「違います!」佑樹は念江を一瞥してきっぱり否定した。「僕はもっと大きな力を必要としています。ハッカー技術などで満足して足踏みしているつもりはありません」佑樹の野心を目の当たりにし、紀美子の心臓は高鳴った。これまで、佑樹の顔にこれほどまでに断固たる表情を見たことはなかった。その様子は、まさに晋太郎そのものだった。冷徹で、そして決然としている。紀美子は思わず口を開いて尋ねた。「佑樹、それじゃあ、俊介さんについて行くつもりなの?」「ママの心配はよくわかる。暗い世界に触れるのが怖いんだろ?でも、ママ、ちょっと考えてみてよ。向上心があるのは悪いことか?人は生まれたときからスタートラインが違う。でも僕は、すでに多くの人を追い越してきた。今、僕がさらに強くなれる貴重なチャンスが目の前にあるのに、なんでそれを掴まずに、ただのんびり生きるだけで終わらせなきゃいけないんだ?」紀美子は胸を痛めながら彼を見つめた。「佑樹、ママはただあなたと念江、それにゆみが平和で健康に成長してほしいだけなの」「ママが僕を愛してくれているのはわかっている。でも、僕に選択する権利を与えてほしい。これからの道は長いんだから、僕は自分で歩いていかなきゃいけない」紀美子は唇を震わせながら、念江に向かって切望のように目を向けた。「じゃあ、念江は?」念江はしばらく黙ってから言った。「ママ、僕は佑樹の言うことが正しいと思う。目の前の豊かな生活だけを見て生きることは、無駄に生きているのと同じことだ」子供たちの答えを聞いて、紀美子の心はぎゅっと締めつけられた。ゆみはまだ小さいのに、もう自分の元を離れていった。今度は佑樹と念江まで?子供たちの考えは尊重したいが、子供たちが次々と彼女の手の届かない遠くへ旅立っていくことは耐えられなかった。紀美子の目が赤くなったのを見て、俊介は彼女が母親として心の中でどれだけ葛藤しているのかを理解した。だからこそ、彼はあらかじめ厳しい現実を伝え、彼らにもよく考える機会を与えようとした。「今すぐ決断しろとは言わん。もし君たちを後継者として育てるなら、その苦しみは想像を絶するものになる。温室で育った君たちにとって、外の闇は認識を超えている。俺はあらゆる面から鍛え上げるつもりだ。だから、今よく考えておけ」「分
声が聞こえた晋太郎は曇った顔で紀美子たちを見た。「どうしたの? そんな険しい顔をして……」紀美子は嫌な予感がした。晋太郎は冷たい目で彼女を見た。「君の携帯はどこだ?」「カバンの中よ、どうかした?」「電話に気づかなかったのか?」晋太郎の声には怒りが滲んでいた。「何回かけたと思う?」そう言われて、紀美子は慌てて携帯を取り出して確認した。未着信が30件以上、メッセージも十数件、全て晋太郎からだった……「ごめん、夜はちょっと用事があって気づかなかったの。携帯もマナーモードを解除するのを忘れて……」晋太郎は燃え上がる怒りを抑え込んだ。「納得のいく説明をしろ」紀美子は今晩の出来事を話そうとしたが、ふと思い直した。「何であんたに説明しなきゃいけないの?」紀美子も不機嫌に聞き返した。晋太郎の目が細くなった。「聞いたところでは、龍介はまだ帝都にいるようだが、これまではあいつと一緒だったのか?」「私が誰と一緒にいようと、あんたと何の関係があるの?」紀美子は冷たく笑った。「子供たちならともかく、あんたは私の親じゃないし、私に口出しをする権利はないでしょ?」晋太郎の怒りは一気に爆発した。「そんなに龍介のことが気に入ってんのか?」男の理不尽な怒りに、紀美子は心底から疲れた。 「一度説明したことは二度も言わないわ!信じるか信じないかはあんた次第!」そう言うと、紀美子は素早く子供たちの手を取り階上へ上がろうとした。晋太郎は紀美子の腕を掴もうとしたが、子供たちがいるので止めることにした。彼は子供たちの前で彼女と喧嘩するつもりはなかった。後で、必ず今晩の行き先を突き止めてやる。彼は技術者に紀美子を追跡させたが、失敗した。おそらく、子供たちが紀美子の携帯に特殊なファイアウォールを構築したのだろう。だが、思いもよらなかったのは、本来悟からの追跡を防ぐためのファイアウォールだが、最初に防いだのは自分だった!……まあいい。この件は少し我慢して、後で解決しよう。晋太郎はそう思った。階上。紀美子まだ先ほどの喧嘩の怒りが鎮まっていないが、念江が声をかけてきた。「お母さん、喧嘩は良くないよ。お父さんはきっとヤキモチを焼いてて、誤解したんだ」紀美子は子供の真剣な表
