تسجيل الدخول「あれ、宗真くん。どこか出かけていたんですか?」「……」部屋から飛び出した美里は、邸宅内を歩く宗真と出会った。彼はどこか虚ろな目で、美里の呼びかけに返事をしなかった。聞こえていないのだろうか。そう思い、美里は彼をもう一度呼んだ。「宗真くん……?」「え、あ、美里さん……どうかした?」そこでようやく宗真は振り向いた。「さっきから呼んでたんですけど……ボーっとしてたんですか?」「ああ、そうみたいだ」宗真はアハハッと笑った。いつもの彼に戻ったようだ。さっきのは勘違いだったのか。美里は安心した。「最近研究ばっかりしてるからじゃないですか?少しくらい休まないと」「そうだな……美里さんにそう言われたら休むしかないな」「私に言われなくてもちゃんと休んでくださいよ!」二人は笑い合った。しばらくお互いの近況について話したあと、二人はそれぞれの部屋へ戻った。宗真は歩きながら額を手で押さえた。「……何だ?何だか頭がクラクラする……」彼はあの喫茶店を出てからというもの、謎の体調不良に襲われていた。頭の中がボーっとするような、不思議な感覚だった。こんなのは初めてだ。「昔、高熱を出したときもこんな症状は……」部屋に入った宗真は、倒れこむようにベッドに横になった。目を閉じる前から急激に眠気が彼を襲った。「やっぱり疲れてるんだ……ちょっと仮眠を取ろう……」最近睡眠時間が短くなっていた彼は、すぐに眠りにつくことができた。***「宗助、差し入れを持ってきたわよ」宗真が部屋で寝ていたちょうどその頃、美里は手作りのサンドイッチを手に、彼の書斎へ訪れていた。「美里」彼女の姿を見た彼は、作業をやめて立ち上がった。「お腹空いてると思って、間食を持ってきたの」「サンドイッチ……?」彼は美里が持っているサンドイッチを見て顔を青くした。「違う違う!フルーツサンドじゃないわ!普通の玉子サンドだから安心して!」「そうか、よかった」彼はその言葉にほっと胸をなでおろした。昨日のデートで美里は彼にホイップクリームたっぷりのフルーツサンドを食べさせた。そのことがトラウマになっているようだ。「俺はこの間のカフェで一生分の甘い物を食べた」「お、大げさよ……」美里は気まずそうに目を逸らした。彼女はサンドイッチのお皿をテーブルに置くと、ソファに座った。そして宗助は
美里と宗助の仲が変化していっているのは誰から見ても明白だった。当然美里も、自らの気持ちの変化に気付いている。回帰したばかりの頃は、絶対に婚約破棄してやると心に決めていた。だけど、今はよくわからない。「私は宗助から離れたいのかしら……」思い浮かぶのは、自身に向けられた彼の優しい笑み。今の彼となら、このまま結婚してしまってもいいのではないか。もしかすると、前世のようにならないのでは……?と美里は思い始めていた。部屋の中から窓の外を眺めていた美里は、ふいに後ろから抱きしめられた。いつもの柔軟剤の香りが鼻をくすぐった。「…………宗助?」彼女を後ろから抱きしめたのは宗助だった。抱かれたままの美里が首を動かすと、彼の顔が視界に入った。「どうしたのよ、急に」「何かなければハグしてはいけないのか?」宗助はすねたように言った。美里はそんな彼の腕にそっと手を添えた。「いいえ、そんなことはないわ」その言葉に、彼が美里を抱きしめる腕の力を強めた。美里は女性の中では背が高いほうだったが、それでも体格のいい宗助の腕の中にすっぽりとはまった。「愛してる、美里」「……何か最近やけに大胆ね」「俺がどれだけお前に本気なのか、行動で示さないとお前はわかってくれないだろう?」「……そうね」彼と初めてハグをしたあの日から、宗助は美里に対する接触を我慢しなくなった。不思議と、美里はそのことに対する不快感を感じなかった。「お前が俺を受け入れてくれる日まで続けるつもりだから」「宗助……」美里は彼の腕を掴むと、彼の腕の中からそっと抜け出した。宗助は驚いて彼女を見た。「美里……?」「仕事が残っているんでしょう?もう行きなさい」「美里……」宗助はショックを受けたような顔をした。しかし美里は彼を甘やかさなかった。何より、これ以上は危ないと彼女の中で警鐘が鳴っていたからだ。宗助は美里の本気度を知ると、渋々頷いた。「そうだな、仕方ないな……じゃあ最後に……」宗助は別れの挨拶とでもいうかのように美里の額にキスをした。羽根のように軽い口づけだったが、彼女を動揺させるには十分だった。「そ、宗助……!」「行ってくるよ、夜には戻ってくるから。寝ずに待ってろよ?」「……」美里は額を手で押さえながら、部屋を出て行く宗助を見送った。「最近、何だか彼にしてやられてる気がするわ……
