「琴音ちゃんが何か困ったことがあったら、助けてあげなさい。私と樋口さんは長年の親友なのよ。かれこれもう二十年近くは実際に会っていないけど、ずっと絶やさず連絡は取り合っていたのよ」美乃里が琴音と隼翔の仲を深めさせたいと思っているのはすぐにわかった。琴音も隼翔に対して全く恐れる様子を見せなかった。彼女からしてみれば、隼翔のその顔の傷は確かに見た目的には怖かったが、手術でその傷跡を綺麗に消してもらえば、元のイケメンに戻るのだから。その傷さえなければ、彼はかなり容姿端麗だ。青春時代の若かりし頃には、誰だって衝動的にやらかしてしまうことくらいあるだろう?彼女も昔は刺青を体に入れていたのだ。「母さん、俺は忙しいんだ」隼翔は淡々とした口調で言った。「もし樋口さんの手伝いになるようなことがあれば、俺も手配することはできる。だが、本当に樋口さんと一緒に市内を回るような時間はないんだ。母さんは毎日家にいて暇してるだろう。自分で樋口さんを連れて街中をぶらついてこればいいじゃないか」隼翔はそう言いながら琴音のほうを向いて申し訳なさそうに「樋口さん、俺、本当に忙しくて」と言った。「明日は日曜日でしょ?仕事があるわけ?」「理仁が明日はあいつんちでバーベキューでもしようって」隼翔は適当に嘘をついておいた。「だったら、ちょうどいいじゃない、琴音ちゃんを連れて行ったら、同年代で集まって話も盛り上がるでしょうし。お母さんはもう年だから、あなた達若者とは話す話題がないわ」隼翔は淡々と言った。「俺たちは琴ヶ丘邸に行くんだ。理仁の性格、母さんだって知ってるだろ。あいつが同意してなければ、俺たち招待された客は若い女性を連れて行ったりしたらいけないんだって」美乃里「……」理仁は今奥さんがいるのに、まだそんなことを言っているのか?美乃里はこの時、息子が理仁を出してきて、面倒事を避けようとしているのではないかとかなり疑っていた。「おば様、いいんです。私、おば様と一緒に行きたいです。隼翔さんはご用事があるみたいですし」琴音は物分かりよくそう言った。そして彼女はこっそりと美乃里の服を引っ張り、もう隼翔に無理を言わないようにその動作で示した。「母さん、食事を始めていいか?お腹空いててさ」隼翔は話題を変えた。美乃里は急いで使用人に言
隼翔も唯月には、今彼の人脈など借りる必要はないことはわかっている。彼女たちには神崎家に結城家までついているのだから。彼は少し黙ってから言った。「じゃあ、頑張ってくれ。俺は帰るよ。母さんから催促の電話をされると面倒だしな」「ええ、東社長、それではまた」唯月は隼翔を見送った。隼翔は俊介の車のほうを見て唯月に尋ねた。「あれは君の元夫の車かな?」「あの車から降りてきたのを見ましたから、きっと新車なんでしょうね」妻を新しく変えたから、車も一緒に変えたのか。もし理仁が俊介に裏で手を回していなかったら、俊介は今頃意気揚々と暮らしていたことだろう。金もあり、新しい妻に新車まで……隼翔は本気で俊介の車の傍を通り過ぎる時に、タイヤに穴でも開けてしまいたい衝動に駆られていた。しかし、タイヤがパンクしてしまえば、ここから動けなくなってしまうだろう。そうすると唯月の店で夕食を食べる流れに持っていきそうだから、隼翔は最終的にそうするのはやめておいた。「今後奴ら一家がまた君に嫌がらせをしてきたら、俺の会社は近いし電話をかけてくれ。すぐに人を寄越してそいつらをどうにかしよう。君たちここら辺の店は全部俺が貸主だからな、これも自分の顧客を守るためであるわけだし」隼翔は全く下心などない堂々とした口調でそう言った。完全にテナントの借主のためであるといった感じだった。唯月は笑って言った。「ありがとうございます、東社長。この前、社長が人を寄越して元義母と義姉の二人を追い出してくれたおかげで、ここ数日は姿を現していないんです」恐らく俊介もあの最低な姉を追い出してしまったのだろう。隼翔は唯月に見送られる中、車に乗り込み、すぐに車を出して去っていった。東家の邸宅に到着すると、敷地内の駐車場には一台の見慣れない車が止まっていた。彼は車を降りると、出迎えの使用人に尋ねた。「あの車は誰のだ?」「樋口お嬢様のお車でございます」「樋口?」隼翔は眉をひそめた。東家と付き合いのある家に、樋口という名前の家があっただろうか?「奥様のご友人の娘さんです。B市からいらっしゃったそうです。星城にはご用事で来られたのでしょう。奥様がその知らせを聞いて、こちらにお招きしたのです」使用人のその説明が隼翔に警戒心を持たせた。彼の母親はつまりお見合いの場を設けたのではない