「違う。僕が焦りすぎて、お母さんを傷つけてしまった……」佑樹は母の両手をぎゅっと握りしめ、沈んだ声で言った。紀美子は静かに息子を見つめて、「子は親の心配をよそに成長する」という言葉を思い出した。佑樹はまだ子供だが、心はしっかりしている。そう考えると、紀美子は重い気持ちになった。「佑樹、お母さんはあんたの夢を理解している。でも、お母さんにも捨てられないものがあるの。もし本当に行きたいなら、お母さんは止めたりしない。念江も同じよ。お母さんはできるだけ自分を納得させて、あんたたちを送り出すつもりよ」そう言うと、紀美子は立ち上がり、胸の苦しみをこらえながら子供たちの部屋を出た。「佑樹、お母さんはとても悲しそうだわ」念江は佑樹を見た。「わかってる!」佑樹は歯を食いしばって言った。「でも、早く強くなってお母さんを守れるようになりたいんだ!僕たちのハッキングの腕なんて、まだまだだよ。本当の技術を身につけないと、この先、もしまた悪者が現れたら、キーボードを叩いてるだけでは誰も守れないよ?ここ一年、どれだけの危険に遭ったか、言われなくても分かるよね?」念江は黙り込んだ。彼も佑樹が言っていることを理解していた。だからこそ、一時的に母から離れ、隆久について修行に出るしかなかった。一方。部屋に戻った紀美子は、涙が止まらなくなった。子供が三人いるのに、誰一人として自分のもとに引き留められない。帰りの途中でも、彼女は自分を納得させようと必死だった。しかし、その決断がどれだけの危険が伴うのか、彼女には分からなかった。母親として、子供たちを危険に晒すのか?しかし、子供たちの熱い願望と真剣な眼差しを思うと、彼女の心が刃に刺されたように痛んだ。ベッドに寄りかかり、紀美子は無力にバスローブを取って浴室へ向かった。階下の晋太郎は、しばらくモニター越しに紀美子の姿を眺め、階段を上がっていった。寝室に入ると、浴室から水の音が聞こえたソファに座り、晋太郎は紀美子が浴室から出てくるのを静かに待った。十数分後。紀美子は細い体に晋太郎の大きめのバスローブをまとい、浴室から出てきた。バスローブを引き上げると、白く透き通るようなふくらはぎが現れた。お湯で少し赤くなった可愛らしい足指を見て、晋太郎
紀美子は唇を軽く震わせ、そっと息を吸ってから晋太郎の視線に向き合った。「隆久さん、知ってるでしょう?」紀美子は隆久、そして子供たちの事を話すことにした。そうしないと、晋太郎は今晩きっと自分を休ませてくれないだろう。彼の性格を、彼女はあまりにもよく知っていた。「なぜ彼を知っている?」晋太郎は目を一瞬大きく開き、そして眉をひそめた。「イベントが開催される前に、一度隆久さんと会ったことがあって……」紀美子はその時、隆久とゆみと何をしたかを説明した。「今晩も、美月からの電話で彼ら二人に会いに行ったの。隆久さんは子供たちの才能を見込んで、自分の後継者として育てたいと言ってきた!龍介さんとデートなんてしてないわ!あんたの頭の中には、そういう妄想しかないの?」「だから、君が泣いたのは、子供たちが離れていくのが辛いから?」晋太郎はぼんやりと紀美子を見つめた。「あんたは平気なの?」紀美子は涙声で問い詰めた。「俺なら、たとえ辛くても、子供たちの願望を尊重する。もし彼らが心から修行を望んでいるなら、俺は止めたりはしない」晋太郎は紀美子の腕を離し、薄い唇を噛みしめて言った。紀美子は驚いて彼を見た。「ゆみの時は反対してたくせに、佑樹と念江のことになると平気なのね?あんたのえこひいきは酷すぎるわ!」「君だってそうだろ?」晋太郎は不機嫌そうに彼女を見た。「私は決してどっちかにひいきなんてしてない!ゆみの時は仕方がなかった。彼女が元気に成長するなら、小林さんについて行かせるしかなかった!でも佑樹と念江は?彼らは安定した生活を捨て、経験したことのない危険な世界に飛び込もうとしてるのよ!」「男に血気があるのは悪いことじゃない」晋太郎は言った。「彼らには将来、MKを継いでもらいたいんだ。このまま温室育ちにしていったら、どうやって将来の困難に立ち向かうんだ?」「でもまだ早すぎるわ!彼らはまだ六歳よ!」紀美子は激昂して言った。「私は隆久さんのカジノに行ったことがある!あそこがどんな場所か、あんただって知ってるでしょう!」晋太郎の目が暗くなった。「知っているからこそ、彼らを隆久について行かせるんだ」「理由は?」紀美子は怒りに震えて尋ねた。「ただ男の子だから?」「そ
