倫が六年ぶりに帰ってきた日、ブーちゃんとマッチョが中心になって、夜にささやかな歓迎会を開いてくれた。
あの二人が電話を回したら、七、八人の男たちが第13区のあちこちから勢いよく駆けつけてきて、昔は倫の後ろをついて回って騒ぎ散らしていた連中も、今ではすっかり大人の顔をしている。
彼らは真砂菖悟(まさご しょうご)の家の庭にテーブルを二つ並べ、焼き物とビールを買い込んで円になって座った。
ブーちゃんはビールを仰いで文句を言った。
「今日は全員そろえなかったのが惜しいよ。竜太たちが来てたらもっと騒がしかったのにな」
倫が尋ねた。
「みんな、元気にしてる?」
マッチョは串から肉を引きはがしながら、口いっぱいにものを詰めたまま答える。
「元気だよ。竜太のやつは何年か前に第10区で働き始めたんだってさ。どっかの自動車工場らしいけど、汚れる仕事でも給料は悪くないみたい。金ためて嫁さんもらうんだってよ。あいつがあんなに働く気出すの初めて見たわ!」
「たぶん周りが結婚して子ども作りだして焦ってるだけだろ」
「お前らも人のこと言ってる場合?この仲間の中で結婚してないの、お前ら二人と竜太だけだぞ。そろそろ頑張れよ!」
「はっ、それがどうしたよ」
ブーちゃんは倫の首を抱き寄せた。
「倫さんだって独身だし、この人が急いでないのに俺らが焦る必要あるかってな、なあ倫さん!」
倫は一瞬だけ静止し、ビールを持つ手がわずかに強張る。
すぐに口元に笑みを作った。
「まあ、そうだな」
「お前らが倫さんと比べられるわけないだろ。あの人が本気で相手探したら絶対お前らより早いって。ブーちゃんとマッチョだもんね、ははは!」
「うるさいぞてめえ!」
倫は黙って、懐かしい仲間たちの顔を眺めた。
みんな昔のままの騒がしさなのに、もう子どもじゃない。
あどけなさの抜けた顔立ちで、大人の余裕さえ漂っている。
六年というのは、こんなにも長い時間なのだ。
「先生も一緒に食べましょうよ、何してんですか?」
マッチョが家の中へ向かって叫んだ。
「早く来ないと、ブーちゃんに肉全部食われますよ!」
「今いく」
菖悟は炒め物と切った果物をそれぞれ皿に盛って持ってきた。
テーブルには倫の隣に席が空けられていて、菖悟は自然な動作でそこに腰を下ろした。
「肉だけ食べてないで、野菜も食べなさい。飲みすぎるな。
酒混ぜるのもだめ。酔ったら帰れなくなるだろ」
菖悟は昔からの心配性で、席についた瞬間からあれこれ言い始める。だがこの場の全員、そんな彼に慣れきっていて、笑って返すだけだった。
倫も同じだ。
菖悟は彼らの「先生」であり、倫にとってはそれ以上――父であり兄のような存在だった。
幼い頃、行くあてもなくさまよっていた倫を拾い、食べさせ、読み書きを教えてくれた唯一の家族だった。
菖悟は一通り注意し終えると、どこからか小箱を取り出し、洗っておいたイチゴを倫の前に押し出した。
「これ、さっき買っておいたんだ」
倫がじっとイチゴを見つめて動かないと、菖悟はさらに言う。
「どうした、甘いよ」
ブーちゃんがすぐさま茶々を入れた。
「先生ずるいっすよ!なんで倫さんだけイチゴなんですか!」
「俺らはブドウしかないのに!」
文句を言いながらも、誰一人として倫の前のイチゴを奪おうとはしなかった。
第13区のイチゴはとても高いが、とても甘い。
毎年正月になると、菖悟は「年に一度だ」と言って一箱だけ買い、腹を空かせた子どもたちに一粒ずつ分けてくれた。
倫はそれが大好きで、一粒を大事に大事に味わった。
