로그인これ以上踏み込めば、本当に恥ずかしさで爆発しかねない。話題が変わったことで、詩織の胸のつかえもようやく少しだけ下りた。【ミキの新しい仕事、あなたが手を回したの?】【ああ、手強いお目付け役の機嫌を取るためにな】彼はことあるごとにミキを「お目付け役」と呼ぶ。詩織もすっかりその呼び名に慣れてしまい、初めの頃のようにいちいち反論すらしなくなっていた。とはいえ、身内に対する庇護欲は強い。ミキの気持ちを尊重するなら、今は柊也に妥協してもらうしかなかった。【ミキはいつも「養ってほしい」なんて冗談言ってるけど、本当は自分の仕事にすごく誇りを持ってるの。機嫌を取るのはいいけど、絶対ぬか喜びになるような真似はしないでね】詩織は自分の懸念を正直に伝えた。【分かってる。二人の邪魔さえしなければ、彼女をトップの女優に押し上げてみせるさ】翌朝。ミキの出発はかなり早かったため、昨夜のうちに「タクシーで行くから見送りは気にしないで」と詩織に念を押していた。しかしマンションのエントランスを出ると、すでに一台の黒塗りの車が待機していた。運転手が慇懃に頭を下げる。「近藤様。ボスの仰せで、空港までお送りいたします」「あなたのボスって……誰?」「賀来柊也様です」——露骨な餌付けね!だが……まだ外は暗く、ここでタクシーを拾おうと思ったら大通りまで歩かなければならない。ミキはほんの数秒だけ葛藤した後、あっさりと妥協して車に乗り込んだ。車に乗り込むと、運転手が助手席に用意されていた紙袋を差し出した。「近藤様。ボスから手配された朝食です。どうぞお召し上がりください」中に入っていたのは、数日前に彼女が食べてお気に入りになったという、あのお店のキッシュだった。——ふん。随分とご機嫌取りがお上手なこと。彼が過去に詩織にした酷い仕打ちさえ知らなければ、少しは見直してもいいところだけど。ミキはキッシュを頬張り、高級車のシートにドカッと腰を落ち着けながら運転手に言った。「あなたのボスに伝えといて。私、奢られたり物をもらったりしても、すぐ忘れちゃうタチなのよ。恩とか義理に縛られる気なんてさらさらないから」運転手は愛想よく微笑んだ。「承知いたしました」腹が満たされると、彼女はロールス・ロイス名物の『スターライト・ヘッドライナー』
詩織がマンションの部屋に戻っできたのは、電話を切ってからさらに三十分後のことだった。柊也の視線は、エントランスに吸い込まれていく彼女の後ろ姿を、見えなくなるまで未練がましく追い続けていた。彼女の姿が消えると、彼は深く、長いため息を吐き出した。体中を駆け巡る血の熱を、必死に沈めようとする。こわばりきった体がゆっくりと解けるまで、かなりの時間を要した。やり場のない熱と苛立ちを逃すように、シャツの襟元を乱暴に引っ張る。詩織のあの親友は、下手に姑よりよっぽど厄介だ。しかも詩織は、彼女のこととなるとなぜか過剰に庇い立てするのだ。俺の存在が、将来ミキの優先順位を超える日が来るのだろうか。諦めきれない苛立ちを抱えたまま、柊也はスマートフォンを取り出し、ある番号へと発信した。詩織が玄関のドアを開けると、ちょうどミキがカイにミルクを与えているところだった。子猫のぽっこり膨らんだお腹は、まるで手羽先餃子のようにパンパンになっている。「さっき『もう下に着く』って言ってたのに、ずいぶん時間かかったわね?」ミキはからかうように尋ねた。幸い、玄関の照明が暗かったおかげで、後ろめたい視線を隠すことができた。昔、柊也とこっそり付き合い始めたばかりの時でさえ、こんなに緊張したことはなかったのに。「えっと、ちょっと道が混んでて」「こんな時間に渋滞?」ミキが容赦なく核心を突く。また言い訳を考えておくのを忘れた。詩織は苦し紛れに話を合わせるしかない。「なんか軽い事故があったみたいで。少し足止め食っちゃったの」ミキは「ふーん」とだけ言って、それ以上は追及してこなかった。信じたのか、あえて乗ってやったのかは分からない。詩織が手を洗ってリビングに戻ると、ミキはすでに温め直した夕食をテーブルに並べ、向かいの席に座っていた。詩織が箸を進めている間、ずっと彼女の顔を穴が開くほど見つめてくる。さすがに居心地が悪くなり、詩織は顔を上げた。「ねえ、さっきから何見てるの?」「あんた、リップどうしたのよ。グチャグチャじゃない」「……お酒飲んだから落ちたんじゃないの」「アシスタントは化粧直しするよう注意してくれなかったの?」詩織は危うく舌を噛みそうになった。注意するどころか、そのリップを台無しにした張本人なのだ。「それ