今の紀美子には、たとえ自分がどんなに説明や慰めをしても、彼女自身がその利害関係を理解しない限り、全てが無駄だ。晋太郎はそう思って、布団をめくり身支度を整えて寝室を出た。子供たちの部屋の前で足を止め、彼はドアをノックした。すぐに、中から念江の声が返ってきた。「鍵はかけてないよ」晋太郎がドアを開けると、子供たちは着替えていた。「起きるの早いな」「お母さんは?」佑樹はドアの方を見て、小さな唇を噛みしめながら尋ねた。「用事があって先に出かけた。朝食を済ませたら、外に連れて行ってやる」「どこに?」佑樹と念江が同時に尋ねた。「まずは朝食だ」…… Tyc社。紀美子が会社に着いた頃、他の社員はまだ誰も来ていなかった。彼女はただオフィスに座り込み、社員たちが続々と到着するのを待った。その時、佳世子がドアを開けて入ってきた。窓際にぼんやりと座る紀美子を見て、佳世子は不思議そうに彼女の前にしゃがみ込んだ。「徹夜でもしてたの?」紀美子の目の下のクマを見て、佳世子は驚いて声を上げた。紀美子は目を瞬かせ、無力に首を振った。「いいえ、眠れなかっただけ」「何か悩み事?」佳世子は紀美子の椅子を回転させ、自分も椅子を引いて座った。「話してみなよ、姉さんが聞いてあげる!」紀美子は佳世子以外に悩みを打ち明けられる相手はいなかった。彼女は隆久の提案と、子供たちそして晋太郎の考えを佳世子に話した。話を聞いて、佳世子も胸が苦しくなった。あんな幼い子供たちをカジノ何かに連れていくなんて、正直言って忍びなかった。あそこの雰囲気を見ただけでも、隆久の勢力がいかに複雑か、おぼろげに想像がついた。 むしろ、他の勢力から攻撃されたり、頻繁に争いが起きたりするのは日常茶飯事だろう。しかし―― 佳世子は顔を上げた。「紀美子、晋太郎の言うことは正しいし、子供たちの考えも間違ってないと思うよ!」佳世子の意見は、紀美子にとって意外ではなかった。「わかってるわ」紀美子は淡々と答えた。「わかってないでしょ!」佳世子はズバリと指摘した。「本当にわかってたら、こんな反応をしないわ。簡単に言うと、晋太郎って帝都では名を轟かせてるでしょ?」「うん」紀美子は頷いた。
しかし、晋太郎は本当に隆久に「子供たちの安全を第一に考えろ」とはっきり言えるだろうか?9時半、晋太郎は子供たちを連れて都江宴ホテルに到着した。ここに来るのは二人の子供たちにとって初めてだったが、きょろきょろと周りを見回すようなことはしなかった。二人は、晋太郎が自分たちをここに連れてきたのは隆久に会わせるためだと薄々感づいていたからだ。とある部屋の前まで来ると、晋太郎はドアをノックした。「入って」中からすぐに隆久の声が返ってきた。晋太郎たちが中に入ると、隆久はソファに座ってテレビを見ていた。テレビに映っているのは、紀美子が子供たちと遊んでいる様子だった。佑樹と念江は、隆久がなぜ防犯カメラの映像データを持っていることにさほど驚かなかった。彼の能力は自分たちを遥かに凌駕しており、防犯カメラの映像データを入手することなど簡単なことだ。「さあ、こっちに座りなさい」隆久は振り向き、晋太郎と子供たちを見て微笑んだ。晋太郎は映像の中の紀美子の顔を数秒間見つめた。そして彼はすぐに視線をそらし、心に広がる辛さを顔に出さなかった。三人は二つのソファに分かれて座った。「何か食べたいものはあるか?先生がシェフに作らせるよ」隆久は子供たちに優しく尋ねた。佑樹と念江は二人とも首を横に振った。「先生?」晋太郎は訝しげに彼らを見た。「どういう意味だ?」隆久は二人の子供にハッキング技術を教えたことを晋太郎に教えた。「どうやらあんたは以前から計画していたようだな」晋太郎は軽く鼻で笑った。「それは子供たちの性格と能力を試すためでもあったが、俺は見誤っていなかった」隆久は言った。「今日彼らを連れてきたのは、自分たちで今後どうするかを決断させるためだ。それに、もし彼らが承諾したら、あんたに一つの要求を受け入れてもらう」晋太郎は言った。「分かっている」隆久は再びテレビに映る紀美子に目をやった。「紀美子が子供たちをこんなに愛しているのだから、彼らを危険にさらすわけがないだろう?」「彼らをどう訓練しようと、俺は文句を言わない。だが、成人するまでは、あんたと一緒に表舞台に出てはいけない」そう言われると、隆久は笑みを収めた。「ああ、まだ彼らをあの連中に会わせるには早すぎる」隆久の真
