Mag-log in詩織が張ったはずのバリアも、そのあまりに露骨な視線を前にしては、次第に揺らぎ始める。二人の間に流れる奇妙な空気には、事情を知る京介はもちろん、何も知らない須藤学長までもが気づき、不思議そうに二人を見比べた。「おや、お二人はお知り合いですか?」「いえ、あまり」「ええ、よく知っています」返ってきたのは、正反対の答えだった。学長は察しのいい男だ。苦笑まじりに、からかうような口調で柊也に向けた。「君が女性に対してこれほど興味を示すなんて、珍しいこともあるものだ」柊也は否定しなかった。ただ、ゆっくりと詩織の全身をなぞるように視線を滑らせる。そのねっとりとした眼差しは、まるで視線だけで彼女を愛撫しているかのようだった。ようやく式典が始まり、学長が壇上で祝辞を述べ始めると、詩織は密かに安堵のため息をついた。次いで、来賓として招かれた柊也の出番がやってくる。若き成功者として、在校生たちに起業の経験を語るためだ。彼が壇上へ向かうと、空いたその席に、今度は学長がちゃっかりと腰を下ろした。詩織との距離を縮めるための、彼なりの根回しなのだろう。地方からの赴任間もない学長にとって、人脈作りは急務であり、詩織がその理解を示して談笑に応じると、話題はやがて柊也のことになった。学長に彼との接点を尋ねると、彼は懐かしそうに目を細めた。「彼とはもう、十二、三年前からの付き合いになりましてね。当時、私はこの街の工業高校で生活指導の主任をしていたんですよ。そう、江ノ本第一高校の隣にある、あの酷く荒れた学校です」学長の話によれば、当時のその学校は問題児の掃き溜めのような場所だったという。「素行の悪い連中ばかりでしてね。ろくに授業も受けず、外の不良グループとつるんでは喧嘩や窃盗を繰り返す。挙句には女子生徒の後をつけるような不届き者までいた。連中、まだ未成年なものだから、こちらとしても扱いには本当に手を焼いたものですよ」十二、三年前、詩織は江ノ本第一高校に通っていた。当時の学校周辺は決して治安が良いとは言えず、不勉強な不良たちが常にうろついているような場所だった。あの一帯の空気には、今も苦い記憶が染みついている。詩織自身、執拗に後をつけられるという恐怖を味わったことがあるからだ。当時、放課後の居残り勉強を終えた彼女は、毎日欠かさ
加工じゃなくてマジでこの仕上がりなら、相当ヤバい肉体美じゃない!ミキは礼儀として、すかさずコメントを残した。【ちょっと、目の保養すぎるんですけど! 腹筋で大根おろせそう🤤💕 もっと全体見せてよー!】コメントを書き終えると、他の動画をスワイプして見始めた。しばらくして、「もう一回じっくり見よう」と思い出し、先ほどのページに戻ってみると……驚いたことに、その動画はすでに削除されていた。「はあ?ケチすぎない!?」まだ舐め回すように隅々まで堪能していなかったというのに!一方、個室に戻った詩織は、今夜はほとんどお酒を飲まずに済んでいた。主催者である坂崎社長から、事前の挨拶で「今夜は軽く嗜む程度にしましょう」と提案があったからだ。普段から彼と飲み歩いている経営者仲間たちは、その異例の宣言に戸惑い、ニヤニヤと冷やかした。「坂崎さん、さては奥さんから『飲みすぎ禁止令』でも出ましたか?」坂崎社長は苦笑して手を振った。「いやいや、そうじゃありませんよ。実は友人から特別に釘を刺されてましてね。『可能ならあまり飲ませないでやってくれ。女性陣に配慮してほしい』とね」この場にいる女性は、詩織ただ一人だ。同席者たちの興味津々な視線が、一斉に彼女へ注がれる。普段なら、こういう場面でも見事に話題を切り返して場を盛り上げるのが彼女の流儀だった。しかし今夜は、なぜか頬がカッと熱くなるのを止められなかった。詩織はグラスを手に取り、少しはにかみながら立ち上がった。「皆様の紳士的なお気遣いに感謝いたします。お言葉に甘えまして、今夜は一口だけ。……でも、感謝の気持ちはこのグラスにたっぷり込めておりますわ」会食が終わり、帰りの車に乗り込むと、ミキはようやく一日中張り詰めていた警戒を解いた。ふわぁ、と大きなあくびを一つする。「どうやら、あいつも諦めたみたいね!」ミキは勝ち誇ったように言った。「やっぱり男なんて、どうせみんな三日坊主なのよ!」詩織は手に持った絶妙な温度のレモンウォーターを一口飲みながら、いたたまれない気持ちで親友の横顔を盗み見た。……三日坊主、か。事情など何も知らないミキは、自分の『鉄壁のガード』が完璧に機能したのだと信じて疑わず、一人ご満悦の様子だ。自分が築き上げたはずのその強固な防壁が、とっくの昔に『敵』に内側から浸透され
