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中絶を強いられた日に私は姿を消した
中絶を強いられた日に私は姿を消した
Penulis: 誤字ラ

第1話

Penulis: 誤字ラ
初めて雅人と出会ったのは、美空が18歳のときだった。

母から電話がかかってきたのは、そんなある日のこと。

「美空、落ち着いて聞いて……お父さんが交通事故に遭ったの。今、病院で救命処置を受けてるんだけど、かなり危ないらしくて……今から来てくれないかな……」

頭の中が真っ白になった美空は、居ても立ってもいられず、家を飛び出した。

夢中で走り出したせいで、前を見る余裕さえなかった。その直後、彼女の体が走ってきた車にぶつかった。

運転していたのは、雅人だった。

雅人はとっさにブレーキを踏んだため、大事には至らなかった。美空は、足を引きずりながらも病院へ向かおうとした。

「待ってくれ!」

背後から雅人の声が飛んできた。

彼は美空を呼び止め、何があったのかを尋ねると、すぐさま電話をかけた。それから彼女を車に乗せ、病院へと向かった。

美空が到着すると、なぜか病院の院長も駆けつけた。腕利きの医師たちを率いて、手術室に入っていく。

長い手術を経て、美空の父は一命を取り留めた。

美空は母と抱き合い、安堵の涙を流した。

滲む視界の向こう、少し離れた廊下に雅人の姿が見える。彼は院長と言葉を交わし、丁寧に頭を下げていた。

その背中を見て、美空は初めて悟った。

――病院のトップである院長を動かし、父の元へ駆けつけさせてくれたのは、他ならぬ雅人だったのだ。

光の中に立つ、凛とした眼差しの男性。あの日の美空には、まるで自分の世界に舞い降りた神様のように見えた。

最初は、ただお礼がしたかっただけだった。

だから美空は雅人の仕事を手伝い、自分にできることを探しては、少しでも彼の役に立とうとした。

卒業後、篠原グループに入社。思いがけず彼と一線を越え、いつしか彼の秘書を務めるようになった。

感謝の気持ちは、いつしか別の感情へと変わっていた。彼がふと見せる優しさに触れるたび、抱いてはいけない期待が、少しずつ膨らんでいった。

2人の関係が変わり始めたのは、1ヶ月前のことだった。

雅人が突然、美空を避けるようになった。

理由がわからず、美空は不安を募らせた。

ずっと聞けずにいたその疑問を、ある夜、雅人に抱かれたあと、彼女は恐る恐る口にした。

「篠原さん……私、何か気に障ることをしてしまいましたか?」

雅人の端正な顔から、すっと表情が消えた。しばらく沈黙したあと、彼は淡々と答えた。

「いや、別に。ただ……冷めただけだ」

美空の顔から血の気が引いた。

冷ややかな眼差しを向けられ、彼女はそれ以上何も言えず、その場から逃げるように立ち去った。

その日、雅人は海外出張へと発った。いつもなら同行するはずの秘書である美空を、今回は連れていかなかった。

そして翌日、美空は彼と玲奈が政略結婚する噂を耳にした。

1週間後、帰国した雅人の左手の薬指には、指輪が光っていた。

その瞬間、美空は悟った。

どんなに幸せな夢も、いつかは覚める。

――雅人と別れる時が来たのだ。

その後、雅人は2人が7年間同棲していたマンションを美空に譲り渡して出ていった。

美空は部屋を整理しながら、不動産仲介業者に連絡を入れ、売却の手続きを進めた。

マンションは都心の一等地にあり、しかも彼女が設定した売却価格は相場を大きく下回っている。そのため、仲介業者も積極的に買い手を探してくれた。

その日の夜には、さっそく内見に訪れた人が現れ、手付金まで支払っていった。

契約を終えると、仲介業者は愛想よく笑った。

「吉沢さん、買い主さんは一括で購入されるそうです。手続きも2週間ほどで完了すると思います」

美空は一瞬、呆気に取られたように目を瞬かせた。それから、ほっとしたように微笑む。

「それはよかったです。この後の手続きも、よろしくお願いします」

仲介業者を見送ると、美空は家の片づけに取りかかった。

玄関の靴箱の上に置かれた、招き猫の小さな置物。美空がこの部屋に越してきた日に飾ったものだ。

「そんなに金が欲しいのか?」

雅人はそう言って笑ったが、美空が背を向けた途端、彼女を靴箱に押しつけ、貪るように彼女の体を求めた。

耳たぶを甘く噛み、低くかすれた声で笑いながら、彼は囁いた。

「そいつに願掛けするくらいなら、俺を拝めば?」

リビングに敷かれたラグは、2人で海外出張のとき、商業施設を通りかかった雅人が、ふと目に留めて買ってくれたものだ。

カードで支払いを済ませてから、ラグが海を越えてこの家に届くまで、半月以上かかった。

美空がラグの包みを解き終えると、今度は雅人が彼女の服を脱がせ始めた。瞳には、彼女をからかうような笑みが浮かんでいる。

「一目見たときから、絶対寝心地がいいと思ってた」

部屋の隅にある一人掛けのソファには、雅人が体調を崩した美空を抱きかかえて座り、いつもよりずっと優しい声で彼女をあやしていた。

洗面所に置かれた電動シェーバーは、美空が初めて雅人に贈ったプレゼントだった。彼はそれを何年も使い続けていた。

本棚のいちばん左にある『経営戦略』。その本の表紙には、雅人がふと思い立って、ほんの数筆で描いた美空の似顔絵が残されている。

7年という歳月は、本当に長い。

あれほど気高く、冷淡な雅人でさえ、この部屋のどこを切り取っても、美空との忘れがたい思い出を残していた。

美空は思い出の品を一つずつ片づけ、捨てていった。

それでも、最後には散らかった部屋の真ん中で、声を押し殺すこともできず、泣き崩れてしまった。

一晩中泣き続けたせいで、翌朝にはまぶたがひどく腫れ上がっていた。30分ほど冷やし、ファンデーションを厚めに塗って、ようやく腫れを隠せた。

ずっと前から用意していた退職届を取り出すと、美空はそのまま会社へ向かった。

自分の席に着いた途端、部署の同僚たちが、どこか気まずそうで、それでいて同情するような眼差しを向けていることに気づいた。

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