唯月も離婚したことは全く後悔していない。隼翔は眉をひそめた。「だったら、あの男はどうしていつもいつもこの店にやって来るんだ?あの人間のクズが、以前君にどんなことをしたか、一度目撃しただけでも殴ってやりたくなるよ。君の代わりに憂さ晴らしをしてやりたいね」「あの人は陽を利用して、私と彼らにあるわだかまりをどうにかしたいと思ってるんですよ」隼翔は少し考えて言った。「つまりあいつは、理仁にお願いして許してもらいたいってことか?いつまでもあの男を許さず、一家揃って失業中で貯金を使い果たした時、あの新婚の夫婦は仲の良いままいられるかね?」一緒に貧乏な生活を長く共にしていたら、何もうまくいかないものである。俊介と莉奈のその貧しい生活はまだまだ先だ。「君はここに店を構えたんだからどこにも行けないな。だけど、どこかに引っ越す必要などない。君が少しずつ商売を成功させて、将来、巨大ホテルの女社長になり、億万長者になるのをあいつらに見せつけてやればいいさ」唯月は笑って言った。「私も将来はホテルを経営してお金が稼げたらいいと思っていますけど、まずはこの店の商売が軌道に乗るかどうか見てみないことにはなんとも。今の目標は、店を開くのに使ったコストを回収することです。そして、それからチェーン展開するのが目標なんです」彼女の人生の目標は自分の店をどんどん大きくしていって、将来大きなホテルを経営し、飲食業界に新風を巻き起こすことだった。「離婚した時に佐々木家とは今後二度と関わらないと思っていたんですけど、元義母がある日私を付けてきて、ここで店を出すことを知られたんです。それに、どこに部屋を借りているかも知られてしまったから、彼らを振り払うことができなくなってしまって。考えてみれば、陽の存在があるから、完全に関係を断ち切ってしまうことってできないんですよね。どちらにせよ、もう二度とあの人たちの好きなようにはさせませんよ。毎日のようにここへ来られても別にもう怖くもありませんし」隼翔は的を得た言葉を口にした。「あいつらは内海さんに金持ちの伯母がいて、妹さんは結城家の夫人となったことで後悔し始めたんだろうな。あいつらは自分たちの利益になるような美味い汁をすすろうとしているんだ。それに君が佐々木家から離れた後、一念発起し、充実した日々を過ごしていることも気に食わな
陽は父親を見つめて言った。「あの人はあずまおじたんだよ。あずまおじたんはママのことをいじめたりしないんだ」俊介「……陽はあの東おじさんがとても好きなのか?」陽は否定した。「別におじたんが好きなんじゃない。だけど、わるい人じゃないよ」東おじさんは良い人だ。それは紛れもない事実だから、陽が彼が好きかどうかということとは無関係な話だった。「陽、東おじさんは陽からママを奪おうとしているんだぞ。彼はこれからきっと悪い人になる。だから陽がやることは、おじさんとママが二人っきりになるのを邪魔することだ。ママとおじさんがデートにでも行こうとしたら、お前は泣き喚いて阻止するんだぞ、わかったな?」陽は理仁おじさんが怒った時に見せる眉をしかめる表情を真似して、大きな声で強調した。「おずまおじたんは、ひなたのこと好きなんだよ。おじたんはママから僕のこと取りたいんだよ。僕からママを取ろうとしてるんじゃないよ!おじたんはお顔が怖いから僕は好きじゃないけど、わるい人なんかじゃないもん!ママはおじたんといっしょにお出かけしたことないよ。いつもおじたんが来たときは、僕にかざぐるまをくれるんだ。僕、かざぐるま好きじゃないけど」東おじさんはどうして他のおもちゃを買うという選択肢を持っていないのか。俊介「……」俊介は立ち止まり、息子をじっと見つめた。離婚する時、陽はこんなに口が達者ではなかった。あれからたった数カ月しか経っていないのに、この時の陽はうまく話せるだけでなく、筋道を立てた話し方がはっきりとできるようになっていた。息子はとても賢いじゃないか!「陽、お前はまだ小さいから大人の事情がよくわからないんだよ。つまり、東おじさんはママに対して下心っていうものがあるんだよ。彼はわざとお前に好かれようとしてるんだ。あいつは陽をターゲットにしてるように見せかけて、実はママを狙ってるんだよ。陽、最近ママがどんどん綺麗になっていくと思わないか?おじさんはな、ママのそんな美しさに惑わされて、毎日のようにママに会いに来ているんだ。お前はあいつがそれをカモフラージュするために利用されているにすぎないんだ」それに対して陽は「ママはずぅっと、とっても綺麗だもん」とその言葉をはね返した。子供の中では、母親というのは世界で一番美しい存在なのだ。「うんうん、そうそう。ママ
