Masuk繋がったまま、ルミエルは息をすることさえ忘れていた。
アルリックの重みが上から覆い被さり、腰を深く打ちつけられるたびに、身体が大きく揺れる。くちゅ、くちゅ、と結合部から溢れる水音が、静まり返った部屋に卑猥なほど鮮明に響いた。愛液が二人の間で混じり合い、アルリックが動くたびに、その音は粘り気を帯びて大きくなっていく。
「ぁ……ん、っ……ぁあ……」
声が止まらなかった。唇の隙間から甘い音が零れ、天蓋の奥へと吸い込まれていく。アルリックの腰が打ち込まれるたび、肌と肌が激しくぶつかり合い、乾いた音と濡れた音が重なって耳に届く。奥を執拗に抉られるたびに、全身の神経が熱い一点に集まっていく感覚があった。
アルリックの手がルミエルの腰を強く掴み直し、角度が変わって突き上げられる。
「ぁっ、あ……っ」
鋭い快感が背筋を走り、思わず大きな声が漏れた。そこだ、と教えるように、アルリックは同じ場所を何度も深く突いてくる。ぐちゅ、ぐちゅ、と水音が激しさを増し、溢れ出した蜜が白いシーツへと滲んでいった。恥ずかしいはずなのに、どうしても止められない。身体が勝手に腰を持ち上げ、アルリックの熱に吸い付くように動いてしまう。
「……っ、あ、ああ……っ」
アルリックの呼吸も荒くなっていた。ルミエルの首筋に顔を埋め、低い吐息を吹きかけながら、最奥を繰り返し突き上げてくる。肌と肌が打ち合う情熱的な音。溢れる愛液の卑猥な水音。そして、ルミエル自身の甘い嬌声。それら全てが渾然一体となり、寝室を満たしていった。シーツを両手で握りしめて耐えようとしても、快感の波は止まることを知らなかった。
身体の奥から、抗えない何かが激しくせり上がってくる。
「ぁ……っ、ああ……ぁあ……っ」
全身が細かく痙攣し、蜜筒がアルリックを逃がさぬようきつく締めつけた。視界が白く滲み、声が途切れ途切れになる。アルリックが深く腰を沈めたまま動きを止めると、熱いものが奥へと力強く注ぎ込まれた。ドクン、ドクンと脈打つ熱が、お腹の奥底まで広がっていく。
しばらくの間、二人は重なったまま動けずにいた。
やがてアルリックがゆっくりと身体を離し、ルミエルを引き寄せた。乱れた銀髪を大きな指で優しく梳き、汗の滲んだ額に柔らかなキスを落とす。ルミエルはアルリックの広い胸板に頬を預けたまま、荒れた呼吸を整えた。全身がしっとりと汗ばみ、髪が首筋に張り付いている。指先まで心地よい脱力感に支配されていた。アルリックの腕がルミエルの背中に回り、大きな手がゆっくりと肌を撫でる。規則正しい鼓動が、耳元で心地よく響いていた。
静寂が部屋を包み込む。
それが、ひどく心地よかった。何も言わなくていい。何も伝えなくていい。ただ温もりの中に溶け込んでいられるこの時間が、今のルミエルには何物にも代えがたいものに感じられた。
「最近、頭痛が楽になったんだ」
不意に、アルリックが静かに口を開いた。
ルミエルは重い瞼を持ち上げ、アルリックの横顔を見上げた。彼は天井をじっと見つめたまま、ゆっくりと言葉を続けた。
「頭痛は昔からあったんだ。名だたる医師に診せても、はっきりとした原因はわからなかった。いつも頭の奥に鈍い痛みがあって、酷いときは何も手につかなくなる。鎮痛剤を手放せない時期もあった」
アルリックの声はどこまでも静かで、淡々としていた。それは愚痴でも嘆きでもなく、ただありのままの事実を伝えるような響きだった。
(……頭痛)
そんな苦しみを抱えていたとは、ルミエルは露ほども知らなかった。いつも威風堂々として、揺るぎなく見える覇王が、ずっとそんな痛みに耐えてきたのだ。ルミエルはアルリックの胸板に当てていた手を、慈しむように少しだけ強く押しつけた。
「不眠もあった。横になっても眠れない夜が延々と続いた。それも、ここ最近はない」
アルリックの視線が、ゆっくりとルミエルへと落ちてきた。琥珀色の瞳が、かつて見たことがないほど柔らかな光を帯びている。
