「この前、唯花と結城さんが買ってきてくれたプレゼント、あの時私は割り勘のことでとても怒ってたから、全部私の部屋に持っていったの」佐々木唯月は椅子に腰掛けた。内海唯花はキッチンへと行き、冷蔵庫からフルーツを取り出して、きれいに洗った後お皿に盛って、姉に持ってきた。牧野明凛は唯月に温かいお茶を渡した。彼女はそのお茶を数口飲んだ。佐々木唯月は家庭事情を周りに知られるのは怖くなかった。今日彼女が来たのは、溜め込んでいた悔しさと怒りを妹にぶちまけたかったからだ。これ以上溜め込んだものを誰かに打ち明けなければ、うつ病を発症してしまいそうだった。それに、牧野明凛も知り合ってから何年も経つ。彼女はなんといっても口が固い子だ。彼女はこう言った。「私が翌日起きた時、あいつらは俊介がもう送ってしまった後だったわ。帰りたいなら勝手に帰ればいい。さっさと帰ってほしいって思ってたんだし。でも、あいつら帰る前に、唯花たち夫婦が買ってきてくれた贈り物を全部持っていったのよ。陽にくれたおもちゃも、義姉さんにいくつも取られたの。ほんっとに腹が立つわ!俊介もうちにはそういう贈り物がいらないから、彼の姉に渡して食べてもらうって。あいつの姉が何か足りないものある?あの人たちはどっちも働いてるし、収入もあるし、子供は義父母が面倒みてるじゃない。あの二人も若いころは年金もしっかり払ってたし、今二人とも退職金もらって食べるのだって困ってないわよ。それなのに、俊介に毎月お金をもらってさ、そのお金は義姉さんの家に払ってるようなものでしょ?義姉さん夫婦が稼いだお金は全部貯金に回してるのよ。自分の親のお金と、弟のお金で生活してるの。弟に妻子がいなくて姉のためにお金を出すっていうなら、誰も文句は言えないけど、私と彼はもう一つの家庭を持っているのよ。家のローンも返さないといけないのに、恥もせず弟のお金を使って自分たちの生活をしているなんて」佐々木唯月は自分の夫の愚かさと理不尽さに腹が立っていた。両親が彼のお金を愛娘に渡していると知りながら、依然として何がなんでも両親に毎月お金を振り込んでいるのだ。なのに、彼女に対してはケチでお金を惜しむのだから、彼女の怒りはすでに頂点に達していた。さらに、夫の家族たちはうまく本性を隠し通していたと罵った。結婚する前、それぞれ彼女に対して良い態度を取っており
内海唯花はうんと一言答えた。彼女は甥っ子にキスをし、あやしていた。「陽ちゃん、幼稚園に行きたい?」「やだ」この年齢の子供はなんといっても母親にべったりな年頃なのだ。内海唯花は笑って、姉に言った。「お姉ちゃん、陽ちゃんをどの幼稚園に通わせるか決めてるの?もし決めてるなら、週末陽ちゃんをそこに連れて行って遊ばせてみよう。そこの環境になれさせるのよ。たくさん遊んで楽しかったら、幼稚園に行くのも嫌がらないわ」週末、多くの幼稚園が親が子供を連れてきて見学し、遊べるように開放しているのだ。佐々木唯月はうんと一言返事し、また続けて言った。「もう一つ死にそうなくらい腹立たしいことがあるの。あの義姉さんが俊介に自分の二人の子供をこの街に連れて来て、ここで学校に通わせるって言うのよ。私の家に一緒に住んで、その子供の送り迎えとご飯、宿題の面倒まで見ろですって。私のことを都合の良いタダの家政婦だとでも思ってるのかしら?俊介はそれなら喜んで三万円の食費を出すって。今子供一人面倒みてるんだから、あと一人二人増えたくらいなんともないって。自分のお腹を痛めて生んだ子供ならいくら大変でも、きつくてもお世話はできるわ。でも、他所の子供の面倒って、こんなんじゃ骨折り損で何の割にも合わないわ。しかも、家の名義を姉に譲るですって。こうすれば彼女の子供も地区の学校に通えて、二人の子供が通うのにも便利だからって。本当に馬鹿なんじゃないの、家の名義を他人に譲って、後から取り戻せるとでも本気で思ってるのかしら?」内海唯花と牧野明凛はもはや何も言えなかった。「......」