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新婚旅行、即離婚

新婚旅行、即離婚

By:  うめCompleted
Language: Japanese
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Synopsis

切ない恋

逆転

ドロドロ展開

愛人

ひいき/自己中

クズ男

婚姻生活

不倫

入籍した翌日、私・黒沢文乃(くろさわ あやの)は二枚の航空券を握りしめ、空港で新婚の夫・黒沢修也(くろさわ しゅうや)を待っていた。 やがて彼が姿を現した。……ただし、一人ではなかった。 修也のすぐ後ろには、幼なじみの西村雨音(にしむら あまね)が立っていた。 「文乃……雨音がさ、つい最近失恋したばかりで」 修也は私の顔色をうかがいながら、言い訳めいた口調で続ける。 「一人で落ち込んでるみたいだから、気分転換に一緒に連れて行ってやりたくて」 雨音は、私とまったく同じデザインのビーチワンピースを身にまとい、申し訳なさそうに微笑んだ。 「文乃さん、ご迷惑じゃないですか?ただ、新婚さんの幸せ、少しだけ分けてもらえたらなって……」 その瞬間、修也の手に握られている航空券が目に入った。それは、私の隣の席のものらしかった。 座席番号は――16B。 私が16A、修也が16C。 つまり、彼は雨音を、私たち夫婦の間に座らせるつもりだったのだ。 その場に立ち尽くしたまま、足元から一気に怒りがこみ上げ、頭の奥がじりじりと熱くなる。 私は修也の腕をつかみ、人目を避けるように脇へ引き寄せ、声を落とした。 「……その子を、今すぐ帰して。それが無理なら――私が帰る」 修也は露骨に困った表情を浮かべ、ため息混じりに言った。「文乃、そんな言い方するなよ。ちょっと大人になれって。 雨音がさ、一人で家にいるのが怖いって言うんだ。だから俺たちと一緒にいれば、少しは気が紛れるかなって…… それに、俺と雨音は小さい頃からの付き合いだし、旅行くらい――」 「もういい」 私はきっぱりと遮った。 「帰ってもらわないなら、今すぐ離婚届を出しに行く」

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Chapter 1

第1話

入籍した翌日、私・黒沢文乃(くろさわ あやの)は二枚の航空券を握りしめ、空港で新婚の夫・黒沢修也(くろさわ しゅうや)を待っていた。

やがて彼が姿を現した。……ただし、一人ではなかった。

修也のすぐ後ろには、幼なじみの西村雨音(にしむら あまね)が立っていた。

「文乃……雨音がさ、つい最近失恋したばかりで」

修也は私の顔色をうかがいながら、言い訳めいた口調で続ける。

「一人で落ち込んでるみたいだから、気分転換に一緒に連れて行ってやりたくて」

雨音は、私とまったく同じデザインのビーチワンピースを身にまとい、申し訳なさそうに微笑んだ。

「文乃さん、ご迷惑じゃないですか?ただ、新婚さんの幸せ、少しだけ分けてもらえたらなって……」

その瞬間、修也の手に握られている航空券が目に入った。それは、私の隣の席のものらしかった。

座席番号は――16B。

私が16A、修也が16C。

つまり、彼は雨音を、私たち夫婦の間に座らせるつもりだったのだ。

その場に立ち尽くしたまま、足元から一気に怒りがこみ上げ、頭の奥がじりじりと熱くなる。

私は修也の腕をつかみ、人目を避けるように脇へ引き寄せ、声を落とした。

「……その子を、今すぐ帰して。それが無理なら――私が帰る」

修也は露骨に困った表情を浮かべ、ため息混じりに言った。「文乃、そんな言い方するなよ。ちょっと大人になれって。

雨音がさ、一人で家にいるのが怖いって言うんだ。だから俺たちと一緒にいれば、少しは気が紛れるかなって……

それに、俺と雨音は小さい頃からの付き合いだし、旅行くらい――」

「もういい」

私はきっぱりと遮った。

「帰ってもらわないなら、今すぐ離婚届を出しに行く」

修也が慌てて手を伸ばしてくる。私は半歩下がり、その手を避けた。

「こんなことで本気になるなよ。な?」

声だけは優しく、宥めるように落としてくる。

でも、私は何も答えなかった。ただ冷え切った目で、まっすぐに彼を見つめる。

その視線に耐えきれなくなったのか、修也は小さく息を吐いた。

「……わかった。雨音には俺から言う。帰ってもらうよ」

両手を軽く上げ、降参だと言わんばかりの仕草をする。

「文乃が一番大事だ。……これで、いいだろ?」

そう言い残し、修也は踵を返して雨音のもとへ歩いていった。周囲に聞こえないよう、声を落として。

雨音の肩が、みるみるうちに力なく落ちる。

顔を上げた瞬間、目元が一気に潤んだ。

「修也……もしかして、文乃さんが私のこと嫌い?

