九条悟はすぐにそれが金城琉生だと当てた。今夜、金城琉生はホテルのビジネスパーティーに参加していたのだ。彼は金城グループでは、まだまだただの社員に過ぎないが、会社の継承者に内定している。金城家の御曹司という身分だから、パーティーではまるで水を得た魚のように、周りの人間からチヤホヤされ、ご機嫌取りをされていた。結城理仁は何も言わず、それを黙認したと同然だった。「だったら、証拠を今すぐ君に持って行ってあげようか?今トキワ・フラワーガーデンにいるのか?」彼は親友が社長夫人の人柄を探るために、自分の正体を隠して結婚し、わざわざトキワ・フラワーガーデンに家を買ったのを知っていた。「いや、いい。明日俺にくれ。今日はもう遅い、早めに休んでくれ。俺も風呂に入って寝る」九条悟はずっと結城理仁と内海唯花のことを見てきたが、結城理仁は九条悟に多くのことを話したくなかったので、すぐに電話を切ってしまった。九条悟はぶつくさと言った。「今夜寝られるか?ライバルに手柄を横取りされようとしてるってのに」結城理仁が寝られるかどうか、それは彼自身だけが知っている。内海唯花は金城琉生の話を聞いた後、全く驚いた様子はなく、腹を立てていた。「琉生君、教えてくれてありがとう」内海唯花は腹を立てていたが、すぐには爆発させず、金城琉生にお礼をしてまた尋ねた。「彼らの写真はある?」証拠が必要だ。それがあれば金城琉生が出会ったのが佐々木俊介というゲス男であると証明できる。「写真はないんです。パーティーで彼の名前をどこかで聞いたことがあるような気はしたんだけど、すぐには彼の名前をどこで聞いたのか思い出せなくて。家に帰った後にようやく唯花姉さんのお義兄さんがそんな名前だったなって思い出したんです。だから、電話して確かめようと思って。唯花姉さん、お姉さんに夫の浮気の証拠をこっそりと集めるように伝えてください。あの男が財産を他の誰かに渡してしまわないように」「ええ、そうするわ、ありがとう」金城琉生は笑って言った。「唯花姉さん、ただ教えただけですから、お礼なんていりませんよ。じゃあ、お休みのところお邪魔してすみません。唯花姉さん、おやすみなさい。明日の朝、明凛姉さんが好きな朝食を持って行きますから、唯花さんも一緒に食べてください」金城琉生はよく従姉の好きな食べ物や飲み物
内海唯花はうどんを食べながら、姉にLINEを送った。まずは姉にまだ起きているかどうか尋ねた。佐々木唯月は返事を返さず、直接電話をかけてきた。文字を打つのは時間がかかって面倒だから、直接通話しようと思ったのだ。「唯花、まだ寝てないのね。さっき帰ってきたの?」佐々木唯月は妹が就寝する時間を把握している。以前、妹が彼女と一緒に暮らしていた頃、夜は遅く朝は鶏よりも早く起きていた。佐々木唯月は妹が義兄に気を使って、早起きして彼ら一家三人に朝食を作り、家事をしていたのを知っていた。妹はたくさんのことをしてくれていたのに、佐々木俊介からタダで住んで飲み食いしていると煙たがられてしまった。妹はお金も入れてくれていたのに……今その夫は傍にはいないから、佐々木唯月も気にしていない。彼女が今気にかけているのは妹だけだ。「うん、今夜食たべてるの。お姉ちゃん、ちょっと話したいことがあるのよ。琉生君がね、今日スカイロイヤルのビジネスパーティーに参加したらしいんだけど、そこで佐々木俊介に会って、あいつの横にはきれいな女の子がいたって。琉生君があいつはその人に対して特によくしていて、すごく仲がよさそうで熱々の恋人同士だったみたいって。琉生君はあいつに会ったことがないけど、佐々木俊介って名前を私から聞いたことがあったから、それで思い出して私に教えてくれたの。スカイ電機の部長だとも言っていたらしいから、きっと彼に間違いないわ。お姉ちゃん気を付けておいて、佐々木俊介の行動をよく観察しておいて。彼が財産を他に移動させたりしてないか注意して、自分をしっかり守るのよ」近年、妻を殺害してしまうような事件も増えている。内海唯花はまず姉にしっかり自分を守るようにと注意した。男がクソなら、さっさと別れるに越したことはない。クソ男のために命を懸けるなど、全く無意味なのだから。妹の話を聞いて、佐々木唯月は暫くの間黙っていた。彼女は実は早くから心の準備をしていた。佐々木俊介が外で浮気している可能性があるとわかっていたからだ。なんといっても彼はまだ30そこそこで、仕事でも成功していて、容姿もなかなか良い。外とは言わず会社の中にもたくさん若いお嬢さんがいるのだ。彼は毎日若くて綺麗なお嬢さんと接している。そして家に帰ると子供を産んで体形が崩れてしまった彼女を見ると、