この時、東隼翔が仕事を終えて通りかかり、ちょうど俊介が陽を連れて店の中から出てくるのを目撃していた。彼は、あのクズ男がやって来て陽を連れ去るつもりだと勘違いし、急いでまんぷく亭の前に車を止めた。「陽君」隼翔は車を止めると、素早く車から降りてきて、大股で俊介のところまで近づいてきた。俊介は突然の出来事に反応することができず、抱いていた息子を隼翔に奪われてしまった。隼翔は陽の奪還に成功すると、俊介に蹴りを入れ、その衝撃で俊介は後ろに数歩よろけてしまい、最後には店の前にある段差のところに尻もちをついてしまった。俊介は非常に驚いた様子で隼翔を見ていた。この東とかいう男は、何をしてくれてんだ?息子を奪ったあげく、蹴りまで入れるとはどういうことだよ!「失せろ!また陽君を連れ去り、内海さんをいじめようっていうのなら、後悔させてやるからな!」俊介「……」「パパ」陽はひとこと父親を呼び、下に降りようともがいていた。俊介は起き上がって説明した。「東社長、誤解ですよ。俺は陽を連れ去りに来てもいないし、唯月をいじめてもいない。ただ、陽に会いに来ただけです。陽が公園で遊びたいと言うので今から連れていって遊ぶだけですって」隼翔は俊介を睨みつけ、明らかにその言葉を信じていないようだった。隼翔は陽を抱いたまま店の中に入っていった。「内海さん」彼は店に入ると高く大きな声で唯月を呼んだ。ああ、彼は相変わらず荒っぽい感じの話し方だ。「あのクズ男が君に嫌がらせに来たんじゃないか?陽君を連れ去る気なんだろう?」佐々木家は以前、陽をさらっていった前科がある。唯月は奥のキッチンから出てきて、隼翔が陽を抱っこしているのを見て、驚いてから言った。「東社長、いらっしゃったんですね。私があの人に陽を連れて公園で遊ぶように言ったんです」隼翔「……どうやら俺の誤解だったようだな」彼は陽を下におろし、俊介のほうを振り向いて言った。「わかった、陽君を連れて遊びに行ってきたらいい。さっきはそこまで強く蹴ってないから、問題ないだろう?」俊介は不機嫌そうに顔を暗くしていた。東隼翔のさっきの蹴りはかなり力が入ってたんだが?それで後ろによろけて、段差に尻もちをついてしまったんだから。しかし、俊介は隼翔に睨まれる中、ひとことも発することはできず
「でも、莉奈の家族たちは良くない。お前の妹みたいじゃないんだ。唯花は以前、家事をやってくれてたし、朝食を作って陽の世話もしてくれてたろ。前はいつ起きても三人分の朝食が用意してあったし、朝はそれを食べてすぐ会社に行くことができたんだ。今莉奈は朝早く起きて朝ごはんを作ってくれないんだ。しかも、俺が起きて彼女に作ってあげてるんだぞ。莉奈の家族は自分たちの都合の良いことばかりで、こっちの手伝いなんて何もしてくれないしな」唯月はそれを聞いて一気に腹を立てた。「あんたは唯花をタダで使える家政婦だと思ってただけでしょ。去年私たちが喧嘩になった原因はなんだったか覚えてんの?あんたはね、妹がタダでうちに住んで飲み食いしてるって言ったのよ。一カ月に唯花が家に入れてた五、六万ぽっちの食費なんて意味ないって。それが今無料で家政婦をやってくれる人がいなくなったから、うちの妹はよくやってくれてたって言うわけ?佐々木俊介、言っときますけど、あの子は私のためじゃなければ、とっくの昔に私たちとは一緒に住んでいなかったのよ。まさかあの子が好きで給料のない家政婦をやってくれていたとでも思ってんの?彼女は完全にこの私という姉のためにやってくれていただけよ。だけど、姉である私は無力で、あの子を守ってあげられなかった。あの子はあんたに煙たがられて文句言われて、仕方なく私を安心させるために結婚して出ていったのよ。結婚する時、私たちは約束したはずよ。唯花が結婚することになったら、あの子に家を出ていってもらうって……もちろん、見方を変えれば、あんたに感謝するところもあるわ。もし、あんたがあんなふうに唯花のことを嫌って愚痴をこぼしていなければ、あの子も結城さんと結婚できていなかったんだからね。唯花があの結城家の人と結婚できたのには、あんたのおかげもあるってことね」俊介「……」これはかなりパンチの強い言葉だった。「唯月、昔のことを出してくるなよ」俊介は気まずそうに笑って言った。「あれはもう過ぎたことだろう」「あんたが先に昔のことを出してきたんでしょうが、佐々木俊介、陽と一緒にいたいんなら、この子を連れて遊びに出かけてきたらどうなの。近くにちょっとした公園があるわ。そこに陽を連れていって遊んできなさいよ。私はやることがあるから、あんたに構ってあげる暇はないのよ。あんたにここにい