彼は車のシートにどっしりと構えたまま、手のひらで彼女の細い腰をしっかりとホールドし、その赤い唇のすぐ近くで低く囁いた。「これなら、思う存分できるだろ?」彼女の方から求めてくるなど、滅多にないことだ。これがどれほど理性を削る甘い拷問だとしても、彼は喜んでその底なし沼に溺れる覚悟だった。密着した姿勢に、詩織の頬がカアッと熱くなる。全身が小さく震えた。これまでの睦み合いは、いつも柊也が主導権を握っていた。五年の空白も重なり、こうしたことへの免疫はすっかり失われている。ただ、子供のように唇を押し当てることしかできない。見かねた柊也が、低く甘い声で導く。「詩織、口を開けて」促されるままに唇を割ると、すぐに熱い粘膜が吸い上げられた。湿り気を帯びたキスは、彼がずっと抱いてきた感情そのもののように、温かく、それでいて懸命に理性を保っている。もともと、詩織は飲み込みが早い女だ。絡まる舌に自らも応え、彼の熱を追いかける。その積極的な変化に、柊也はたまらなく愛おしそうに目を細めた。深淵のような瞳に、歓喜の光が宿る。あまりに無防備で健気な姿に、柊也の自制心が悲鳴を上げた。キスは不意に深く、激しくなる。肺の酸素が強引に奪われ、熱い吐息が口内を満たしていく。主導権はあっけなく、柊也の手へと戻った。突然の豹変に翻弄され、詩織は無意識に彼の背中へ爪を立てた。逃げ場のない快楽に、声にならない吐息が漏れる。一度唇が離れると、柊也は赤く腫れた彼女の唇を、燃えるような眼差しで見つめた。そのまま首筋へと顔を埋め、熱い吐息を吹きかける。詩織の肌が、瞬時に鮮やかな緋色に染まった。柊也の手は、まるで火の玉のように熱い。腰を抱き寄せるその熱量に、詩織の背筋が戦慄いた。車はいつの間にか、詩織の住むマンションの下に停まっていた。運転手は空気を読み、すでに車を降りて姿を消している。詩織の鼓動は早鐘を打ち、言葉にできない渇望が全身を支配した。彼の服を掴む指先に、ぎゅっと力がこもる。柊也がコンソールボックスから除菌シートを取り出し、ゆっくりと自分の指先を拭った。詩織は潤んだ瞳を細め、ぼうっとした頭で彼を見つめている。上気した顔は熱く、眼差しには艶があった。車内の空気は、濃密な情欲に塗り潰されていく。詩織は彼の肩
詩織は閉じていた目を開き、彼を見上げた。「苦労して、って?」「ああ」柊也の長い指が彼女の頬を滑り、そのままうなじへと移動して、ゆっくりと揉みほぐしていく。「接待のプロみたいな同業者からノウハウを聞き出して、少しずつ君の酒に慣らしていったんだ」それはもう十年以上も前のことのはずなのに、彼の記憶にははっきりと刻まれているらしかった。「最初の頃、君のリミットはたったグラス三杯だった。チャンポンなんてもってのほかで、ビールと焼酎を混ぜれば二杯半で完全にダウン。ワインなら四杯はいけたが、後を引くから結局三杯に抑えなきゃならなかった」「あの頃、接待の席で君に三杯以上飲まれないように、俺がどれだけ言い訳をでっち上げたことか」「少し酒に強くなってからは、五杯から八杯いけるようになった。強い酒もお猪口なら十杯は飲めたな。チャンポンも平気になったが、その分悪酔いしやすくなった。だから飲む前に必ずヨーグルトで胃の粘膜を保護させて、飲んだ後には翌日の頭痛対策でレモン水を用意したんだ」詩織自身でさえ曖昧になっているような細かいデータまで、柊也はまるでマニュアルを読み上げるようにスラスラと語ってみせた。「どうしてそこまで鮮明に覚えてるの?」不思議に思って尋ねると、予期せぬ答えが返ってきた。「毎回、記録をつけていたからな」「記録って……どうしてそんなこと」「俺が同行できない接待の時、誰も君の酒量を代わりに計算してやれないだろう。