佐々木唯月は涙を拭い、気持ちを落ち着かせて、できるだけ自分の声が震えないようにした。「そうだとは思っていたけど、まさかこんなに早くそうなるなんて思わなくて」佐々木俊介は浮気しているが、彼女にはそれを隠していてまだ離婚を突き付けてきていない。彼女の予想が正しければ、おそらく陽のためだろう。陽はまだ小さいから、世話が必要だ。彼女の義父母は自分の娘の子供の世話をしている。佐々木俊介は性根の曲がった人間だから、自分の家族のことしか眼中にない。彼自身も姉の味方で、両親が姉を手助けするのは当然のことだと思っている。彼らが離婚したら、佐々木家は必ず陽の親権を争ってくるだろう。しかし、佐々木俊介は両親が小さい子供二人の面倒を見るのは疲れるから心配していているはずだ。陽が幼稚園に上がってしまえば話は別だが。佐々木俊介はおそらく息子が幼稚園に上がってから、彼女に離婚を突き付けるつもりなのだ。それで、今は彼女に冷たくあたっているだけだ。「お姉ちゃん、今はまだ証拠がないから、この話は秘密にしておいて。証拠を集めてからまた話しましょう。私はお姉ちゃんに心の準備をしておいてほしいの。彼がまたお姉ちゃんに手を出さないように気をつけて」内海唯花は姉の声が少し涙声になっているのに気づいていて、全ては話さなかった。姉にも今の気持ちを整理する時間が必要だ。もし、泣いて発散しようとするなら、彼女は姉に思う存分泣かせてあげるつもりだ。3年という結婚生活でずっと一緒にいた男性だから、とても残酷な事実ではあるが、姉は30歳とまだまだ若い。佐々木俊介は不倫してしまったのだから、このような男と一緒にいる必要などない。「唯花、お姉ちゃんわかったわ。さあ、夜食を食べて、大丈夫だからね。一生懸命仕事を探してるんだし、離婚するためにそうしていたんだしね」突然両親を亡くし、両親の親戚たちから薄情な酷い態度を取られても彼女はめげず、妹を連れて今まで苦労して生きてきた。夫が不倫した程度で、別にこの世の終わりなわけではない。唯月は決して負けたりしない。「お姉ちゃんも早めに休んで、あまり色々考え過ぎないでね。同姓同名っていうこともあり得ない話じゃないから」この言葉はただの気休めだと内海唯花はわかっていた。「うん」佐々木唯月は自分から電話を切って、携帯を側に置くと横になり、ぐ
佐々木唯月は長い間泣き続けた。佐々木俊介が帰ってきて、彼女はやっと涙を拭い、寝たふりをしながら耳をそばだてて彼の様子をうかがっていた。家庭内暴力事件から、夫婦二人は別々の部屋で寝ている。佐々木俊介はおそらく寝ている隙に唯月にまた襲われるのではないかと恐れているのだろう。部屋のドアが開いたが、佐々木俊介は入って来なかった。ただ入り口に立ってちらりと中を窺い、妻と息子が寝ているのを見てドアを閉めた。そして、隣の部屋へと入って行った。彼はドアを閉めるとすぐに成瀬莉奈に電話をかけた。「佐々木部長」「会社の中じゃないんだから、俊介って呼んでくれよ」隣の部屋にいる妻に聞かれないように、佐々木俊介は声をかなり小さく抑えていた。「俊介、家に帰った?私とっても心配なの。あんなにたくさんお酒を飲んで、自分で車を運転して帰ったんだもの、心配で心配でたまらないわ。次はこんなことしないで、お酒を飲んで運転したら危険よ。もし警察に捕まったら面倒でしょう」成瀬莉奈は電話で佐々木俊介を心配して、彼をメロメロにさせるくらい、とても関心を持っているのだとアピールしていた。「わかったよ。次は酒を飲んだら代行に頼むからさ。莉奈、早めに休んで。君におやすみの挨拶するために電話したんだよ」佐々木俊介はその関心すべてを成瀬莉奈に注いでいた。この夜は二人ずっと一緒にいたのに別れて間もなく、彼はまた彼女が恋しくなった。彼女のあの美しい顔、セクシーな体、甘い声が恋しくてたまらないのだ。彼女の全てが恋しい。たぶんお酒を飲み過ぎたせいだろう。こうやって成瀬莉奈を思うだけで、佐々木俊介は全身が火照っていた。「俊介、早めに寝てね。明日も仕事があるんだもの。おやすみなさい、夢の中でもあなたを想っているわ」成瀬莉奈はそう言いながら携帯に向かってチュッと唇を鳴らした。「キスしてあげる」佐々木俊介は笑った。「そんなんじゃ俺にはキスできないよ。明日この分補填してもらわなくっちゃ。ディープなやつがいいなぁ。莉奈、俺、本当に君が欲しくて欲しくてたまらないんだ……わかるだろ」「俊介、おやすみね」成瀬莉奈はわざと彼のその言葉に隠された意味を無視し、甘い声でおやすみの挨拶をした後、電話を切ってしまった。佐々木俊介は成瀬莉奈とのラブラブな空気にまた刺激され、彼女への気持ちが更