普段彼女たちはネット上で、一部のネット民がこのような事を言っているのを見たことがあったが、まさか佐々木唯月も彼らと同じような目に遭っているとは。佐々木唯月は一度口を開けたら、もうなりふり構わず、全てをぶちまけた。彼女はまた二口お茶を飲み、続けた。「唯花、私も義兄さんに言ったのよ、もし家の名義を義姉さんに譲るって言うなら、私が出した内装代を返せって。もし家を取り戻せなかったら、私にとっては損でしかないもの。当時内装代に800万も私使ったんだから」彼女が長年仕事で稼いだお金は、全部その家のために使ってしまっていた。「もしその費用を私に返さないって言うなら、即離婚よ。離婚しても絶対にあの内装代は返し
そして、すぐに佐々木唯月は言った。「でも、全ての男性が佐々木俊介みたいな人じゃないわ。明凛ちゃん、私がこうだからって怖くなって結婚を諦めちゃダメよ。これは私のせいでもあるんだから」彼女は妹のこの親友がまだ結婚しておらず、家族から結婚の催促をされていることを覚えていた。牧野明凛は笑って言った。「男でも女でも頭おかしい奴はいるって分かってます。結婚するかしないかは、やっぱり相手のことを好きかどうか、人生を捧げたい相手かどうかをしっかり見なきゃですよね。唯月姉さんの影響を受けたりしませんから安心してください。でも、もし将来結婚するなら、相手の一家がどのような人たちなのかしっかり見極めてから決めようと思います」彼女の母親は結婚するということは、その相手の男性だけ見ればいいということではないといつも言っていた。相手の男性の家族、それから彼の友人たちとも親交を深めていく必要があり、学ばなければならないことは多い。牧野明凛はちらりと親友を見た。そして、心のうちでとても感服していた。佐々木唯月のこのような結婚は、誰が見ても明らかなほど、決して良いものだとは言えない。子供の佐々木陽がいることで、離婚をしたいと思っても衝動に駆られてできるようなものではないのだ。離婚するに当たって、いざというときの逃げ道も確保しておかなければならない。母親である自分のさまざまな条件も整え、子供の親権を取るための資格と気力をもって男性側と争ってこそ離婚することができるのだ。内海唯花と結城理仁はスピード結婚で、結婚する前はお互いの詳細も知らなかったし、会ったことすらなかった。このような結婚にはとても勇気が必要だろう。牧野明凛は自分にはこのような勇気はないと思った。会ったこともない面識のない男性とスピード結婚するなんて。今のところ、結城理仁は佐々木俊介よりも立派な人で、内海唯花が何か困っていれば彼は全力で彼女の手助けをし、決して手を抜いたりしていない。しかし、彼は内海唯花と半年で離婚するという契約を交わしているのだから、この点だけが牧野明凛は納得いかなかった。親友の将来をとても心配しているのだ。内海唯花は何も言わなかった。言いたいことは姉と二人きりになった時に言うつもりだったのだ。「リンリンリン......」内海唯花の携帯が鳴った。彼女は携帯を取り出し画
結城理仁は、軽く返事をし、続けて言った。「今回の件で、やつらはもうしつこく付き纏ってくることはないだろう」内海家の人間は後悔するしかない。「普段昼食はどこでとってるの?」「外で食べてるよ」結城理仁は返事をして、すぐ聞き返した。「奢ってくれるつもりか?」内海唯花は笑って言った。「あなたに時間があるなら、奢ってあげてもいいわよ。いろいろ助けてもらって、すごく感謝してるもの。ご飯を奢るくらいしか他に何も恩返しできないし、でも、高級なお店はお金出せないかもしれないから、無理よ」結城理仁はそれがおかしく思えた。感謝して彼に食事をご馳走したいと思っているけど、高級なレストランは彼女には無理だと言うのだから、はたして誠意があるのかないのかわからなかった。「昼休みはそんなに長くないし、昼休憩は近くのレストランに人も多いから、もし本当に奢ってくれるなら、夜早めに帰って来て何か美味しいものを作ってくれればいいよ。