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幕間 第15話 秋津 日向

Author: 輪廻
last update Last Updated: 2026-01-27 18:26:43

血溜まりの中で力なく横たわる二人の少女……軽く手首を掴んでそれぞれの脈の有無を確認し、完全に事切れたのを確認すると、青年は──否、特務機関【敷島】の実働部隊の一つを率いる稀代の怪物・秋津 日向は淡々と部下たちに労いの言葉を掛ける。

「──阿呆を殺すのにも流石に、諸君もそろそろ慣れてきたとは思うが。強いストレスを感じた者は、遠慮なく名乗り出ると良い」

手を挙げる者は、誰一人としていない。皆、秋津に絶対の忠誠を誓い……そして、秋津の主君である"御上"こと神代 大和を信仰している。彼らなら、腐敗した日本国を在るべき形に戻してくれる、そのためならどれほど手を汚そうとも構わない。そんな、狂気とも言える忠義の心が表情から垣間見えた。

鳴神山にある旧軍施設に立ち入った者を失神させて星降山へと拉致・拘束……場合によっては殺害し、社に祀られている··に捕食させる。鳴神山地に眠る·······の上位神格……それを現世へと顕現させるために、彼らは幾度となくそれを実行に移してきた。

捕食させた数、殺した数は最早覚えていない。兎に角一人でも多く捕食させ、··が在りし日の力を取り戻すことに手を貸す……それに尽力しなければ。彼らはそれしか、考えていなかった。

犠牲者の多くは好奇心から、或いは自らの行動を動画などに挙げて自己顕示欲を満たしたいという、頭の足りない若者たち。腐敗せし日本国を形成するモノ。秋津たちからすれば彼らは塵以下の存在である。生かす価値も、生かしておく理由もない。

「──各々、持ち場に戻れ。供物の末路は、この私が見届けておく。諸君らは少しでも疲れを癒し、そして再び日常へと溶け込むのだ。良いな?」

「はっ──お疲れ様です」

秋津に敬礼をすると一人、また一人と闇に溶け込むように姿を消してゆく。数分もしないうちに、社の敷地内に残っているのは秋津と、事切れた少女二人のみとなった。

「────」

ナイフでズタズタに切り裂かれた少女たちの遺体は見るも無惨で、遺体の傍らには切除された舌や切断された手の指などが散らばっている。顔を狙わなかったのは、部下たちのせめてもの慈悲だろうか。それとも加虐心を増幅させるために敢えて顔は狙わなかったのか。

「…………」

どちらでも構わない、自分には何ら関係のないことだと考えるのを止めると、秋津は徐ろにスマートフォンを起動してイヤホンを耳に挿し、凄惨なる遺体の前で呑気に音楽を聴き始めた。

曲名は"Merck toch hoe sterck"……オランダ独立戦争にて勃発した、ベルヘン・オプ・ゾーム包囲戦……それを題材としたオランダの愛国歌・軍歌である。パイプオルガンの荘厳な音色と雄々しい男声合唱が見事な調和を生み出しており、不思議と聴く者の心を掴んで離さない。

軍歌や愛国歌を聴きながら煙草を吸う……趣味と呼べるものが殆どない秋津にとって、それが唯一無二と言って良い娯楽だった。ただ、煙草を吸うだけというのは退屈だ。なら音楽でも流してみるかと、何となく軍歌を聴きながら吸ってみたのが始まりだった。今ではすっかり、至福の時となっている。

ある時はソ連軍歌の"聖なる戦い"を聴きながら、またある時は日本の"同期の桜"を聴きながら。国を問わず、軍歌や愛国歌には人の心を奮い立たせる何かがある。

そう考えているだけに、祖国を愛せぬ者を見ると虫酸が走った。"海ゆかば"ならば兎も角、"君が代"すら拒絶して歌おうとせず、国旗に唾を吐きかける。そんな腐った奴らは日本に要らぬ。新生日本の誕生が成就した暁には──国を愛せぬ愚か者どもを、この手で皆殺しにしてやる。

煙草の煙をふうっと吐き出しながら、秋津は白い歯を見せて不敵に笑った。···が来るのを今か今かと楽しみにしているその様はまるで、遠足や修学旅行を前にした子供のようである。

ふと──聴いていた"Merck toch hoe sterck"の悲壮感と勇ましさが合わさった荘厳なメロディが途切れ、入れ替わるようにして着信音と共に物悲しい歌が流れ始める。