「どれだけお酒を飲んだのよ、酒臭いわね。さっさとシャワーしてきたら」佐々木唯月は嫌悪して彼の足をひと蹴りした。彼が不倫していることを知っているが、妹の話通りにとりあえず彼を刺激せず、何も知らないふりをしていた。まずは裏で彼が不倫しているという証拠を集めて、彼の逃げ道をなくさなければならない。佐々木俊介が彼女に何かひどい仕打ちをしてくるかどうかについては、唯月は彼はまだそこまでむごいことはないだろうと思っていた。しかも、今の科学技術は発達しているから、警察が事件を調べる方法も高度になっていて、彼が彼女に何かしようものなら、悪事はすぐにばれてしまうことだろう。彼は自分の将来と命を引き換えにまでして彼女の命を狙ってはこないはずだ。佐々木俊介は悪態をついていたが、結局はお風呂に入りに行った。浴室から出てくると、彼は再び息子の傍に横になった。しかし、二分も経たず彼はベッドから身を起こし、息子の足の下をくぐり抜けて唯月の太ももを触った。何をしたいのかは明らかだ。彼は佐々木唯月の体には全く興味はなかったが、成瀬莉奈に刺激されて彼はこの時、体が火照っていた。だから、仕方なく唯月と夫婦の営みをしてそれを抑えるしかなかった。どうせ彼らも法律上夫婦だから問題はない。以前なら、彼がこうやって彼女に触れば、唯月もそれを拒否することはなかった。今夜、彼はまだ唯月の太ももを触っただけなのに、唯月から蹴りを入れられ、油断していた彼はその衝撃でベッドから追い出され床に倒れてしまった。この時の佐々木俊介の怒りようといったら、まあ。床から立ち上がり、佐々木唯月を指差して怒鳴りつけようとした。しかし、佐々木唯月がベッドから降りて、彼女のスリッパを掴み、すごい剣幕で殴りかかって来ようとするのを見て、彼は唯月に包丁を持って街中を追いかけ回されたあの恐ろしい情景を思い出した。本来怒鳴ろうとしていたが、一言も出てこなかった。「出ていけ!」佐々木唯月はスリッパを放り投げ、低く冷たい声で怒鳴りつけた。「私の子を起こしでもしてみなさい!」佐々木俊介は彼女のほうに指差して、顔を真っ赤にさせていたが、一言も口から出すことができず、最後には怒って去っていった。佐々木唯月は部屋のドアを閉め、中から鍵もかけた。もし一時間前に妹から電話がなかったら、もしかしたら彼
佐々木唯月は市場に買い物に行ったのではなかった。彼女は今昼間はいつも仕事を探しに行って、夜帰って来た後、買い物に行っていた。夜になると値引きセールをしていることも多いので、節約できるからだ。仕事はまだ見つかっておらず、夫は頼りにならないが、彼女の貯金はまだ尽きてはいなかった。以前妹からできるだけ貯金をするように言われて、そのようにしていて助かった。実は結婚当初、彼女が仕事を辞めて家で子供を産む準備をすることに妹は反対していた。妹が女性は結婚前にしろ、結婚後にしろ自分で稼いで、男に頼るばかりではいけないと言っていた。夫が自分に対して良くしてくれていれば、そんなのは関係ないのだが。夫が自分に嫌気をさすようになったり、浮気するようになってしまうと、仕事がなければ稼ぎもなくていつも不利になってしまう。そうすると簡単に奈落の底に突き落とされてしまう。彼女は大馬鹿者だ。彼女と佐々木俊介の心は深く繋がっていて、彼が彼女を裏切ることなど決してないと信じていたのだから。彼が彼女に一緒に住む家のリフォーム代を出させた時も、彼女は夫婦二人の愛の巣だから、きれいに立派にリフォームしたいと思った。彼女もそんな家に住むのが心地良いし。だから、佐々木俊介の提案に乗って、何年もかけて貯めていた何百万円も全てリフォームに使ってしまったのだった。彼は彼女が仕事を辞めても安心して家で子供を産む準備をしてほしいと言ったのだ。彼女を養ってくれると。彼女はその彼の甘いささやきを信じた。上司から仕事を辞めないほうがいいと言われたのをやんわりと断り、仕事を辞めて専業主婦になった。その結果、彼女は何を得た?傷だらけになっただけだ。佐々木唯月は息子が乗ったベビーカーを押して、歩いて妹の本屋へと行った。彼女は直接トキワ・フラワーガーデンには行かなかった。朝早くに行って妹の旦那の迷惑になりたくなかったからだ。歩きながら昔のことを思い出し、堪えきれず涙がこぼれた。彼女は自分が離婚する心の準備ができていて傷つくことはないと思っていたが、それは甘かった。彼女はこの時傷ついていた。それも深い深い傷だった。なんといっても、彼と知り合ってから十二年。全く彼に対して気持ちがないかというと、それは嘘になる。佐々木唯月がベビーカーに乗せていた佐々木陽はまだ起きていなかった
彼女が一階に降りたところで、夫が自分を呼ぶ声が聞こえてきた。付近で散歩をしているふりをしていたボディーガードたちは、女主人が降りて来たのを見て、すぐに反応し彼女に背を向けた。内海唯花を見ていないふりをして、引き続きゆったりと散歩を始めた。それからすぐに主人が妻を呼ぶ声が聞こえてきた。内海唯花は立ち止まり、後ろを振り返って結城理仁を見た。結城理仁は車の鍵を持っていて、内海唯花に言った。「やっぱり俺も君と一緒に行くよ」彼の義姉は佐々木俊介から家庭内暴力を受けた時、勇敢にもそれに歯向かうくらい荒い気性の持ち主だった。我慢して大人しく黙っているような人間ではない。夫の不倫を知って、佐々木唯月が黙っていられるか?もしかしたら夫婦二人はまた喧嘩するかもしれない。結城理仁は妻が武術に長けていて、佐々木俊介では彼女に敵わないとわかっている。