「その顔、嫌がってるに見えるな。これくらいも我慢できないなら、行くのを止めろ」晋太郎は注意した。「先生、携帯を没収してもいいけど、少なくとも僕たちの代わりに僕たちの状況をお母さんに知らせてもらえる?」念江は慌てて隆久の方を見て話題を変えた。「それなら約束しよう。定期的に生活の様子を動画に撮って送る」それを聞いて、二人は安堵の息をついた。「ただお母さんが心配しすぎて体を壊すのが心配なだけなんだ」佑樹は説明した。「ゆみは修行に出ているけど、よくお母さんと連絡取ってる。もし僕たちが急に連絡絶ったら、お母さんは食事も睡眠もまともに取れなくなる」「それは理解できる」隆久は言った。しばらく雑談をしたら、晋太郎は子供たちを連れて帰宅した。彼は人を遣ってメイドリン学園に、子供たちの退学手続きを済ませ、残りの時間は可能な限り彼らと紀美子を外に連れ出し、気分転換を図った。この先、こんな機会はほとんどなくなるのだから。「旅行に連れて行ってやるから、行先を選んで」黙ってソファに座る二人の子供を見て、晋太郎は言った。「お母さんも一緒に行くの?」念江が顔を上げて尋ねた。「行かなければ強制連行するまでだ」晋太郎は答えた。「本当に紳士じゃないね。どうしてお母さんがお父さんのような男を好きになったのか理解できない」晋太郎は佑樹の言葉に反応せず、腕時計を覗いた。「もうすぐ昼だ。お母さんの会社まで一緒に行く」……11時半。紀美子と佳世子は会議を終え、昼食に行こうとしていた。書類を置いた瞬間、紀美子の電話が鳴った。受話器を取ると受付の声が聞こえた。「社長、MKの森川社長がお見えです。お子様たちも一緒です」「わかった、今すぐ行く!」紀美子は答えた。「佳世子、晋太郎と子供たちが来たの。昼食を一緒に食べない?」電話を切り、佳世子に尋ねた。「遠慮しとくわ」佳世子は言った。「家族団らんの邪魔はしたくないし」「わかった、じゃあ先に行くね」「行ってらっしゃい!」紀美子は急いで1階に降りると、晋太郎と子供たちは待合エリアで待っていた。紀美子が近づくと、三人が揃って立ち上がった。その動作はまるで同じ型から抜き出したように似ていた。「ごめんね、今朝は朝食を用意できなく
そう言われると、佑樹と念江は慌てて紀美子の顔を見上げた。落ち着いている母の顔を見て、佑樹はほっと胸を撫で下ろした。「出発は来週の月曜日」「あと6日一緒に過ごせるけど、お母さん……休暇取れないの?」「とれるわ!」紀美子は迷わず即答した。「この6日間、お母さんがずっと付き合ってあげるわ」念江と佑樹は目を見合わせて笑った。「お母さん、父さんが旅行に連れて行ってくれると言ってたけど、行きたいところある?」「そうね、どこに行くか迷っちゃうわ……」紀美子は考え込むふりをした。「僕、いい提案があるんだけど……」念江が話し終わらないうちに、個室のドアが突然開き、男性店員がトレイを持って入ってきた。トレイの上にはアイスクリームが2つ乗っていた。「お客様、本日の特別サービスで、ご来店のお子様全員にアイスクリームをプレゼントしております」「ありがとう、テーブルに置いてください」紀美子は頷き、笑顔で答えた。店員は手に持っていたアイスクリームをテーブルに置いた。しかし、彼が手を引こうとした瞬間、紀美子の目に何かが光るのが見えた。それが何か確認する間もなく、店員の視線が晋太郎に固定された。紀美子の胸に不吉な予感が走り、すぐに叫んだ。「晋太郎、危ない!!」晋太郎が気づいた時、店員はすでにナイフを抜き、自分の首をめがけて素早く突き出してきた。彼は瞬時に目の前の皿を掴み、刃が首に届く直前で受け止めた。「カチャッ」と、お皿が割れる音が響いた。晋太郎はもう一方の手で店員の手首を素早く掴んだ。一気に力を入れると、店員の手は不自然な形に折れ曲がった。「ああっ――手が、手が!!」店員は悲鳴を上げた。晋太郎は息つく暇も与えず、立ち上がって店員の胸元に強烈な蹴りを叩き込んだ。その蹴りの衝撃で、店員はドアにぶつかり、ドアごと後方に倒れ込んだ。大きな音に、レストランの客全員がこちらを見つめた。店長も慌てて駆けつけてきた。床に転がったナイフを見た店長の顔色が一変した。店長は店員の状態など気にも留めず、すぐに晋太郎と紀美子に向かって頭を下げた。「申し訳ありません入江さん、森川社長、驚かせてしまい……こいつをすぐに処分いたします!」「結構だ」晋太郎は怒りを込めて制止した。「