私、何か悪いことした?失恋したばかりで気持ちが沈んでて……ただ、二人の幸せにあやかりたかっただけなのに」

そう言いながら、彼女はちらりと私を見た。けれどすぐに視線を修也へ戻し、彼の腕に縋りつく。

「修也、文乃さん……私たちのこと、誤解してるんだよね。

ちゃんと説明してくれたんでしょう?それでも……文乃さんは、修也のこと、信じてくれないの?」

――また、その顔。

――また、その言い方。

頭の奥で、ぶつりと何かが切れた。

二か月前のことが、鮮明によみがえる。

雨音は大きなスーツケースを二つ引きずり、私と修也の新居の前に立っていた。

あのときも、今と同じ表情だった。

修也は私を抱き寄せたまま、痛ましそうに彼女を見つめていた。

「文乃、雨音、別れたばかりなんだ。しかも大家に追い出されてさ。この街で一人なんて、可哀想だろ。

仕事と部屋が見つかるまで、うちにいさせよう。見つかったら、すぐ出ていくって」

……結果はどうだった?

住み始めてから、彼女が出ていくと言ったことは、一度もない。

それから、入籍の半月前。結婚前のパーティー。

雨音は皆の前で目を潤ませ、修也を見上げた。

「文乃さんが羨ましい。修也みたいな、こんなに素敵な人と結婚できるなんて。

前に付き合ってた人なんて……修也が私にしてくれたことの、半分もしてくれなかった」

場の空気が、一瞬だけ妙にざわついた。

友だちが無責任に囃し立てる。

「ほらほら、一緒に飲めよ!」

「お祝いなんだから、いいじゃん!」

修也はグラスを手にしたまま、わずかにためらった。

……けれど。

雨音は当然のように彼の腕に絡みついた。

「いいじゃん、修也。新婚前のお祝いだよ。ほんの一杯だけ」

逃げ場を失ったみたいに、彼は周囲の空気に押されるまま、渋々グラスを傾けた。

そのあと、集合写真を撮ることになった。

次の瞬間、雨音は私を押しのけるように前へ出て、修也の隣にぴったりと身体を寄せた。

その夜、私たちはこれまでで一番激しい喧嘩をした。

「修也……距離感ってものが分からないの?」

「文乃、変に考えすぎだって。ふざけてただけだろ。昔から、俺たちこんな感じじゃないか」

その言葉に、身体の奥が怒りで震えた。

それから一週間、私たちはほとんど口を利かなかった。

冷え切った空気の中で、私は静かに荷物をまとめ、この関係を終わらせる覚悟を固めていた。

入籍前夜になって、ようやく修也が私を抱きしめ、頭を下げた。

「文乃、ごめん。俺が悪かった。これからは、ちゃんと距離を取る。

約束する。……もう、これが最後だ」

充血した彼の目を見て、私はその言葉を、信じてしまった。

――けれど今。

この空港のロビーで、その約束は、冗談みたいに軽い。

修也が雨音を見る目には、ただひたすらな痛ましさだけが滲んでいる。

その優しさは、私に向けられたものじゃない。

やがて彼は、私のほうへ戻ってきた。顔には、疲労がべったりと張りついている。

「文乃……ほら……雨音があんなに泣いてるし。だったら……」

最後まで聞く気にもなれず、私はそのまま出口へ向かって歩き出した。

「じゃあ、私は帰る」

振り返らずに、言い捨てる。

「二人で新婚旅行でも行けば?」
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第1話
入籍した翌日、私・黒沢文乃(くろさわ あやの)は二枚の航空券を握りしめ、空港で新婚の夫・黒沢修也(くろさわ しゅうや)を待っていた。やがて彼が姿を現した。……ただし、一人ではなかった。修也のすぐ後ろには、幼なじみの西村雨音(にしむら あまね)が立っていた。「文乃……雨音がさ、つい最近失恋したばかりで」修也は私の顔色をうかがいながら、言い訳めいた口調で続ける。「一人で落ち込んでるみたいだから、気分転換に一緒に連れて行ってやりたくて」雨音は、私とまったく同じデザインのビーチワンピースを身にまとい、申し訳なさそうに微笑んだ。「文乃さん、ご迷惑じゃないですか?