Se connecter結婚式の日。犬猿の仲だった男がアクセルを限界まで踏み込み、私の乗る車へと突っ込んできた。 私、盛岡真夏(もりおか まなつ)を手に入れられないのなら、いっそ道連れにしてしまおうと考えたのだろう。 結果として彼は重傷を負い、私は過去の記憶を失った。 血まみれで折れた足を引きずりながらも、彼は狂喜に満ちた顔で私を抱き締め、「君は俺の恋人だ」と耳元で囁いたのだ。 結婚してからの5年間、森上光貴(もりがみ こうき)は私を宝物のように大切に愛し、守ってくれた。 けれど結局、彼も飽きてしまったらしい。 いつしか友人の集まりには、ひとりの若い女が顔を出すようになった。容姿も性格も、かつての私に酷似した女だ。 彼女はねっとりとした笑みを浮かべながら、自分にあって私にないものを誇示したがった。 「私、光貴さんと昔お付き合いしてたの。 光貴さんったら、真夏さんの結婚指輪をこっそり持ち出して私にプレゼントしてくれたのよ。それにね……」 彼女は挑発するように、当てつけがましく笑ってみせた。 「私、お腹に赤ちゃんがいるの。もう4か月よ。 じゃあ真夏さんの負けね。罰として、これからの半年間、光貴さんは私のもの。子供が無事に生まれるまで、ずっとそばにいるって約束してくれたんだから」 その場にいた全員が、息を呑んで静まり返った。 ただ光貴ひとりだけが、底知れぬ昏い瞳で私と彼女を交互に見つめている。 しばらくの沈黙ののち、ようやく彼が口を開きかけたが、私はその弁明を聞く気になれなかった。 「いいわよ、彼なら譲ってあげる」 光貴の顔色がさっと青ざめた。 彼はまだ気づいていない。ずっと前に、私の記憶が戻っていることを。 彼と出会うよりずっと前、私が心の底から愛した人がいた。 名前は今里朔弥(いまさと さくや)。 呆れるほど整った美貌を持ち、その本性は底知れず狂気に満ちていて、やられたことは何倍にもして返す執念深い男だった。 そして何を隠そう、私も彼とまったく同じ性分なのだ。 光貴、あなたはもう終わりだ。
Voir plus後日、光貴がもう一度会いたいと言ってきた。待ち合わせ場所は、かつてよく通ったカフェだった。けれど、同じ店でも、何もかもが変わってしまっていた。彼は尋ねた。「どうすれば、許してもらえる?」私は少し考えて、こう言った。「私の部下たちを業界から締め出したわよね。だったら、落とし前として、あなたが持っている会社の株式と全財産を私に譲ってくれない?」彼は一切の迷いもなく、その場で顧問弁護士に契約書を用意させ、保有する全株式と個人資産を私に譲渡する契約書に署名した。私は鼻で笑って言った。「私に土下座させておいて、雫が私を叩くのも黙って見てたわよね」彼は恐る恐る私の手を握り、その手で自分の頬を思いきり2度叩いた。私が何の反応も示さないのを見て、今度はテーブルの上の果物ナイフに手を伸ばそうとした。私は片眉を上げて彼を見た。「今度は、私があなたの子供を死なせたって責めないの?」光貴は慌てて首を振った。「君が一番大事なんだ!君が嫌なら、あの墓だって掘り返していい!」私はしばらく彼を見つめていた。それから、ふっと笑いを漏らした。「ふっ、滑稽ね……あなたがこれだけのことをしてくれても、私、やっぱりあなたのこと好きになれないみたい」彼の瞳が、すっと暗く沈んだ。私はふと興味が湧いて、尋ねた。「どうして、私のこと好きになったの?私たち、犬猿の仲で、潰し合うような関係だったのに」その話を振られて、彼は何かを思い出したように目を細めた。「ずっと前は、確かにそうだった」私が彼の案件を横取りし、会社を潰しにかかっていた頃、彼は私を見るだけでも苛立っていた。「でも時間が経つにつれて、ふと気づいたんだ。