เข้าสู่ระบบ静香は信じられないような目で、目の前の泰西を見つめていた。彼女の知る彼は、こんな顔をするような人間ではなかった。それも因縁とも言える静香の前で。(……どうして、そんな顔をするの?まるで、幼い頃の泰西を見ているみたい……)静香と泰西は昔から仲が悪いわけではなかった。瀬奈が生まれるまで、彼らはお互いにたった一人の血の繋がった姉弟だった。そのため、絆も深く、母親の目の届かないところで遊んだりもしていた。今ではもうほとんど覚えていないが、たしかに薄っすらと記憶に残っている。あの頃に戻れたらいいななんて、思ったことも一度や二度ではなかった。しかし、今さら何て言って仲直りをすればいいというのか。そもそも泰西と会う機会も少ないうえに、顔を合わせればつい憎まれ口ばかり叩いてしまう。そんな状況では、とても仲良くすることなどできなかった。泰西は照れくさそうに頭を掻くと、目を逸らしながら口を開いた。「……静香、すまなかった」「泰西……」プライドの高い泰西の口から飛び出したとは思えないような言葉だった。彼女も何かに導かれるように、釣られて言葉を発した。「……私も、ごめんなさい。くだらないことであなたに当たっちゃって……」「……いや、いいんだ。もう終わったことだし……」泰西は静香に向かって柔らかく微笑んだ。そんな彼に、彼女も笑みを返した。静香と泰西の間で、久々に流れる穏やかな時間だった。(……瀬奈はこのことを想定して、私をここに呼んだのかしら)思えば最初から変だった。我慢強い瀬奈が耐えられなくなって静香を呼び出すなんて、考えてみればあり得ないことだ。「……あの子にまんまと嵌められたわね」静香は妹の瀬奈を思い浮かべ、ポツリと呟いた。こうなることをわかっていて、どこかで見ているのかと思うと何だか恥ずかしい。泰西は静香の気持ちを察し、同意した。「そうだな……瀬奈の頼みでなければ、俺はここに来なかった。お前もそうだろう?」「ええ、その通りよ……」長年わかり合えなかった静香と泰西だが、実は本人たちも気付いていなかった共通点があった。――それは、お互い瀬奈に甘いこと。二人は彼女の頼みを断ることができなかった。彼女自身は、兄たちと自分を比べて何の才能もないと思っているだろうが、それは違う。瀬奈には守ってあげたくなるような庇護欲や、人を惹きつける才能がある。怖
静香は泰西の姿を見て固まった。いると思っていたはずの瀬奈の姿はどこにもなく、代わりに昔から犬猿の仲だった実の弟がいる。(どうして泰西がここに……)瀬奈に嵌められたと気付いた静香は、帰ろうか悩んだ。しかし、妹の意図がわかってしまったせいか、どうしても足は動かなかった。「……座ってくれ」泰西は室内の椅子に座り、正面の席を静香に薦めた。彼女は渋々応じ、彼の前に腰を下ろした。ここまで来てしまった以上、何も話さずに帰るというのは流石に気が引けた。向かい合った二人だが、何を話せばいいのかわからず、しばらくは沈黙が続いた。先に口を開いたのは、泰西だった。「……久しぶりだな、静香」「ええ……前に会ったのはいつだったかしらね」静香は瀬奈が湊斗と結婚する前に暁家と縁を切り、家を出て行った。それからというもの、父親や弟の泰西とは一切連絡を取っていなかった。感動の再会と言いたいところだが、とてもそんな気分にはなれなかった。元々の二人の関係を思えば、当然ではないだろうか。顔を合わせれば喧嘩ばかりする姉弟。通っていた中高一貫校では、もはや一種の名物になっていた。昔はまだ仲が良かったけれど、大きくなるにつれて父親にそっくりになる泰西に、静香は嫌悪感を覚えるようになった。特に、昔の彼の人を見下すような発言は気にかかった。いくら注意しようと、泰西は聞き入れることもなく、姉の静香すら馬鹿にしたのだ。可愛げがあった昔とは違い、彼は変わってしまった。そのことが、静香にとっては悲しくてたまらなかった。いくら父親から厳しい教育を受けていようとも、心までは支配されないと思っていたのに。泰西は気まずそうに視線を宙に彷徨わせたあと、再び口を開いた。「…………その、元気にしていたか?」「……何よ、それ」昔からの因縁のせいか、静香は素直に答えることができなかった。(……私も泰西に負けず劣らず性格が悪いのね)そういうところは血の繋がった姉弟らしいなと、静香は笑みを溢した。「ええ……あの家を出てからは快適に過ごせているわ。父さんとも会うことはないし」「そうか……」静香は泰西以上に、父親とは折り合いが悪かった。もちろん、そのことは泰西も知っている。「お前が幸せそうでよかったよ」「……思ってもないこと言わないでよね。あなたにとっては、病気にでもかかっていたほうがよかったでしょう
