LOGIN「爆弾」が爆発した。国中が一瞬にして騒然となった!市民の怒りは完全に燃え上がり、デモ活動をする一般人が街に溢れ、議会内部では激しい衝突が発生してしまった……。その国の政治上の戦争が、突然の地震のように、何の前触れもなく起こった。ニックスが部下から財務大臣のスキャンダルがもう解決したという報告を受けたばかりで、一息つく間もなく、特別なルートで他の国から緊急電話がかかってきた。彼女が電話に出ると、向こうからはその地区の責任者の恐怖で裏返った声が聞こえてきた。「ボス!もう終わりです!野党が我々の取引記録を全て掌握しました!今、国中が狂ったように騒いでいます!我々の全ての資産が緊急凍結されて、複数の秘密口座が差し押さえられました!」この知らせを聞いたニックスの頭の中は一瞬で真っ白になってしまった。彼女はもはや、これまでの冷静さを維持することができなかった。手にしていたコーヒーカップを彼女は床に強く叩きつけ、濃い茶色の液体と白いカップの破片があちこちへ飛び散った!「西嶋博人!」彼女は奥歯を噛みしめながらその名前を絞り出し、その目には激しい怒りと、自分自身さえも気づいていない、信じがたい恐怖の色が宿っていた。それは陽動作戦だった!この瞬間に至って、彼女はようやく気付いた。自分が完全に相手の巧妙に仕掛けられた罠に嵌っていたことを悟ったのだ。相手はまず恐ろしそうな爆弾をある小さな国に設置し、彼女に全ての注意力とコネを使わせてそれを解決させようとした。それから、彼女の見ていない間に、彼女の金庫として使っている他の国に直接火を放ったのだ!この一手は、全く容赦ないものだった!立花市の朝は快晴だった。未央は理玖を学校に送り、家に戻り、これから着替えてクリニックに行くところだった。携帯が鳴った。博人からのビデオ電話だった。彼女が電話に出ると、画面に博人の顔が映し出された。彼の後ろは日差しの降り注ぐバルコニーのようだ。その顔は清々しく、徹夜した後の疲れは微塵も感じられなかった。「未央、おはよう」彼女を見つめ、その目に笑みを浮かべてきた、「昨夜はよく眠れたか?」未央はうなずいた。「ええ、とてもよく眠れたわ」「それならよかった」博人の口調は何もないように淡々としていた。まるで日常の雑談をしているかのようだった。「あ
空が白み始めたところ。ニックスは仕立ての良い白いスーツを着て、無表情である巨大なスクリーンの前に立っていた。これは眠らぬ夜だった。スクリーンには、ぎっしりと並んだリアルタイムのデータとニュース記事のタイトルが絶えず更新されていく。「財務大臣スキャンダル」と「謎のKグループ」に関するネガティブな報道は殺しても殺しても湧いてくる寄生虫のように、彼女を苛立たせた。広報部長はクマのひどい顔で、冷や汗を流しながら報告していた。「ボス、使えるマスコミを全部使って、ひと晩をかけて十万以上の不利な投稿を削除しました。大手の新聞社にも状況を説明する記事を出させました」ニックスはブラックコーヒーを片手に、強引に沈められた記事のデータを一瞥し、冷ややかな笑みを浮ばせた。「稚拙なやり方ね。これで私を傷つけられると思って?」ホットコーヒーを一口含み、彼女は命令を下した。「状況を維持しなさい。それから、エコー新聞社の裏を徹底的に洗って。裏に何もないなんて信じないわ」同じ頃、虹陽市にて。西嶋グループ本社の最上階のオフィスもまだ電気がついたままだ。博人と敦はスクリーンに映るカラト広報チームの狂気のような反撃を見つめていた。掲げられたばかりの記事は、瞬く間に消し去られ、メディアへの支配力が凄まじいだった。敦は眉間にしわを寄せ、不安そうに言った。「やつの世論を操作する腕は本物だな。やっと燃えた火が、消されかけてるよ」だが博人は首を振った。椅子にもたれ、焦りどころかハンターのような自信の笑みを浮かべた。「焦るな」指先で机を軽く叩き、落ち着いたリズムを刻んでいた。「そもそも一発で奴を片付けられるとは、最初から思っちゃいないよ」敦を見つめる博人の瞳は、研ぎたてのナイフのように鋭かった。「あれはただのモグラだ。奴の注意力と集中力を奪うためのものだ」敦ははっとしたようだ。博人は続けて言った。「今、奴の広報に関する戦力はあの小さな国に集中してるんだ。今こそ二つ目の爆弾を投下する絶好のチャンスだぞ」彼はパソコンを自分に向け、パスワードつきのフォルダを開いた。そこには衝撃的な資料が入っていた。カラトが複雑な金融デリバティブを用いて、ここ数年にわたり国外の先物取引を密かに操作してきた完全な証拠だった。全ての取引、ダミー会社、資金の流れなど