だから君の限界を正確に把握して伝えておく必要があった。そうすれば、君自身でペース配分ができるからな」そう言われてみれば、思い当たる節がある。詩織が単独で会食に出向く時、柊也は必ず「これ以上は飲むな」とリミットを念押ししてきた。どうしても酒を断れない相手なら、あの手この手で言い訳を作って逃げろ。どうしようもなく厄介な相手なら、いっそ契約ごと見送っても構わない——と。だが、当時の詩織はあまりにも必死すぎた。彼が海外へ拠点を移していた二年間、彼女は自分の胃をボロボロにするまで、身を粉にして働き続けたのだ。こんな結果になるなら、最初から彼女に酒の飲み方など教えなければよかった。その時のことを、彼は今でも深く後悔しているらしい。彼女の眉間を優しく撫でる彼の指先から、痛切な後悔が伝わってくる。その瞳は
同じ人間の血が通っているとは思えない、あまりの冷酷さだ。五年間だぞ!この五年、俺がどれだけ地獄を見てきたと思っているんだ!泣きつくようなスタンプを連打しても、柊也は完全スルー。太一は、自分のアカウントがミュートされているのではないかと本気で疑った。【ココロの真理子が、本港市にある桐生キャピタルと接触し始めたらしい。最近頻繁に会ってるみたいだが、何を企んでるかまでは分からない】最後にそうメッセージを送って、ようやく返信が来た。【監視を続けろ】「……」太一は絶句した。『栞』の話題になると死んだふりをするくせに、詩織に関することとなると途端に生き返るのだ。もううんざりだ!【で、お前は華栄で一体何にそんなに忙しくしてるわけ?】自分の会社を放り出すほど、一体何をしているというのか。案の定、柊也はこのメッセージも華麗にスルーした。腹立たしさと好奇心に耐えきれなくなった太一は、詩織への挨拶を口実に、自ら華栄のオフィスへ乗り込んだ。足を踏み入れるなり、詩織に尋ねる。「柊也のやつはどこ?姿が見えないけど」もちろん、詩織も彼のお目当てが柊也であることは百も承知だった。彼女は書類から顔も上げずに答えた。「プロジェクトチームのみんなに、コーヒーを買いに行ってるわ」太一は顎が外れそうになった。「あいつに……パシリでコーヒーを買いに行かせてるのか?」いくらなんでも、大物の無駄遣いが過ぎないか?「何か問題でも?」詩織は逆に問い返した。アシスタントの仕事って、そういうものでしょう?「……いや、何でもない」太一はようやく悟った。要するに、完璧な主従関係が成立しているのだ。一方は平然と顎で使い、もう一方は喜んでこき使われている。完全に惚れた弱みというやつだ。詩織のオフィスを出た太一は、まだ呆然としていた。やがて、外から二十杯以上ものコーヒーを両手に提げて戻ってきた柊也の姿を目撃し、彼の表情は完全にヒビ割れた。本当に、自分の会社の社長室に座るより、ここでパシリをしている方がマシだというのか?だが、さらに太一の正気を奪ったのはその後の光景だった。柊也は買ってきたコーヒーをチームの同僚たちに一つ一つ配り終えると、今度は給湯室にこもり、一心不乱に詩織のための特製ハーブティーを淹れ始めたのだ。誰か、あ
詩織は光一に探りを入れてみた。「どうやら、とんでもない相手を怒らせたようです。詳細は私にも分かりませんが……華栄に大きな損失が出る前に発覚して、不幸中の幸いでした」自分が持ち込んだ案件だったため、光一はひたすら恐縮し、頭を下げ続けた。「江崎社長、今回は本当に申し訳ありませんでした。このお詫びとして、次回はもっと大きな案件を華栄に紹介させていただきます」「岡本さん、どうかお気になさらないでください」光一を見送った後、詩織は業界の友人に連絡して情報を探った。「『栞』って会社、聞いたことある?」友人は逆にそう尋ねてきた。「もちろん。確か、高温超電導の研究からスタートして、ここ一、二年は独自の資産運用会社も設立したはず。いくつものプロジェクトに投資して大儲けしてるって噂よね。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いじゃない」詩織にとって、その社名は強く印象に残っていた。