เข้าสู่ระบบ突然の湊斗の登場に、瀬奈は焦りを隠せなかった。今日も仕事で遅くなると思っていたのに、こんなにも早く帰ってくるとは想像していなかった。「お、お父さん……」それは百合子も愛斗も同じだった。今日は瀬奈に会いに来たのであって、父親に遭遇するとは思ってもみなかったのだろう。正確に言えば彼は二人の父親ではなかったが。「……なぜ、お前たちがここに」「み、湊斗!」瀬奈はソファから立ち上がると、腕を引いて慌てて湊斗を外に連れ出した。客間の扉を閉めると、瀬奈は小声で彼に声をかけた。「湊斗、今日とっても早かったのね……遅くなると思っていたからびっくりしたわ……」「……なぜあの二人がここにいるんだ?」彼は先日の一件で、沙織を警戒していた。そのため、彼女の子どもである百合子と愛斗が瀬奈と関わることを良く思っていなかったのだ。もちろん、瀬奈も湊斗の気持ちが理解できないわけではない。「実は、今日百合子ちゃんと会う約束をしていたのよ……」「なぜわざわざそんな約束を?」「沙織のことを……探ってみようと思って」本当はそれ以外にも理由はあったが、彼をすぐに納得させるには最適な理由だろう。案の定、湊斗は納得してくれたようだった。「そうか、あまり一人で突っ走るなよ」「わ、わかってるって」湊斗は瀬奈の頭をポンポンと撫でた。「ところで、今日は早かったのね?てっきり遅くなると思ってたわ」「あぁ、お前たちに会いたくて早く終わらせてきた」「毎日会ってるでしょう?」それでも会いたいんだ――と湊斗は笑った。彼は人目がないことを確認した後に瀬奈を胸に抱きしめると、額にキスを落とした。会いたくてたまらなかったというその目を見ると、何だか申し訳ない気持ちになった。ちゃんと彼に気持ちを返せているだろうかという不安も尽きない。もう少しだけこのままでもいいかなと思ったが、百合子と愛斗が家に来ている以上、いつまでも抱き合っていることはできなかった。「私は部屋に戻るわ。お客様をこれ以上待たせるわけにはいかないもの」「ああ、俺も客間に忘れ物したから一瞬だけ入っていいか」「どうぞ、百合子ちゃんたちを怖がらせないようにね」瀬奈は部屋の扉を開けると、湊斗を中に入れた。彼の入室に百合子たちは一瞬ビクッとしたが、瀬奈がその後に続いて入ったことで安堵の表情を浮かべた。「百合子ちゃん、愛斗君。気に
瀬奈は邸内に百合子と愛斗の二人を快く招き入れた。彼女は歩きながら、後ろにいる中学生くらいの男の子をチラッと一瞥した。(愛斗君って言ったかしら?沙織の第二子で、百合子ちゃんの弟の……)存在自体は知っていたものの、直接会って話すのは初めてだった。世間一般には湊斗の隠し子ということになっている、百合子と愛斗。しかし、本当は彼の子どもではなく、別の男から生まれた子であるという事実は近しい者のみが知っている。当然、本人たちは湊斗が父親だと信じて疑わないのだろうが。彼らのことを考えると、瀬奈は胸が締め付けられた。沙織が二人を育児放棄していることは、彼女も知っていた。それに加えて父親だと信じていた人が赤の他人だったなんて、彼らが真実を知ったら何を思うだろうか。きっとショックを受けるに違いない。そのような二人の境遇を思えば、瀬奈は彼らを拒絶することができなかった。二人の存在は、たしかに長年瀬奈を苦しめた。しかし、彼らには何の罪もない。せめて、ここにいるときだけは母親のことを忘れて穏やかな時間を過ごしてくれることを願うばかりだった。瀬奈は邸内の客間に、百合子と愛斗の二人を通した。「さぁ、どうぞ入って」「お邪魔します」百合子は何度か来たことがある場所だが、愛斗は完全に初めてだった。彼は宮殿のような神宮司家の本邸に、驚いているようだった。(里亜も最初ここへ来たときはそんな感じだったわね)瀬奈は二人をソファに座らせると、紅茶とお菓子をテーブルに並べた。百合子が来ると聞いて、都心で有名なお茶菓子を事前に買っておいたのだ。弟の愛斗まで来ることは予想外だったが。百合子はテーブルに置かれた皿に載っていたクッキーを一つ手に取って口に運ぶと、顔を綻ばせた。「わぁ、このクッキーとっても美味しいです!私たちが作ったのとは全然違う!」「姉さん、当たり前だろ。プロと俺たちを比べるなよ……」愛斗は姉の言動にツッコミを入れながらも、瀬奈から目が離せないでいた。「喜んでもらえたようで、よかったわ」瀬奈は愛斗と目を合わせると、ニッコリと微笑んだ。彼女は見た目だけでなく、心までとても美しい人だった。同級生の女子たちにはない溢れる美と気品に、愛斗はもはや彼女を直視できなかった。当然、瀬奈はそんな愛斗の気持ちには気付いていない。(……一度、探りを入れようかしら)実は瀬奈がここ