でも俺たち夫婦二人なんだから、そんなにたくさん作らないでくれよ」彼は今後、絶対に結城辰巳に彼女の料理を包んで食べさせるつもりはない。どうして彼の奥さんが作った手料理をわざわざ結城辰巳の奴に持って行ってやらなきゃならないんだ?彼の従弟だからってなんだっていうのだ?家庭料理が食べたいと言うなら、辰巳自身が結婚して奥さんを作ればいいだけの話だ。そうすれば妻お手製の家庭料理を毎日毎日味わうことができるのだから。結城辰巳:兄貴、やっぱりヤキモチ焼いてんじゃん!はははは、面目丸潰れだな!ちょっと前まで絶対にヤキモチなんか焼かないって言ってなかったっけ?ヤキモチがどんなものかも分からないとかなんとか。今やっとそのヤキモチってものが何なのか兄貴は分かったのかな?内海唯花は笑って「いいよ、今日は早めに帰ってご飯用意するから帰ったら一緒に食べましょう」「ありがとう」結城理仁は妻が必ずしも夫のためにご飯を作らなければならないとは思っていない。内海唯花が自分から進んで彼に作ってくれると言うのだから、彼もそれを嬉しく思っていた。彼も唯花もどちらも同じように働いているのだから、どちらのほうが大変か、楽かなんてないのだ。家庭が円満で幸せな生活を送るためには、夫婦どちらも同じように努力し、共同で歩んでいかなければならない。夫婦二人は5分も話さ
内海唯花は携帯をポケットに突っ込み、店に戻ろうとしたところに姉が出てくるのが見えた。「お姉ちゃん、どこ行くの?」「ちょっと買い物してくるわ、あなたたちにご飯作ってあげる。昼はデリバリー頼まなくていいわ、やっぱり自分で作ったほうが健康的だし」「唯花、陽のことちょっと見ててね」唯花は姉の言うことを聞き、ただ電動バイクで行くのに気をつけてとだけ伝えた。彼女は新車で出勤しておらず、いつもの電動バイクで来ていた。なんといってもそのほうが便利で早いからだ。通勤ラッシュで道が混むのが本当に困る。「お姉ちゃん、送金するね」姉が夫からもらっている生活費を使わせたくなかったので、唯花は姉に送金した。佐々木唯月は電動バイクに乗って遠くまで行った。妹のために食材を買うお金くらいなら彼女にはあるのだ。遠ざかっていく姉を見送り、内海唯花は店に戻った。佐々木陽がここに来たのは初めてのことではないので、牧野明凛のこともよく知っていて、母親が彼を置いていっても泣き喚くことはない。それとは逆に店の中をあちこち歩き回り、本を手に取ったり、ペンを触ったりしていた。とても好奇心旺盛な様子だった。「あんたんとこの旦那さん、何か用事だったの?」牧野明凛は探りを入れているのだ。「仕事中にあなたに電話かけてくるなんて、会いたくなったんじゃないの?」「私のクズ親戚がなにか言ってきてないか聞いてきただけよ」牧野明凛は「あら」と一言漏らし「ってことは自分のことのようにあなたを心配してるってことでしょ。唯花、あなたと結城さん、本当の夫婦になれるように頑張ってみてもいいんじゃないの」結城理仁は依然として彼女に警戒心を持っていて、彼女が近づくのを拒んでいる。だから彼女も急速に彼に近づきたいとは思っていない。自然に任せるのが一番だろう。今朝のあのキスを思い出した。あれは実際、ただお互いの唇と唇が触れた程度で、どちらもそれ以上の関係になろうとしているわけではなかったが、十分に彼女をびっくりさせた。結城理仁が男女関係において純粋であるのを思うと、内海唯花は自分が宝物を手に入れたような気分だった。このご時世、あの年齢の男性でこんなに純粋な人なんて、もはや絶滅危惧種でしょ!また別の角度から見てみれば、結城理仁という人間は、感情というものに対して本当に冷めた人であ
