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第一章 第12話 出撃

Author: 輪廻
last update publish date: 2026-01-19 21:03:42

依頼人の平坂さんと顔合わせをしてから五日後の早朝、午前四時四十五分。

洗顔と着替え、そして歯磨きを済ませ、手荷物を持って本家屋敷前のヘリポートに向かうと、そこには三十名から四十名程の黒装束の兵隊さんたちが、休めの姿勢でズラリと整列していました。

彼らは、今回私の護衛を担当する金剛さん指揮下の、【彼岸】第五小隊の皆さんです。私の護衛に選ばれなかった他のメンバーたちが、せめて見送りだけでもと、自主的に起床時間より早く起きて整列していたのでした。

今回、鳴神山地周辺の調査任務に赴く私の護衛として帯同するのは、金剛さん含めて四人です。金剛さん曰く、若手寄りの中堅、若しくは中堅寄りの若手だそうです。

「──よく眠れましたかな? と訊くのは野暮でしたね」

私は努めて平静を装っていましたが、顔色や所作などから内心緊張していることを察したか、金剛さんは意地の悪そうな笑みを浮かべます。

「……首から提げた、勾玉の首飾り。無意識のうちに指先で何度も触れていますよ。余程、今回の任務に臨むに当たって緊張しておられると見える」

無理もない──金剛さんはそう言って、大きく溜め息を吐きます。既に搭乗予定の"ブラックホーク"のローターは爆音を轟かせながら回転しており、何時でも出撃出来る状態となっていました。

「……兵士が初陣で死ぬ確率は、極めて高いと言われております。それは、貴方がた巫女も例外ではないでしょう。殉職者の多くは初陣で命を落としていると、ご当主から聞き及んでおります」

況してや今回、私が赴く鳴神山地は、経験も実力もある巫女が何人も殉職した忌まわしい場所です。新米巫女である私に緊張するなと言う方が無理だろうと、金剛さんは暗にそう言いたげでした。

「……しかしながら、初陣さえ乗り切れば、兵士の生存確率というものは飛躍的に向上すると言われております。そして貴方は教育課程の段階で既に、現人神と謳われる清治さまの下で相応の場数をこなしてきた。貴方がご自身で思っている以上に、貴方は優秀であると……まぁ、少なくとも私はそう思っておりますがね」

「それは……私を叱咤激励して下さっている、という認識で宜しいのですか?」

恐る恐る尋ねてみると、金剛さんは苦笑しながら、

「お好きなように、捉えて頂いて構いません。とは言え此方としては、貴方を死なせるつもりは毛頭ありませんのでご安心を。たとえ相手が【敷島】の誇る神童・秋津 日向であっても……命にかえても、お守りしますよ。それが我々の任務です。尤も──怨敵たる秋津 日向を、貴方自身の手で殺したいと言うなら……話は別ですがね」

ぶっきらぼうな態度ではありましたが、言葉の端々から金剛さんの不器用な優しさというか親切心というか……ある種の気配りのようなものを感じることが出来ました。表情や態度が悪人のそれなので誤解されそうですが、意外と情に厚い人なのかもしれません。

現に、部下である第五小隊の皆さんが総出で、見送りに出てきてくれていますし、人望はかなりありそうです。当の本人は心底迷惑そうに眉をひそめていましたが……。

「──準備は出来たか?」

ふと──開かれた屋敷の門の向こうより、黒スーツ姿の宗一さんと和服姿の清さんがぼうっと、陽炎のように姿を現します。

「……此方は何時でも行けますよ、ご当主。それから、妹君。後は、貴方がた次第だ。死地へと赴く身内に、掛ける言葉の一つや二つは当然おありでしょう?」

宗一さんと清さんに律儀に敬礼しながらも、金剛さんは私に対する態度と然程変わらぬ態度を維持しつつ、意地悪な笑みを湛えて問います。

整列している金剛さん指揮下の第五小隊の皆さんが、敬礼した状態のまま一斉に青ざめる中……宗一さんは慣れているのか金剛さんには目もくれず、軍人然とした動きで私へと視線を向けます。

