LOGIN江田朗真(えだ ろうま)が再び離婚を切り出した日、私たちは話し合いの末、30日後に離婚することを決めた。 3年前、彼の不倫を知ったとき、私・江田寧々(えだ ねね)は彼の車を壊し、ホテルまで押しかけ、挙げ句の果てには屋上に立って、狂ったように彼を問い詰めた。「あの女はいったい誰なの?」 けれど、彼は最後まで何も答えず、ただ同じ言葉を繰り返すだけだった。「寧々、離婚しよう」 両親には「どうかしてる」と責められ、兄には「もう自分を苦しめるのはやめろ」と懇願された。 親友の水城冴香(みずき さえか)でさえ、何度も涙ぐみながら私を抱きしめて言った。「もう調べるのはやめて。あんな男のために、自分を壊すことなんてないよ」 それでも、私は諦めきれなかった。
View More離婚が正式に成立した日、セレヴィアでは今年一番の大雪が降った。弁護士から電子書類が届いたとき、私はキッチンで真奈美のパン作りを手伝っていた。スマホが一度震えた。画面には、こう表示されていた。離婚届が正式に受理されました。私はその短い一文を、長い間見つめていた。思っていたような大きな喜びも、深い悲しみもなかった。ただ、長い間きつく締めつけられていた縄が、ようやくほどけたような気がした。真奈美が尋ねた。「いい知らせ?」私は頷き、それから首を横に振った。「……まあ、そうかもしれません」真奈美は笑うと、焼き上がったばかりのパンを一つ、私に手渡してくれた。「じゃあ、甘いものでも食べましょう」夕方、私は宿の庭へ向かった。宿の庭からは、薄い氷の張った湖面と、その向こうに静かにそびえる雪山が見えた。私はお揃いの二つのブレスレットを小さな箱に入れ、真奈美に許可をもらい、宿の庭にある一本の木の下へ埋めた。それらはかつて友情の証だった。そして同時に、裏切りの証にもなった。もうこれ以上、手元に持ち続けたくはなかった。けれど、何かを壊したり捨てたりして、無理に「もう吹っ切れた」と自分に言い聞かせたいとも思わなかった。その場を離れようとしたとき、スマホが鳴った。朗真だった。私は電話に出た。長い沈黙のあと、電話の向こうから掠れた声が聞こえてきた。「寧々、弁護士から連絡が来た。離婚届が正式に受理されたって」「うん」彼の呼吸が少し重くなった。「いつ帰ってくる?」いつの間にか雪は止んでいた。私は夕日に染まり、金色に輝く遠くの雪峰を見つめながら、小さな声で答えた。「もう帰らない」朗真は何も言わなくなった。長い沈黙のあと、ようやく口を開いた。「俺が会いに行く」「来なくていい」私は少し間を置いた。「朗真、私、もう新しい生活を始めてるの」彼の声が震えた。「そこには……もう俺はいないのか?」3年前の私だったら、きっと泣きながら、そんなことを聞かないでと縋っていただろう。けれど今は、その言葉があまりにも遅すぎたとしか思えなかった。「もういないよ」電話の向こうで、小さく息を呑む音が聞こえた。朗真は掠れた声で尋ねた。「寧々、本当にもう、俺のことを少しも愛してないのか?」私は雪山を
その後、体調が安定し、医師から旅行しても問題ないと言われた冴香が、朗真から宿の住所を聞いて私を訪ねてきた。けれど、私はそれほど驚かなかった。彼女は大きめのダウンジャケットに身を包み、顔は青白く、以前よりひと回り痩せていた。私を見るなり、その目から涙がこぼれ落ちた。「寧々、私に会いたくないのは分かってる。でも、もう本当にどうしたらいいのか分からなくて……」私は宿の1階にある窓際の席に座っていた。真奈美は温かいお茶を運んでくると、眉をひそめて冴香を一瞥したが、結局何も言わなかった。冴香は私の前に立ち、嗚咽を堪えながら言った。「朗真が、私と別れるって言ってるの。体調が安定したら、子供のことは責任を持つけど、もう私とは付き合えないって」カップを口元へ運びかけた手が、わずかに止まった。そうか。今回、彼女がここまで来たのは謝るためではなかった。朗真に捨てられたから来たのだ。急に、すべてがひどく滑稽に思えた。「それで?」冴香の顔からさらに血の気が引いた。「あなたから彼を説得してくれない?あなたたちはもうすぐ離婚するんでしょう?このままじゃ、私……これからどうすればいいの?」私は彼女を見つめた。胸の奥で古い傷がゆっくりと疼き始めたものの、その痛みはもう、以前ほど鋭くはなかった。「冴香、覚えてる?3年前、病院のベッドに横たわっていた私が、『これからどうすればいいの』ってあなたに聞いたこと」彼女の泣き声が止まった。あのときの私は、手術室から出てきたばかりで、心も体も、何もかも空っぽになってしまったようだった。私は冴香の手を掴み、何度も尋ねた。「冴香、私……これからどうすればいいの?」彼女は泣きながら私を抱きしめて言った。「大丈夫、私がいるから」そして今、その彼女が私の前に立ち、自分はこれからどうすればいいのかと尋ねている。運命とは、なんて皮肉なのだろう。冴香は両手で顔を覆い、泣きながら言った。「あなたにひどいことをしたのは分かってる。でも、私、本当に彼を愛してるの」私は頷いた。「だから、私が壊れていくのを見ていられたんだね。私の通院に付き添って、死にたいって話を聞きながら、それでもずっと本当のことを隠していられた」冴香は首を横に振った。泣きすぎて、今にも立っていられなくなりそうだった。「違う