──此処は御国を何百里

──離れて遠き満州の

──赤い夕日に照らされて

──友は野末の石の下

歌の名は"戦友"。そして、秋津がこの歌を着信メロディにしている相手は、後にも先にもただ一人である。

画面も見ずに通話を押すと、秋津は··からの電話に応じた。

「──もしもし、秋津です」

「──やぁ、我が同胞《はらから》。進捗は如何かな」

「えぇ──順調ですよ、"御上"。鳴神山地は、実に素晴らしい場所です。此方から特に動かずとも、馬鹿な餌が次から次へとやって来ますから。それを···に捧げるだけの、誰でも出来る簡単なお仕事です」

含み笑う秋津──対する"御上"……【敷島】の創設者たる神代 大和も、電話越しに楽しげに笑い声を発する。

「──それで? 何か良くないことでも? 貴方が急に連絡を寄越す時は決まって、我が方にとって何か良くないことが起こった時だ」

「おいおい、まるで人を疫病神みたいに言わないでくれ給え。まぁ概ね、君の予想している通りだがね……親愛なる我が同胞・秋津 日向君?」

神代は淡々と、秋津に近況を報告する。九州・熊本及び鹿児島──古くは熊襲と呼ばれていた彼の地に展開していた友軍が、"夢見鳥"が一柱・御堂 八雲の襲来により壊滅したこと。

内閣総理大臣・因幡が閣僚たちの前で粋がってみせた結果、【敷島】が因幡に泣きつかれて裏御三家による·······の調査任務を妨害すべく人員を追加投入したことが、裏御三家にバレたこと。

それにより裏御三家がほぼ間違いなく、熊襲での勝利の勢いそのままに今後、鳴神山地へ夢見鳥またはそれに準ずる実力者を送り込んでくる事態が大いに予想されること。

「……因幡の馬鹿はさておいて。裏御三家が此方を潰すために手駒を寄越すのは願ったり叶ったり、寧ろ来るなら来いと言ったところでしょうか。生憎と、地の利は我らにありますからね」

此岸町を始めとして、鳴神山地とその周辺には既に···を済ませた【敷島】の手の者が蠢いている。何年も掛けてゆっくりと、本物の言動・生活習慣を観察させたうえで···させ、本物の死体は··への供物として捧げたので、気付かれることはまずない。

潜入、背乗り、拉致監禁、破壊工作に暗殺。特務機関ならば当たり前のことである。

「──誰が敵で、誰が味方か分からない。彼らは程なくして、疑心暗鬼に駆られることでしょう。加えて此岸町の町民は排他的で余所者嫌い。昔の村社会さながらの陰湿さを持っています。相手が現代っ子気質なら、数日もせず音を上げるんじゃないでしょうか」

よくもまぁ、そんな地域で···することが出来たものだ。神代は苦笑混じりに秋津を褒める。正に、ある種の執念が成し得る業と言えよう。生半可な覚悟や決意では、到底出来る筈もない。

「──其方の備えが磐石であるなら、此方から特に何も言うことはない。吉報を期待しているよ……我が同胞」

その言葉を最後に、通話は終了した。"御上"とは長い付き合いだ。互いに深く信頼し合っている。それこそ言葉を交わさずとも、思っていることが分かるくらいに。

「……期待に応えてみせますよ、我が戦友。貴方が居なければ、私は非力な一人の人間としてつまらぬ生涯を終え、今頃は墓石の下に眠っていたでしょうから」

その時──

目の前に横たえられた少女たちの遺体に異変が生じ、秋津は感傷に浸るのを止めて其方へと視線を向けた。

見ると、少女の遺体が横たえられた石畳の上にぼうっと超巨大な正五芒星が浮かび上がり、不気味な紫色の光がそこから漏れ出ている。

そして──

五芒星の中心よりこれまた巨大な黒い渦が現れ、光を失った両目から涙を流している少女たちの遺体を丸ごと、音もなく呑み込んだ。その身より溢れ出た血の一滴一滴に至るまで全てを、瞬きする間もなく。

その直後──

大地が大きく揺れ動いた。··が捕食対象から溢れる穢れを不要なエネルギーとして体外へと放出し、その結果として局所的な地震が発生したのだ。

「……体感、最大震度五強と言ったところか。日に日に強まっているようで何よりだよ」

煙草の火を揉み消すと、秋津はふっと笑みを零す。来たる裏御三家からの刺客に、思いを馳せながら。

特務機関【敷島】の誇る"神殺し"、神童・秋津 日向。彼の怨敵が自らの向かう先に待ち、静かに牙と爪を研いでいることなど、御陵 奏とその護衛たちはこの時まだ知る由もなかった。

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