しかし、その場に誰か男がいれば、佐々木俊介や佐々木家の人たちも事を荒立てないはずだ。彼は彼女の夫なのだから、そもそも頼りになるべき人物だ。彼女が何かトラブルに巻き込まれたら真っ先に彼を思い出してほしかった。結城理仁は内海唯花の手から弁当箱を受け取り、もう片方の手は唯花の手を握って彼の車のほうに一緒に歩いていった。「後で君を店まで送るから」彼が彼女と一緒に行くと言うのだから、唯花はもう断らなかった。姉の家に着いたら、彼にまた何か朝ごはんを作ろうと決めた。どちらにせよ、お腹を空かせたまま彼を会社に送り出すわけにはいかない。「昨日の夜、君がお義姉さんと電話で話しているのが聞こえたよ」もちろん、結城理仁は自分が九条悟に頼んで佐々木俊介の不倫の証拠をすでに集めているとは言えなかった。さらに彼がホテルで佐々木俊介とその不倫相手に会ったことがあるとも言えない。あの時は夫婦二人はまだ冷戦状態だったし、佐々木俊介本人を直接見たわけではない。ただボディーガードがそう言っていただけだ。内海唯花は少し黙ってから言った。「琉生君が昨日の夜、スカイロイヤルホテルでビジネスパーティーに参加したんだけど、そこでお姉ちゃんの旦那が若くて綺麗な女性と親しそうにしてるのを見たらしいの。たぶん、浮気相手よ。佐々木俊介のあのクソ野郎、不倫してるの!お姉ちゃんには隠さないでこのことを言ったのよ。こういうこと、隠して
内海唯花は姉は絶対に許さないだろうと言おうと思ったが、少し考えてから「うん」と一言返事をした。姉の家に向かう途中、夫婦二人はそれ以降会話はなかった。結城理仁はそもそも人としゃべるのが得意ではない。内海唯花は姉のことが心配で、何か話題を見つけて話そうとする余裕もなかったので、車内はとても静かだった。車の中で何か音楽をかけて雰囲気を和らげるようなことも理仁はしなかった。内海唯花は顔を窓の外に向けて、町の景色を眺めていた。もうすぐ久光崎に入るという時に内海唯花は姉に電話をかけ、その電話が繋がり彼女はほっと安心できた。「お姉ちゃん、陽ちゃんも起きてる?サンドイッチ作ったんだけど、たくさん作っちゃったから、お姉ちゃんと陽ちゃんの分も持って来たのよ」佐々木唯月は立ち止まり、ベビーカーに乗っている息子を見て言った。「陽はまだ起きてないわ。唯花、お姉ちゃん今家にいないの。陽を連れて散歩に出ているのよ。歩いてたらもうすぐあなたのお店に着くわ。このまま直接お店のほうへ行くから、家には帰らないの」「そうなの?今どのあたり?場所を送って、私たちが車で迎えに行くから、一緒にお店まで行きましょう」「わかったわ」遠くまで歩いたので、佐々木唯月も疲れてしまっていた。彼女は太ってもいるので、遠くまで歩くと、普通の人よりもさらに疲れるのだ。彼女は今自分がいる場所を妹に送った。内海唯花は姉の場所がわかった後、結城理仁に言った。「結城さん、お姉ちゃん今家にいなくて、私の店に向かってるんだって。店に行く途中の道らしいから、ここまで行ってくれない?お姉ちゃんと陽ちゃんを迎えに行って、一緒に店に行きましょう」「わかった」結城理仁は内海唯花が教えた場所を確認し、Uターンができる場所まで車を走らせてそこを曲がり、反対車線に方向転換した。佐々木唯月はかなり歩いて来たと思っていたが、結城理仁が車を走らせたらそんなに時間がかからなかった。十分ほどで佐々木唯月が送ってきた場所に到着した。佐々木唯月はベビーカーを道の端に止めて待っていた。「お姉ちゃん」車が止まってから、内海唯花は車から降りて姉のもとへと歩いていった。「おばたん」陽は目を覚ましたばかりで、まだ眠たそうにしていたが、叔母を見ると元気が出て、両手を伸ばして内海唯花に抱っこをおねだりした
姉と佐々木俊介が出会ってから、恋愛し、結婚、そして離婚して関係を終わらせ、危うくものすごい修羅場になるところまで行ったのを見てきて、唯花は誰かに頼るより、自分に頼るほうが良いと思うようになっていた。だから、配偶者であっても、完全に頼り切ってしまうわけにはいかない。なぜなら、その配偶者もまた別の人間の配偶者に変わってしまうかもしれないのだからだ。「つまり俺は心が狭い野郎だと?」理仁の声はとても低く重々しかった。まるで真冬の空気のように凍った冷たさが感じられた。彼は今彼女のことを大切に思っているからこそ、彼女のありとあらゆる事情を知っておきたいのだ。それなのに、彼女は自分から彼に教えることもなく、彼の心が狭いとまで言ってきた。ただ小さなことですぐに怒るとまで言われてしまったのだ。これは小さな事なのか?隼翔のように細かいところまで気が回らないような奴でさえも知っている事なのだぞ。しかも、そんな彼が教えてくれるまで理仁はこの件について知らなかったのだ。隼翔が理仁に教えておらず、彼も聞かなかったら、彼女はきっと永遠に教えてくれなかったことだろう。