ルミエルはその瞳を、吸い込まれるように見つめ返した。いつも周囲を圧倒する威圧感を湛えているはずの瞳が、今は全く違う色を宿している。誰かに内面を打ち明けることに慣れていない人間が、慎重に言葉を選びながら話している。そんな剥き出しの柔らかさがあった。
この人も、苦しいことがあったのだ。堂々として、誰よりも強く見えるのに、ずっと暗い痛みを抱えながら過ごしてきた。
「だが、お前の側にいると違う。一緒に寝るようになってから頭がすっきりしているんだ。夜も深く眠れる。……こんなことは、生まれて初めてだ」
アルリックが短く息を吐き、ルミエルの銀髪をそっと撫でた。指先が髪を梳き、耳の後ろを辿って、滑らかな首筋へと滑っていく。
「ルークと結婚して、本当に良かったと思っている。ありがとう」
静かだけど重みのある感謝の言葉だった。
(嬉しい――けど)
ルミエルの胸の奥で、何かが悲鳴を上げるように軋んだ。
自分の存在が役に立てていると、思えるのは素直に嬉しかった。ずっと一人で抱えてきた孤独な苦しみを、自分が少しだけ軽くできている。それが、たまらなく愛おしく、嬉しかった。
なのに――「ルーク」という名前が、鋭い刃のように胸の奥に深く突き刺さった。
『ありがとう』と言ってくれたその言葉は、ルミエルではなくルークに向けられたものだ。役に立てていると思えた喜びさえ、ルークとしての自分に与えられた偽りのものだ。
アルリックの手がルミエルの顎に触れ、そっと持ち上げた。至近距離で視線が合う。
「どうした。難しい顔をしているな」
ルミエルは小さく首を振り、無理に口角を持ち上げた。何でもない、と伝えるために。アルリックは少しだけ不思議そうに首を傾げたが、それ以上は何も聞かなかった。ただ、ルミエルの頬に大きな手を添えて、親指で静かに、愛しむように撫でた。
その温もりが、罪悪感をさらに黒く濃くしていく。
アルリックはこんなにも正直に、自分の弱さも、苦しみも、隠さずに打ち明けてくれた。なのに自分は、本当のことを何一つ伝えていない。本当の名前も、身分も、そして――残り少ない命のことも。
触れ合うたびに距離が縮まっていく気がするのに、その分だけ嘘の重みが増していく。
裸のまま肌を寄せ合い、しばらく静かな時間が流れた。アルリックの手がルミエルの背中を撫で、腰へと滑っていく。下腹部に、アルリックの熱がじわりと膨らんでくるのを肌で感じた。ルミエルの頬が、自然と熱を帯びていく。
アルリックがルミエルを見下ろし、わずかに表情を緩めた。
「……もう一回、いいか」
それは問いかけというより、確認だった。拒否すれば、彼は潔く引くだろう。そういう真正直さが、この男にはあった。ルミエルは、逃げるように頷いた。
アルリックの手がルミエルの身体を促し、うつ伏せへと向けた。腰に手が添えられ、ゆっくりと引き上げられる。背後から覆い被さるように、アルリックの圧倒的な体温が背中全体を包み込んだ。首筋に熱い唇が触れ、吐息が肌を愛撫するように撫でる。
「……っ、ん」
唇の隙間から音が漏れた。アルリックの手が腰から腹へ、そして胸の先端へと移り、優しく摘まみ上げる。
「ぁ……ん、っ」
声が止められなかった。アルリックの指が先端を転がすたび、身体の奥が疼くように熱くなっていく。すでに十分に濡れていた。じわりと滲み出た蜜が太ももの内側を伝い、アルリックの指先が割れ目へと触れた。
「……もう、こんなに」
低い声が耳元に落ちてくる。羞恥で顔が燃えそうになるのに、身体は正直に、その言葉にまた熱く応えてしまう。指が解すように動き、入口をゆっくりと押し広げていく。
「ん……ぁ、あ……っ」
腰が浮いた。アルリックの手に吸い付くように、身体が勝手に求めて動いてしまう。指が抜かれたと思った瞬間、熱く硬い塊が入口に押し当てられた。ゆっくりと、容赦なく奥まで押し込まれていく。深い場所まで届く圧倒的な充足感に、背中が自然と弓なりになった。
アルリックが再び動き始めた。
引いて、押し込む。その繰り返しが少しずつ激しさを増していく。背後から腰を強く掴まれ、深く突き上げられるたびに声が止まらなかった。くちゅくちゅと、さっきよりも大きな水音が静かな部屋に響き渡る。シーツを両手で力一杯握りしめ、ルミエルは快感の激流に身を委ねた。