六年前、家を出るときにも菖悟は一箱買ってくれた。
大粒のイチゴが山のように積まれた箱だった。
でも倫は一つも食べないまま、それを失ってしまった。
押し込めてきた後悔が六年もの間ずっと胸に刺さっていた。
けれど今、ようやくその棘が抜けた気がした。
倫はひとつ手に取ってかじる。
記憶と同じ、とびきりの甘さだった。
うつむいて、一粒一粒を丁寧に、最後まで食べきった。
菖悟は隣で、それを見て微笑んでいた。
騒がしくて、少しみすぼらしい庭なのに、倫はまるで失われたものをようやく取り戻せたように感じた。
喉の奥に突然つかえが込み上げ、息が少し苦しくなった。涙の熱が目に張りつきそうになって、崩れる前に菖悟の肩に頭を預け、子どもの頃のように甘えた声で言った。
「ありがとう、父さん」
「その呼び方やめなさい」
「じゃあ、母さん」
その瞬間、テーブルが爆笑に包まれ、全員がつられて「母さん!」「父さん!」と菖悟を呼び始め、彼は頭を抱えた。
菖悟はため息をつき、倫の額を軽く弾く。
「ほら、君が帰ってきたせいでまたこれだ」
酒がまわり、全員がそれぞれ庭で倒れるように眠り始めた。
倫もたくさん飲み、帰り道の疲れもあって、テーブルに突っ伏して眠ってしまった。
菖悟は覚悟を決め、毛布を持ってひとりひとりにかけて回った。
倫の後ろに回り、かけものを肩にかけようとしたとき――ふと手が止まった。
倫の襟の裏から、小さな角が覗いていた。
嫌な予感が胸の奥でざわつく。
指先が震えながら、そっと襟をめくる。
そして、それを見て目を見開いた。
倫の後ろ首には、抑制シールが貼られていた。
それは、オメガだけが使うもの。
だが倫は......
倫は眠りが浅く、首筋に触れる違和感にすぐ反応した。
骨の奥から染みついた痛みの記憶が波のように全身に押し寄せ、反射的に後ろ首を押さえて立ち上がった。
その表情には、恐怖と怯えがむき出しだった。
まるで、その瞬間を何度も繰り返し経験してきたかのように。
それは、体が覚えてしまった反応だった。
菖悟の驚く視線とぶつかり、倫はようやく気づいた。
――もう帰ってきたんだ。
あの悪夢は、もう過去のものなんだ。
しかし、菖悟にはすべて見えてしまっていた。
帰ってきてから、倫がわざわざハイネックの服に着替えたのも、誰にも気づかれたくなかったからだ。
――特に、菖悟には。
「......」
菖悟は長く息を整え、倫の反応から何かを察したようだった。
震える唇をどうにか動かして、ようやく問いかける。
「これは......?倫、いったい何があった?どうして......」
倫はきつく歯を噛みしめ、どうしても口が開かなかった。
言えなかった。
ふと、菖悟の視線が倫の左手に落ちる。
無意識に見てしまったそこには、周囲より少し色の薄い輪――
それは、長く指輪をつけていた者にしか残る跡。
倫はそっと手を背中へ引っ込めた。
菖悟は喉仏を大きく上下させ、胸の奥から最悪の想像がせり上がる。
息が乱れ、立っているのもおぼつかない。
「倫が六年間ずっと都で働いてたって......あれ、嘘だったのか?」
倫は何も言わない。
目も合わせない。
その沈黙だけで、菖悟には十分だった。
問い詰めようとしたとき、視界の端に、地面に転がる泥酔した若者たちが映る。
ここでは話せない。
菖悟は焦りに任せて倫の腕を引き、庭の隅、フラワーウォールの陰に連れていった。
ここなら誰にも聞かれない。
「本当のことを言いなさい」
肩を掴む手が震える。
「市丹で、何があった?