彼は彼女のことを本気で心配しているというのに、彼女のほうはそれを喜ぶこともなく、逆に彼に言っても意味はないと思っている。なぜなら、彼は今彼女の傍にいないからだ。「私はただ、あなたって怒りっぽいと思うの。いっつもあなた中心に物事を考えるし。少しでも他人があなたの意にそぐわないことをしたら、すぐに怒るでしょ」彼には多くの良いところがあるが、同じように欠点もたくさんあるのだった。人というものは完璧な存在ではない。だから唯花だって彼に対して満点、パーフェクトを望んではいない。彼女自身だってたくさん欠点があるのは、それは彼らが普通の人間だからだ。彼女が彼の欠点を指摘したら、改められる部分は改めればいい。それができない場合は彼らはお互いに衝突し合って、最終的に彼女が我慢するのを覚えるか、欠点を見ないようにして彼に対して大袈裟に反応しないようにするしかない。すると、理仁は電話を切ってしまった。唯花「……電話を切るなんて、これってもっと腹を立てたってこと?」彼女は携帯をベッドに放り投げ、少し腹が立ってきた。そしてぶつぶつと独り言を呟いた。「はっきり言ったでしょ、なんでまだ怒るのよ。怒りたいな
「理仁、彼女がお前に教えなかったのは、きっと心配をかけたくなかったからだ」隼翔は自分のせいで彼を誤解させてしまったと思い、急いでこう説明した。しかし、理仁は電話を切ってしまった。隼翔「……しまった。もしあの夫婦が喧嘩になったら、どうやって仲裁しようか」結城理仁という人間は誰かを好きになったら、その相手には自分のことを一番大事に思ってもらいたいという究極のわがままなのだ。彼のように相手を拘束するような考え方は、時に相手に対して彼がとても気にかけてくれていると感じさせもするし、時に相手に窮屈で息苦しさを感じさせるものだ。致命的なことに、理仁は自分が間違っているとは絶対に思わない。彼が唯花にしているように、彼が彼女を愛したら何をするのも唯花を助けたいと思っている。しかし、唯花は非常に自立した女性だから、いちいち何でもかんでも彼に伝えて助けてもらおうとは考えていない。しかし、彼は唯花がそうするのは理仁のことを信用しておらず、家族として認めてくれていないと勘違いしてしまっているのだった。隼翔はまた理仁に電話をかけたが、通話中の通知しか返ってこなかった。「まさかこんな夜遅くに内海さんに電話をかけて詰問を始めたんじゃないだろうな」隼翔は頭を悩ませてしまった。彼もただ二言三言を言っただけなのに、どうしてこんなおおごとになったのだ?悟は普段あんなにおしゃべりだというのに、一度もこんな面倒なことになっていないじゃないか。理仁はこの時、本当に唯花に電話をかけていた。夫婦はさっき電話を終わらせたばかりだから、理仁は彼女がまだ寝ていないと思い、我慢できずに電話をかけてしまったのだ。確かにこの時、唯花はまだ寝ていなかった。携帯が鳴ったので、布団の中から手を伸ばし携帯を取ってからまたすぐ布団の中に潜り込んだ。寒い。少しの間暖房をつけていたが、すごく乾燥するから彼女は嫌で切ってしまったのだ。理仁の部屋には湯たんぽはない。理仁という天然の暖房は出張していていないから、彼女は布団にくるまって暖を取るしかなかった。携帯を見るとまた理仁からの電話だった。彼女は電話に出た。「どうしたの?もう寝るところよ」「今日何があったんだ?」理仁のこの時の声は低く沈んでいた。唯花は彼と暫く時間を一緒に過ごしてきて、彼の声の様子が変わったのに気
彼女とは反対に、彼のほうはどんどん彼女の魅力にやられて、深みにはまっていっている。「プルプルプル……」そして、理仁の携帯がまた鳴った。彼は唯花がかけてきたのだと思ったが、携帯を見てみるとそれは東隼翔からだった。「隼翔か」理仁は黒い椅子の背もたれに寄りかかり、淡々と尋ねた。「こんな夜遅くに俺に電話かけてきて、何か用か?」「ちょっと大事なことをお前に話したくてな。お前のあのスピード結婚した相手に伯母がいることを知っているか?それは神崎夫人みたいだぞ。彼女がずっと捜し続けていた妹さんというのは、お前の奥さんの母親だったんだ」隼翔は悟のように噂話に敏感ではない。人の不幸を隣で見物して楽しむようなタイプではないのだ。しかし、彼はこのことを親友にひとこと伝えなければと思った。「神崎グループとお前たち結城グループはずっと不仲だろう。神崎玲凰とお前が一緒にいることなんてまず有り得ないだろうからな。お前たちの関係はギスギスしててさ……そう言えば」隼翔はようやく何かに気づいたように言った。「お前があの日、神崎玲凰を誘って一緒に食事したのは、お前の結婚相手が神崎夫人の姪だと知っていたからなのか?だから、早めにあいつとの関係を良くしておこうと?」理仁は親友に見透かされて、恥ずかしさから苛立ちが込み上げてきた。彼らは電話越しで距離があったから、隼翔は理仁が当惑のあまりイラついていることに気づかなかった。