翌朝。「……」宗助は小鳥の鳴き声を聞き、ゆっくりとベッドの上で目を開けた。部屋の窓からは太陽の光が差し込んでいた。ふと横に目を視線を向けると、美里が彼の隣ですやすやと寝息を立てていた。部屋にある時計を見ると、時刻は朝の六時だった。深夜に起きなかったのは久々だった。ここ最近ずっと例の夢のせいで眠れない日が続いていたから。「美里……」何だか不思議な気分だった。昨夜はいつもの夢を見ていたのに、何故だかぐっすりと眠ることができたのだ。彼は横で寝ている美里の髪の毛にそっと手を触れた。サラサラの黒い髪が彼の指をすり抜けた。美里は眠っていてもなお、とても美しかった。身体にそっと手を触れても起きる気配のないその姿は、まるで眠り姫のようだと彼は思った。目が覚めると彼女が隣で寝ているというこの状況が、宗助にとっては本当に幸せだった。この先ずっとこうであればいいのに、と思いながらも彼はベッドから起き上がった。***「……」美里は温もりに包まれながら目を開けた。「宗助……?」「起こしてしまったか」上半身をベッドから起こすと、近くの椅子に腰を掛けている宗助の姿が目に入った。そんな彼の手には仕事の書類が握られていた。仕事をしながら美里の傍にいたというのか。彼女は驚いた。宗助は仕事中、いつもの書斎から一歩も出てこないことが多かったからだ。そんな彼が別の部屋で作業をするのを、美里は初めて見た。「今何時……って、十時!?どうして起こしてくれなかったのよ!」美里が責めるような目を向けると、彼が小さく笑った。「気持ちよく寝てたから……起こすのも何だかもったいない気がして」「もう、宗助ったら……」今日がたまたま日曜日だったからよかったものの、平日ならとっくに寝坊だ。「次はちゃんと起こしてよね」「わかったわかった」寝顔をずっと見られていたなんて何だか恥ずかしい。美里は布団で顔を隠した。宗助はそんな彼女が愛しくて、頬に口付けを落とした。突然の行動に、美里の顔が真っ赤になる。「ちょ、ちょっと何するのよ!」「スキンシップだよ、婚約者としてこれくらいは当然だろ?」慌てふためく美里に、宗助はフッと笑みを深めた。これまでの二人からは信じられないくらい穏やかな朝だった。宗助はこんな平穏で幸せな日々が永遠に続きますように、と心の中で願った。***その日の
バスタオルを体に巻き付けた美里は、その姿のまま部屋へと戻った。裸にタオル一枚巻き付けただけの彼女は、とても色っぽく、男にとっては刺激が強すぎた。(何だか嫌なことを考えてしまったわね……今日は早く寝よう)浴室から繋がる部屋の扉を開けた美里は、思わず固まった。「……」「……」部屋に宗助の姿があったからだ。彼は仕事でいないと思っていた美里は、ソファに座ってこちらを見つめている宗助に驚愕した。(そ、宗助……いたの……!?)美里が泊まっているのは宗助の自室だ。彼がいたところで何もおかしくはない。そのとき、動揺した美里の身体を覆っていたバスタオルが床に落ちた。「あ」「……」彼女の裸体が宗助の前で露わになり、宗助の顔が真っ赤になった。彼の前で一糸まとわぬ姿を晒した美里の叫び声が、城田家に響き渡った。***「美里さん、何かあったのか!?さっきの声は一体……」「まさか侵入者!?」それからすぐに、邸にいた宗真と真奈美が宗助の部屋へ駆けつけた。服を着た美里が、慌てて首を横に振りながら弁明した。「い、いえ……何でもないんです……」「嘘おっしゃい!さっきの声はどう考えても……」「本当に何も無いんですってば!」十分以上にも渡る弁明の末、二人はようやく納得したようだった。宗真と真奈美が部屋へ戻ったあと、美里はさっきから一言も喋らない宗助に恐る恐る声をかけた。