ミキは非常に有能なボディーガードだった。柊也が少しでも付け入る隙を与えまいと、四六時中、詩織の傍に張り付いて目を光らせていたのだ。そうして一週間が過ぎたが、柊也が姿を見せることは一度もなかった。ミキもさすがに安心したようだった。「あいつもやっと空気が読めるようになったみたいね。もうちょっかい出してこないなんて」密が差し入れてくれたお菓子をつまみながら、パソコンに向かう詩織に得意げに笑いかける。詩織は画面から少しだけ視線を外し、ミキの手にあるお菓子を見て、何か言いたげに口をつぐんだ。だが、満面の笑みでそれを頬張る親友を見て、結局出かかった言葉をそっと飲み込んだ。午後になると、今度は密が甘いスープのデザートを運んできた。ミキはすっかり丸くなったお腹をさすりながら、詩織に向かって密を絶賛した。「あんたのアシスタント、本当に最高!小腹が空いた絶妙なタイミングでお菓子を持ってきてくれるし、喉が渇いたと思ったら冷たいデザートまで!もう完全に私の心、掴まれちゃったわ!」キンキンに冷えたココナッツミルクを一口飲み、ミキは至福の表情を浮かべた。「やっぱりこういう暑い日は、冷たいものに限るわよねー!」詩織は、自分の手にあるマグカップをぎゅっと握りしめた。……彼女のカップの中身は、温かい飲み物なのだ。本当は、自分だって冷たいデザートを食べたいのに。すると、密が淡々とした口調で容赦なく釘を刺してきた。「日向先生から、『冷たいものは生理痛を重くする』と伺っております」「…………」詩織は無言で視線を逸らし、大人しく温かい飲み物をすすった。その夜、詩織は接待の席にミキを伴うことになった。東華キャピタルの坂崎社長が主催する会食だ。ミキがこういう堅苦しい場を嫌っていることは、詩織もよく知っていた。飛び交う話題は難解なビジネス用語ばかりで、ミキにとっては退屈以外の何物でもないからだ。だから気を遣って、「無理してついて来なくていいよ?」と勧めてみたのだが。「ダメよ!もしその隙にあのクズ也が近づいてきたらどうするの! 私が片時も離れず見張ってなきゃ!」ミキは即座に却下した。「……そんなに、彼のこと嫌い?」詩織はつい、恐る恐る探りを入れてしまった。ミキは親の仇でも見るような顔つきで、語気を強めて言い放った。「私にとっては、一
詩織は彼の手を振り払い、ミキを庇うように言った。「彼女に当たらないでよ」詩織の中で自分の優先順位がミキより低いことなど、柊也はとうの昔に理解していた。それでも、実際に面と向かってこう言われると、さすがに堪えるものがある。「君のことが心配だっただけだ。……少し、過敏になってた」少しだけ傷ついたような、殊勝なトーン。その声色に、詩織はあっさりと絆されてしまった。「そういう意味じゃなくて……」そのやり取りをそばで見ていたミキは、ギリギリと奥歯を噛み締めた。あのクソ男、どこでそんな女狐顔負けのあざといテクニックを覚えてきたわけ!?被害者ぶるんじゃないわよ、胸糞悪い!だが、詩織の健康を第一に考えれば、ここで意地を張るわけにもいかない。ミキは忌々しい気持ちを呑み込み、大人しく消毒と除菌を済ませに向かった。一通り全身を清めてリビングに戻ってくるなり、ミキは堂々と縄張りを主張した。「はい、終わったわよ。用が済んだなら、あんたはもうとっとと帰りなさい!」柊也はテーブルの上のドリアンを片付けながら、冷ややかで、どこか皮肉めいた声で応じた。「宇宙船にでも乗ってきたのか?ずいぶん早い到着だったな」「たまたまC市にいたからよ!」C市からここ江ノ本市までは、車でわずか一時間ほどの距離だ。なるほど、それならこの早さも頷ける。