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第八話「目覚める独占欲」

Author: ひなた翠
last update publish date: 2026-04-16 20:00:39

 馬車の窓から差し込む朝の光が、膝の上に置いたルミエルの手を静かに温めていた。

 御者台から飛ぶ威勢のいい掛け声とともに、鉄輪が石畳を刻む振動が、身体の底まで伝わってくる。窓の外には延々と続く街道が伸び、その傍らを整然と行進する兵たちの、大地を揺らすような規則正しい足音が重く響いていた。グライエン王国が誇る漆黒の軍勢が、今この瞬間、ルミエルの祖国・エルテア王国へと牙を向けて進軍していた。

 ルミエルは窓枠に細い指をかけ、そっと外の様子を覗きやった。

(またこの国に戻ってくるなんて思ってなかったなあ)

 軍列の先頭に立つアルリックの後ろ姿が、視界を占める。黒い軍馬に跨り、凛として背筋を伸ばしたその姿は、朝の風に金髪をなびかせ、圧倒的な

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     あれから、一ヶ月の月日が流れた。 寝室の石造りの暖炉には赤々と火が灯り、夕暮れの訪れが早い季節の到来を告げている。パチリ、と薪が爆ぜる規則正しい音が静寂を刻み、橙色の炎が揺らめくたびに、天蓋の白い布には長く、不規則な影が這い回る。窓の外は藍色の闇に呑まれ、遠くで冬を予感させる風が木々を激しく鳴らしていた。乾燥した空気に、薪の煙の芳しさが微かに混じり、部屋の中に親密な温度を溜めている。 ルミエルは革張りのソファに深く身体を沈め、膝の上に一冊の本を開いていた。 それはアルリックから直接、手ほどきを受けた文字で綴られた物語だ。以前は一頁を読み進めるのにも酷く時間を要していたが、今では指先で追う視線も滑らかになり、文字の羅列はもはや未知の記号ではなく、意味を宿した生きた言葉としてルミエルの中に溶け込んでいる。 視線は物語を追いながらも、喉の奥では、ずっと別のことを反芻していた。(今日こそ……伝えられる気がする) 重厚な扉が開く音がし、アルリックが姿を現した。 一日の政務を終えた彼の貌には僅かな疲労が滲み、上着の襟元が少しだけ乱れている。卓上の燭台が放つ明かりが彼の金髪を眩く照らし、左頬に刻まれた傷跡が深い影を落とした。 けれど、その琥珀色の瞳がルミエルを捉えた瞬間、張り詰めていた肩の力がふっと抜けるのを、ルミエルは見逃さなかった。 本を閉じ、吸い寄せられるように彼のもとへと歩み寄る。ルミエルが背伸びをしてその唇

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  • 不吉な身代わりオメガは、冷酷な王の腕の中で初めて愛を知る ~声を奪われた王子、最強の番に溺愛される~   第十二話「熱を帯びた夜の果て」

     廊下は、耳が痛くなるほどの静寂に包まれていた。 深夜の城は、昼間の喧騒が嘘のように暗い。石壁に点々と掲げられた燭台の火だけが、頼りなく通路を照らしている。炎が揺れるたびに、長く伸びた二人の影が壁の上で不気味に蠢いていた。 アルリックはルミエルの細い手を引き、迷いのない足取りで進む。硬い石床に響く足音は二人分。ルミエルはまだ足腰に力が入りきらず、アルリックの広い背中を追うのが精一杯だった。 歩くたびに、番の証が刻まれた首の後ろがじんと熱を持つ。それはアルリックとの絆を証明する確かな体温であり、今のルミエルを支える唯一の拠り所でもあった。 廊下の突き当たりに、王妃エレーヌの寝室があった。 アルリックが扉の前に立ち、その大きな拳で二度、静寂を破るように叩いた。 コン、コン。 乾いた音が響くが、中からの返事はない。アルリックは眉一つ動かさず、今度は少し強く扉を叩いた。それでも応答はなく、彼は躊躇なく扉の取っ手に手をかけた。 鍵はかかっていなかった。重厚な扉が、ゆっくりと内側へ開いていく。 その瞬間、ルミエルは思わず目を背けた。 寝室の中央に鎮座する大きなベッドの上で、王妃エレーヌが若い騎士と絡み合っていた。衣服は無造作に床へ脱ぎ捨てられ、月明かりと燭台の淡い光が、剥き出しになった白い肌を艶かしく照らし出している。