というのも以前、真理子が『ココロ』の出資元として『栞』に目星をつけ、接触を図っていたという話を聞いていたからだ。彼女はかなりの労力を注ぎ込み、あと少しで『栞』の扉をこじ開けるというところまで漕ぎ着けていたはずだった。だがなぜか、突然交渉は白紙に戻された。不意打ちを食らった真理子は、仕方なく本港市の資本に望みを託すことになった。新たな出資者を見つけるため、何度も本港市へ足を運んでいたのだ。当然、詩織にも本港市には人脈がある。真理子のそうした動向は、すべて詩織の耳に入っていた。最近では、『桐生キャピタル』とかなり親密にやり取りしているらしい。桐生キャピタルのトップは、小宮山序だ。だが今、詩織の関心は本港市の桐生キャピタルにはなかった。目の前の『栞』だ。彼女は手元のメモ用紙に『栞』のローマ字、「SHIORI」と書き留めた。社名をローマ字で表記するのは、詩織の昔からの習慣だった。メモを簡潔にするためと、万が一の機密漏洩を防ぐためだ。——高温超電導からのスタート。そこで詩織のペン先がピタリと止まった。ふと、ある記憶が蘇ったのだ。かつて柊也が、志帆のために設立した会社。その名を『パース・テック』と言った。その設立目的も、まさに高温超電導プロジェクトの開発だった。ただし、最終的にそのプロジェクトは大きな事故を起こし、結果としてエイジアま
都内の総合病院。医師から源治が危険な状態を脱したと告げられ、詩織は深く安堵の息を吐き出した。駆けつけてくれた家政婦には「あとは私がいますから」と先に帰るよう促し、彼女は一人、源治の意識が戻るのを待つことにする。その間、京介からこちらの状況を案じるメッセージが届いた。詩織は【友人が突然倒れたのですが、処置が早かったので峠は越えました】と返信する。すると京介は、さらに病院の場所を聞いてきた。どうやら見舞いに来るつもりらしい。詩織は病院の位置情報を彼に送信した。京介が病室に到着したのとほぼ同時に、源治が目を覚ました。詩織が心底心配そうな表情を浮かべているのを見て、彼は
詩織が気を使って別の店に変えようかと提案すると、源治は「構わんよ」と答えた。二人が席に着いた直後、入り口から賑やかな集団が入ってきた。どうやら祝賀会の参加者たちらしい。詩織は気に留めることもなく、メニューに視線を落とした。その集団の中心にいた志帆の母・佳乃は、夫人たちを案内しながらふと顔を上げた瞬間、ホールの最も目立つ席に詩織が座っているのに気づき、眉をひそめた。彼女はすぐに店員を呼びつけ、何やら耳打ちしてから、取り巻きたちを引き連れて個室へと消えていった。注文を終えたばかりの詩織のもとに、店長らしき人物が申し訳なさそうに歩み寄ってきた。「お客様、大変申し訳ございま
それゆえに、彼がこれほどあからさまな口調で忠告をしてくるのは初めてのことだ。悠人は戸惑いを隠せず、本能的に志帆を庇う言葉を口にした。「先輩は本当にいい人なんです。以前、僕が海外にいた頃にも助けてもらって」だが、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。賢のスマートフォンが鳴り響いたからだ。賢は即座に応答し、通話が進むにつれてその表情は険しさを増していった。通話を終えた賢は、これから華栄キャピタルに向かうと告げた。それを聞いた悠人は、渡りに船とばかりに身を乗り出す。「ちょうどいい。僕も華栄に行くつもりだったんですよ。一緒に行きます」以前悠人が一人で訪れた際、詩織の秘書は「
「どうしたの」詩織は足を止め、怪訝そうに問いかける。密は義憤に駆られた様子でまくし立てた。「今朝、長者番付が更新されたんですけど、女性富豪トップが入れ替わってるんです」詩織は指の関節でコンコンと密のデスクを叩く。「また仕事中にサボり?言ったでしょう、あんなゴシップ誌のランキングなんて気にするなって」「気にしないつもりでしたけど、一位がよりによってあの女なんですよ」「柏木志帆でしょう」密が一瞬、言葉を詰まらせる。「……どうしてわかったんですか」彼女は名前を出すことさえ憚っていたのだ。だが、詩織の反応は至って平然としたものだった。それどころか、皮肉めいた笑みさえ浮かべて