結城おばあさんは内海唯花が孫の好みを聞いてきたので、すぐに夫婦二人に進展があったのだと思った。嬉しそうに孫の数少ない好みを唯花に教えた。孫が普段何色のトランクスを着るのが好きなのかという秘密まで全て彼女に教えてくれた。結城理仁が着ているものはすべてオーダーメイドで、出来上がると家まで届けてくれるのだ。おばあさんはその時に、孫がどんな色のトランクスを着るのが好きなのか観察していたのだ。「唯花ちゃん、理仁が特に好きなものってそんなに多くないの。あなたもそんなに悩まないでいいわ。適当に服を選べばいいのよ。服のサイズはあなたに教えてあげるから」「もし私が買った服を彼が気に入らなかったら?」おばあさんは笑って「あなたの贈り物をしたいというその気持ちが大切でしょ。彼がそれを受け取って着るか着ないかは彼が決めることよ。でも、私は理仁はもらったものを絶対に着ると思うわ」と言った。あの子は思うことを絶対口に出さないところがあるんだよ。おばあさんが彼に買った服を、彼は嫌いな素振りを見せるが、実際はその服を着て会社に行き見せびらかしているのだ。おばあさんは彼の会社のことには一切関わらないが、孫が会社で何をしているのか知りたいと思えばいつでも知ることができるのだ。結城理仁はいつも九条悟の前で、自分に奥さんがいることを自慢している。おばあさんの話を聞いて、内海唯花は新しい服を二着と、ネクタイを二本買うことに決めた。結城理仁の数少ない好みの物は彼女のお財布の状況を見ると、到底プレゼントできるようなものではないからだ。彼女は昔から現実を見て何事も決める性質の人間なのだ。自分にいくら使えるかを先に考えてから、それに見合うものを買う。その実力がないのに見栄を張るようなことは絶対にしない。そう決めてから、昼の忙しい時間帯が過ぎた後、昼食を食べて電動バイクに乗ってショッピングへと出かけて行った。そのついでに姉と甥っ子を家まで送り届けた。「お姉ちゃん、帰った後、たぶん義兄さんがまた喧嘩し始めると思う」彼女たちが忙しくしていた時、姉に夫から電話がかかってきて、どうしてご飯を作っていないのかと詰問していた。彼女は姉が答えるのを聞いて、考えるまでもなく義兄は姉からご主人様のような待遇を受けていることが分かり、腹が立っていた。佐々木唯月は少し黙った後
「義兄さんは、お姉ちゃんと割り勘にするつもりですよね。お姉ちゃんは今仕事をしていないし、家で義兄さんとの子供を世話してます。義兄さんがこんなふうにするなら、じゃあ私の姉は夫がいるのといないのと、何が違うんですか?義兄さんは姉が家で何もしていないっていつも言いますけど、今日確かに姉は何もしてないですかね。あれ、でも姉は半分はしてるはずですよ。少なくとも食材を買ってきて、お米もあらって炊飯器に水も入れて、義兄さんはボタンを押すだけだし、残りの半分をするだけでいいじゃないですか」佐々木俊介は何か言おうと口を開いたが、内海唯花は彼が話す機会を与えず、続けた。「義兄さんは家の中が毎日きれいなのは、箒に足が生えて勝手に床掃除してるとでも思ってるんですか?陽ちゃんはまだ小さいし、おもちゃで遊んだ後は部屋中散らかってるんですよ。陽ちゃんだって自分で片付けはまだできないし。義兄さんはまさか、あのおもちゃたちにも足が生えて、自分で元の場所に戻ってるとでも思ってるんですか?それから、義兄さんが食べたり、飲んだり、使ったりしてるもの、他はさておき、あなたが毎日着替えている汚れた服も、お姉ちゃんが洗ってないっていうんですか?あなたが毎日食べてる三食のご飯も姉が作ったものじゃないって?いっつも姉が今、お金を稼いでなくて収入がないのを煙たがってるけど、もし姉が家でこの家のことを何もしてなかったら、安心して会社で真面目に働くことなんてできませんよね?この家庭はあなたと姉が共同で築き上げていくものでしょう。あなたは外で働いて、姉は家庭を守る。あなたたち二人は、どっちもこの家庭のために努力してるじゃないですか。姉は今働いてお金を稼いでいないからって、この家庭のために何も努力していないとでも思ってるんですか。実際問題、姉はあなたが会社で働くよりも疲れる仕事をしているんですよ。だったら、あなたと姉と立場を入れ替えてみたらどうです?あなたが家で洗濯、食事の準備、子供の世話、部屋の片付けをして、姉に仕事に行ってもらったら?」姉の結婚前の収入も義兄とそこまで変わらないのだ。佐々木俊介は内海唯花に何度も反論しようと試みたが、何も言い返せなかった。しばらくして、彼はばつが悪そうにこう言った。「唯花ちゃん、俺は一言しか言ってないのに、君はこんなにまくし立ててきて、まるで俺が君のお姉さん