――子供にとって、母親の存在は大きい。百合子と愛斗は幼い頃から、両親とは疎遠な生活を送ってきた。父親は無関心で、母親も彼らに興味がない。あまり家に帰らない父のほうはまだしも、母は家にいても百合子たちを顧みない人だった。母親が微笑みかけてくれるのは、父が目の前にいるときだけ。いつからだろうか、愛されたいと願うようになったのは。愛されたいという願いを抱いたということは、愛されていないという自覚があるわけで。愛斗のほうは早いうちから諦めに似た感情を持つようになったが、百合子はまだ彼女を信じていた。いつかは自分を見てくれるのではないかと。――百合子と愛斗、二人は愛に飢えていた。そんな彼らの心の闇は、誰にも知られることなく奥深くに秘められたままだった。百合子は愛斗を連れて神宮司家の本邸――瀬奈が住む家までやって来た。高級住宅街でもひときわ目立つ大豪邸の前に、二人はポツンと立ち尽くしていた。「ここに……その父さんの奥さんがいるのか?」「うん、とっても優しい人なんだ……まるで、本当の母親みたいに接してくれるのよ」「……そんなことあるわけないだろ」愛斗は未だに半信半疑だった。本妻が、愛人の子相手に優しくすることなんてできるわけがない。「本当だって!瀬奈さんはとっても良い人なんだから!愛斗も一度会ってみたらわかるよ!」「……そんなにか?」「ええ、今日はちゃんと会う約束をしてるんだから!里亜ちゃんにも会いたいし」百合子は門の前のインターホンを鳴らした。愛斗は自分たちが行っていいのかと慌てふためいたが、百合子はまるで気にしていなかった。「いつも思うけど、姉さんってメンタル強すぎないか?」「そう?別に普通でしょう?」「前も父さんの会社に突撃したんだろう?俺だったら、そんな真似絶対できない……」愛斗は若干引き気味でたった一人の姉を見つめていた。百合子は昔から行動力が高く、とんでもない行動を取るときがある。前みたいに父親の会社に乗り込むとか、父親の本妻のいる家を訪問するとか。自分の立場を考えれば、愛斗には絶対にできないことだった。チャイムが鳴ってからしばらくすると、中から一人の女性が姿を現わした。「――あら、百合子ちゃん。いらっしゃい」「瀬奈さん、こんにちは!」「……」百合子の顔がパァッと明るくなり、逆に愛斗は衝撃で固まってしまった。そんな弟
その後、手付かずのクッキー缶がキッチンの机の上に置かれているのを見た百合子が悲しそうに呟いた。「お母さん、結局食べなかったんだ……」「言っただろ、母さんは俺たちの作ったものなんか食べないって」勿体ないから俺たちで食べようぜ――と愛斗はクッキーを一枚口に運んだ。百合子は仕方ないと頷き、愛斗と一緒にクッキーを食べ始めた。見た目はともかく、味は悪くない。時間をかけて丹精込めて作ったからか、市販のものよりも美味しく感じる。クッキーを食べながら、愛斗が百合子に話しかけた。「ところで姉さん、最近よく出かけてるけど……何してるんだ?」「あぁ、憧れのお姉さんのところに行ってるんだ」「憧れのお姉さん……?」百合子は愛斗に、瀬奈のことを話した。彼女が父の本妻であり、沙織とは微妙な関係であるということまで全て。当然、愛斗は衝撃を隠せなかった。「と、父さんの本妻だって……?父さんには家庭が別にあったのか……!?」「うん、私も驚いたんだけどね……お父さんはあまり家に帰ってこないでしょう?私たちの知らない複雑な事情があったみたい」百合子と愛斗にとって、父親はいつも遠い存在だった。普段からほとんど家には帰らず、帰ったとしても百合子たちとは滅多に話さない。いつも冷たいオーラを出していて、二人は父にまともに近づくことすらできなかった。「と、いうことは……母さんが父さんの不倫相手だったってことだよな……その間にできた俺たちも……」「……そうね、私も最初知ったときはショックだった」夫婦だと思っていた父と母が実際は不貞という関係で結ばれた仲であり、自分たちは父の裏切りの結晶だった。当然百合子も信じられなくて落ち込んだが、そんな彼女を励ましてくれた人物がいた。「でもね、お姉さんは私にとっても優しくしてくれたのよ」「お姉さんって……父さんの本妻のことだろう?」愛斗はまさかそんなはずは――と姉の言葉を疑った。自分が本妻の立場だったとしても、二人に親切にすることなどできないだろう。「愛斗も一度お姉さんに会ってみたらどうかな?とっても素敵な人でね、私も憧れてるんだ」「……気になるな」愛斗は異性に興味なんて抱いたことがない。彼はヒステリックばかり起こす母の姿を見て育ったせいか、百合子以外の女性と関わるのを避けてきた。しかし、百合子から聞く瀬奈の話は彼の心を揺さぶり、彼