君が勝った後、勝ち誇って俺を見下ろすあの姿が、綺麗だって。ああいう目で見られたかった。俺だけを見てほしいと思った。それで、気づけば、好きになってた」私は頷いた。「へえ。でも、気づいてる?あなたの愛が、私にもたらしたのは吐き気がするほどの絶望だけだったのよ」彼は胸を刺されたように、ふっと目を閉じた。しばらくして、掠れた声で笑いながら言った。「……っ。分かった」彼はテーブル越しに、1通の書類を差し出した。すでに署名済みの、離婚届だった。私は少し驚いたが、首を振った。バッグの中から
宴会場のエントランスを出た時、突然、エンジンの轟音が響いた。見上げると、白いスポーツカーの運転席に雫が座っていた。アクセルを床まで踏み込み、まっすぐ私めがけて突っ込んでくる。フロントガラス越しに見える顔は真っ赤で、目は血走り、正気の沙汰とは思えなかった。「真夏ぁぁぁ!!!」タイヤがアスファルトを擦る甲高い音が響き渡った。けれど突然、彼女は悲鳴とともに急ブレーキを踏んだ。光貴が飛び出し、私の前に立ちはだかっていたからだ。タイヤがロックし、彼のすぐ目の前で止まる。フロントバンパーが、彼の膝に触れそうなほど近くにあった。「光貴、あんた狂ってる!私はあんたをあんなに愛してるのに、あんたはあんな泥棒猫のために死のうとするわけ!?」彼女は車から転がり降りて、地面に崩れ落ちて泣き喚いた。泣き叫ぶ悲痛な声が、夜の闇に吸い込まれていく。光貴のシャツは冷や汗でびっしょりだった。だが真っ先に気にしたのは自分の怪我ではなく、振り返って私を見ることだった。私は静かにふたりを見つめていたが、ふと、笑った。大股で雫の車へと歩み寄り、運転席に乗り込む。思いきりアクセルを踏み込んだ。ヘッドライトがふたりを鋭く照らし出す。車は、雫と光貴のいる方向へ、まっすぐ突っ込んでいった。「きゃあああ!このイカれ女!人殺し!」雫は瞬時に悲鳴を上げて逃げ出した。一方で光貴は、その場に立ち尽くしたまま、両手を広げて待ち構えていた。その表情は、突っ込んでくるのが車ではなく、待ち焦がれた恋人であるかのように優しく緩んでいた。私を抱き締めようとしているかのように。車が彼に触れる数センチ手前で、私は急ブレーキを踏んだ。それから悠々と車を降り、横目で雫を見る。彼女は全身の震えが止まらなかった。汗で服がぴったりと肌に張りついている。雫はしばらく荒い息をつき、ようやく落ち着きを取り戻した。私は袖口についた埃を払い、軽く笑って言った。「ほら、あなただって、口で言うほど彼を愛してなんていなかったのよ。私が突っ込んでいった時、あなた、彼を引っ張って逃げようとすらしなかったもの」雫は座り込んだまま顔を上げた。屈辱で顔が真っ赤に染まっている。「あんた、私を試したのね!あんた……」「ただ、あなた自身に、本当の自分を見せてあげただけよ」私は
私と朔弥は、都内のホテルで開かれたレセプションパーティーに出席した。今里家と盛岡家、ふたつの名家が正式に財界の表舞台に返り咲いたことを知らしめる場だった。人々は私を見るなり、一様に驚愕の表情を浮かべた。「真夏?この5年、どこに行ってたの?」「朔弥さん、あなたを探して狂ったように探し回っていたのよ。てっきり、もう……」光貴が宴会場に飛び込んできたのは、ちょうどその時だった。華やかな衣装と香水の匂いが満ちる会場で、財界の若きトップに君臨する男は、場違いなほど憔悴していた。皺だらけのシャツ、脇腹には新たに滲んだ血の染み。まるで瓦礫の中から這い出てきたかのような姿だった。彼は人垣をかき分け、私の前まで歩いてきた。潮が引くように周囲の喧騒が静まり返っていく。グラスの音も、囁き声も、音楽さえも遠のいた。すべての視線が、彼の開いた手のひらに注がれる。