クソ不味い!しかも甘いぞ!なんで甘い?まさか彼は塩と砂糖を入れ間違えたのか?佐々木俊介はキッチンに戻り、調味料入れを持ち上げて見てみると、砂糖と塩、そして味の素が同じケースに入っていた。さっき彼が作っている時、絶対に砂糖と塩を入れ間違えたのだ。結婚する前、佐々木俊介は家にいて母親が食事を作ってくれていて、結婚した後は唯月姉妹が作っていたのだ。だから彼は全くと言っていいほど料理を作ることができない。砂糖と塩を間違える人が作り出した料理を食べられるほうがおかしいだろう。そして炊飯器のご飯を見てみると、それは佐々木唯月が水を入れて用意していたものだから、食べることができる。でも、おかずがないのでは、美味しい物を食べ甘やかされてきた佐々木俊介には白米だけを食べることはできないのだ。自分が会社で半日働き、家に帰って熱々の料理を食べることができないことを思い、佐々木俊介は怒りがどっとこみ上げてきた。頭に血が上ったまま部屋まで行き、唯月がベッドの上で携帯をいじっているのを見て、怒りが更に燃え上がった。急ぎ足で彼女のもとへ向かって行き、片手で唯月の携帯を叩き落とすと、髪を引っ張り、そのまま床に引きずり下ろした。そして、彼女に殴る蹴るの暴行を加えた。その時、彼は子供が目を覚まさないように、怒鳴ったりしなかった。佐々木唯月は油断していて、彼に髪を掴まれて床に倒されてしまったのだ。彼女はハッと我に返ると、すぐに彼に抵抗した。佐々木俊介は男でもあるし、先手を取った側だから、唯月がいくら抵抗しても不利な状況だった。佐々木俊介に殴られて顔に青あざができ、鼻が腫れても、唯月は負けを認めようとはしなかった。彼女は以前、同僚から夫婦が殴り合いの喧嘩になった時に、何があっても勝て、負けてはいけないと言っていたのを覚えていた。男に自分は簡単にはいじめられない女なのだと分からせるためなのだと。そうすれば、男を抑え込むことができる。もし負けてしまえば、男のほうは暴力に覚えて癖になってしまうのだ。家庭内暴力は、一度許してしまえば、それは永遠に繰り返されることになる。佐々木俊介がまた拳を振り下ろして、彼女が激痛を感じている時でも必死に彼のその手を掴み、腕を思い切り噛み付いた。力いっぱいに噛み付かれて俊介は叫び声を上げ、もう片方の手で彼女の髪の毛を引っ張った
神崎詩乃は冷ややかな声で言った。「あなた達、私の姪をこんな姿にさせておいて、ただひとこと謝れば済むとでも思っているの?私たちは謝罪など受け取りません。あなた達はやり過ぎたわ、人を馬鹿にするにも程があるわね」彼女はまた警察に言った。「すみませんが、私たちは彼女たちの謝罪は受け取りません。傷害罪として処理していただいて結構です。しかし、賠償はしっかりとしてもらいます」佐々木親子は留置処分になるだけでなく、唯月の怪我の治療費や精神的な傷を負わせた賠償も支払う必要がある。あんなに多くの人の目の前で唯月を殴って侮辱し、彼女の名誉を傷つけたのだ。だから精神的な傷を負わせたその賠償を払って当然だ。詩乃が唯月を姪と呼んだので、隼翔はとても驚いて神崎夫人を見つめた。佐々木母はそれで驚き、神崎詩乃に尋ねた。「あなたが唯月の伯母様ですか?一体いつ唯月にあなたのような伯母ができたって言うんですか?」唯月の母方の家族は血の繋がりがない。だから十五年前にはこの姉妹と完全に連絡を途絶えている。唯月が佐々木家に嫁ぐ時、彼女の家族はただ唯花という妹だけで、内海家も彼女たちの母方の親族も全く顔を出さなかった。しかし、内海家は六百万の結納金をよこせと言ってきたのだった。それを唯月が制止し、佐々木家には内海家に結納金を渡さないようにさせたのだ。