ただ、新婚さんの幸せ、少しだけ分けてもらえたらなって……」その瞬間、修也の手に握られている航空券が目に入った。それは、私の隣の席のものらしかった。座席番号は――16B。私が16A、修也が16C。つまり、彼は雨音を、私たち夫婦の間に座らせるつもりだったのだ。その場に立ち尽くしたまま、足元から一気に怒りがこみ上げ、頭の奥がじりじりと熱くなる。私は修也の腕をつかみ、人目を避けるように脇へ引き寄せ、声を落とした。「……その子を、今すぐ帰して。それが無理なら――私が帰る」修也は露骨に困った表情を浮かべ、ため息混じりに言った。「文乃、そんな言い方するなよ。ちょっと大人になれって。雨音がさ、一人で家にいるのが怖いって言うんだ。だから俺たちと一緒にいれば、少しは気が紛れるかなって……それに、俺と雨音は小さい頃からの付き合いだし、旅行くらい――」「もういい」私はきっぱりと遮った。「帰ってもらわないなら、今すぐ離婚届を出しに行く」修也が慌てて手を伸ばしてくる。私は半歩下がり、その手を避けた。「こんなことで本気になるなよ。な?」声だけは優しく、宥めるように落としてくる。でも、私は何も答えなかった。ただ冷え切った目で、まっすぐに彼を見つめる。その視線に耐えきれなくなったのか、修也は小さく息を吐いた。「……わかった。雨音には俺から言う。帰ってもらうよ」両手を軽く上げ、降参だと言わんばかりの仕草をする。「文乃が一番大事だ。……これで、いいだろ?」そう言い残し、修也は踵を返して雨音のもとへ歩いていった。周囲に聞こえないよう、声を落とし
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第2話
修也は顔色を失い、追いすがるように私の腕をつかんだ。そしてその場で、雨音の航空券を取り消してみせる。スマホの画面を見せるようにして、必死に謝ってきた。少し離れた場所で、雨音が目を赤くして、こちらを見ていた。私は修也を睨みつけ、これが本当に最後だと、冷たく釘を刺す。そう言い捨てて彼の手を振りほどき、そのまま保安検査場へ向かった。機内に入ると、私はアイマスクをつけ、眠る準備をした。ほどなくして、隣から小さなタップ音が聞こえてきた。アイマスクをわずかにずらし、横目で覗いた。修也は「あまねちゃん」というトーク画面に向かって、指を止めることなく打ち続けていた。【泣かないで。全部、俺が悪い】ただ、体の芯から冷えていく気がした。視線に気づいた修也は、慌ててスマホを隠そうとする。「……誰とやり取りしてるの?」氷みたいな声で、私は聞いた。「……別に。取引先だよ」修也は、目を合わせようとしない。私は小さく笑った。「あまねちゃんっていう取引先?」修也の顔から、一気に血の気が引いた。「文乃、誤解するな。あいつが思いつめないか、心配だっただけだ」「もし、あいつが死にたいなんて言い出したら……あなたも一緒に死ぬつもり?」思ったより声が大きくなり、前の席の人が振り返った。「……声、抑えろよ」体裁が崩れたのが分かったのか、修也の口調には苛立ちが滲む。「せっかく新婚旅行に来たのに、いつまで雨音の話してるんだ?」「……私が悪いっていうの?さっきまでこそこそ彼女にメッセージ送ってたのは、あなたでしょ」私は静かに言い返した。修也は眉を寄せた。「ただの友だちだ。小さい頃からの付き合い、それだけだろ。なのに、なんで信じないんだ?……少しは、分別ってものを持てよ」――また、その言葉。私は目を閉じた。もう、一言も交わしたくなかった。飛行機が着陸し、ホテルの送迎車が到着する。修也が私の手を取ろうとした。私は反射的に、それを振り払った。ドアが開き、乗り込もうとして――その場で、足が止まる。車内には雨音がいた。にこにこと笑いながら、こちらを見ている。その隣には、修也の幼なじみである中村晃(なかむら あきら)と小林健太(こばやし けんた)まで座っていた。「文乃さん、偶然だな!」私
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第3話
