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第7話

Author: 戸早もも
渉から電話が来たのは翌日の昼だった。

その日はもう便がなくて、渉は来られなかった。

渉は本棚に背をもたせかけて、声がひどくしゃがれていた。

「凛、世界旅行の結婚式をキャンセルして国内に変えただけで、見ず知らずの男と結婚したのか?

お前は五年間の気持ちを簡単に捨てられるのか?凛、もうやめてくれ」

私は淡々と聞いていた。

「渉、あなたは勘違いしてる。

あなたに対して拗ねてるんじゃない、騒いでるんでもない。

本当に結婚したの」

電話の向こうで、息を呑んだ。

「そんなはずない……腹いせで結婚するにしても、知らない男と結婚するなんて」

私は隣で眠っている透を見て、目を細めた。

「透は知らない男じゃない。二十年近く知ってる。幼馴染みを心配する人がいるなら、私にも初恋の人がいる」

渉がぼそぼそと言った。

「違うだろ、やっぱり綿のことで怒ってるんだろ?」

「渉」

遮った。

「桜井綿のことでも、結婚式のことでもない」

「じゃあ何だ?あの日俺が綿をかばって、キツいことを言ったから……」

声がだんだん小さくなって、少し拗ねたような色が混じった。

「こんな些細なことでこ
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