  • 不吉な身代わりオメガは、冷酷な王の腕の中で初めて愛を知る ~声を奪われた王子、最強の番に溺愛される~   第七話「安らぎを奪う運命への宣戦布告」

     月明かりが窓から差し込み、ルミエルの横顔を淡く照らしていた。 規則正しい呼吸で胸が静かに上下している。疲れ果てて眠り込んだ身体は、アルリックの腕の中で小さく丸まっていて、触れれば壊れてしまいそうな儚さがあった。アルリックはゆっくりと身を起こし、愛しさに胸を締めつけられながら、ルミエルの顔を覗き込んだ。 ふと、その目尻に、乾いた涙のあとが残っているのに気づいた。

  • 不吉な身代わりオメガは、冷酷な王の腕の中で初めて愛を知る ~声を奪われた王子、最強の番に溺愛される~   第三話「赤き契りの純潔」

    「ルーク」 低い声と共に肩を優しく揺さぶられ、ルミエルは重い瞼をゆっくりと持ち上げた。 意識が浮上すると同時に感じたのは、全身を包み込む心地よいだるさだった。昨夜の熱狂の残滓が、まだ身体の奥底に澱のように溜まっている。視界を上げれば、見慣れない天蓋の絹が朝の光を透かして白く輝いていた。(――眩しい) 窓の隙間から差し込む一条の光が、寝室を清冽な朝の色で満たしている。(……朝だ。本当の、朝なんだ) 慌てて身体を起こそうとした瞬間、掛けていた羽毛の布団がするりと滑り落ちた。その時、ルミエルは部屋の中に漂う異様な気配に気づき、息を止めた。(……え?) 寝室の隅には、仰々しい正装に身

  • 不吉な身代わりオメガは、冷酷な王の腕の中で初めて愛を知る ~声を奪われた王子、最強の番に溺愛される~   第二話「初夜の檻を溶かす熱」

     隣国グライエン王国に到着したのは、太陽が西の稜線に沈み、空の端が深い藍色へと溶け始めた頃だった。 馬車の小窓から見えた城は、想像をはるかに超えた威容を誇っていた。エルテアの城など比べものにならない。石造りの城壁が夕闇の中で黒々とそびえ、その輪郭だけで、この国を束ねる者の強大な力を物語っていた。城門を潜ると、松明が左右に連なって揺れ、橙色の光が石畳の上に揺らめく炎の道を作っている。

  • 不吉な身代わりオメガは、冷酷な王の腕の中で初めて愛を知る ~声を奪われた王子、最強の番に溺愛される~   第一話「沈黙の生贄と血塗られた覇王」

     朝の静寂を切り裂くように、王宮内が異様な喧騒に包まれていた。 窓の向こうから、石畳を踏む幾重もの足音、遠くで重々しい扉が幾度も開閉される音が、微かな震えとなって伝わってくる。ルミエルは冷えた窓枠に指先をかけ、そっと中庭を見下ろした。(……何事だろう。こんなに朝早くから) 普段、この塔の周囲に人の気配がすることなど皆無に等しい。だというのに今朝は、侍女たちが裾を乱して慌ただしく行き交っている。張り詰めた空気が冷たい石床を伝って、ルミエルの足の裏から心臓へと這い上がってくるようだった。 本能が、何かが起きると告げていた。 声を持たないルミエルにとって、隔離された塔の中で外界を知る術は

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