修也は、目に見えてほっとした様子だった。「文乃……ほら。ちゃんと帰ってもらったんだし、もう怒るなよ」その口ぶりには、謝罪の気配なんて微塵もない。これ以上、言い争う気にもなれなかった。私は彼の手を振り払い、そのまま部屋へ入る。ベッドに横になり、布団を頭まで引き上げた。修也は、私が眠ったと思ったのだろう。――どれくらい経ったのか。突然の振動で、目が覚めた。枕元に置かれた、修也のスマホだった。画面が点灯していて、表示された名前が、やけに目に刺さる。【あまねちゃん】【修也、文乃さんにまた責められてない?】私は、そのスマホを手に取った。ロックは、かかっていない。……ずいぶん、私を信用しているらしい。LINEを開き、指でゆっくり上へスクロールする。そこには、私が眠っている間の二人のやり取りが、途切れることなく並んでいた。雨音:【ごめんね修也。また文乃さんと喧嘩させちゃって】修也:【気にすんな。文乃はああいう性格だろ。すぐ拗ねるし、面倒くさいんだよ。放っとけ】――すぐ拗ねるし、面倒くさい。修也の中で、私はそんな言葉で片づけられる存在らしい。雨音:【全部私のせいだよ。どうしても行きたいって言ったから】修也:【違う。呼んだのは俺だ】修也:【やっぱりお前が一番だ。誰かさんみたいに、空気悪くしないし】胸を、ぎゅっと掴まれたようだった。息が、うまく吸えない。二人はそのまま、大学時代に一緒に旅行した思い出まで語り始める。【あの頃はよかったな。二人きりだった】……最初から、余計者だったのは、私のほうだったのだ。私は表情を凍らせたまま、自分のスマホのカメラを起動する。画面に残るやり取りを、一つ残らず、撮っていった。それから、修也のスマホを元の位置へ、そっと戻す。ほどなくして、修也が部屋へ戻ってきた。修也は、無理に作った笑顔を顔に貼りつけて、「文乃、起きた?」と覗き込んできた。伸ばされた手を、私はさっと避ける。その手は、さっきまで雨音の髪に触れていたのかもしれない。「……どこ行くの?」と私は聞いた。「晃たちに誘われたんだ。バーに行こうって。埋め合わせだってさ」修也はどこか落ち着かない様子で、私と目を合わせようとしなかった。私はその目を逃がさずに言った。「修
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第4話
修也の喉仏が上下し、彼は勢いよくグラスの酒をあおった。「晃、お前……酔ってんだろ。くだらねぇこと言うなよ」適当に笑って流そうとしたのだと思う。けれど、囃し立てる声は止まるどころか、むしろ一段と大きくなった。修也の顔色が、みるみる悪くなる。それでも――彼は、私を見なかった。一度も。「……もういいだろ。やめろよ」そう言うだけで、場を切り上げる気はないらしい。雨音は引き下がらず、甘ったるい笑顔のまま、修也の腕に絡みつく。「修也、怒らないで。晃だって、ちょっと気になっただけだよ」そして、私のほうを見る。「文乃さん、みんなのこと責めないでね?私たち、修也と小さい頃からずっと一緒だから、こういう冗談も平気で言い合うの」一拍置いて、無邪気を装ったまま、付け足す。「……文乃さんみたいに、昔はバーにも入れなかった人とは、違うよね?」その瞬間、ボックス席の空気が、どっと笑いに包まれた。修也は何も言わず、ただグラスを持ち上げ、もう一口、酒を流し込んだ。健太が、ビールをなみなみと注いだグラスを手に、ふらつきながら立ち上がる。「文乃さん、まあまあ。一杯飲んで、落ち着いてよ」そう言った次の瞬間、足元がぐらりと揺れた。冷えたビールが、頭からつま先まで、一気に浴びせかけられる。白いワンピースが、肌に張りつくほど濡れていった。「うわ、悪い悪い!わざとじゃないって!」口では謝りながら、その目は、明らかに面白がっている。修也が、わずかに眉を寄せた。「健太、何してんだよ」叱るというより、形だけの注意だった。責める気配は、どこにもない。胃の奥が、ぐらりと揺れた。もう、耐えられなかった。「……続けて。私は、先に戻る」そう言って、踵を返す。雨音の横を通り過ぎようとした、そのとき。足元に、ひそかに差し出された足があった。次の瞬間、体が前につんのめり、膝が床に、鈍い音を立てて叩きつけられる。鈍い痛みが走り、視界が一瞬、かすんだ。「きゃっ……文乃さん!」雨音が、わざとらしく甲高い声を上げる。修也は眉を寄せた。「だから、気をつけろって言っただろ」そう言いながら、かがんで私に手を伸ばしてくる。「触らないで」私はその手を振り払い、床に手をついて、自分で立ち上がった。晃が