「そ、宗助……見た……わよね……?」「……何がだ」言わなくてもわかっているくせに。彼に裸を見られるのは今世では初めてだった。お互いに動揺するのは当然のことである。美里は必死で気持ちを落ち着かせた。大体宗助は美里と違って経験が無いというわけでもないのだ。女性の裸くらいなんとも思っていないにちがいない。そう言い聞かせた。「……綺麗だった」ポツリと呟いた彼の顔は、真っ赤に染まっていた。「やっぱり見てたんじゃない!」「お前こそ何をそんなに恥ずかしがっているんだ。いずれは訪れることだ」「……」彼の言葉に、美里は再び顔を赤くした。宗助の言っていることは正しかったけれど、そんな風に言われると恥ずかしい。美里は真っ赤な顔を隠すように彼に背を向けた。「今日はちょっと疲れちゃったみたいだから、いつもより早めに寝るわ」「……何をしている?」いつものベッドではなく、ソファで寝ようとする美里を、宗助
一度部屋へ戻った美里は、いつもより早めに入浴をしていた。 「城田家のお風呂はいつ見てもとっても大きいわね……」 丸い形をした大きな浴槽は、まるで高級ホテルの浴室のようだった。湯船に浸かった美里は、ふぅと息を吐いた。 今日一日ずっと宗助と一緒にいたせいか、一人でいる時間がずいぶんと気楽に感じられた。 前世ではあのように二人で過ごすことなどほとんどなかった。そのせいか、どうも慣れない。 「不思議だわ……前はあれほど冷たかった宗助が今は私に愛の言葉を囁いているなんて……」 夢を見ているようだった。宗助とは一年ほど夫婦として過ごしていたが、愛してるなんて当然言われたことが無かった。いつだって彼の愛の対象は今野萌子だったわけで。 美里は彼と萌子と過ごした大学時代を思い浮かべた。 『美里、紹介しよう。俺の恋人の萌子だ』 『よろしくお願いします、美里さん』 『……よろしくお願いします』 宗助に初めて萌子を紹介されたとき。美里はこんなにも綺麗な人がいるのかと驚いた。宗助の放った”恋人”という言葉に彼女は胸がチクリと痛んだ。 『美里さんは宗助の幼馴染だと聞きました』 『ええ、そうですね』 萌子は愛想良く美里に話しかけたが、彼女はそんな気分にはなれなかった。萌子は何一つ悪いことをしていないのに、彼女に対する醜い感情がこみ上げてくる。 そんな美里の気持ちに萌子は気付いていないようで、ただ優しく彼女に接していた。 『美里さんは彼氏さんはいらっしゃらないんですか?』 『か、彼氏ですか……?』 突然、萌子がそんなことを尋ねた。彼女の横にいた宗助の視線が、美里に向けられた。 二人の視線を受けた美里は、仕方なく口を開いた。 『いないですね……』 彼女の言葉に、萌子はわざとらしく驚いてみせた。 『あら、まぁ!こんなに美しいのにもったいない。宗助もそう思わない?』 『……そうだな』 彼は興味がなさそうに同意した。そしてすぐに隣にいた萌子に視線を移した。 『ねぇ宗助、あなたの友人の誰かを美里さんに紹介してあげたら?』 『な、何を……!』 萌子のとんでもない発言に、宗助は黙り込んだ。 『こんなに綺麗な美里さんにずっと彼氏がいないのはもったいないじゃない?』 そのとき、萌子がほんの一瞬チラリと美里に視線を向けた。鋭い視線に、僅かに上がった口角。”宗
それから数分後、トイレへ行っていた宗助が戻ってきた。「おかえりなさい、宗助」「あぁ」彼の顔色はさっきよりもだいぶマシになっていた。「そろそろ帰ろうか」「そうだな」宗助は頷き、二人はデパートを出た。時刻は六時近くになり、外は既に暗くなっていた。「冬だと日が暮れるのが早いわね……まだ六時も過ぎていないのに」「あぁ……」宗助はじっと暗くなった空を見つめていた。美里はそんな彼の横顔を見上げ、尋ねた。「宗助、もしかして夜が好きなの?」「いや、そんなことはない……ただ……」彼はそこで美里と視線を合わせた。ちょうどさっきまで見ていた夜の空を切り取ったかのような、真っ黒な瞳だった。「――お前のいない夜は寂しいんだ」「宗助……」「そんなこと考えたこともなかった」宗助の美里への想いはあの日からずっと深まるばかりだった。