一度帰国した朗真が再び私を訪ねてきたのは、それから1週間後のことだった。その日、診療所を出ると、街灯の下に立つ彼の姿が目に入った。手には書類袋を持っていた。朗真はずいぶん痩せていた。目はひどく充血し、まるで何日もまともに眠っていないように見えた。「寧々」私は足を止めた。彼は手にしていた書類袋を差し出した。「離婚協議書を作って、俺の署名もしてある。家も、預金も、会社の株も、全部君に渡す」私は受け取らなかった。「いらない」朗真の目に苦痛の色が浮かんだ。「これは俺が君に償うべきものだ」「あなたが私に償わなきゃいけないのは、そんなものじゃない」私は彼を見つめ、静かな声で言った。「朗真、あなたが私に償うべきなのは、本当なら大切にされていたはずの時間よ。でも、それはもう何を差し出したって返せない」彼の手は、書類袋を差し出したまま宙で止まった。長い沈黙のあと、朗真は低い声で言った。「冴香とは別れた」私は彼を見上げた。彼は何かを必死に証明しようとするように続けた。「俺が君を捜しに来ると知って、彼女は泣きながら残ってほしいと頼んできた。でも、ちゃんと話した。これ以上、間違い続けるわけにはいかないって」思っていたほど、胸がすくような気持ちにはならなかった。むしろ、胸に広がったのはどうしようもない虚しさだけだった。「それで?」朗真は呆然とした。「あなたが冴香を捨てたら、今度は私があなたを受け入れるとでも思ってたの?」彼の顔から、少しずつ血の気が引いていった。私は少し先へ歩き、また足を止めた。「朗真、私はもう冴香とあなたを取り合ってるわけじゃないの。とっくに、あなたなんていらなくなってる」その言葉を口にした自分自身が驚くほど、声は穏やかだった。朗真の目が、突然赤くなった。「寧々……そんなに簡単に俺を捨てないでくれ」私は彼を見つめながら、あの30日間のことを思い出した。あの30日間、私は彼に何枚もの写真や動画を送り続けた。初めてデートした店では、あのときと同じ席に座り、彼の好きな料理を注文した。結婚前、二人でウェディングドレスを見に行った店にも足を運び、ショーウィンドウの前に長い間立っていた。大学にも行った。あの頃よく二人で過ごした湖のほとりで、日が暮れるまで一人で座っていた。
真奈美の宿の固定電話にかかってきたのは、母からの国際電話だった。どうやら朗真から宿の連絡先を聞いたらしい。受話器を取ると、母は私の声を聞いた途端、激しく泣き出した。「寧々、どうして一人でそんな遠くまで行っちゃったの?お母さん、本当に心配してるのよ」私は受話器を握ったまま、その言葉を聞いていた。けれど、心は思っていたほど揺れなかった。「私のことが心配なの?それとも、本当にもう帰ってこないんじゃないかって不安なだけ?」電話の向こうで、母が言葉に詰まった。やがて、嗚咽を堪えるような声が聞こえてきた。「あの日、病院でお母さんが言ったことは間違ってたわ」私は静かに尋ねた。「どの言葉?」母は黙り込んだ。あまりにもひどい言葉をいくつも口にしたせいで、きっと母自身でも、どれが一番私を傷つけたのか分からないのだろう。だから、私のほうから言った。「冴香に頭を下げろって言ったこと?それとも、お兄ちゃんが全部私のせいにしたのに、否定もせず黙ってたこと?」電話の向こうから、押し殺した泣き声が聞こえてきた。長い沈黙のあと、母はようやく小さな声で言った。「お兄ちゃんも、あの日は気が動転してたのよ」私はそっと目を閉じた。また、それだ。気が動転していたから。私を傷つける人には、いつだって理由があった。朗真は、冴香を刺激したくなかったから。兄は、気が動転していたから。母は、みんなの間に挟まれて、どうすればいいのか分からなかったから。冴香は、朗真を諦めきれなかったから。なのに、どれだけ苦しくても、心が壊れそうでも、私だけが「もっと大人になれ」と責められた。「お母さん」私の声は、自分でも驚くほど静かだった。「もう、そういう話は聞きたくない」母は慌てた。「寧々、私たちを捨てないで。お願いだから帰ってきて。これからは絶対に、お母さんがあなたの味方になるから」私は窓の外に連なる雪山を見つめた。3年前、病室で私のそばに座っていた母も、私の手を握りながら、「何があっても、ずっとあなたの味方だから」と言ってくれた。けれど、その母はやがて、冴香の病床のそばに立っていた。母に愛されていたことは確かだった。そして、その愛が少しずつ別の誰かへ傾いていくのも、私はこの目で見てきた。「帰らない」私は言った。
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