「なに?」ゆみは頭を傾けて言った。「誰かと約束したのに、まだ果たしていないことがあるんじゃないか?」小林は微笑んで尋ねた。「誰かと約束?そんなのないよ?ゆみはまだ一人前じゃないのに、軽々しく約束なんてできないもん」ゆみはじっくり考えてから言った。「もう一度よく考えてごらん。誰かと何か約束をしていないか。人とではなく、霊とだ」小林はヒントを与えた。「霊?」自分はいつ霊などと約束したんだろうか?ゆみはますます分からなくなった。「まあ、急がなくともよい。じっくりと考えて、思い出したら帝都に行くといい」小林はにっこり笑いながらゆみの頭を撫でた。小林のこの言葉のせいで、ゆみは一晩中寝返りを打ち、なかなか眠れなかった。彼女はぱっちりした目で窓の外の明るい三日月を見つめ、「いったい誰と約束したんだろう」と考え込んでいたが、いつの間にか夢の中へ落ちていった。夢の中では、一匹の美しい白い狐がゆみの周りをぐるぐると回っていた。ゆみが嬉しくなって追いかけていくと、突然、足が引っ掛かって地面に転んだ。痛いと言う間もなく、誰かが優しく彼女の腕をそっと掴んだ。ゆみが顔を上げると、目の前に長い巻き毛の女性が腰を屈めていた。顔はぼんやりとしていてよく見えなかったが、その雰囲気は、どこか母と似ていた。「あなたは、だあれ?」ゆみは彼女を見つめながら尋ねた。女性は何も言わず、ゆみをゆっくりと起こした。ゆみは立ち上がって女性の顔をじっくりと眺めたが、彼女が誰なのかは全く分からなかった。霧のようなものが自分の視界を遮っているのだが、女性も自分の顔を見せまいとわざと顔を伏せているようだった。女性は、ゆみの足の埃を払うと立ち上がった。すると、その姿は徐々に透明になっていった。ゆみは慌てて掴もうとしたが、何も掴めなかった。「ねえ、あなたは、だれ?どうして何も言わずに行っちゃうの??」女性の姿が消えた瞬間、優しい声がゆみの耳元に届いた。「送りに来てくれるのを待っているわ」その声が消えると同時に、ゆみはパッと目を開け、小さな体を起こした。窓の外には、すでに夜明けの光が差し始めていた。ゆみの頭はまだぼんやりしていて、夢の中の女性の声と姿が頭から離れなかった。「なんか知ってる人みたい……
「そうだ」翔太は言った。「こういう時は、信頼している誰かの一言がスッと心に響くものだ」晋太郎は黙って目を伏せ、翔太の言葉を頭の中で繰り返し考え込んだ。食事会が終わり、晋太郎は車に戻った。しばらく考えた後、彼は小林に電話をかけた。電話がつながった途端、ゆみの声が聞こえてきた。「お父さん?」ゆみの甘えた声が晋太郎の耳に届いた。「ゆみ、ご飯は食べたか?」晋太郎の整った唇が自然と緩んだ。「食べたよ!」ゆみは笑いながら答えた。「お父さんは小林おじいちゃんに用事?おじいちゃんは今、お線香あげててお仕事中だけど、すぐ戻るよ」「そうか。ところで、ゆみは最近どうだ?」「まだ帰ってきたばかりじゃん!」ゆみは頬を膨らませ、不満そうに言った。「お父さんは何してたの?記憶力悪すぎ!」「少し頭を悩ませる問題があったんだ」晋太郎は軽く笑いながら言った。「えっ?何なに?ゆみ先生が分析してあげるよ!たったの100円で!」ゆみは楽しそうに言った。「お母さんがお父さんと結婚したくないみたいけど、ゆみはどう思う?お父さんはどうすればいい?」晋太郎の目には優しさが溢れていた。「えーっ?」ゆみは驚きのあまり思わず叫んだ。「お母さんはどうして結婚したくないって?どうしてきれいなお嫁さんになりたくないの?」「ゆみはなぜだと思う?」晋太郎は逆に尋ねた。「お父さん、浮気でもしたの??」ゆみは小さな眉を寄せ、真剣に考えた。