「あの日は気分が良かったし、神崎玲凰が珍しく顧客を連れてスカイロイヤルに食事に来たもんだから、俺は寛大にもあいつらに奢ってやっただけだ。ただうちのスカイロイヤルは噂に違わず最高のホテルだと教えてやろうと思っただけだ。俺は別に神や仏じゃないんだから、どうやって先に神崎夫人が捜していた妹が俺の義母だなんてわかるんだ?俺もさっき妻に聞いて知ったばかりだぞ」まあ、これも事実ではある。しかし、彼は予感はしていた。神崎夫人の妹が彼の早くに亡くなってしまった義母だと。だからあの日、神崎玲凰に出くわしたから、彼は太っ腹に彼ら一行にご馳走したわけだ。「知ってるなら、どうするつもりだ?」隼翔は彼を気にして尋ねた。「神崎グループとはわだかまりを解消するのか?」「唯花さんと神崎夫人が伯母と姪の関係でも、俺ら結城グループの戦略変更はしないさ。強
唯花は彼の電話に出た。「俺は湯たんぽなんかじゃないぞ!」唯花が電話に出たと思ったら、彼はいきなり不機嫌そうな声で呼び方を訂正してきた。唯花は笑った。「だって今寒いんだもの。だからあなたを思い出したの。あなたって湯たんぽなんかよりずっと温かいから」理仁はさらに不機嫌な声をして言った。「寒く感じなかったら、俺のことを思い出しもしないと?」唯花は正直に認めた。「寒くなかったら、たぶん、こてんと寝ちゃうでしょうね。あ、あとあなたに『おやすみ』のスタンプも送ってあげるわよ」理仁は顔を暗黒に染めた。「もうお仕事は終わったの?まだなら頑張ってね。私は寝るから」唯花は電話を切ろうとした。「唯花さん」理仁は低い声で言った。「神崎夫人との鑑定結果はもう出たの?」「出たわ。神崎夫人は私の伯母さんだった。だから私と彼女は血縁者なの」理仁はそれを聞いて心の中をどんよりと曇らせていたが、それを表面には表すことはなかった。話している口調もいつも通りだ。「親戚が見つかって本当に良かったね」「ありがと」姉と十五年も支え合って生きてきて、突然実の伯母を見つけたのだ。唯花はまるで夢の中にいるような気持ちだった。なんだか実感が湧かない。「そうだ、理仁さん。おばあちゃんがまた自分の家に引っ越して行っちゃったの。今夜辰巳君が迎えに来たみたい。私は家にいなかったから、清水さんが教えてくれたのよ」この時理仁が思ったのは、ばあちゃん、脱兎のごとく撤退していったな!だ。「ばあちゃんが住みたいと思ったら、そこにすぐ住んじゃうんだ。俺はもうばあちゃんがあちこち引っ越すのには慣れっこだよ」おばあさん名義の家もたくさんある。よく今日はここに数日泊まって、次はあそこに数日泊まってというのを繰り返していた。だからおばあさんから彼らに連絡して来ない限り、彼らがおばあさんを探そうと思っても、なかなか捕まらないのだった。「今日他に何かあった?金城琉生は君の店に来なかっただろうね?」「あなたったら、こんなに遠くにいるのに、餅を焼いてる匂いでもそっちに届いたわけ?金城君はとても忙しいだろうから、私に断られた後はたぶんもう二度と私のところに来ないはずよ。だから安心して自分の仕事に専念してちょうだい。私は絶対に浮気なんかしないんだから」そして少し黙ってから
清水は自分が仕える結城家の坊ちゃんをかばった。「内海さん、私があなた方のところで働いてそう時間は経っていませんが、私の人を見る目には自信があります。結城さんと唯月さんの元旦那さんとは全く別次元の人間ですよ。結城さんは責任感の強いお方ですから、彼があなたと結婚したからには、一生あなたに対して責任を負うことでしょう。結城さんは女性をおだてるのが得意な方ではないですし、若い女性が自分に近づくのを嫌っていらっしゃいます。見てください、牧野さんに対しても会った時にちょっと会釈をする程度で、あまりお話しにならないでしょう。このような男性はとてもスペックの高い人ですけど、誰かを愛したらその人だけに一途です。内海さん、お姉さんの結婚が失敗したからといって、自分の結婚まで不安になる必要はないと思いますよ。愛というものは、やはり美しいものだと思います。結婚だって、幸せになれるものなんですよ。みんながみんな結婚してお姉さんのような結婚生活を送るわけではありませんでしょう。私は以前、結城さんの一番下の弟さんのベビーシッターをしていました。彼の家でもう何年も働かせてもらって、結城家の家風はとても良いということをよく知ってるんです。結城さんのご両親世代は愛や結婚というものに対してとても真剣に受け止めていらっしゃいます。とても責任感の強い方々ですよ。結婚したら、一生奥さんに誠実でいます。結城さんもそのようなご家庭で育ってらっしゃったから、責任感のあって、誠実な結婚というものをたくさん見て来られたでしょうし、彼自身も一途な愛を持っていることでしょう。今後、内海さんが結城さんと何かわだかまりができるようなことがあったり、結城さんが内海さんに何か隠し事をしていて、それが発覚したりした時には、しっかりと彼と話し合ってみてください。立場を逆にして、相手の立場に立ってみれば、それぞれの人にはその決断をした理由というものがあるんですから」唯花は理仁のあのプライドが高い様子を思い出し、確かに佐々木俊介よりも信頼できるだろうと思った。それに、結婚当初、彼女に何か困ったことがあった時に、彼女と理仁は一切の感情を持っていなかったが、彼はいつも彼女のために奔走して解決してくれた。今までのことを思い返してみれば、理仁が俊介よりも責任感が強いということがすぐ見て取れた。そして、唯花は言った。