博人は国外チームとのオンライン会議を終えたばかりで、顔には疲労の色がまだ残っている。腕時計に目をやり、まだ話し合っている敦たちにストップというジェスチャーをしながらこう言った。「十分くらい休憩だ。電話してくる」敦はすぐに合点がいったように、他の人たちに意味ありげにウインクした。「聞こえた?社長様が奥様に電話をかけるって言ったぞ。惚気聞きたくない奴なら今すぐ退避だ!」博人は静かな部屋の隅へ歩み、未央にビデオ電話をかけた。画面に彼女の顔が映ってきた。彼女も仕事を終えたばかりらしく、髪を緩くまとめていて、ゆったりした部屋着を着ている。その後ろの背景は立花市の自宅の書斎のようだ。彼女を見ると、一日の疲れもすっかり抜けていったような感じだった。博人の声は自然と柔らかくなった。「仕事終わった?」未央は彼の目元のクマを見て胸が締めつけられたようだったが、口に出したのは愚痴だった。「聞かなくても分かるでしょ?短期間で軌道に乗り始めたクリニックの仕事を他人に引き継ぐのがどれだけ大変かわかってる?プロジェクトの片付け、人事や財務の仕事も……頭が爆発しそうなの!」博人はその言葉を遮らず、ただ黙って幸せそうに聞いている。未央は発散できるところを見つけたように、家に関する小さな悩みを並べ立てた。「お父さんもお父さんで、どうしても大事に育てた蘭の花を全部まとめて持っていくって……愛理は歯が生えてきて夜泣きがひどかったし……」普段目にしない日常生活にある細やかな事だが、それを聞いた博人は胸がすこし詰まった。彼は真面目に詫びをした。「ごめん、未央。苦労かけて」未央は愚痴をこぼしたが、実は彼に甘えたいだけだった。謝罪の言葉を聞くと、すぐに胸が熱くなってきた。画面に映っている疲れの色がはっきり見える顔を見つめ、未央は話題を変えて、彼を詰問した。「あなたは?今日はちゃんとご飯食べた?」博人は思わず腹の胃の部分に手でおさえ、視線を逸らした。「……食べたよ」未央はすぐにそれを見破り、怒った口調で言った。「博人、嘘ついたら承知しないわよ。高橋さんは?彼に電話を代わって!」外で何でもできる社長様が、妻の前では、悪戯を見咎められた少年のようにうろたえた。その時、恐竜のパジャマを着た理玖が目を擦りながら、未央の隣に現れた。「ママ、寝られないよ。パ
博人と敦は、ビデオ通話で未央と林からの情報を分析し終わったばかりだった。席を立った博人は、カメラの前をゆっくりと歩きながら、目つきがさらに鋭くなった。「もうこれ以上待ってはいられない」低い声で彼は言った。「ニックスの魔の手は、すでに俺たちの家族のところまで伸びている。受け身ばかりで、また罠に嵌るだけだ。これからは、主導権を取らないとな」カメラの向こうの未央と隣の敦を見つめ、自分の計画を告げた。「俺がやりたいのは、ちょっとした嫌がらせじゃない。奴らが手いっぱいになるように、徹底的に叩き落すんだ。パンドラの箱の中身はまだ覚えてるだろう?カラトグループと世界各地の政治家が結託したスキャンダル……そろそろ、世間に見せてやる時が来たぞ」敦はその作戦に、目を輝かせた。「待ってたぜ!陰ですべてを操るなら、俺の手のものだぜ」未央は心理学の視点からまたいくつの点を補足した。「そうよね。ニックスのようなタイプは、自分が築いた秩序を最優先にするの。そこに亀裂が入れば、内部から崩れ始めるはずよ」博人は頷き、高橋に命じた。「今すぐ海外のエコー新聞社に連絡しろ、計画が始まるんだ」エコー新聞社は博人が密かに傘下に置く、海外の独立調査メディアなのだ。博人と敦は、パンドラの巨大なスキャンダルデータベースから、最初に爆発させる「爆弾」を選んだ。その狙いは、カラトが海外のある小さな国の財務大臣との秘密資金のやり取りだ。博人自らその編集部の指揮をとり、カラトを謎の多国籍の「Kグループ」と呼び、煽りの記事を書かせた。そのタイトルこうだ。【誰が我々の国を操っているのか――財務大臣背後の「幽霊株主」を暴く】国外の株式市場の取引が始まる一時間前、その記事がネットに載せられた。報道は稲妻のごとく、海外のビジネス界と政治界に衝撃を与えた。銀行の送金記録と密談の写真が掲載され、大手メディアが相次いでその記事を転載した。その国の株価は凄まじい勢いで下がっていった。カラトグループ本部にて。ニックスは、ネットで大炎上した記事を見ながら、顔を強張らせた。広報の責任者が震えながら報告していた。事態は抑えきれない上に、エコー新聞社の弱みも見つからなかったのだ。ニックスは彼の言葉を遮り、冷ややかに笑った。「西嶋博人の仕業ね」だが、彼女は全く慌てる様子