「お父さんがそんなことをすると思うか?」晋太郎の端正な顔が一瞬こわばった。「だって、したことあるじゃん……」ゆみは小さく呟いた。「……それは違う」「じゃあ、お母さんはお父さんを愛してないのかな?」晋太郎の目尻がピクッと動いた。「あっ、わかった!お父さんは年を取ったから、お母さんは他の若いイケメンが好きになっちゃったんだ!あーもう、お父さん、お母さんが他の人を好きになっても仕方ないじゃん。お父さんはゆみのお父さんであることに変わりはないでしょ?女の人の気持ちに、一切口出ししないでよ!」晋太郎の顔は一瞬で真っ赤になった。「もう、いい!これ以上当てなくていい!」晋太郎は思わず遮った。ゆみは本当に自分の娘なのだろうか。ちっとも自分の味方にな
晋太郎は何も言わないまま指で机を叩き、この件をどう対処すべきか決めかねていた。「今焦っても仕方ないよ。はぁ……こんなに苦難を乗り越えてきたのに、紀美子が問題で結婚できないかもしれないなんて」晴は嘆いた。「開けない夜はい。今はただタイミングが合わないだけだ」晋太郎は低い声で言った。「どういう意味だ?」晴は理解できなかった。「何事も始めるのにはきっかけが必要だ。今はそのきっかけがまだできていないだけ。彼女が今結婚したくないのに、無理強いするつもりはない」「いやいや」晴は言った。「結局、結婚するのか?しないのか?お前らの結婚を待ってる人間もいるんだぞ!!」「待つ」晋太郎は唇を緩めた。「……」晴は黙って考えた。つまり、自分の結婚式も延期になるってことだ。夕方、晋太郎は翔太とレストランで会う約束をした。「晋太郎、久しぶりだな」到着すると、翔太は疲れた表情で彼の前に座った。「最近忙しいのか?渡辺グループは今は安定しているはずだが」晋太郎は眉を上げて彼を見つめ、お茶を一口飲んで言った。「会社の問題じゃない」翔太は苦々しい表情で首を振った。「で、用件は?」「紀美子のことだ。彼女は心的外傷に加え、ストレス障害があるかもしれないんだ」晋太郎は言った。「大体予想はつくが、あんたが紀美子と結婚しようとして、断られたんだろう?」晋太郎の言葉を聞いて、翔太はしばらく黙ってから尋ねた。「ああ」晋太郎は湯呑みを置いた。「あんたが俺の立場だったら、どうやって彼女を説得するか聞きたい」「俺なら説得しないな」翔太は晋太郎の目を見て、真剣に言った。「彼女が出した決断を尊重する。あんたの話からすると、紀美子は婚約のことでトラウマがあり、抵抗しているんだろう?なぜ無理にストレスに直面させようとするんだ?」晋太郎は翔太に相談を持ち出したことが間違いだったと感じた。佑樹と念江が妹を甘やかしているのは、完全にこの叔父から受け継いた性格なのかもしれないとさえ思った。「つまり、あんたは彼女が結婚せずに俺と一緒にいることも許すのか?」晋太郎の表情は曇った。「お互いに愛しあっているのに、なぜいけないんだ?」翔太は言った。「あんたには今、親からのプレッシャーもないだろ
「MKの全株式を私に移すって言い出したの。TycをMKの子会社にしたくないって私が言ったから」「それ、最高じゃない!?」佳世子は興奮して声を弾ませた。「そこまでしてくれる男、帝都中探したって他にいないわよ!」紀美子は首を振った。「だからこそ、結婚したくないの。せっかく彼が一から築き上げた帝国が、結婚相手の私のものになるなんて……」「あなたの考え方、ちょっと理解できないな。彼の愛の証なのに、どうして負担に感じるの?」紀美子は軽くため息をついた。「私が求めているのはそういうことじゃない。彼には彼の生き方、私には私の生き方がある。結婚したからって、どちらかがもう一方の附属品になる必要なんてないでしょ?それぞれ自分の事業に集中するのがいいと思わない?」「本当に自立してるわね。じゃあ聞くけど、妊娠したらどうするの?」紀美子は遠い目をした。「それは……まだ考えたことないわ」「その時は、全部晋太郎に任せてもいいんじゃない?のんびりしたお金持ちの奥様になって、好きなことしたら?」「嫌よ!」紀美子はきっぱり拒否した。「何もしないで食べて寝てばかりのダメ人間にはなりたくないわ」佳世子は眉を上げ、からかうように紀美子の腕をつついた。「自分がダメ人間になるのは嫌なくせに、あの時は佑樹と念江を外に出したがらなかったじゃない」紀美子は佳世子を見つめて言った。