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第十五話:地獄の晩餐会

last update Data de publicação: 2026-09-29 20:27:49

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「あ、あーっ、お料理、美味しいっ! ね!」

「ええ、とても。こういった香草を使用しない肉料理は、アリアメル方面では珍しいのですが――食べてみるものですね。美味しいです」

「ウィザ連合の料理にも興味湧いてきた! 要所要所が独特でオモシロイな! ビビちゃんはどの料理が印象に残った?」

「私はこの香草のスープがどうにも舌に合わなかった」

「でゅぇ!? ――そ、そっか……」

「確かにこの香草のスープは、舌触りからして独特ですね。あくまで習慣的な好みの問題で、合わない場合もあるかもしれません」

「そ、そぅだねぇ……。……ク、クインちゃんはー……」

「………………………………」

「ぁう……うぅ、と……」

「…………」

「…………」

「お、お料理、美味し……」

「ええ、とても……」

「…………」

「…………」

 カチャリ、カチャリ……。

 食器が立てる音が虚しく響く。会話を主導して盛り上げようと頑張っていたアズも、今やガックシと俯き、ただ食事を口に運んでいた。

 大勢で食卓を囲むと楽しいし、食事も美味しく頂ける。

 そんな話を噂じみた伝聞でんぶんとして耳に挟んだことのあるリプカであったが――今日このとき、初めてその機会に恵まれて感じたことは、『地獄のよう』だった。

 席にはフランシス、ミスティアを含めて、七人が食卓を囲んでいる。

 始まる前は、所用があっての離席でクララが参加しないことを残念に思っていたリプカだったが、この沈黙に満ちた恐怖の食卓、その有あり様さまを目にすると、むしろそれは、せめてもの幸さいわいであるように思えた。

 とてもじゃないが晩餐会とは呼べない凍りついた食卓には、必死で場を明るくしようとするアズの喋りと、あくまで冷静を失わないセラの、的確な受け答えだけがあった。

 他の面々は、基本、無言。

 ビビはこんな場でも我関せずと、マイペースに食事を進めている。

 ティアドラは興味深げに、食卓の面々を観察していた。

 ミスティアは、場の空気にすっかり恐怖し、セラの隣で縮こまっている。

 そして、この地獄のような、重い沈黙の元凶――。

「……………………」

 ――クインは、死んだように光彩の失せた瞳で空虚を見つめながら、葬儀でも浮かべぬであろう闇を纏って、静かに、機械的に、食事を進めていた。

 周りの全方位に、オマエラシネ、という念が内包された負を発散している。それは敵意ですらない、ただ世を憎む、純粋な怨念。諦観と憎悪――最後の晩餐を迎えるかのような表情で、席に付いていた。

 そんなクインを。

 身も凍るような微笑を浮かべて観察するフランシス。

 どうして、底知れぬ者が浮かべる微笑には、神を目前にしたが如きの、耐え難い恐怖が宿るのか――ミスティアが怯えている理由の大半が、【鬼女】と呼ばれた女が浮かべるその、人を圧殺する冷笑にあった。

 ギブ。

 隣でアズが小さくそう呟くのを、リプカは聞いた。

 この子がこの表情をする以上、何・か・あ・る・。

 早々にこの食事会を諦めていたリプカは、地獄の空気感が張り詰める場へ皆を招待してしまったことに、申し訳ない気持ちを抱いていたが……。

 ただ、今後に意味を創つくるなにかしらが始まろうとしていることを感じ取っていた閻魔女帝の姉は、適当に食事を勧めながら、今は冷静を備えて、フランシスの出かたを窺うかがっていた。

「――さて」

 ――ついに、その閻魔女帝が声を上げた。

 クインの身が小さくビクリと跳ねたのをリプカは見た。

「クイン。クイン・オルエヴィア・ディストウォール」

 フランシスは、話に勿体もったいを付けることはせず、ただ端的に本題を挙げて言及に入った。

「お前、なぜ私の前に現れなかった?」

「「「「「「…………?」」」」」」

 その問い掛けの意味を測りかね、他の六名は内心で首を傾げたが――。

 クインだけは、手にぎゅっと力を込め、腹立たしさの感情も混じる、苦渋に満ちた表情を浮かべた。

(………? なぜ私の前に現れなかったのか……?)

 考えてみたが、やはりリプカにも、その意味は分からない。

 なんの話だろうか?

 フランシスは拳を握り締めるクインへ「はっ」と蔑むような笑みを向け、続きを語った。

「もはや瓦解がかいの一途いっとを辿りつつあるオルエヴィア連合。その敗戦の責を擦り付けられたディストウォール領域。そしてディストウォール領域の反乱を恐れた残党が、縁談に託かこつけ、人質としてお前をここに寄こした。わざわざ私が、それについての話をつけにオルエヴィア連合まで出向いたというのに、お前はそれを無下にしようというのか……? 正常な判断さえ失ったか? 国に戻りたくないというのなら話は別だが」

 ひゅっと、クインの口から息が漏れた。同時に、白みを帯び血管が浮くほど、拳に更なる力が加わる。

 リプカはハッとした。フランシスの言っていた、あのときは意味の解せなかったこと――。

『まあ、オルエヴィア連合が国の人質として、勝手に寄こしてきただけだけれど』

(そういう……意味だったのね)

 あんまりだと思ったのか、それとも他に思惑があったのか――おそらく、いや間違いなく後者だろう――フランシス自身が、それをどうにかするため、オルエヴィア連合に渡って、話をつけに行っていたということのようだ。

(それはクイン様にとっても、悔しさはあろうが、利になる話であったはず……)

 彼女はなぜ、フランシスの指示に従わなかったのか……? 悔しさが勝った?

