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第97話

작가: 北野 艾
だから詩織が姿を見せるなり、文武は手を変え品を変え、彼女を酔わせようと躍起になった。

ところが、詩織はなかなかの酒豪で、たいして飲んでいないはずの文武のほうに、先に酔いが回り始めていた。

ついに痺れを切らしたのか、彼は熱弁を振るう詩織の話を強引に遮った。

「江崎さん、君のビジネスセンスや企画力を疑ったことは一度もない。君ならこのプロジェクトを見事にやり遂げられると信じてるよ」

「では向井社長、ご出資いただけますか」詩織も単刀直入に切り返す。

「ああ、いいとも。だが……条件がある」

彼はそう言うと、テーブルに置かれた詩織の手に、ねっとりと自分の手を重ねた。「君は賢い人だ。俺が何を言いたいか、わかるよな?」

「はい、わかります」

文武は、詩織がついに折れたのだと色めき立った。欲望のままにその体に触れようとした、まさにその瞬間――個室の扉が、外からすっと開かれた。

いいところを、見事に邪魔された形だ。

腸が煮えくり返る思いで、文武は「どこに目をつけてやがる!」と怒鳴りつけようとした。

しかし、その隣で詩織がすっと立ち上がりながら、何でもない素振りで手を引っこめる。そして、満面の笑みを来訪者に向けた。「あら、奥様。お待ちしておりましたわ。社長と二人で、首を長くしてお待ちしていたんですよ」

文武の卑しい笑みが、ぴしりと顔に張り付いた。――これが、この女の用意していた『切り札』か。

脇が甘かった……!

あの賀来柊也の傍に長年いた女なのだ。危機的状況を乗り切る術の一つや二つ、身につけていないはずがなかった。

たった一人で敵地に乗り込んでくるからには、万全の策を講じている。そう考えるべきだったのだ。

文武の妻、向井梨遠(むかい りおん)は、夫には目もくれず、親しげに詩織の手を取った。「江崎さん、やっとお会いできたわ。この間は本当に助かったのよ、ずっとお礼を申し上げる機会を伺っていたの」

「奥様、とんでもないですわ。大したことではございませんから、どうかお気になさらないでください」

「いいえ、そんなことないわ。受けた恩は忘れないのが、人として当然のことよ。もし良心を失ってしまったら……それはもう、人とは呼べないもの」

隣で、文武が気まずそうに二度、三度と乾いた咳払いをする。

わかる者にはわかる。妻が自分に当てこすっているのだということを。

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