「ぁ……あ、ああ……っ」
アルリックの息も絶え絶えになっていた。腰を引き寄せる手に力が籠もり、最奥を激しく突いてくる。全身が痺れるような刺激に貫かれ、快感が一点に集まっていく。ルミエルの身体が激しく震え、二度目の限界が訪れた。全身が痙攣し、蜜筒がアルリックを逃がさぬようきつく締めつけた。アルリックも深く腰を沈めたまま動きを止め、熱いものが奥へと注ぎ込まれた。ドクン、ドクンと脈打つ熱が、お腹の奥深くへと広がっていった。
ぐったりとシーツに沈み込んだルミエルを、アルリックが仰向けに引き寄せた。乱れた銀髪を指で梳き、汗の滲んだ額に優しくキスを落とす。
「疲れたか」
ルミエルは小さく頷いた。全身の力が抜け、指一本動かす気力もない。アルリックの腕が肩を抱き、強く引き寄せる。硬い胸板に頬を押し当てると、規則正しい鼓動が耳に響いてきた。さっきまであれほど激しく打っていたのに、今はもう、落ち着いた安らかな音になっていた。
この鼓動の音を、ルミエルは心から好きだと思った。聞くたびに、魂が安らぐのを感じた。
明日から、もっと文字の練習をしよう。
全てを書き綴れる力がついたとき、この人の顔を正面から見て、真実を渡そう。怒鳴られても、蔑まれても。それでも、ルミエルとして死にたい。
あれから、一ヶ月の月日が流れた。 寝室の石造りの暖炉には赤々と火が灯り、夕暮れの訪れが早い季節の到来を告げている。パチリ、と薪が爆ぜる規則正しい音が静寂を刻み、橙色の炎が揺らめくたびに、天蓋の白い布には長く、不規則な影が這い回る。窓の外は藍色の闇に呑まれ、遠くで冬を予感させる風が木々を激しく鳴らしていた。乾燥した空気に、薪の煙の芳しさが微かに混じり、部屋の中に親密な温度を溜めている。 ルミエルは革張りのソファに深く身体を沈め、膝の上に一冊の本を開いていた。 それはアルリックから直接、手ほどきを受けた文字で綴られた物語だ。以前は一頁を読み進めるのにも酷く時間を要していたが、今では指先で追う視線も滑らかになり、文字の羅列はもはや未知の記号ではなく、意味を宿した生きた言葉としてルミエルの中に溶け込んでいる。 視線は物語を追いながらも、喉の奥では、ずっと別のことを反芻していた。(今日こそ……伝えられる気がする) 重厚な扉が開く音がし、アルリックが姿を現した。 一日の政務を終えた彼の貌には僅かな疲労が滲み、上着の襟元が少しだけ乱れている。卓上の燭台が放つ明かりが彼の金髪を眩く照らし、左頬に刻まれた傷跡が深い影を落とした。 けれど、その琥珀色の瞳がルミエルを捉えた瞬間、張り詰めていた肩の力がふっと抜けるのを、ルミエルは見逃さなかった。 本を閉じ、吸い寄せられるように彼のもとへと歩み寄る。ルミエルが背伸びをしてその唇
謁見の間には、透き通った朝の光が斜めに差し込んでいた。 石造りの高い天井まで届く縦長の窓から、白い光の帯が幾筋も床に伸び、石畳の冷たさを微かに和らげている。壁際に置かれた燭台の炎が、外から吹き込むわずかな風に揺れ、灰色の壁に生き物のような影を落としていた。 アルリックが重厚な彫刻の施された上座にどっしりと腰を下ろし、そのすぐ隣にはルミエルが静かに控えていた。 向かい側に座るのは、エルテア王国の新国王オーヴィン・ヴァランと、その傍らに寄り添う王妃。今日この場に臨むまで、ルミエルは幾度も心の準備を重ねてきた。かつて自分を塔に閉じ込め、呪いの名の下に蔑んできた「エルテア」という国の名は、今なお胸の奥底に小さな、けれど鋭い緊張の礫を投げ込んでくる。 ふと視線を向けた新王妃は、ひどく華奢で、儚げな印象を纏う人だった。 細い肩に淡い藤色のドレスが柔らかく落ち、膝の上で重ねられた白い指先が、時折不安げに微かな震えを見せている。年齢はルミエルよりも随分と上のはずだが、その顔立ちは驚くほど整っており、伏せられた長い睫毛の影が頬に美しい陰影を作っていた。丁寧に結い上げられた柔らかな茶色の髪には派手な装飾はなく、その控えめな佇まいにこそ、高潔な品格が宿っているように思えた。 身構えていたルミエルの強張りが、彼女の放つ穏やかな空気感に触れて、雪解けのように少しずつほぐれていくのを感じる。 一通りの儀礼的な挨拶が交わされ、アルリックとオーヴィンは、両国の近況について言葉を交わし始めた。 国境の安定、交易に関する新たな取り決め、周辺