暁家の長女静香と長男泰西の仲の悪さは昔から有名だった。顔を合わせるたびに喧嘩ばかりをし、中高一貫校に通っていた頃は生徒たちの前でも堂々と罵詈雑言を浴びせ合うほどだった。そんなことが続き、周囲の人間は二人を会わせないように徹底するようになった。(それでも、まだ昔はよかったと思うんだけど……)元々性格が合わなかった二人は、泰西が大人になるにつれてどんどん険悪な雰囲気になっていった。父に反発していた静香は、父親に似た泰西までも嫌悪するようになったのだ。瀬奈の言葉に、泰西は気まずそうに顔を背けた。「仲直りって言っても、アイツは俺と仲良くするだなんて御免だろう?」「そんなことないわ、兄さん。姉さんだってきっと兄さんとの仲を改善したいって思ってるはずよ」「アイツが?あるわけないさ」瀬奈はそんな泰西の言葉を聞くたびに辛くなった。昔は瀬奈も泰西のことが苦手だったが、今は違う。彼女が彼とわかり合えたように、きっと静香ともうまくやれるのではないか。瀬奈は泰西との仲を改善してから、そのような思いを抱くようになった。大好きな二人だからこそ、仲良くしてほしいのだ。「兄さん、兄さんも本当は私たち姉妹のことを大切に思っているんでしょう?」「瀬奈……」瀬奈は湊斗から、泰西が自身を長年気にかけていたことを聞いていた。それに加えて、先ほど抱きしめてくれた優しい手。父はともかく、泰西なら静香とわかり合えると瀬奈は確信していた。彼女の圧に押され、彼は渋々受け入れた。「……わかったよ。一度だけ、アイツに会ってみる」「兄さん……!」***それから瀬奈はすぐ、静香に電話をかけた。泰西は静香と連絡先を交換していないため、彼女の力を借りるほかなかった。瀬奈は泰西の名前を出すことなく、静香と会う近いうちに会う約束を取り付けた。突然会いたいと言った瀬奈を、静香はかなり心配した。湊斗と何かあったのではないか、それとも実家の暁家のほうか。静香は妹思いで、瀬奈が辛い目に遭っているのを黙っていられなかった。数日後、彼女は瀬奈から指定されたホテルの一室に訪れた。「瀬奈……!大丈夫……!?」しかし、そこに瀬奈の姿はなかった。代わりにいたのは―――「ア、アンタ……どうしてここにいるのよ……!」「………久しぶりだな、静香」室内に立っていたのは瀬奈ではなく、真っ黒なスーツに身を包んだ
瀬奈は心臓が激しく鼓動を打つ中で、ゆっくりと日記のページをめくった。泰西と静香のページは落ち着いて読むことができたのに、自分のこととなると何だか妙にソワソワしてしまう。母に愛されているという自信がないからだろうか。日記を持つ彼女の手は、小刻みに震えていた。(……もし、傷付くようなことが書いてあったらどうしよう)しかし、そんな彼女の心配は杞憂だった。「……………母さん」ページをめくった瀬奈の目に飛び込んできたのは、文字だけでも伝わるほどの溢れる愛。私の可愛い娘――というタイトルで始まり、彼女への愛の言葉が綴られていた。瀬奈はそのとき初めて、ほとんど記憶にない母親の本当の気持ちを知った。泰西だけを溺愛しているように見えて、実はきちんと瀬奈を愛していたのだ。『――上手く言葉では伝えられないけれど、あなたをこの世界の誰よりも愛してる』愛に満ちた柔らかい文字が、彼女の心を揺さぶった。誰かが見ることのない日記で、わざわざ嘘を書く必要はない。つまり、その言葉は紛れもない母の本心だというわけで。「……ッ」日記を読み進めていくと、瀬奈の目に涙が滲んだ。いつも遠い存在だと感じていた母だが、彼女が思っていたよりもずっと身近な人だったのだ。母が亡くなってから数十年の年月が経ち、瀬奈はようやくそのことを悟った。両親から愛されていないという事実は、いつも彼女の心の中で重荷となっていた。「…………瀬奈」彼女が泣いていることに気付いた泰西が、その手をそっと伸ばした。彼は慣れない手つきで瀬奈の後頭部を掴むと、そのまま引き寄せた。兄の泰西に抱きしめられるのは、生まれて初めてだった。「兄さん、母さんは私をきちんと見ていたんだわ」「ああ……そうだな」瀬奈はその状態のまま、泰西の胸で泣き続けた。彼は瀬奈の頭を撫でながら、口を開いた。「瀬奈、近いうちに……母さんのお墓参りに行かないか」兄の言葉に、瀬奈は咄嗟にある条件を突き付けた。「――もし行くなら、姉さんも一緒によ」「……………アイツも?」泰西は驚いたように目を見開いた。彼は瀬奈と二人で行くつもりだったため、ここでもう一人の兄弟である静香の名前が出てくることは想定外だった。もちろん、瀬奈自身もとんでもない提案をしているという自覚がないわけではなかった。しかし、彼女はそう簡単には退かない。瀬奈は言葉を詰まらせ