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第5話
私は雨音の前まで歩み寄った。そして腕を振り上げ、グラスになみなみと注がれた酒を、そのまま彼女の頭上から浴びせた。「私の踊りが見たいって?」一拍置いて、冷たく笑う。「……だったら、先に目を覚ましてもらわないとね」乾いた音が響いた。平手が、雨音の頬を打ち抜く。雨音は顔を押さえ、信じられないものを見るように私を見つめた。「……私を殴ったの?」「だから何?」吐き捨てるように言って、間を置かず、もう一発。「今日は――ただじゃ済ませない」私は彼女の髪を掴み、力任せに引き寄せ、そのまま横の柱へ叩きつけた。「雨音!」修也が駆け寄り、私を引き離そうとする。けれど、その手が届く前に、私はテーブルの上にあった半分ほど残ったボトルを掴み、躊躇なく修也の頭へ振り下ろした。「修也。適当にって、どういう意味?」私は見下ろしながら、静かに言った。「じゃあさ。自分が適当にやってみせたら?」そして、はっきりと言い切る。「修也。この結婚は終わり。絶対に離婚する」雨音が甲高く叫んだ。「なんで人を殴るのよ!」修也はよろめき、額から血と酒が混じって流れ落ちる。乱暴に顔を拭うと、怒りに任せて私を突き飛ばし、雨音の前に立ちはだかった。その目が、苛立ちと怒りに濁る。「文乃、いい加減にしろ。俺の友だちの前で……俺の顔を潰す気か」そこへ晃までが割り込んできて、私を指差した。「文乃さんさ、冗談だろ?さすがにやりすぎだって」その瞬間だった。雨音が、急に力を失ったように崩れ落ちる。「修也……頭が、くらくらする……胸も、苦しい……」修也の表情が一変した。彼は慌てて雨音を抱き上げ、そのままバーを飛び出していく。「雨音に何かあったら……俺はお前を許さないからな」その言葉を背に、私はホテルの部屋へ戻った。ドアを閉め、鍵をかける。深く息を吐いてから、スーツケースを引き寄せ、荷造りを始める。次に修也のスーツケースを引っ張り出し、開けて、中の服を一枚ずつ床へ放り投げた。ほとんど空になったころ、硬い箱が指先に当たった。それは、小さなジュエリーボックスだった。中にはネックレスが入っている。中には、一本のネックレス。蓋を開けると、底に一枚のカードが忍ばせてある。修也の字だった。【あま
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第6話
私は足元の床を指さした。「……じゃあ、ひざまずいて。ちゃんと頭を下げたら。許すかどうか、考えてあげてもいい」雨音の表情が、ぴたりと固まった。信じられないものを見る目で、私を見る。修也も声を荒らげた。「調子に乗るな!」「私が調子に乗ってる?」私は小さく首を傾げ、スマホを手に取る。画面を操作し、そのまま再生ボタンを押した。――録音が、はっきりと流れ出す。「……ほら、あの顔。なに清楚ぶってんの。今日こそ、分からせてあげる。修也の隣が、誰の席か」バーは騒がしかった。それでも、念のために――私は録っていた。私は呆然と立ち尽くす修也に視線を向ける。「……聞こえた?」間を置かず、続ける。「これが、あなたの大事な幼なじみ。あなたのあまねちゃん。今すぐ連れて出てって。私の部屋から、消えて」私は歩み寄り、修也のスーツケースを掴むと、そのまま廊下へ放り投げた。中身が弾けるように飛び散る。それからスマホを操作し、最短の帰国便を押さえた。続けて、弁護士の藤森光一(ふじもり こういち)にメッセージを送る。【離婚協議書の準備をお願いします。修也は婚姻中に不貞行為あり。財産分与なしで進めてください】廊下で、修也が電話に出る。