夜十時半、唯花はやっと姉の家から自分の家に帰ってきた。玄関のドアを開けると、部屋の中は真っ暗だった。おばあさんは家にいないのだろうか?それとも、もう寝てしまったのか?唯花は部屋に入った後、明りをつけて玄関のドアを閉め、内鍵をかけた。そして少し考えた後、またドアを開け理仁のベランダ用スリッパを玄関の前に置いておいた。人にこの家には男がいるのだと主張するためだ。そうしておいたほうが安全だ。「内海さん、おかえりなさい」この時、清水が玄関の音が聞こえて、部屋から出てきた。唯花は「ええ」と答えて彼女に尋ねた。「おばあちゃんはもう寝ましたか?」「おばあさんはお帰りになりましたよ。お孫さんが迎えに来たんです。おばあさんは内海さんが今晩お戻りにならないかと思って、明日お話するよう言付かっていたんですが」唯花は驚いた。「おばあちゃん、家に帰っちゃったんですか?」清水は言った。「おばあさんが当初、ここに引っ越して内海さんたちと一緒に住むのは、息子さんと喧嘩したからだとおっしゃっていました。今、お二人は仲直りしたそうで、また家にお戻りになったようですよ」清水はおばあさんが神崎家にばれてしまうかもしれないと考え、先に自分の家に帰ったのだろうと思っていた。結城家の若奥様は神崎詩乃の姪であると証明されたのだから、今後、神崎家との関わりは多くなっていくことだろう。若旦那様が自分の正体を明かしていないので、おばあさんは神崎家を避けておく必要があるのだ。だから、おばあさんはさっさと姿をくらましたのだ。唯花は「そうですか」とひとこと返事した。彼女はおばあさんが彼女と一緒に住んでいて楽しそうにしていたので、こんなに早く自分の家に帰ってしまうとは思っていなかった。「内海さんは、伯母様のお家にお泊りにならなかったんですね?」唯花はソファのほうへ歩いて行き、腰を下ろして言った。「神崎家には行かなかったんです。佐々木家の母親と娘がまたお姉ちゃんのところに騒ぎに来て、警察署に行ってたんです。だから伯母さんの家には行かないで、明後日の週末、休みになってからまた行こうって話になって」それを聞いて清水は心配そうに尋ねた。「お姉さんは大丈夫ですか?佐々木家がどうしてまたお姉さんのところに?もう離婚したというのに」「姉が前住んでいた家の内装
俊介が母親を抱き起こすと、今度は姉のほうが床に崩れ落ち、彼はまたその姉を抱き起こして本当に困っていた。もう二度と唯月に迷惑をかけるなと二人には釘を刺していたというのに、この二人は全く聞く耳を持たず、どうしても唯月のところに騒ぎに行きたがる。ここまでの騒ぎにして彼も相当頭が痛かった。どうして少しも彼に穏やかな日々を過ごさせてくれないのか?彼は今仕事がうまく行っておらず、本当に頭の中がショートしてしまいそうなくらい忙しいのだ。仕事を中断してここまでやって来て、社長の怒りはもう頂点に達している。俊介は家族がこのように迷惑をかけ続けるというなら、唯月に二千万以上出してまで守った仕事を、家族の手によって失いかねない。陽はこんな場面にかなり驚いているのだろう。両手で母親の首にしっかりと抱きつき、自分の祖母と伯母には見向きもしなかった。そんな彼の目にちょうど映ったのが東隼翔だった。隼翔はこの時、唯月の後ろに立っていて、陽が自分の顔を母親の肩に乗っけた時に目線を前に向けると隼翔と目が合ったのだ。隼翔の陽に対する印象はとても深かった。彼はすごく荒っぽく豪快な性格の持ち主だが、実はとても子供好きだった。陽の無邪気な様子がとても可愛いと思っていた。彼は陽の頭をなでなでしようと手を伸ばしたが、陽がそれに驚いて「ママ、ママ」と呼んだ。隼翔が伸ばしたその手は気まずそうに空中で止まってしまっていて、唯月が息子をなだめた時にそれに気がついた。「お、俺はただ、お子さんがとても可愛いと思って、ちょっと頭を撫でようとしただけだ。しかし、彼は俺にビビッてしまったようだが」隼翔は行き場のない気まずいその手を引っ込めて、釈明した。唯月は息子をなだめて言った。「陽ちゃん、この方は東お兄さんよ、お兄さんは悪い人じゃないの、安心して」それでも陽はまだ怖がっていて、隼翔を見ないように唯花のほうに手を伸ばして抱っこをおねだりしようと、急いで彼女を呼んだ。「おばたん、だっこ、おばたん、だっこ」そして、唯花は急いで彼を抱きかかえた。唯月は申し訳なくなって、隼翔に言った。「東社長、陽は最近ちょっと精神的なショックを受けたので、あまり親しくない人は誰でも怖がってしまうんです」隼翔は小さな子供のことだから、特に気にせず「いいんだ。俺がお子さんを怖がらせてしまった
