッと熱波のようなものが頬を打ち、それに呼応するように、身体の奥底がじくじくと甘く疼き始める。全身が火照り、呼吸のペースが不規則に乱れていくのを、自分でも止められなかった。そして、スマホのマイクは、その微かな吐息の乱れを正確に拾い上げていた。それに気づいた澪士は、酷薄な唇に愉悦の笑みを浮かべる。「可愛い子ちゃん。素直に認めなさい。……君も、俺にめちゃくちゃにされたいんだろう?」何千キロも離れた場所にいるはずなのに、まるでこの世界に彼と自分しか存在していないかのような錯覚に陥る。頭の中がぐらぐらと揺れ、思考が熱く溶けていく。ふと画面を見ると、澪士の表情が限界を迎えたように歪んでいた。彼はゆっくりと天を仰ぎ、太い首筋にある喉仏を激しく上下させる。「……っ、はぁ……」スピーカー越しに、喉の奥から絞り出されたような低く荒い吐息が響き渡る。それは、彼が今まさに深い快楽に溺れている証拠だった。――っ!?嘘でしょ、この男、画面越しに……!ミキの頭の中で、パーンッと何かが爆発した。耐えきれなくなった彼女は、別れの挨拶すら口にする余裕もなく、パニック状態で通話切断ボタンを連打した。プツンと画面が暗転した後、テーブルにあったグラスを掴み、冷たい水を一気に喉に流し込む。それでも、身体の芯で燃え上がった火は簡単には鎮まってくれなかった。私、絶対におかしくなってる……!その後、澪士からメッセージの通知が何件か届いたが、ミキは恐ろしくて画面を開くことすらできなかった。一方、出張先にいる澪士も、ミキから返信が来ないことなど百も承知だった。メッセージを送信した後、彼は革張りのオフィスチェアに深くもたれかかり、荒い呼吸を整えながら数分間じっと余韻に浸った。それからゆっくりと立ち上がり、バスルームへと向かった。その結果、午後一時に予定されていた重要な役員会議は、何の説明もないまま丸一時間も延期されることになった

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status