瀬奈が飲み会から帰り、夜も深くなり始めたその頃。沙織が暮らす一軒家では、彼女が手下の一人から報告を受けていた。「……瀬奈が仕事を始めたですって?」「はい、沙織様」いくら共犯が二人捕まったとはいえ、彼女には都合の良い駒なんていくらでもいる。自分さえバレなければ、何の問題もない。沙織は昔から、自分で行動することを嫌い、汚いことは全て手下たちにやらせてきた。既に心は真っ黒であるにもかかわらず、自らの手を汚すことを嫌がった。「あの女……どこまでもムカつくわ……」沙織は湊斗と出会ってからは、仕事なんて一度もしたことがない。働かなくても贅沢な暮らしができるというのに、わざわざ仕事をする馬鹿がどこにいるのか。しかし、昔から男がいないと生きていけない性格だったせいか、男遊びだけはやめられなかった。沙織は結局、愛する人と出会っても何も変わらなかった。一人の男では満足できない性格なのだ。そして今も、現在進行形で数人の男と連絡を取っている。もちろん本命は湊斗だけれど、遊びは楽しいからやめられない。同年代の男となれば既婚者もいたけれど、今さら気にもならなかった。「寵愛を奪われた以上、後継者の座まであの女の子に取られるわけにはいかないのよ……」前は里亜を狙ったがことごとく失敗し、むしろ瀬奈と湊斗の仲が深まるきっかけとなってしまった。しかしだからといって、そう簡単に諦めるような彼女ではなかった。――次は必ずうまくやる。二度の失敗は許されない。沙織は決意を固め、次なる計画を練り始めた。そんなとき、自室のテーブルの上にリボンがかけられたプレゼントボックスが置かれていることに気が付いた。「……それは何?」「こちらは、百合子さんと愛斗さんが沙織様にと」「……百合子と愛斗が?」沙織はボックスを手に取ると、リボンを解いて中身を確認した。中に入っていたのは、クッキー缶だった。蓋を開けると、プレーンやチョコチップ入りの手作りクッキーが敷き詰められていた。「お二人が手作りされたそうです。沙織様が最近何かに悩んでいらっしゃるようでしたので、心配していたのかと……」「あの二人が……」百合子はともかく、愛斗はお菓子作りなんてやったこともないだろう。それに二人とも、今は進路を決めるので忙しいはずだ。子供たちからの予期せぬプレゼントを受け取った沙織は、何だか複雑な気持ち
松永は、冷たい瞳でじっと瀬奈を見下ろしていた。彼女を嘲笑うように上げられた口角。彼はその表情のまま、瀬奈の頬に手を伸ばした。ちょうど社員たちは既に帰路につき始め、周囲に人はほとんどいなかった。もっとも、かなり酔っ払った社員たちが彼ら二人を気にかける余裕などない。つまり、瀬奈は松永とほとんど二人きりの状態だった。「……何が言いたいんですか?」「いや、何か言いたいことがあるわけじゃない。ただ……不倫した旦那を未だに信じている神宮司さんが可哀相に思えただけだよ」「……」神宮司財閥の社長湊斗に愛人がいるという話は有名だった。もちろん、瀬奈もその存在に長年苦しめられてきた。しかし、愛人や隠し子の一件は既に誤解が解けており、夫婦仲は良好である。赤の他人である彼が、気にするようなことではないのだ。「可哀相だなんて……他人の松永さんにそう思われるとは、何だか屈辱です」「どういう意味だ?」松永は不快そうに眉をひそめた。瀬奈は頬に触れる彼の手を振り払った。「気にかけていただく必要はありません。夫との関係は円満ですので。今日も迎えに来てくれることになっているんですよ」「……強がっているのか?」松永は瀬奈の言葉を信じなかった。黒川区に住んでいる人間ならば、そのような反応になってしまうのも当然かもしれない。しかし、事実は事実であり、瀬奈の言っていることは決して嘘ではないのだ。そのとき、ちょうど湊斗の運転する車が見えた。彼の所有する黒いSUVは瀬奈たちが飲み会をしていた酒屋の前で停まり、運転席から湊斗が降りてきた。「――湊斗!」瀬奈は救世主を見つけたかのように、目を輝かせて彼に駆け寄った。「湊斗、待ってたのよ――キャッ!」湊斗は駆け寄ってきた瀬奈を抱きしめると、彼女を抱き上げた。まるで幼い子供のように抱きかかえられ、何だか恥ずかしくなる。家の中ならまだしも、ここは公共の場なのだ。通りすがりの人々がギョッとした目で瀬奈たちを見ている。若い二十代のカップルならまだしも、2人とも四十近い。「飲み会、楽しかったか?」「う、うん……」時間が経てば彼の気持ちが冷めるのではないかと不安になっていた瀬奈だったが、むしろ時が経てば経つほど愛は深まるばかりだった。「なら、帰ろう」湊斗は瀬奈を下ろすと、彼女を車の助手席に乗せた。そのまま車を発進させ、家へ帰る。「