 …………いや、待って――。

 リプカの頭に、天啓てんけいのような予感が落ちようとしていた……。

 待って。

 あれ……?

 待つって――。

 待つ。

 待ってた……。

 その天啓がはっきりとした形を結ぶ、その前に。

 食卓に響く、地獄のように低い声があった。

「ふざけるな……」

 その低い声に、フランシスは恐ろしく冷徹な表情そのままに、首を傾げた。

「ふざけるな? やはり、くだらぬ悔しさが勝ったということか?」

 その罵りを聞いて、クインは堪え切れぬ怒りに震えたが――やがて、握り締めた拳をも脱力して、俯いた。

「どうした?」

 フランシスが問うても、答えは返ってこない。

 食卓に、再び沈黙が広まった。

 そして――フランシスがため息をついた、そのときである。

 小さな連続した息遣いが、無言の間に響き出した。

 よく聞けばそれは――嗚咽おえつの音であった。

「あ?」

 フランシスが顔を顰しかめてクインを見やると、クインはビクリと身を跳ねさせ、そして、震える声を上げた。

「もうやめてくれ……」

「は?」

「お前ら、お前ら……もうどうあっても、私を許すつもりなんて、ないんだろう……?」

 ぐきゅ、ふぎゅっ……。

 まるで小さな子供が泣くような嗚咽をあげながら、クインはぽたぽたと床に、瞳から溢れた滴を落とした。

 フランシスは本気で分からぬという表情で、ぽかんと、そんなクインを見やっていた。

 止まらぬ嗚咽で途切れがちになった声で、クインは一生懸命に言葉を紡つむいだ。

「私だっ……私だっ、て、それにっ、従おうと、したさ……。身を焼かれるような、腹が煮えくりかえる悔しさを、かみゅ、噛み殺して……ま、待った。けど――そしたら――」

「そしたら、お前の姉が――」

 フランシスを含める他の六名は、なんのことだか分からず、内心で首を傾げた。

 が――。

 ただ一人、当事者であるところの、件の姉は――。

(あ――)

『そこでなにをしているのですか? ……クイン様』

 木立の隙間に挟まるようにして、彼女は身を隠していた。

 隠す気もなく近付く足音に振り向いた彼女は、足音の主の姿を認めると、牙をむくように表情を険しくした。

 そんな彼女に、リプカは――。

『クイン様。確認致しますが、貴方様がここにいたのは、あともう僅かでここを訪れるであろうフランシスを待ち伏せし、害意がいいを及ぼすため――などではありませんよね?』

『――――ち、違う! 違う……!』

『ならよかったです。私の勘違いでした、ごめんなさい。――そう、しかし、今は国政的な理由の心配は、どうか捨ててください。私が貴方を許さないという、そのたった一つの事実にどうか注視してください。――失礼致しました。また来ます』

 ――人知を超えた暴力の圧によって彼女を恫喝し……い・ら・ぬ・釘・を・刺・し・た・……。

(――――ああああああああアアアアア!!)

 内心で絶叫を上げるリプカ。

(あのときの……あのときの、あれは――――ッ!)

「もうやめてくれ……。なんで、なんでこんな酷い目に合わなくちゃいけないんだ……。レヴァロドルマ領域がオルエヴィアの中枢であったはずなのに……どうして、私たちディストウォール領域の者が……全てを……。お前たちにも、いたぶるように虐められて……なんだよぅ、これぇ……。なんで、なんでぇ……」

(うわああああああああああ!! アアアアアアアアアアアア!)

 ぼろぼろと涙を流すクインを目の前に。

 リプカは髪をみょんみょん散らせて、呆けた表情をして宙を見つめながら、内心では頭を掴み激しくヘッドバンキングしていた。

 やらかし。

 自己評価の好感度すら急落する、最低のやらかし。

 フランシスの本気の圧に晒されることを不憫ふびんに思い、多少なりともそれを収めようと備える姿勢を取っていたが。

 蓋を開ければ、悪魔は自身であった。

 まるで喜劇。頭の中では大地を賛美する歌のように美しい旋律の、自身の愚かを称える罵りの歌唱が響き始めていた。

 〽まず見よ、己のその懐を。

 そこに道化の意味はある。

 愚かな者よ、省みよ、過去を。阿呆よ。

 嗚呼リプカ、道化よ、愚かの化身よ。

「お前ら……子子孫孫まで呪われろ……。レヴァロドルマ領域の恥知らず共も残らず……うっく……呪われてしまえ……。ふっ、ぎッ、んく……。許さない……」

(をおオオオオオオオオオオオ)