目が覚めた瞬間、ルミエルは指先一つ動かすことができなかった。 瞼の裏側には、暴力的なほど鮮やかな白光が満ちている。天蓋の白い布を透かして差し込む朝の陽光が、寝室の隅々までをやわらかな輝きで満たし、浮かび上がる埃の粒さえも金色の砂のように輝かせていた。 遠くから微かに届く鳥のさえずり、窓の外で若葉が風に戦ぐカサカサという乾いた音。そして、暖炉の隅で灰になった薪の、微かな焦げたような香りが鼻腔をくすぐる。 眠りに沈んでいた五感が、痺れが解けるように一つずつ、ゆっくりと覚醒していく。その緩慢な時間の流れの中で、ルミエルは自らの胸の内に問いかけた。(……ああ。僕、生きてる。本当に、朝を迎えたんだ) 今日は、ルミエルの二十歳の誕生日だった。 この世に生を受けてからずっと、死の期限だと信じ込まされてきた「呪い」の日。暗い塔の中で、砂時計の砂が落ちるのを眺めるようにして待ち続けていた終焉の日が、今、これほどまでに穏やかな朝としてそこにあった。 呪いなど存在しなかったと、あの男の口から真実を知った後も、この朝を迎えるまでは拭いきれない恐怖が胸の隅に澱のように沈んでいたのだ。夜中にふと目を覚ますたび、ルミエルは暗闇の中で自らの胸に細い手を当て、ドク、ドクと刻まれる脈動を確かめては、安堵と不安の狭間で再び瞳を閉じる夜を幾度も繰り返してきた。 ――けれど、約束の朝は来た。 左胸の奥で、心臓が確かに、力強く時を刻んでいる。
「――ここは、あとは儂がおさめるから。行ってくれ」 老いた国王の震える言葉に、アルリックは短く一度だけ頷いた。そして、迷いのない所作でルミエルの細い手を取った。(……温かい) ルミエルの指先を包み込むアルリックの手のひらは、夜の冷気にさらされていたはずなのに、驚くほど熱を帯びていた。その確かな質量に、ルミエルは胸の奥がじんわりと疼くのを感じる。「では、任せた。我々は国に戻る」 アルリックはそれだけ言い捨てると、無造作に踵を返した。ルミエルはその大きな手に引かれるまま、一歩を踏み出す。 背後で国王が何かを言いかけた気配がしたが、アルリックは一度も振り返ることなく、前だけを見据えて歩き続けた。 遠ざかっていく王妃の狂おしい泣き声、ヨハンの醜い怒鳴り声。それらが夜の静寂に吸い込まれ、代わりに二人を包んだのは、研ぎ澄まされた冷たい夜気だった。規則正しく石畳を叩く足音だけが、耳の奥に心地よく響く。 隣を歩くアルリックの気配を感じながら、ルミエルは肺の奥まで冷たい空気を吸い込み、長く吐き出した。(僕は……最初から、呪われてなんていなかったんだ) その事実は、羽毛のように軽くルミエルの心を撫でた。けれど同時に、腹の奥にはズンとした重たい塊が居座っている。
馬が止まったのは、城下の外れにひっそりと佇む、小さな石造りの家の前だった。 王妃エレーヌはすでに馬を捨て、吸い込まれるように家の中へと滑り込んでいた。ガウンの裾が闇に引き込まれていくのと入れ替わりに、「呪いが……呪いが……」という、乾いた木の葉が擦れるような呟きだけが夜の底に沈んでいく。 アルリックがルミエルを軽々と抱きかかえて馬を下り、迷いのない歩調でその後を追った。 室内は薄暗く、埃の舞う空気の中に一本の蝋燭が細い火を灯していた。 簡素な寝台の上で、中年の男が跳ね起きるようにして上半身を揺らしている。王妃に激しく肩を揺さぶられ、男の寝ぼけた顔には、恐怖と混乱が混じり合った歪な表情が浮かんでいた。 その光景をルミエルは、アルリックの腕から解放されながら眺めた。(あの人が僕に呪いをかけた……人?)「助けて。ねえ、あなたしかいないのよ……!」 王妃が男の胸にしがみつき、声を上げて泣き崩れた。乱れた髪が涙で顔に張り付き、かつての気高く冷酷な面影は、見る影もなく崩れ去っている。「……なんだ、何があったんだ、エレーヌ」 男が王妃の肩を抱き寄せ、眠たげな目を細めた。だが、その視線が背後に立つアルリックを捉えた瞬間、男の表情は瞬時