ミキが駆けつければ、詩織から帰るように促されるだろうとは予想していた。ただ、そのタイミングが想定よりもかなり早まってしまっただけだ。内心ではひどく名残惜しかったが、こればかりは潔く引き下がるしかない。「もう一度熱を測ろう。熱が下がっていれば帰るよ」そう言って、柊也は耳式体温計を手に取った。彼の指の腹が耳たぶをかすめた瞬間、せっかく平熱に戻りかけていた詩織の頬が、コントロールを失ったようにカッと熱を帯びる。三十七度三分。微熱の範囲だ。もう心配はない。ずっと張り詰めていた柊也の心が、ようやくふっと軽くなった。彼は再び、甘く穏やかな声で尋ねる。「頭はどう?まだ痛む?」詩織はふるふると首を振った。「だいぶ良くなった」「お腹は?」「もう痛くない」彼女の回復が遅れれば遅れるほど、看病を口実に少しでも長くこの部屋に留まることができる。それでも彼は、一秒でも早く彼女の苦痛が消え去ることを心から
柊也の眉がピクリと跳ねる。「ああ」ためらいも、一瞬の思考さえも挟まない、完全な即答だった。――狂おしいほどに。病院での、あの未遂に終わった曖昧なキスの記憶が、ずっと彼の頭にこびりついて離れなかったのだ。彼女のその無防備な一言は、くすぶっていた導火線に直接火を放つようなものだった。だが、詩織の瞳に小悪魔のような光が走る。「でも、私さっきドリアン食べたばかりよ?あんたがいっちばん嫌いな匂いだけど」わざとらしく言ってのける姿に、からかわれたのだと悟り、柊也は思わず鼻で笑った。見事に彼女の掌の上で転がされ、煽り立てられた熱のやり場がない。確かに、ドリアンの匂いは反吐が出るほど嫌いだ。だが……それがどうした?仮に今、彼女が全身ドリアンまみれだったとしても、ためらわずにその唇を奪ってやる。詩織のしてやったりの表情は、しかし二秒と持たなかった。男の瞳の奥にどす黒い情欲が渦巻いているのを見て、詩織はハッとした。本能が危険を告げ、慌てて逃げ出そうとしたが、もう遅い。完全に獲物をロックオンした捕食者のごとく、彼の動きは容赦なかった。詩織が身を翻すより早く、大きな手が強引にその後頭部をホールドし、有無を言わさずその唇を塞ぐ。「んっ……!」詩織は反射的に唇をぎゅっと結んで抵抗したが、彼の圧倒的な力には到底敵わない。空いた左手で顎を掴まれ、くいっと指先に力を込められると、いとも容易く口内への侵入を許してしまった。容赦のない深い口づけに、詩織の喉から微かに甘い声が漏れる。そのか弱く無防備な響きは、柊也にとって何よりの媚薬だった。もはや理性のブレーキなど効くはずもない。――完全に、火遊びが過ぎた。甘い熱に溶かされ、思考が白く飛んでいく直前。詩織の脳裏をよぎったのは、そんな手遅れな後悔だった。柊也の腕の中にすっぽりと閉じ込められ、詩織の心臓は破裂しそうなほどに早鐘を打っていた。嵐のような激しい口づけは、やがて甘く微熱を帯びたものへと変わっていく。彼女の唇を食むように、執拗に、そしてねっとりと舌を絡ませる。だが、詩織が少しでも逃げようと身をよじると、再び牙を剥くように猛烈なキスが降ってきた。詩織に主導権など欠片もなかった。柊也はもはや、こんな上辺だけの接触では満足できなくなっていた。
詩織は潔く抵抗を諦め、手を洗って食卓についた。もっちりとしたうどんをすすりながら、釘を刺すように柊也に言う。「もう、うちには来ないで。……色々と不都合だから」「食事中は静かに」柊也は短く制した。これ以上、自分の聞きたくない言葉を彼女の口から出させないための、有無を言わせぬ大人の余裕と圧があった。詩織が平らげるのを見計らい、柊也は絶妙な温度の白湯が入ったグラスを差し出した。そして、薬を飲むのを目でしっかりと見張る。「だいぶ良くなったとはいえ、すぐに薬をやめちゃ駄目だ。念のため、あと三回はきちんと飲んで治しきること」詩織には、幼い頃から薬嫌いという困った癖があった。よほど限界に達しない限り薬に頼ろうとせず、少しでも症状が和らぐと、自己判断ですぐに飲むのをやめてしまうのだ。柊也は、彼女のその悪癖をよく知っていた。あれは以前、北の地方へプロジェクトの商談に行った時のことだ。