修也の母の怒鳴り声は大きく、ドア越しでもはっきり聞こえた。「修也!あんた、何をしてるの!文乃と新婚旅行に行けって言ったでしょう!それなのに、女を連れて歩くなんて――文乃を何だと思ってるの!今すぐ帰ってきなさい!黒沢家の恥になるようなこと、絶対に許さない!」修也の縋るような声が、途切れ途切れに続く。「母さん……雨音とは友だちだって。そういう関係じゃ……」そこへ、狙ったように雨音の泣き声が重なった。「おばさま……全部、私が悪いんです。修也を責めないでください……」「黙りなさい。この、恥知らずな女!」そう吐き捨てるように言って、通話は一方的に切れた。それでも雨音は泣き止まない。「修也……全部、私のせい……胸が苦しいの。息が、できない……」――はいはい。また倒れるつもりね。彼の腕の中に。私はホテルの内線電話を手に取り、フロントへ直接つないだ。「すみません。部屋の前でトラブルが起きています。警備をお願いします」ほどなくして、廊下に警備員の低く強い声が
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第7話
証拠を投稿した直後、スマホがひっきりなしに震え始めた。私は修也の周囲にいた連中を、片っ端からブロックする。すぐに彩加からボイスメッセージが届いた。興奮を抑えきれない声が、少し震えている。「文乃!最高!みんな、不倫女への対処として、完璧すぎるって言ってるよ」私はスマホを閉じ、機内で十時間以上、眠り続けた。着陸後、電源を入れた瞬間、通知が一気に流れ込んでくる。――雨音が、また芝居を始めた。点滴を受けている病院の写真。そこに添えられた一文。【私が悪かったです。どうか、修也への誹謗中傷はやめてください】コメント欄は、私を責め立てる言葉で埋め尽くされていた。「悪女」「人を追い込んだ」――そんな言葉ばかり。彩加から、怒りに満ちたメッセージが届く。【あの女、被害者ぶるの上手すぎでしょ……!】私は、前から保存していた動画を彩加に送った。晃の耳元に顔を寄せ、「清楚ぶってる」と私を罵った場面。そして、さりげなく足を出し、私を転ばせた瞬間の、はっきりした映像。それを境に、空気は一変した。【さっきまで本気で心配してた自分、マジでバカだった】【あの手首の傷さ、赤ペンで描いたんじゃないの?】私はスマホをしまい込み、それ以上は目を通さなかった。出口では、弁護士が待っていた。「すべて手配済みです。ご自宅の鍵は交換しました。黒沢さんの荷物は、まとめて玄関前に出してあります」帰りの車中で、修也から着信が入った。私は通話を受け、録音をオンにする。「文乃……俺が悪かった。雨音に誘惑されたんだ。ネックレスも、無理やり買わされた!買わなきゃ死ぬって言われてさ……俺が愛してるのは、お前だけだ」反吐が出る。「修也。あなたは、私が知っている中で一番最低な男よ」私は通話を切り、録音データをそのまま光一に送った。【追加で。名誉毀損でも進めてください】車が止まった瞬間、建物の前に立っている修也の姿が目に入った。――もう戻ってきている。私に気づくなり、修也は理性を失ったように駆け寄ってくる。光一がすぐに一歩前へ出て、私の前を遮った。「黒沢さん。落ち着いてください」その姿を見た瞬間、修也の顔から血の気が引いた。「本気で離婚するのか……?」震える声で、確認するように聞いてくる。私はただ
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第8話