「夜はいつもお前の夢を見るし……朝になったら真っ先にお前に会いたくなる……こんなにも誰かを恋しく思うのは初めてなんだ」「……」真剣な愛の告白に、美里は何も言えなかった。前世の彼の冷たい姿が未だ鮮明に記憶に残っていたからだ。「帰ろう、美里」「……ええ、そうね」宗助は何も答えない美里を見てフッと笑うと、そのまま帰路についた。彼は彼女の気持ちを強要するつもりはないようだ。ただ、美里が受け入れてくれるまで待つ。少し前に彼が言った通りだった。美里は彼の真摯な告白に、胸が締め付けられる思いがした。***「おかえりなさい、宗助、美里さん」「ただいま戻りました」家に帰ると、社長夫人・真奈美が二人を出迎えた。デートに行っていた二人を、真奈美は嬉しそうに見つめた。「お出かけは楽しかった?」「はい」「そう、ならよかったわ」真奈美は機嫌が良いのか、終始ニコニコと微笑んでいた。「今日は疲れたので、ちょっと部屋で休むことにします」「あら、そうね。ゆっくりしなさい」「俺は残っている仕事を片付けてきます」宗助は書斎に、美里は彼の自室へそれぞれ向かった。***「兄貴、おかえり。帰ってたんだな」「……宗真」書斎へ行く途中、宗助は宗真とすれ違った。「美里さんとのデート、楽しかったか?」「まぁな」宗真は珍しく素直な宗助に驚きを隠せなかった。今なら聞きたいことを聞いても、正直に答えてくれるかもしれない。そう思った彼は慌てて口
美里と宗真は、すぐ傍の公園のベンチに並んで座った。お互いに口を開くことはなく、静寂があたりを包み込んだ。前世で義理の姉弟だったとはいえ、美里は宗真とあまり関わりがなかった。だからこそ、何を話せばいいか分からなかった。「宗助は……元気ですか」重い空気に耐えられなくなった美里は、適当に話を振った。宗真は何かを思いついたかのように彼女の方を向いた。「兄貴……そうだ、兄貴のことで美里さんに聞きたいことがあったんだ」「宗助のことで……ですか?」「――美里さん、兄貴と喧嘩でもしたのか?」「え、ど、どうしてですか……!?」「同窓会から帰ってきてからというもの、兄貴の様子が変なんだ」宗
「お父さん、お母さん!二人に感謝の気持ちを込めて、今日は私が朝食を作ったのよ!」「美里……」「あら、まぁ……」テーブルの上に並べられた栄養バランスの整った和食に、両親は驚いた。美里がこれほどまでに料理ができたということを二人はまるで知らなかった。「お前、料理なんてできたのか」「こ、こっそり練習してたのよ」前世、美里は宗助と結婚してから料理教室に通い、必死の思いで料理を習得した。宗助は会食嫌いで有名だったが、美里の手料理だけはよく食べていた。美里はそのことが嬉しくて、毎日のようにご飯を作っては彼の帰りを待っていた。忙しくて帰ってこない日もあったが、それでも美里は毎日必ず彼の晩
「婚約破棄……?何を言っているんだ……?」「宗助、あなたには悪いと思っている。だけどね、私たちが結婚しても幸せにはなれないと思うの」「幸せだと?急に何を言い出すんだ」「あなたは今でも今野萌子さんのことを想い続けている。そうでしょう?」「……」宗助は黙り込んだ。それがまさに肯定を意味していた。彼はしばらく黙り込んだ後、ゆっくりと口を開いた。「俺たちの結婚に愛なんてないのは当たり前だろ」「……!」胸がチクリと痛んだ。美里は宗助が自分を愛していなかったことを知っていたが、本人の口からハッキリと言われるのは辛かった。この結婚は宗助にとってはただの政略結婚にすぎなかったようだ。
「お父さん、お帰りなさい」「ただいま、美里」夜になり、美里の父親――永山政則(ながやままさのり)が帰ってきた。美里は母親には婚約破棄の件を伝えたが、父親にはまだ言っていなかった。美里に惜しみない愛情を注いでくれた父が婚約破棄を反対するとは思えないが、それでも話すのは勇気のいることだった。「お父さん、話があるの」「何だ?」机に鞄を置いた政則が、珍しく真剣な表情の娘に目をやった。彼は美里が何か大事な話をしようとしていることを察した。「私ね、宗助との婚約を破棄したいと思っているの」「……」政則は何も言わずにしばらく黙り込んだあと、表情を変えずに口を開いた。「……そうか、お前の







