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第652話

Auteur: 北野 艾
詩織は不快げに眉をひそめた。今さら、何の用だというのか。

彼の意図を推し測るのも億劫だった。三秒ほどの短い沈黙の後、彼女は躊躇なく着信拒否のボタンをタップした。

もう、関わる必要のない相手だ。

何より、今夜の完璧な成功と高揚感を、彼との会話ごときで台無しにされたくなかった。

再び吹き抜けたビル風が、ドレスの裾を寒々しく翻す。今年の冬は、例年になく骨身に染みる。

詩織はジャケットの襟をかき合わせながら、湊の車が早く目の前に滑り込んでくることを願った。

家に帰って、泥のように眠りたい――ただそれだけだった。

一方、その頃。

雨音に包まれた路上で、峰岸が差し出す黒い傘の下、柊也は立ち尽くしていた。彼はスマートフォンの画面を見つめていた。

この通話ボタンを押すまでに、どれほどの躊躇いがあったことか。

だが、いざ発信音が鳴り始めた瞬間、迷いが鎌首をもたげた。

かけるべきではなかったのだ。

今の詩織は、人生で最も輝かしく、喜びに満ちた瞬間にいる。俺のような人間が、その光に影を落としていいはずがない。

柊也は親指で通話終了ボタンを押した。

片や着信拒否。片や発信キャンセル
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