瀬奈は泰西からの誘いを受け、里亜が眠っているのを確認して部屋を出た。そのまま二人は、泰西の自室まで移動する。「母さんの日記って……そんなもの、一体どこから?」「母さんが暮らしていた部屋の押し入れの奥に入ってたんだ。俺も全く気付かなかったんだがな……」泰西は机の上に置いた日記を開いた。今は亡き、母親がつけていた日記。当然、瀬奈も泰西も見たことはない。泰西はともかく、瀬奈は母親のことをほとんど覚えていない。そもそも母が亡くなったのは瀬奈がかなり幼い頃だったし、泰西を溺愛していた彼女は瀬奈や静香を気にかけることが少なかった。(何だか、ドキドキするわね……見たいような見たくないような……)母の日記は、静香が生まれた頃から始まった。主に育児のことを綴っている日記のようだった。「あら、姉さんのことが書いてあるわ」「そうだな……」静香は瀬奈よりも五つ年上だった。当然、瀬奈は彼女の幼い頃の様子なんて知らない。母の日記を読んで、初めて静香の幼少期を知った。「姉さんも昔は大人しかったのね、驚いたわ」「アイツが大人しいだと?想像つかないな」眉をひそめる泰西に、瀬奈はアハハッと声を上げて笑った。大好きな姉の隠された一面を知り、何だか嬉しくなった。静香のページが終わると、次は泰西について書かれていた。「姉さんと兄さんが遊んだですって?そんなことあるのね」「俺は記憶にないぞ、アイツと遊んだなんて」「そりゃあこんな昔のこと、普通覚えてなんていないわよ」泰西と静香は犬猿の仲で今は一切連絡を取っていないが、お互いを心から嫌い合っているわけではないと瀬奈は信じている。(いつか、姉さんと兄さんと……三人でお酒でも飲みたいな……)その願いが叶うかはわからないけれど、二人が和解するまで気長に待とう。瀬奈は口元に笑みを浮かべながら、すぐ正面にいる泰西を見つめた。彼女の視線に込められた意味を感じ取ったのか、彼が気まずそうに目を逸らした。「次は……お前のことが書かれているぞ」「…………私のことが?」瀬奈は思わず身を乗り出した。自分を産んだとき母親が何を考えていたのか、彼女は知りたかった。瀬奈はずっと、母親は女として生まれた自分を好いていないのだと、心のどこかで感じていた。(……今になって、母さんの本心を知れるだなんて)瀬奈は意を決して、ページをめくった。
電話の向こうから聞こえた女性の声。推定三十代くらいの、おそらく湊斗や瀬奈と同年代の女性のものだろう。当然、瀬奈はその声に聞き覚えがなかった。(……どうして、湊斗は私の知らない女性と一緒にいるの?)瀬奈はスマートフォンを手に、固まった。暁家にいる彼女には、今湊斗がどのような状況かわからない。しかし、彼女の知らない女性と一緒にいるのはたしかなわけで。しかも下の名前で呼び捨てにするほど、親しくしている。しばらくすると、湊斗の声が電話から聞こえた。「……瀬奈、どうかしたのか?」「………ううん、何でもないの」瀬奈は一緒にいる女性のことを問い詰めたかったが、結局何も言わなかった。ここで聞いてしまったら、彼に迷惑をかけてしまうのではないかと不安だった。喉がつっかえたかのように、しばらくの間言葉が出てこなかった。夫を前に、瀬奈は何を話せばいいのか悩んでいた。少し前まではこんな気まずい感情を抱くなんてことなかったのに、一体何が二人の間に壁を作ってしまったのだろうか。瀬奈は迷いながらも、何とか言葉を紡いだ。「……ただ、ちょっとあなたの声が聞きたくなっちゃっただけよ」「……そうか」湊斗は短く返事をするだけだった。いつもなら俺も聞きたかったなんてことを言うはずの彼だが、今日に限ってやたらと冷たく感じる。彼女は声が震えるのを誤魔化すように、笑った。「夜遅くに電話しちゃってごめんなさい」「いや、気にするな」「そろそろ切るわね、あなたと話せて嬉しかったわ」瀬奈はそのまま一方的に湊斗との電話を切った。どうせもっと話したいと引き留めることもないんだから、わざわざ返事を聞くこともしなかった。「ママ、パパ元気だった?」「ええ、心配しなくても……元気にやっているわよ」里亜は相変わらず湊斗が大好きなようだった。純粋無垢な瞳を輝かせながら父親の話をする娘を見ていると、瀬奈の胸が締め付けられた。「里亜、そろそろ寝ましょうか」夜も遅くなり、瀬奈は里亜を寝かしつけた。いつもと違う環境で寝れるか心配していたが、日中遊んだことで疲れが溜まっていたのか、里亜はぐっすりと眠りについた。彼女が寝たあと、部屋で休んでいた瀬奈の元に予期せぬ来訪者があった。「――瀬奈、中にいるか?」「…………兄さん?」部屋の扉を開けると、立っていたのは泰西だった。「兄さん、どうかしたの?