その後、唯月とおじいさん達は全く付き合いをしていなかった。佐々木親子は唯月には家族や親族からの支えがなく、ただ一人だけいる妹など眼中にもなかった。この時、突然見るからに富豪の貴婦人が表れ、唯月を自分の姪だと言ってきたのだった。佐々木母は我慢できずさらに尋ねようとした。一体この金持ちであろう夫人が本当に唯月の母方の親戚なのか確かめたかったのだ。どうして以前、一度も唯月から聞かされなかったのだろうか?唯月の母方の親族たちは、確か貧乏だったはずだ。詩乃は横目で佐々木母を睨みつけ、唯月の手を取り、つらそうに彼女の傷ついた顔を優しく触った。そして非常に苦しそうに言った。「唯月ちゃん、私と唯花ちゃんがしたDNA鑑定の結果が出たのよ。私たちは血縁関係があるのあなた達姉妹は、私の妹の娘たちなの。だから私はあなた達の伯母よ。私のこの姪をこのような姿にさせて、ひとことごめんで済まそうですって?」詩乃はまた佐々木親子を睨
一行が人だかりの中に入っていった時、唯花が「お姉ちゃん」と叫ぶ声が聞こえた。陽も「ママ!」と叫んでいた。唯花は英子たち親子が一緒にいるのと、姉がボロボロになっている様子を見て、どういうわけかすぐに理解した。彼女はそれで相当に怒りを爆発させた。陽を姉に渡し、すぐに後ろを振り向き、歩きながら袖を捲り上げて、殴る態勢に移った。「唯花ちゃん」詩乃の動作は早かった。素早く唯花のところまで行き、姉に代わってあの親子を懲らしめようとした彼女を止めた。「唯花ちゃん、警察の方にお任せしましょう」すでに警察に通報しているのだから、警察の前で手を出すのはよくない。「神崎さん、奥様、どうも」隼翔は神崎夫婦が来たのを見て、とても驚いた。失礼にならないように隼翔は彼らのところまでやって来て、挨拶をした。夫婦二人は隼翔に挨拶を返した。詩乃は彼に尋ねた。「東社長、これは一体どうしたんですか?」隼翔は答えた。「神崎夫人、彼女たちに警察署に行ってどういうことか詳しく話してもらいましょう」そして警察に向かって言った。「うちの社員が被害者です。彼女は離婚したのに、その元夫の家族がここまで来て騒ぎを起こしたんです。まだ離婚する前も家族からいじめられて、夫からは家庭内暴力を受けていました。だから警察の方にはうちの社員に代わって、こいつらを処分してやってください」警察は隼翔が和解をする気はないことを悟り、それで唯月とあの親子二人を警察署まで連れていくことにした。隼翔と神崎夫人一家ももちろんそれに同行した。唯花は姉を連れて警察署に向かう途中、どういうことなのか状況を理解して、腹を立てて怒鳴った。「あのクズ一家、本当に最低ね。もしもっと早く到着してたら、絶対に歯も折れるくらい殴ってやったのに。お姉ちゃん、あいつらの謝罪や賠償なんか受け取らないで、直接警察にあいつらを捕まえてもらいましょ」唯月はしっかりと息子を抱いて、きつい口調で言った。「もちろん、謝罪とか受け取る気はないわよ。あまりに人を馬鹿にしているわ!おじいさんが彼女たちを恐喝してお金を取ったから、それを私に返せって言ってきたのよ」唯花は説明した。「あの元義母が頭悪すぎるのよ。うちのおじいさんのところに行って、お姉ちゃんが離婚を止めるよう説得してほしいって言いに行ったせいでしょ。あ
佐々木親子二人は逃げようとした。しかし、そこへちょうど警察が駆けつけた。「あの二人を取り押さえろ!」隼翔は親子二人が逃げようとしたので、そう命令し、周りにいた社員たちが二人に向かって飛びかかり、佐々木母と英子は捕まってしまった。「東社長、あなた方が通報されたんですか?どうしたんです?みなさん集まって」警察は東隼翔と知り合いだった。それはこの東家の四番目の坊ちゃんが以前、暴走族や不良グループに混ざり、よく喧嘩沙汰を起こしていたからだ。それから足を洗った後、真面目に会社の経営をし、たった数年だけで東グループを星城でも有数の大企業へと成長させ、億万長者の仲間入りをしたのだった。ここら一帯で、東隼翔を知らない者はいない。