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幕間 第14話 星降る山にて血は舞い踊る

Penulis: 輪廻
last update Tanggal publikasi: 2026-01-24 21:39:51

鳴神山地──星降山。

空には暗雲が渦を巻き、時折閃く雷光が荘厳なる造りの社を照らす。昼間でさえ、本能的に死を連想してしまうその場所に、時刻が真夜中であるにも関わらず、中学生……或いは高校生くらいに見える、二人の少女の姿があった。

二人とも気を失っており、両の手首は後ろ手の状態で手錠により、両の足首は革製の丈夫なベルトによって念入りに拘束され、自力で立ち上がることが出来ぬようにされている。そんな状態で少女たちは丁度、社の目の前に横たえられていた。

何度目かの雷鳴が轟き、少女の一人が目を覚ます。

「ううっ……うぅん……」

寝惚けた様子で呑気な声を上げた彼女であったが、直ぐに自らの手足が拘束されていることに気付き、目に見えて慌て始める。

「えっ……? ええっ……!? 何、これ……?」

ポニーテールにした長い黒髪を振り乱しながら、困惑を隠せぬ様子で少女が取り乱していると、その声で目が覚めたか、気を失っていたもう一人の少女も呻き声を発した。

「うーん……えっ? 何これ……どうなってるの……?」

「その、声……葵《あおい》……? ねぇ、葵なの……?」

「……真由《まゆ》、ちゃん? 真由ちゃんだよね?」

互いに、自分の傍に居るのが親友だと気付き安堵したのも束の間、同時にそれだけでは自分たちの身に起きている異変が何ら改善されないことを認めたようで、少女たちは程なくして戸惑いと怯えから大きな声を出し、狂ったように身を捩る。

「い、いや……いやぁ……! 助けて、葵! 私、手足を縛られて動けないの!」

「無理だよ……! 私だって、両手両足を縛られてるし……そもそも、自分の身に何が起こっているのか、さっぱり分かんないんだから……!」

「そもそも……此処は何処なのよ! 私たち、鳴神山の旧軍施設跡地に肝試しに来た筈でしょ!? こんな場所、探索した時にはなかったのに……!」

「そんなの、知らないよ! 旧軍施設跡地の中を探索していたら、突然目の前に黒い影が──」

黒い影──そう、黒い影だ。··に頭を強く殴打されて以降の記憶が一切ない。黒い影が目の前に現れると同時、相手が何かを振りかぶり、激しい痛みと共に視界が暗転したのを少女たちは思い出した。

「黒い、影……··って、人間なの……?」

「……分かんないよ。ほんとに、一瞬しか見えなかったんだから。真由ちゃんが倒れて直ぐ、私も意識が飛んで……気付いたらこんな、知らない場所……」

「暗くて、良く見えないけど……建物の形的にはお寺? それとも神社? みたい。手足さえ縛られてなければ、スマホで直ぐに現在地を調べられるのに……!」

「ま、真由ちゃん、どうしよう……あ、あの黒い影、きっと殺人鬼か何かだよ……私たち……こ、このままだと殺されちゃうよ……」

啜り泣く葵……彼女は昔からこうだ。怪談や都市伝説が好きな癖に怖がりで──若干の苛立ちを覚えつつ、真由は彼女の言葉を否定しようと試みる。

「ば、馬鹿なこと言わないでよ。噂は所詮噂でしょ? 鳴神山地の旧軍施設に立ち入って、生きて帰った者は一人も居ないって。旧日本軍の非人道的な実験で死んでいった人の霊に取り憑かれて殺されるって。若し本当にそうなら、噂にすらならないじゃない。あんなのデマよ」

「何でデマって言い切れるの!? 現に私たちは変な黒い影に襲われて、こうなってるじゃない!! 真由ちゃんが旧軍施設に行こうって言い出さなきゃ、こんなことになんてなってなかったのに!!」

「わ、私に責任を押し付けないでよね!? 着いていくって言ったのは葵なんだから!!」

──ギィィ……。

尚も責任の擦り付け合いを続ける両者……それを遮るように何か扉が開くような音が響く。二人は言い争いを止め、恐る恐る音のした方へゆっくりと視線を動かした。

先刻まで閉じていた筈の社の扉が、何故か今は開かれていた。誰がどう考えても、扉が開いた原因は風などの自然的なものではない。それは、扉が開かれる時に響いた重々しい音からも明らかだ。