答えてくれ、倫......頼む、私は......何も知らないままでいたくないんだ。
倫!」
長い沈黙のあと、倫の肩がわずかに落ちた。
――折れたように。
藤椅子に腰を下ろし、俯いたまま、後ろ首の抑制シールをそっと剥がす。
露わになった後頸部を見た瞬間、菖悟の瞳孔がきゅっと縮んだ。
そこはわずかに盛り上がり、赤く腫れていた。
ベータであるはずの倫の皮下に、アルファとオメガ特有のフェロモン分泌腺が育っている。
そしてその分泌腺の上には、幾重にも重なる深い噛み痕。
同じ場所を、何度も何度も、力任せに噛みついた跡だった。
皮下の分泌腺を引き裂く勢いで。
菖悟の膝が崩れ、倫の向かいの椅子に落ち込むように座り込む。
無言で見つめ合い、倫はまた静かに抑制シールを貼り戻す。
夜風が庭を撫でていく。
田の蛙の声が遠くで響き、街路樹がざわめき、蝉の声が神経を無遠慮に掻きむしる。
長い沈黙のあと、菖悟が口を開いた。
「誰に?」
「......」
倫は首を振った。
言わなかった。
菖悟は額を手で覆い、疲れ切った呼吸を吐く。
普通のベータなら、どれだけ噛まれようとマークされることはない。
フェロモンに反応する分泌腺を持たない以上、アルファにもオメガにも変わりようがない。
だが、倫は「普通」ではない。
倫の首には、幼い頃に萎縮したフェロモン分泌腺がある。
本来は成熟する前に枯れた、死んだ種のようなものだ。
どれだけ手を尽くしても、もう二度と芽吹くことはない――
はずだった。
だからこそ、噛み痕があれほど深いのも理解できた。
嚙んだ相手も、その事実を知っていたのだろう。
何度も失敗し、それでも執拗に、狂気のように噛み続けたのだ。
そして最終的に、力づくで成功させた。
そんなことができるのは、ただのアルファではない。
S級の、頂点に立つアルファ。
あるいは......もっと残酷な何かを使った可能性もある。
広い市丹で、それを割り出すのは不可能に近い。
倫が口を開かない限り、この秘密は菖悟ひとりの胸に沈むだけだ。
六年間、倫をひとりで苦しませたと知った瞬間、菖悟の胸は張り裂けそうに痛んだ。
倫を抱きしめた。
後ろ首に触れたくて手を伸ばすが、怖くて触れられず、拳を握って下ろした。
「帰ってきたのは......そのせいなのか?」
倫は肩に顔を埋めたまま、ゆっくり首を振った。
「ほかにもいろいろ......これは、その中のひとつ。
先生......このことは、誰にも言わないで」
菖悟は胸が裂けそうになりながら、背をゆっくり撫でる。
「わかった......誰にも言わないって約束するよ」
ベータの自分たちには匂いがわからない。
だから倫が帰ってきた瞬間、異変を感じ取れなかった。
菖悟は震える声で問う。
「......その相手は倫をマークしたのか?」
もしマークされていたなら、倫の人生は一生そのアルファに縛られる。
もう逃げられない。
倫にとって、それは屈辱以外の何物でもない。
だからこそ口を閉ざしているのだと菖悟は思った。
倫が望むなら、どれほど高額でもマーク除去手術を受けさせるつもりだった。
自由を奪わせるつもりなどない。
だが倫は言った。
「あの人は、俺をマークできない」
「え?」
「俺とあの人の適合率は、43.2%」
倫は笑った。
どこか清々しい声で。
「あの人、ほぼ完全に拒絶されている。俺のフェロモンを嗅ぐだけで、耐えられないほど痛む」
その言葉とともに、倫の指が菖悟の服の裾をきつく握りしめた。
目の奥に、長年押し殺してきた憎悪が渦巻いていた。
「あんな奴に......マークされてたまるか。汚らわしい」
あれほど執着し、歪んだ方法で追い詰めてきた弓弦の努力は結局、すべて無駄だった。
倫は確かに菖悟を騙していた。
六年間、市丹で働いていたわけではない。
結婚していたのだ。
六年前。
花もなく、祝福もなく、陽の目を見ることもできない。
誰にも知られない「式」を、弓弦と挙げた。
――もしあれを結婚式と呼べるなら、だが。
どこから語ればいいのかわからないほど、二人の過去は長い。
昔、二人の関係はこんな悲惨なものではなかった。
もし穏やかに別れていたなら、良い思い出として残っていたかもしれない。
だがその記憶はすべて、弓弦が仕組んだ「嘘」だった。
倫は、ただ一瞬の甘さに酔い、どうしようもなく溺れ、弄ばれただけだった。
最初から最後まですべて、彼の掌の上だったのだ。