 まあ、あとから振り返れば、これはそ・こ・ま・で・の・や・ら・か・し・で・は・な・か・っ・た・の・だ・が・。

 真っ青な顔でガタリと椅子を鳴らし立ち上がり、驚く他の者に気を回す余裕もなく、リプカは周章狼狽しゅうしょうろうばいのていで、ぐちゃぐちゃの表情で呪詛じゅそを呟くクインのほうへ走り寄ったのだった。

「ク、クイン様。ど、どど……」

 言葉が上手く出てこず、自然と震える手で取ったハンカチーフでクインの涙を拭ったりなどしながら、リプカは過呼吸を繰り返した。

 クインは濁った瞳でそんなリプカを見つめて、口端だけで、死人のような笑みの形を作った。

「……なんだ? 優しいな、姉君。そうやって虚仮こけにするのは楽しいか? それとも、さすがに哀れになったか。ハ、笑え。自分の手で、切り開いた先の報いを与えることのできなかった、何の意味もない呪詛じゅそを呟くしかない、こんな女を……」

「ちが、チガっ……」

 心内で絶叫し続けながら、リプカも目の端に涙を浮かべて、ふるふると首を振った。

「どしたの? お姉さま」

 フランシスの場にそぐわない、軽い調子な問い掛けに、リプカはギギギと鈍く首をそちらに回した。

「あの、私、勘違いを……! フランシス、クイン様はあなたを待っていたの……。けれど、わ、私が、とんでもない勘違いで引き留めてしまって……ッ」

「あー」

 それで全てを理解したのか、フランシスは納得顔で頷いた。

「か――勘違い?」

 対してクインは、呆けた声で呟き、茫然の顔をリプカへ向けた。

「は……?」

「そ、その、その――本気で、フランシスに害意を向けようとしている可能性を憂慮ゆうりょした、あれは、とんでもない早計でしたの……。も、申し訳ございませんッ!」

 ガバチョ、と頭を下げるリプカを、クインは変わらぬ茫然の表情で見つめて。

 ゆっくり、視線をフランシスのほうへ向けた。

 フランシスは、にっぱりとした笑顔を浮かべて。

 明るい声色で、クインへ告げた。

「だって。あー、そういうことだったかー。まーでも人質同然の軟禁状態にありながら、勘違いされる行動を取った貴方が悪いね。考えが足りなかったね。あ、貴方を国へ戻すための意向を書き記した書状は、否定の否で送っちゃったから。白紙の白紙。まー実は、最初から貴方の酌量余地は望めそうになかったから、変わんない変わんない。まあそういうことだから」

 それを聞いたクインは。

 一つ、瞬きをした後。

 目を開いたままゆっくりと、硬直して後ろ向きに倒れた。

  

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    「…………」「…………」「…………」「…………」「あ、あーっ、お料理、美味しいっ! ね!」「ええ、とても。こういった香草を使用しない肉料理は、アリアメル方面では珍しいのですが――食べてみるものですね。美味しいです」「ウィザ連合の料理にも興味湧いてきた! 要所要所が独特でオモシロイな! ビビちゃんはどの料理が印象に残った?」「私はこの香草のスープがどうにも舌に合わなかった」「でゅぇ!? ――そ、そっか……」「確かにこの香草のスープは、舌触りからして独特ですね。あくまで習慣的な好みの問題で、合わない場合もあるかもしれません」「そ、そぅだねぇ……。……ク、クインちゃんはー……」「………………………………」「ぁう……うぅ、と……」「…………」「…………」「お、お料理、美味し……」「ええ、とても……」「…………」「…………」 カチャリ、カチャリ……。 食器が立てる音が虚しく響く。会話を主導して盛り上げようと頑張っていたアズも、今やガックシと俯き、ただ食事を口に運んでいた。 大勢で食卓を囲むと楽しいし、食事も美味しく頂ける。 そんな話を噂じみた伝聞として耳に挟んだことのあるリプカであったが――今日このとき、初めてその機会に恵まれて感じたことは、『地獄のよう』だった。 席にはフランシス、ミスティアを含めて、七人が食卓を囲んでいる。 始まる前は、所用があっての離席でクララが参加しないことを残念に思っていたリプカだったが、この沈黙に満ちた恐怖の食卓、その有り様を目にすると、むしろそれは、せめてもの幸いであるように思えた。 とてもじゃないが晩餐会とは呼べない凍りついた食卓には、必死で場を明るくしようとするアズの喋りと、あくまで冷静を失わないセラの、的確な受け答えだけがあった。 他の面々は、基本、無言。 ビビはこんな場でも我関せずと、マイペースに食事を進めている。 ティアドラは興味深げに、食卓の面々を観察していた。 ミスティアは、場の空気にすっかり恐怖し、セラの隣で縮こまっている。 そして、この地獄のような、重い沈黙の元凶――。「……………………」 ――クインは、死んだように光彩の失せた瞳で空虚を見つめながら、葬儀でも浮かべぬであろう闇を纏って、静かに、機械的に、食事を進めていた

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