「…………」

やはり内心では、心配なのでしょう。鳴神山地へ私を赴かせることには反対だったと、八雲ちゃんからはそう聞いています。無表情ではありますが、瞳の奥に宿る光が僅かに揺らいでいるのが見えました。

「……大丈夫です、宗一さま。八雲ちゃんや、ミコトと約束しましたから。必ず生きて帰るって」

自らを鼓舞しつつ私が作り笑いを浮かべてそう言うと、宗一さんもまた、ぎこちない笑みを浮かべて頷きます。

「……吉報を期待している。必ず、生きて帰って来いよ。お前の帰る場所は……ここ以外にない」

「はい──吉報をご期待下さいませ、宗一さま」

握手をしようと手を差し出すと、何と宗一さんは社交辞令の握手ではなく……遠慮がちではありましたが、私をゆっくりと抱きしめてくれました。

「宗一……さま……」

裏御三家のトップには、冷酷さが求められます。私たち巫女を、国を守るための道具として認識し、殉職してもその死を悲しむどころか、寧ろ道具が壊れた、使える駒が減ったと平気で言えるような精神性が。

その点で言えば、宗一さんはトップの器ではないのかもしれません。私への親愛の情を、捨てきれなかったのですから。今も私を家族として愛しているのですから。

でも……それが、如何にも宗一さんらしくて。本音を言えば、とても嬉しくて。血の繋がりがない私を迎え入れてくれて、本当の家族のように愛してくれた。そんな彼が、死地へと赴く私に、当主としての威厳を保ちつつも一人の身内として想いを伝えてくれているのです。

そう──文字通り、··の想いを込めて。

宗一さんは数秒ほどそうした後、無言のまま小さく頷いて一歩身を引き、清さんに場を譲りました。宗一さんに促されて、清さんが小さく前へと出ます。

清さんも、何処か不安そうでした。いえ、寧ろ宗一さん以上に私のことを憂えていました。左右で色の異なる瞳を潤ませ、小さく身を震わせながら。

このまま私を送り出したら、何か大切なものを喪ってしまうかのような……そんな漠然とした不安と恐怖に、彼女は酷く怯えているようでした。清さんでもそのような顔をするのかと、私は内心大いに驚きました。

それでも──彼女は健気にも、死地へと赴く私に対して何も言いませんでした。出撃前で、恐らくはピリピリしているであろう私に変に気を遣わせてしまうのは、流石に申し訳ないと思ったのかもしれません。

「──行ってらっしゃい、奏ちゃん」

小鳥の囀りを彷彿とさせる可愛らしい声でそう言いながら、清さんもまた、宗一さんと同じように私の身を優しく抱きしめます。言いたいこと……そして、内に秘めたる想い。その全てを、抱擁という行為に込めて。

「──はい。行ってきます、清さま」

「──時間です。ご当主……妹君。これより御陵 奏、金城 剛彦以下五名は、鳴神山地の此岸町──及び、その周辺地域の調査任務へと出撃致します」

鷹のような鋭い目つきで宗一さんと清さんを見つめながら、金剛さんが出撃を声高らかに宣言します。

「──敬礼!!」

宗一さんの号令一下、清さんや金剛さん指揮下の第五小隊の皆さんが、一糸乱れぬキレのある動きで、粛々とブラックホークの機内へと乗り込む私たちに向かって敬礼をしました。

雷鳴を思わせる爆音を轟かせ、振動と共にブラックホークはぐんぐんと上昇してゆきます。下を見ると、第五小隊の皆さんが制帽を振り、清さんも大きく手を振っているのが見えました。宗一さんは手こそ振っていませんでしたが、代わりに軽く片手を挙げていました。

ブラックホークが上昇するにつれ、皆の姿は見る見る小さくなってゆき、とうとう豆粒が如き大きさにまでなってしまいました。それでも尚、皆が私たちを見送ってくれているであろうことは、容易に想像が出来ました。

太陽に照らされ、ブラックホークは勇ましく暁の空を翔けます。鳴神山地……数多の怨念渦巻く呪われた場所へと向かう、私たちを乗せて。

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