そこには、無数の結婚指輪が、シャンデリアの灯りの下で乱反射してきらきらと光を放っていた。「真夏、これを……全部、返す」私は視線を落として冷たく見下ろした。そして、ふっと笑った。手を上げ、彼の手のひらを指の腹でそっと撫でた。光貴が期待に満ちた目でこちらを見つめる中、私はその指輪をすべて、勢いよく払い落とした。チャリン、チャリンと硬質な音を立てて、指輪が大理石の床に散らばっていく。来賓たちの足元まで跳ねるものもあれば、テーブルの脚のそばで数回転がって止まるものもあった。中にひとつ、装飾のないシンプルなリングがあった。光貴が自分で作った、かつて私が一番気に入っていたものだ。それは一直線に朔弥の靴先へ転がっていき、彼に無造作に踏みつけられた。光貴は慌てて膝をつき、拾い集めようとした。ひやりとした大理石の床に膝が当たる。身を屈め、這いつくばってひとつずつ拾い集めていく。指の関節が床に擦れる。脇腹からにじみ出た血がシャツの裾を伝い、艶やかな床材にぽたぽたと赤黒い染みを作った。会場中の人々は息を呑み、どよめきすら起きなかった。私は彼の前に立ち、見下ろした。「知らないでしょうけど」私は口を開いた。声は大きくなかったが、静まり返った会場にははっきりと届いた。「実は私、本当にあなたに絆されかけていたの。もう少しで、過去の恨みなど忘れたふりをして、あなたと一
雫の笑みが、その場で凍りついた。「……何?」「お前が真夏の寝室から盗み出した、あの結婚指輪たちだ」光貴は言った。「返せ」病室に、重苦しい沈黙が下りる。雫の顔から血の気がゆっくりと引き、唇まで震え始めた。彼女は勢いよく身を起こした。包帯がベッドの柵に擦れ、赤みがさらに濃くなる。「光貴、どういうつもり!?私、手首を切ったのよ!死にかけたのよ!入ってきていきなり、あの女の指輪のことを聞くわけ!?」「返せ」彼はもう一度繰り返した。雫はまるで頬を打たれたかのように、その場で固まった。しばらくして、胸が張り裂けんばかりに泣き出し、シーツを握りしめる指の関節が白くなる。「あんた、私のこと、少しでも愛したことがあったの?私はずっと、あの女の代用品にすぎなかったの……!?」光貴は、泣きじゃくって歪んだ彼女の顔を見つめた。ふと、何も感じていない自分に気づく。真夏は記憶を失ってから、性格がどんどん穏やかになっていった。牙を内に秘めていても、彼に向けて剥き出しにすることは一度もなかった。考えてみれば、人間とは勝手なもので、彼は次第に以前の荒々しい彼女を懐かしむようになっていた。だからこそ、かつての真夏によく似た雫を見た時、抗いがたい魅力を感じたのだ。けれど今になってようやく、彼は気づいた。彼女は、真夏ではなかった。真夏は、誰にも代わりが務まらない。光貴はため息をつき、淡々と言った。「俺とお前の関係は、ただの過ちだった。悪い。俺も気づいたのはつい最近なんだ。俺が心から愛していたのは、最初から最後まで、あいつだけだった」雫は狂ったように泣き叫び、手の届くものを片っ端から投げつけた。光貴は避けることもなく、彼女の怒りをすべて受け止める。けれど瞳の奥は虚ろなだけで、愛情の欠片もなかった。これが、彼女への精一杯の詫びだった。ふと、ポケットの中でスマホが震えた。取り出して確認すると、秘書からのメッセージだった。【社長、奥様の居場所が分かりました!】光貴は全身を震わせ、スマホを握りしめたまま踵を返して部屋を出た。背後で雫が何か叫んでいたが、ひと言も耳に入らない。廊下に、せわしない足音が響き渡る。非常口の扉を勢いよく押し開け、壁に激突した鈍い音を背に、階段
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