······が扉を開けた。そうとしか思えぬ不可解な状況に、二人は小さく身を震わせる。

──ふふ……ふふふ……。

怖がる二人を嘲るように、何十人もの少女の含み笑う声が聞こえた。頭上では断続的に雷鳴が鳴り響いているにも関わらず、妙にはっきりと耳に届く。

笑い声の出処を探ろうと、視線を動かした直後──真由は絶句し、葵は甲高い悲鳴を上げた。

自分たちを取り囲むように、白の小袖に緋の袴、白足袋に赤い鼻緒の草履……所謂《いわゆる》巫女装束に身を包んだ少女たちが等間隔で複数佇み、そして自分たちを見つめて嗤っていたのだ。

皆、一様に血の気がなく、胸には杭が深々と打ち込まれている。口の端から真っ赤な血を溢れさせ、整った可愛らしい顔に無邪気な笑みを浮かべながら、血走った目で此方を見つめてくるその様は、見る者に底なしの恐怖を植え付けるには十分な不気味さがあった。

「────」

巫女服姿の少女たちは雷鳴轟く中、仲睦まじく手を繋いで輪を作り、怯える二人の周りをぐるぐると回りながら楽しそうにわらべ唄を歌い出した。まるで、誰かを呼ぼうとしているかのように。

──とおりゃんせ、とおりゃんせ

──此処は何処の細道じゃ

──天神さまの細道じゃ

──ちっと通してくだしゃんせ

──御用のないもの通しゃせぬ

──この子の七つのお祝いに

──御札を納めに参ります

──行きはよいよい、帰りは怖い

──怖いながらもとおりゃんせ、とおりゃんせ

「ひぃぃ……!」

「た、助けて……! 誰か、助けて!!」

──赦しを乞うても、無駄だよ。

──助けを乞うても、無駄だよ。

──星神さまは、何時だって見てる。

──お前たち·の罪を、穢れを。

──星神さまは決して赦さない。

少女たちは目から血の涙を流し、神楽鈴の鳴るような声でころころと犠牲者二人を嘲笑する。その光景は何処か幻想的でありながら、同時に途轍もなく悍ましい。

刹那──

社の中にて、黒い··が蠢いたかと思うと、言葉にもならぬ怨嗟の呻き声を響かせながら、ゆっくりと二人の少女を目指して這い出てくるのが、立て続けに暗闇を切り裂いた雷光により、ほんの一瞬だけ映し出された。

逃げたくても四肢を拘束されており、立ち上がることさえ出来ない。ただ、迫り来る··を見ていることしか、彼女たちには出来なかった。

「────」

やがて……目の前まで這ってきた··がゆっくりと、顔を覗き込んでくる。人の影がそのまま実体を得たかのような異様な姿。鼻はあるが鼻の穴はなく、口に至ってはそもそも存在すらしていない。

切れ長の目だけが──白目の部分まで真っ黒な恐ろしい双眸のみが、··の顔に存在している明確にして唯一無二のパーツだった。

長い黒髪を和紙で一つに結わえており、胸の膨らみや腰のくびれが確認出来ることから、··は自分たちと同年代くらいの少女と辛うじて分かる外見をしていた。

「────」

少女たちの無邪気な嗤い声が響く中、··は黙々と犠牲者二人を観察していた。愚かにも自分の坐す領域に土足で上がり込んだ、不敬極まる狼藉者たちを。信仰の·の字も知らなさそうな、現代日本を形成するどうしようもない愚物たちを。

「──夜明けは、来ない」

鈴を転がすような可愛らしい、それでいて威厳に満ち満ちた声でそう呟くと、··は宵闇へと溶けるように姿を消した。

気が付くと社の扉も閉まっており、巫女服姿の少女たちもすうっと霞のように姿を消していた。鳴り響いていた雷鳴は収まり、渦を巻いていた暗雲も消えて、ただの曇り空へと変わっている。今にも晴れそうな雰囲気だ。

ほっと安堵の溜め息を吐く二人……それを嘲笑うかのように、パチパチと拍手の音が響く。

「残念──どうやらお前たちは、·······ようだ。その歳で·····とは……まぁ、真夜中に立ち入り禁止の場所へと、···と称して不法侵入するような糞餓鬼共だ。彼の者からすれば正直、阿婆擦れ以下の何者でもなかったのだろう」

雲の隙間より射し込んだ月明かりが、声の主を照らし出す。何時からそこにいたのだろう──黒い隊員服に身を包んだ、二十代半ばと思しき甘い顔立ちの青年が、社にもたれかかりながら、煙草を吹かしつつ二人を見てふっと笑みを零した。