「それは別の問題でしょ」佳世子は紀美子に腕を絡めながら言った。「紀美子、無理に勧めるつもりはないけど、あなたがここまで苦労してきたのは、結局晋太郎と結婚するためじゃなかったの?今やっと実現しようとしてるのに、どうして後ろ向きになるの?『附属品』なんて言い訳はやめて、本当の気持ちに向き合って。彼と一緒にいたいのかどうか」「……いやなら、同棲なんてしてないわ」紀美子は目を伏せた。「紀美子、あなた、言い訳ばかりしてるって気づいてないの?」佳世子はため息をついた。「前は晋太郎の記憶が戻ってないからって逃げてたし、今度は会社の問題って。本当に向き合うべきなのは、あなた自身じゃない?それとも……怖いの?」紀美子は一瞬ぽかんとしたが、慌てて答えた。「……怖がってなんかいないわ」佳世子は彼女の表情の変化を鋭く見据えた。「違う。あなたは怖が
「紀美子」「……うん」「結婚しよう」紀美子の身体はこわばり、返事もせずそっと晋太郎を押しのけた。俯いたまま晋太郎の目を避け、彼女は声をひそめた。「その…そんなに急がなくてもいいと思う……」そう言うと、彼女は慌てた様子で立ち上がった。「また今度ね!私、先にお風呂に入るから!」逃げるように去っていく紀美子の背中を見てから、晋太郎は目を伏せた。以前なら、喜んですぐに頷いてくれたはずなのに――なぜ今は躊躇するんだ?どういうことだ?家族への挨拶が済んでいないからか?浴室のドアをじっと見つめながら、晋太郎は考え込んだ。どうやら明日、渡辺家を訪ねなければならないようだ。翌日。晋太郎が会社の仕事を片づけ渡辺家に向かおうとしたところ、晴にランチに誘われた。時間にまだ余裕があったため、晋太郎は晴とレストランへ向かった。食事中、晋太郎は窓の外を見つめて黙っていた。晴は何度か彼を不思議そうに見てから、ようやく口を開いた。「晋太郎、何を考えてるんだ?」晋太郎は手に持っていたコーヒーを置き、晴を見ながら答えた。「佳世子に結婚を拒まれたことはあるか?」晴は呆然とした。「それって……紀美子に振られたってこと?」晋太郎が頷いた。「そんな経験ないか?」「ないな」晴は答えた。「むしろ毎日のように結婚を催促されてる」晋太郎は黙り込んだ。紀美子は一体どうしたのだろうか?晴も少し考え込んだ後、言った。「晋太郎、もしかしたら紀美子は前回の婚約の件でトラウマを負っているんじゃないか?なんていう症候群だったっけ?心理カウンセラーに診てもらった方がいいかもな」晋太郎は眉をひそめた。「そこまで深刻ではないだろう」「深刻に決まってるだろ!」晴は真剣な様子で言った。「お前が生きていることを知ったあと、彼女は必死で会社を守り、銃弾まで受けた。目が覚めたらまたお前たちのことが……俺だって耐えられないよ。どうして深刻じゃないなんて言えるんだ?間違いなくトラウマがあるに決まってる。じゃなきゃ拒む理由がないじゃないか」晋太郎はイライラして指でテーブルを叩いた。「佳世子に探りを入れさせろ」「任せとけ!」晴は言った。「でも、本当にそうなら早めにカウンセリングを受けさせた方
「事実的な関係はあるだろう。紀美子、君は俺の子供たちの母親だ。この事実は変えられない」「その関係だけで、私を縛ろうって言うの?」紀美子は冷笑した。「確かに電話に出なかったのは私が悪いわ……でも、それで私の自由まで奪わないで。母親って立場だけで、あなたに私の人生をコントロールされる筋合いはないわ!」紀美子の言葉で怒りが爆発しそうになった晋太郎は、ギアを入れ替えると潤ヶ丘へ猛スピードで走り出した。あまりのスピードに、紀美子は怖くなって黙り込んだ。潤ヶ丘に着くと、晋太郎は車を止め、降りて助手席側に回るとドアを開け、紀美子を担ぎ上げてそのまま別荘の玄関へ向かった。「晋太郎!下ろしなさい!」紀美子は必死にもがいた。しかし晋太郎は解放することなく、そのまま部屋まで運び込むと、ベッドに彼女を放り投げた。彼は暴れる紀美子の手足を押さえつけ、怒りに震える声で言った。「紀美子、言ったはずだ。君にちゃんとした立場を与えると」紀美子は不満げな目で彼を見つめた。「その立場と引き換えに会社を奪われるなら、いらない!誰かに依存して生きるなんて、一番嫌いなの」「依存させようとしてない。俺が欲しいのは君だけだ。