治療室には、向かい合わせに置かれたソファがふたつだけあった。少し殺風景で、どこか圧迫感のある空間だった。未央は静かに腰を落とし、患者の到着を待っていた。林は約束の時間通りに現れた。相変わらず、人を惹きつけるほどの弱々しい雰囲気を漂わせている。だが、その瞳の奥に、獲物が藻掻くのを見て楽しんでいるような、かすかな蔑みが宿っている。治療が始まると、未央はいつものように先に口を開き、彼女を誘導しなかった。逆に、ただ黙って、彼女を見つめ続けた。林はその静かさに戸惑い、仕方なく自ら口を開き、悲劇の主人公としての演技を続けた。涙をこぼしながら語りかける彼女の言葉を、未央は突然遮った。そして、全く関係のない問題を出した。「林さん、『三元孝』という人をご存じですか?」名前を聞いた瞬間、林の目が微かに見開いた。しかしすぐに平静を取り戻し、訝しげに首を振った。「知りませんよ。どなたでしょう?」未央は追及せず、ただテーブル上に置いたタブレットを彼女の方に向けた。画面には、「三元家事件」の報告書が表示されている。「三元孝、立花市の三元グループの社長です」未央の声は冷ややかに響いた。「子供の虐待と競争関係の他社を悪意を持って陥れた疑いで、二か月前に捕まり、その資産は全て凍結されて、すでに清算済みです」彼女は続けた。「彼には関係がかなり親密な女性がいた。順風満帆な頃は、彼が提供してくれた贅沢な生活を存分に味わっていた。しかし、彼が牢獄に入った途端、彼女も雲の上から転がり落ちてしまったようです」林の顔色が徐々に青ざめていった。その完璧な被害者の仮面に、ひびが入ったようだ。モニター室の博人、悠生、そして敦の三人は、息を殺して画面を見つめていた。今こそ、正念場だった。未央は画面を操作し、ある写真を拡大して林の前に差し出した。写真には、痩せ細った少年が専門のリハビリ施設で、恥ずかしそうに無邪気な笑みを浮かべている。「この子は彼の息子の勇太君ですよ」未央の声は外科手術のメスとなり、相手の偽装を精密に切り開いた。「あなたがお金を提供してくれる人を失って、この世界を恨んでいる間も、『道具』として扱われたこの子は、懸命に自分の人生を取り戻そうとしています」勇太の写真と未央の言葉に、林のメンタルはその瞬間に完全に崩壊してしまった!
未央は携帯を握りしめ、向こうから友谷教授のなつかしくも知性に満ちた声を聞き、驚きと喜びで声を弾ませた。「と……友谷先生?どうして……」電話の向こうから、博人の笑みを含んだ声が返ってきた。「誰かさんが一人で拗らせてるんじゃないかと思って、先生を呼んで診てもらうんだよ」未央はその気持ちに感動しながら、すぐにパソコンを開き、遠く虹陽にいる友谷教授と緊急のオンラインのスーパービジョンを始めた。彼女は林にまつわるすべての戸惑い、敗北感、そして自身の専門性への疑念を、この友人とも言えるような大先輩に包み隠さず言った。「先生、私の前にいるのは患者じゃなく、壁みたいなんです。どんなテクニックも通じなかったんですよ」画面に映った友谷教授は静かに真剣な顔でその話に耳を傾けている。未央が言い終わると、友谷教授は尋ねた。「未央さん、完璧な嘘と、穴だらけの真実と、どっちがもっと信じられる?」未央は本能に従いこう答えた。「……穴だらけの真実だと思います」「じゃあ、その林さんが見せてる被害者の像は、ちょっと……完璧すぎやしないか?」戸谷教授はゆっくり頷き、言葉を継いだ。その一言はまるで稲妻のように未央の思い込んだ考えを裂いてくれた。友谷教授はまた専門用語を投げかけてきた。「エージェントの世界には『心理プロファイリング』を逆にするという特殊訓練がある」彼は解説してくれた。「架空のペルソナを完全に自分に埋め込むというやり方なんだ。心理分析をされても、そこに現れるのは『その人』の真実だが、本人の真実じゃない」「つまり、彼女自身、もう自分が『林』という女であると信じきっているんですよね」未央は合点がいった。「そうだ」友谷教授は続けていった。「だから、通常手段では通じないのだろう。その完璧な設定に、唯一残された本当の亀裂を見つけ出すんだ」「本当の亀裂、とは?」未央は焦って問いかけた。友谷教授はスッと目を細めた。「どんな完璧な偽装も、人間の心の一番深いところに潜んだ本当の感情を完全に覆いきれないんだ。例えば……誰かへの切ない愛、或いは解けぬ恨み。その亀裂こそ、真の顔をこじ開ける秘密兵器だ」未央の脳裏に、初めて会った時、林から夫への依存と恨みがこんがらがっていた複雑な感情を感じたことを思い出した。それはまさに突破口なのだ!画面に映った