「母さん」俊介が警察署に駆けつけた時、母親が椅子から崩れ落ちているのを見て、すぐにやって来て彼女を支え起き上がらせようとした。しかし、母親はしっかり立てずに足はぶるぶる震えていた。「母さん、一体どうしたんだよ?」俊介は椅子を整えて、母親を支え座らせた。この時、彼の母親が唯月を見つめる目つきは、複雑で何を考えているのかよくわからなかった。それから姉の表情を見てみると、驚き絶句した様子で、顔色は青くなっていった。「おば様、大丈夫ですか?」俊介と一緒に莉奈も来ていて、彼女は心配そうに佐々木母にひとこと尋ねた。そして、また唯月のほうを見て、何か言いたげな様子だった。離婚したからといって、このように元義母を驚かすべきではないだろうと思っているのだ。しかし、姫華を見て莉奈は驚き、自分の見間違いかと目を疑った。彼女は神崎夫人たちとは面識がなかったが、神崎姫華が結城社長を追いかけていることはみんなが知っていることで、ネットでも大騒ぎになっていたから、莉奈は彼女のことを知っていたのだ。その時、彼女は姫華が結城社長を追いかけることができる立場にある人間だから、とても羨ましく思っていたのだ。「神崎お嬢様ですか?」莉奈は探るように尋ねた。姫華は顎をくいっとあげて上から目線で「あんた誰よ?」と言った。「神崎さん、本当にあの神崎お嬢様なんですね。私は成瀬莉奈と言います。スカイ電機の佐々木部長の秘書をしています」莉奈はとても興奮して自分の名刺を取り出し、姫華にさし出した。姫華はそれを受け取らず、嫌味な言い方でこう言った。「なるほど、あなたが唯月さんの結婚をぶち壊しなさった、あの不倫相手ね。それ、いらないわ。私はちゃんとした人間の名刺しか受け取らないの。女狐の名刺なんかいやらしすぎて、不愉快ったらありゃしないわ」莉奈「……」彼女の顔は恥ずかしくて赤くなり、それからまた血の気が引いていった。そして悔しそうに名刺をさし出した手を引っ込めた。俊介は母親と姉がひとこともしゃべらず、また唯月と姉が傷だらけになっているのを見て、二人がまた喧嘩したのだとわかった。見るからに、やはり母親と姉が先に手を出したらしく、彼は急いで唯月に謝った。「唯月、すまん。うちの母さんと姉さんが何をしたかはわからないが、俺が代わって謝罪するよ。本当に
神崎詩乃は冷ややかな声で言った。「あなた達、私の姪をこんな姿にさせておいて、ただひとこと謝れば済むとでも思っているの?私たちは謝罪など受け取りません。あなた達はやり過ぎたわ、人を馬鹿にするにも程があるわね」彼女はまた警察に言った。「すみませんが、私たちは彼女たちの謝罪は受け取りません。傷害罪として処理していただいて結構です。しかし、賠償はしっかりとしてもらいます」佐々木親子は留置処分になるだけでなく、唯月の怪我の治療費や精神的な傷を負わせた賠償も支払う必要がある。あんなに多くの人の目の前で唯月を殴って侮辱し、彼女の名誉を傷つけたのだ。だから精神的な傷を負わせたその賠償を払って当然だ。詩乃が唯月を姪と呼んだので、隼翔はとても驚いて神崎夫人を見つめた。佐々木母はそれで驚き、神崎詩乃に尋ねた。「あなたが唯月の伯母様ですか?一体いつ唯月にあなたのような伯母ができたって言うんですか?」唯月の母方の家族は血の繋がりがない。だから十五年前にはこの姉妹と完全に連絡を途絶えている。唯月が佐々木家に嫁ぐ時、彼女の家族はただ唯花という妹だけで、内海家も彼女たちの母方の親族も全く顔を出さなかった。しかし、内海家は六百万の結納金をよこせと言ってきたのだった。それを唯月が制止し、佐々木家には内海家に結納金を渡さないようにさせたのだ。その後、唯月とおじいさん達は全く付き合いをしていなかった。佐々木親子は唯月には家族や親族からの支えがなく、ただ一人だけいる妹など眼中にもなかった。この時、突然見るからに富豪の貴婦人が表れ、唯月を自分の姪だと言ってきたのだった。佐々木母は我慢できずさらに尋ねようとした。一体この金持ちであろう夫人が本当に唯月の母方の親戚なのか確かめたかったのだ。どうして以前、一度も唯月から聞かされなかったのだろうか?唯月の母方の親族たちは、確か貧乏だったはずだ。詩乃は横目で佐々木母を睨みつけ、唯月の手を取り、つらそうに彼女の傷ついた顔を優しく触った。そして非常に苦しそうに言った。「唯月ちゃん、私と唯花ちゃんがしたDNA鑑定の結果が出たのよ。私たちは血縁関係があるのあなた達姉妹は、私の妹の娘たちなの。だから私はあなた達の伯母よ。私のこの姪をこのような姿にさせて、ひとことごめんで済まそうですって?」詩乃はまた佐々木親子を睨