廊下は、耳が痛くなるほどの静寂に包まれていた。 深夜の城は、昼間の喧騒が嘘のように暗い。石壁に点々と掲げられた燭台の火だけが、頼りなく通路を照らしている。炎が揺れるたびに、長く伸びた二人の影が壁の上で不気味に蠢いていた。 アルリックはルミエルの細い手を引き、迷いのない足取りで進む。硬い石床に響く足音は二人分。ルミエルはまだ足腰に力が入りきらず、アルリックの広い背中を追うのが精一杯だった。 歩くたびに、番の証が刻まれた首の後ろがじんと熱を持つ。それはアルリックとの絆を証明する確かな体温であり、今のルミエルを支える唯一の拠り所でもあった。 廊下の突き当たりに、王妃エレーヌの寝室があった。 アルリックが扉の前に立ち、その大きな拳で二度、静寂を破るように叩いた。 コン、コン。 乾いた音が響くが、中からの返事はない。アルリックは眉一つ動かさず、今度は少し強く扉を叩いた。それでも応答はなく、彼は躊躇なく扉の取っ手に手をかけた。 鍵はかかっていなかった。重厚な扉が、ゆっくりと内側へ開いていく。 その瞬間、ルミエルは思わず目を背けた。 寝室の中央に鎮座する大きなベッドの上で、王妃エレーヌが若い騎士と絡み合っていた。衣服は無造作に床へ脱ぎ捨てられ、月明かりと燭台の淡い光が、剥き出しになった白い肌を艶かしく照らし出している。
月明かりが窓から差し込み、ルミエルの横顔を淡く照らしていた。 規則正しい呼吸で胸が静かに上下している。疲れ果てて眠り込んだ身体は、アルリックの腕の中で小さく丸まっていて、触れれば壊れてしまいそうな儚さがあった。アルリックはゆっくりと身を起こし、愛しさに胸を締めつけられながら、ルミエルの顔を覗き込んだ。 ふと、その目尻に、乾いた涙のあとが残っているのに気づいた。
何度、書き直しただろうか。 机に広げた紙の上には、たどたどしい文字が並んでいた。アルリックに文字を教わってからというもの、ルミエルは彼が不在の時間を惜しむようにして、羽ペンの動かし方を身体に叩き込んできた。不揃いで頼りない字の形は、砂漠に刻まれた足跡のようにどこか心許ない。けれど、そこに込められた決意だけは、鋭利な刃物のように光を放っていた。 兄の身代わりとして、呪いを受けたまま嫁いできたこと。本当の名前はルミエルであること。卑しい愛人の子として生を受け、陽の光さえ届かない冷たい塔の中に閉じ込められて育ったこと。そして――二十歳の誕生日を迎えるまえに、この身体を蝕む呪いによって命が尽きる
翌日から、アルリックは毎日欠かさずルミエルの部屋を訪れるようになった。 執務を終えた夕刻、廊下に規則正しい足音が響いてくると、ルミエルは決まってソファから立ち上がり、扉へと視線を向けた。期待と緊張で、心臓が一つ、大きく跳ねる。扉が開き、あの金髪の男が入ってくる。それだけのことが、今のルミエルには嬉しくてたまらなかった。 アルリックが小さな机を二つ並べ、紙とインク、そして万年筆を用
「ルーク」 低い声と共に肩を優しく揺さぶられ、ルミエルは重い瞼をゆっくりと持ち上げた。 意識が浮上すると同時に感じたのは、全身を包み込む心地よいだるさだった。昨夜の熱狂の残滓が、まだ身体の奥底に澱のように溜まっている。視界を上げれば、見慣れない天蓋の絹が朝の光を透かして白く輝いていた。(――眩しい) 窓の隙間から差し込む一条の光が、寝室を清冽な朝の色で満たしている。(……朝だ。本当の、朝なんだ) 慌てて身体を起こそうとした瞬間、掛けていた羽毛の布団がするりと滑り落ちた。その時、ルミエルは部屋の中に漂う異様な気配に気づき、息を止めた。(……え?) 寝室の隅には、仰々しい正装に身