青年の格好、そして言動から、二人は自分たちを昏倒させてこの場所へと拉致したのが目の前に立つ青年その人であることを、否応なしに実感させられた。まだ、我が身を脅かす恐怖は去っていなかったのだ。

「──見ていて実に滑稽だったよ。互いに責任を擦り付け合って。腐敗し切った現代日本人のお手本と言える、素晴らしい他責思考を見ることが出来た。まぁ、私に言わせれば……未成年の癖に深夜徘徊して、立ち入り禁止区域に入ったのだから同罪だと思うけどね」

青年の言葉に呼応するように、自動小銃などを手にした黒ずくめの集団が音もなく、社や社務所といった建物の陰から続々と姿を現す。青年の仲間、或いは部下と言ったところだろうか。全員、目に感情の光はなく、まるで汚物でも見るかのように二人を見下ろしていた。

「……立ち入り禁止の場所には、立ち入り禁止になるだけの明確な理由がある。理由もなく、立ち入り禁止になる場所など決してない。よく覚えておいてくれたまえ。尤もその教訓を活かす時間は口惜しいことに、お前たちには全く残されていないが──」

煙草の火を揉み消すとナイフを手に、青年は氷のような笑みを湛えつつ歩み寄ってくる。追い詰められると人間何をするか分からないもので、絶望して両親の名を呼びながら啜り泣く葵とは対照的に、真由は相手に対し精一杯の媚びを見せる。

「お、お願い、します……貴方がたの、望むことなら……な、何だって、しますから……ど、どうか、許して頂けませんか……? ぜ、絶対に……今夜のことは、ま、周りには言いませんから……」

とっておきの甘い声と眼差し、そして笑顔。自身の肉体美に自信があるのか、それらに加えて、黒のニーハイソックスに包まれた健康的な両脚を見せつけながら、真由は言葉を続ける。死にたくない……その一心で。

「わ、私の身体を……あ、貴方の好きにして頂いて良いですから……どんなことをして下さっても、構いませんから……ですから、私だけは、見逃して貰えませんか……ね、ね?」

媚びてみせる真由……それに対する青年の反応は、何とも冷ややかなものだった。青年は心底不快そうに眉をひそめたかと思うと、真由の喉笛をナイフで無造作に斬り裂いたのである。

青年は、真由の異性としてのエロシチズムには全く興味を示していないようだった。純粋に真由の成長途上の肉体に魅力を感じなかったのか、それとも根っからの朴念仁なのか。考える暇もなく、喉を裂かれた鋭い痛みが、真由の全身を駆け巡る。

「──最初から好きにするつもりだ。だから、もうその耳障りな声で喋らないでくれるか」

声帯を抉り取られ、真由は喉から噴水が如く血を噴き出しながら、大きく身震いしつつその場に倒れ伏した。痛みに悶えようにも声を奪われ、肉体の自由も奪われている。喉から空気が漏れ出る音と、血の塊をゴボッと吐き出す音とが混ざり合い、そこに葵の悲鳴が彩りを添える。

「──穢れていても、使い道はある。彼の者は罪穢れを激しく嫌う。穢れに満ちたお前たちをここで殺せば、奴はお前たちの身から発せられる罪穢れを祓い浄めようとするだろう。さながら、大祓詞《おおはらえのことば》に登場する瀬織津姫《せおりつひめ》のように、な」

これまで何度もそうしてきたし、その度に··は何度も何度も自らの領域を浄化しようと動いた。今回も間違いなく、··は浄化せんと動きを見せる。

「──お前たちに、夜明けは来ない。新生日本の礎……その一端となれることを誇りに思いながら死ぬが良い」

先刻、社の中より現れた··と同じようなことを犠牲者二人に向かって言うと、青年は自らの指揮下にある兵たちに底冷えのするような声で指示を出した。

「諸君──出来るだけ長く、苦痛を与え続けよ。楽に死なせることは決して赦さぬ。腐敗しきった日本人に情け容赦は全くの無用。この糞どもが、祖国日本を蝕む膿たちが虫の息になるまで苦痛を与え続け……のたうち回る気力を喪失したら、最大限の苦痛で以て息の根を止めよ」

「はっ──畏まりました」

青年の指示を受け、兵士たちは粛々と武器を構え、犠牲者たちへと無音で歩み寄る。

「い、いや……」

目から大粒の涙を零し、葵はゆっくりと首を振りながら逃れようとする。四肢を拘束され、首から下は精々身を捩ることくらいしか出来ないというのに。

「いやあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

凄まじい悲鳴が、葵の口から迸るのとほぼ同時──無情にもナイフの刃が、月明かりを反射して煌めくのが見えた。

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