記録的な大雪に見舞われ、二人は凍えるような寒さの中で一晩を明かす羽目になった。その後、詩織はひどい風邪をこじらせ、熱が上がったり下がったりを繰り返して一向に良くならなかった。柊也が問い詰めてようやく、熱が下がった途端に彼女が薬を飲むのをやめ、そのせいで症状がぶり返していたことが発覚したのだ。それ以来、柊也は彼女のこの悪癖をずっと覚えていた。詩織が体調を崩すたびに、きちんと薬を飲み終えるまで彼が必ずそばで見張るようになったのだ。ただ、もともと詩織は健康体で滅多に病気をしないため、彼がそこまで細かく気を配ってくれていることに当時は気がついていなかった。後に胃を悪くした時も、彼の仕事の邪魔になりたくなくて意図的に隠していたくらいだ。だからこそ、詩織は彼が自分のそんな些細な癖まで把握し、別れた今でも当たり前のように覚えていることに、内心ひどく驚き、そして揺さぶられていた。薬は昨日と同じもののはずなのに、今日はやけに苦く感じた。味覚が正常に戻ってきている証拠なのだろう。詩織が思わず顔をしかめたのを見て、柊也はくるりとキッチンへ戻り、湯気を立てる『柚子と生姜の黒糖葛湯』を運んできた。口の中に残る薬の苦味がどうしても耐えがたく、詩織はその甘い誘惑を拒みきれなかった。スプーンを手に取り、少しずつ口へ運ぶ。柚子の爽やかな風味と黒糖のコクのあ
「……ごめんなさい、私が悪かったわ」美穂は後悔の涙に暮れていたが、今さら悔やんだところで後の祭りだ。志帆が冷徹な声で問いかける。「そもそも、どうしてあの男は急に動画なんか晒したの?最近、何か揉め事でもあった?」「揉めるも何も……別れてからは一度も会ってないわ。何度も連絡は来たけど、しつこくされるのが嫌で無視してたし」美穂は大粒の涙をポロポロとこぼしながら訴えた。「それに、あの動画はちゃんと削除させたはずなのよ。どうやって復元したのか全然わからない……」「あんた、誰か恨みを買うようなことでもしたんじゃないの?」佳乃が疑わしげに目を細めたが、美穂は首を横に振った。「まさか。エイ
詩織と密はロビーで智也を待ち、合流してから三人でゲートへ向かった。ちょうど出社ラッシュの時間帯だ。エレベーターホールは黒山の人だかりで、乗るまでに相当待たされるのは目に見えている。もっとも、会議の時間にはまだ余裕があった。三人も大人しく列の最後尾に並ぶことにした。五分ほど経った頃だろうか。背後の人波がモーゼの海割れのように左右へ分かれ、ざわつき始めた。前に並んでいた女性社員が、慌てて詩織の腕を引いて脇へ寄せる。「ちょっと、退いて!通路空けて!『奥様』のお通りよ」まるで王族のパレードだ。智也はいぶかしげに眉をひそめた。ここはエイジア・ハイテックの本社ビルであり、ここに
また、あの女か!どこに行っても出くわす気がする。しかも白昼堂々、衆人環視の中で、今度は坂崎譲と車内でイチャついているのか?悠人はそばにいた譲のアシスタントを捕まえて尋ねた。「あの女、坂崎さんとどういう関係なんだ?」「華栄の江崎社長ですよ。我々のパートナー企業のトップです」アシスタントは事実を淡々と告げた。「パートナー企業?」悠人の顔がいっそう険しくなった。サカザキ・モータースといえば、国内屈指の自動車メーカーだ。そのパートナーに選ばれるには、それ相応の実力が不可欠だ。それがあんな、吹き飛ばせば飛ぶような弱小投資会社だと?何の資格があって?譲が詩織に向けるあの
譲がどうやってこの瞬間移動を成し遂げたのか、太一は猛烈に知りたかった。だが、その隣に詩織がいるという事実が、彼の好奇心を無理やりねじ伏せた。詩織を避けるという行動原理は、もはや彼のDNAに刻み込まれているレベルだ。太一がVIP席に戻ると、ちょうどオークションが開始された。志帆は出品リストに目を落とし、ペンでチェックを入れている。手元のリストを覗くと、すでにかなりの数の印がついていた。その多くは宝飾品で、確かに結納品として相応しいものばかりだ。太一はすかさずアピールした。「いいか、さっき言った通り、一つは俺に落とさせろよ。婚約祝いなんだから」「ふふ、じゃあお言葉に甘え