玄関に足を踏み入れた瞬間、彩加から電話がかかってきた。「文乃!今すぐトレンド見て!西村が飛び降りるとか言ってる!」嫌な予感がして、私はすぐにSNSを開いた。案の定だった。雨音は病衣姿のまま、病院の屋上の縁に立ち、カメラに向かって涙を流している。「……私は、ただ愛する人を間違えただけなのに……どうして、ここまで追い詰められなきゃいけないの?私が死ねば……あなたも、少しは気が済むんでしょう?それで終わるなら……私は……」コメント欄には、正義感ぶった言葉が溢れていた。【可哀想】【やりすぎ】【人でなし】――その矛先は、当然のように私に向けられている。そのとき、修也から着信が入る。私は通話を受けると同時に、録音をオンにする。「文乃、今すぐ病院行けよ。あの女、頭おかしい……飛び降りそうなんだ!」声には、苛立ちと焦りしかなかった。「死なれたら、後味悪すぎるだろ。なんか変なもん背負わされそうでさ」私は淡々と言った。「……それ、私に関係ある?」通話を切り、その音声データを匿名で、ちょうど生配信中だった記者に送信した。五分も経たないうちに、記者の張りのある声が、配信を通して一気に拡散されていく。修也の「あの女、頭おかしい」という一言。そこだけが切り取られ、何度も、何度も再生された。必死に責任から逃れようとするその口ぶりは、画面越しでも、はっきりと伝わるほど醜かった。屋上で泣いていた雨音の表情が、その瞬間、ぴたりと凍りつく。配信のコメント欄が、一斉に荒れ始めた。【今年一番の修羅場じゃん。要するに男が二股?】【女も女だけど、男は完全に終わってる】【あれ? 跳ぶんじゃなかったの? なんで止まってるの?】雨音は、無数の嘲笑に晒されながら、警察に保護され、屋上から連れ下ろされた。翌日、私は法律事務所を訪れた。離婚協議書に署名した、その瞬間。――ドアが、乱暴に開く。修也が飛び込んできた。無精ひげを伸ばし、目は血走っている。彼はそのまま私の前に膝をつき、脚に縋りついた。「文乃……悪かった。本当に、俺が全部悪かった……離婚なんてやめよう、な?全部、雨音のせいなんだ。あの女が……俺の人生を、全部壊したんだ!」私は修也を足で突き放し、署名済みの書類を彼の前に叩きつけた。
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第9話
修也と雨音は、同時に動きを止め、呆然と私を見た。修也の目に、一瞬だけ――期待の色が浮かぶ。雨音は反射的に、半歩、後ずさった。私はスマホを取り出し、二人に向けて録画を開始する。「やめないで」声を落として、言った。「続けて。まだ見足りないから」二人は、その場で完全に固まった。「修也が一番だって、言ってたよね?……それで、この有様?大事なあまねちゃんに、よくそんなことができたわね。修也。それが、あんたの言う守るってこと?」私の言葉は、狙い澄ました刃のように、二人のいちばん痛いところだけを切り裂いた。修也と雨音は、互いを睨み合う。そこに残っていたのは、愛でも未練でもない。――剥き出しの憎しみだけ。十分に撮り終え、私は動画を彩加に送った。【路上で醜態さらすクズ男と最低女。暇ならどうぞ】それから、アクセルを踏み込む。もう、振り返らなかった。半月後。光一から、一本の電話が入った。「中村さんの件ですが、示談が成立しました。賠償金は、すでに口座へ入金されています。脅迫の疑いもありましたが、前科を避けたい父親が、かなり上乗せしたようで……現在は、外出も厳しく制限されているそうです」「……当然ですね」通話を切ると、胸の奥が少しだけ軽くなっていた。いつものカフェで彩加と落ち合うと、彼女は興奮したまま、スマホを私の前に差し出す。「文乃、バズってる!あの動画、もう全ネットで回ってるよ。タイトルがさ――『クズ男と不倫女に因果応報』だって!」コメント欄は、びっしりと賞賛の言葉で埋まっていた。ちゃんと目を通そうとした、そのときだった。見覚えのある、けれどあまりに落ちぶれた影が、店内へ転がり込んでくる。――修也。無精ひげを伸ばし、汚れて皺だらけの服を着たまま、一直線に私の前まで来て、膝をついた。「文乃……本当に悪かった。頼む、金を少し貸してくれないか?母さんにカード全部止められてさ、もう二日まともに食ってない。誓う。雨音とは完全に縁を切った。あのクソ女、顔見るだけで吐き気がする」私は何も言わず、修也を見下ろした。テーブルの上のスマホは、すでに録音中だ。「へえ」私はスマホを手に取り、送金画面を開く。金額欄に、20000と入力した。「行きなさい」送金完
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