いや、星城のビジネス界において、東隼翔を知らない者などいないと言ったほうがいいか。「こいつらがうちまで来て社員を殴ったんです。社員をこんなになるまで殴ったんですよ」隼翔は唯月を引っ張って来て、唯月のボロボロになった姿を警察に見てもらった。警察はそれを見て黙っていた。女の喧嘩か!彼らはボロボロになった唯月を見て、また佐々木家親子を見た。佐々木母はまだマシだった。彼女は年を取っているし、唯月はただ彼女を押しただけで、殴ったり手を出すことはしなかったのだ。彼女はただ英子を捕まえて手を出しただけで、英子はひどい有り様になっていた。一目でどっちが勝ってどっちが負けたのかわかった。しかし、警察はどちらが勝ったか負けたかは関係なく、どちらに筋道が立っているかだけを見た。「警察の方、これは家庭内で起きたことです。彼女は弟の嫁で、ちょっと家庭内で衝突があってもめているだけなんです」英子はすぐに説明した。もし彼女が拘留されて、それを会社に知られたら、仕事を失うことになるに決まっているのだ。彼女の会社は今順調に行ってはいないが、彼女はやはり自分の仕事のことを気にしていて、職を失いたくなかったのだ。「私はこの子の義母です。これは本当にただの家庭内のもめごとですよ。それも大したことじゃなくて、ちょっとしたことなんです。少し手を出しただけなんですよ。警察の方、信じてください」佐々木母はこの時弱気だった。警察に連れて行かれるかもしれないと恐れていたのだ。市内で年越ししようとしていたのに、警察に捕ま
東隼翔は顔を曇らせて尋ねた。「これはどういうことだ?」英子は地面から起き上がり、まだ唯月に飛びかかって行こうとしていたが、隼翔に片手で押された。そして彼女は後ろに数歩よろけてから、倒れず立ち止まった。頭がはっきりとしてから見てみると、巨大な男が暗い顔をして唯月を守るように彼女の前に立っていた。その男の顔にはナイフで切られたような傷があり非常に恐ろしかった。ずっと見ていたら夜寝る時に悪夢になって出てきそうなくらいだ。英子は震え上がってしまい、これ以上唯月に突っかかっていく勇気はなかった。佐々木母はすぐに娘の傍へと戻り、親子二人は非常に狼狽した様子だった。それはそうだろう。そして唯月も同じく散々な有様だった。喧嘩を止めようとした警備員と数人の女性社員も乱れた様子だった。彼らもまさかこの三人の女性たちが殴り合いの喧嘩を始めてあんな狂気の沙汰になるとは思ってもいなかったのだ。やめさせようにもやめさせることができない。「あんたは誰よ」英子は荒い息を吐き出し、責めるように隼翔に尋ねた。「俺はこの会社の社長だ。お前らこそ何者だ?俺の会社まで来てうちの社員を傷つけるとは」隼翔はまた後ろを向いて唯月のみじめな様子を見た。唯月の髪は乱れ、全身汚れていた。それは英子が彼女を地面に倒し殴ったせいだ。手や首、顔には引っ掻き傷があり、傷からは少し血が滲み出ていた。「警察に通報しろ」隼翔は一緒に出てきた秘書にそう指示を出した。「東社長、もう通報いたしました」隼翔が会社の社長だと聞いて、佐々木家の親子二人の勢いはすっかり萎えた。しかし、英子はやはり強硬姿勢を保っていた。「あなたが唯月んとこの社長さん?なら、ちょうどよかった。聞いてくださいよ、どっちが悪いか判定してください。唯月のじいさんが私の母を恐喝して百二十万取っていったんです。それなのに返そうとしないものだから、唯月に言うのは当然のことでしょう?唯月とうちの弟が離婚して財産分与をしたのは、まあ良いとして、どうして弟が結婚前に買った家の内装を壊されなきゃならないんです?」隼翔は眉をひそめて言った。「内海さんのおじいさんがあんたらを脅して金を取ったから、それを取り返したいのなら警察に通報すればいいだけの話だろう。内海さんに何の関係がある?内海さんと親戚がどんな状況なの
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