他人の目が気になるなら、今日からMKがTycの子会社になっても構わない」紀美子は動きを止め、驚いた表情で見上げた。「何を……言ってるの?」晋太郎はベッドサイドの引き出しを開け、契約書を紀美子に投げつけた。紀美子はそれを拾い上げ確認し、目を見開いて尋ねた。「これって、どういう意味?」「この契約書、本当はプロポーズのあとで渡すつもりだったんだ。君が望まないことを無理やり押し付ける気はない。」そう言いながら彼は紀美子の隣に座り、表情に強い決意を宿して続けた。「紀美子、君は俺に何か聞きたいことがあるんだろう」紀美子は契約書を握る手に力を込めた。「ええ、あなたの口から直接聞かせてほしいの。私が頑固なのは認めるわ。でも……あなたの本心を言葉にしてほしい。これは、あなたが本当に私を気にかけていたかどうかの問題よ。からかいや隠し事は大嫌いなの」晋太郎は口元を緩めた。「記憶があるかないかが、そんなに重要か?」紀美子はぱっと顔を上げた。「重要よ!本気の愛と、責任だけの結婚、あなたはどっちが欲しい?」
「まあ、そう言うけど」佳世子はため息をついて言った。「でも、やっぱり形は必要でしょ。私だって、いつできるかわからないんだから」「晴の両親は……」「あーもう!」佳世子はイライラしながら紀美子の言葉を遮った。「そんな話はやめて!考えるだけで頭にくる!」「もうすぐお正月ね。今年のお正月は、いつものように賑やかにはいかないわ」紀美子は窓の外を見つめて言った。佳世子は頬杖をつき、紀美子と同じく窓外のネオンを見つめた。「寂しいなら、いつものように賑やかにすればいいじゃない」紀美子は佳世子の方に向き直った。「どんなに賑やかにしても、子供たちがいない寂しさは埋まらないわ」その言葉を最後に、二人の間に沈黙が流れた。しばらくして、佳世子は急に背筋を伸ばして言った。「紀美子、明日私たちで不動産を見に行かない?」紀美子は目を丸くした。「家?どうして?」「あなたも私も今住む家がないでしょ?」佳世子は目を輝かせながら続けた。「別荘じゃなくて普通のマンション!同じ階を買って、間取りを繋げちゃうの!」「まあいいけど……」紀美子はまだ佳世子の指す意味を完全には理解できていない様子だった。「でも何のため?」佳世子はニヤリと笑った。「もちろん楽しむためよ!例えばあなたが晋太郎と喧嘩した時とか、私が晴と揉めた時とか。私たちだけの家に逃げ込むの!」「それで?」紀美子が尋ねた。「そしたらパーティーよ!イケメンたちを大勢呼んで、一緒に騒いじゃうの!」話に夢中になっていると、いつの間にか背後に二人の男が立っていた。佳世子の言葉を聞いた瞬間、晴の顔は青ざめた。「佳世子!!」晴は我慢できず、佳世子の背中に向かって怒鳴った。佳世子はビクッとして振り向き、突然現れた二人を見て目を見張った。「あなたたち、どうしてここに!?」紀美子も慌てて振り返った。彼女はすぐに、顔をしかめた晋太郎が自分を睨みつけているのに気づいた。その目には明らかな怒りが見えた。紀美子が口を開く間もなく、晴は佳世子を肩に担ぎ上げた。「晴っ!お、おろしてよ!ちゃんと話し合えばいいじゃない。なんで担ぐのよ!?紀美子!助けて!」佳世子は叫んだ。叫びながら遠ざかっていく佳世子の姿を見送りながら、紀美子
晴は口をとがらせ、不満げな表情で視線を逸らした。「そんなんじゃないよ。彼女にブロックされたんだ」晋太郎は一瞬呆然としたが、すぐに嘲笑った。「お前、余計な干渉をしすぎたんじゃないか?」「お前だって紀美子にズカズカと干渉してるくせに、偉そうなこと言うなよ」晴は「ちぇっ」と舌打ちした。「だったらお前が紀美子に電話してみろよ」晋太郎はテーブルの上の携帯を手に取った。「少なくともお前のようにブロックはされてない」そう言うと、紀美子の番号をタップした。しかし、コール音が一度鳴ったところで、機械的な女性の声が流れてきた。「申し訳ありませんが、お掛けになった電話は現在通話中です……」「プッ…」晴は思わず吹き出した。「それでよく偉そうなこと言えたな!紀美子にまさかのワン切りされてるし!はははは……」晋太郎の端正な顔が、晴の笑い声とともに次第に険しくなっていった。彼は諦めず、再び紀美子に電話をかけた。今度は呼び出し音すら鳴らず、すぐに機械音声に切り替わった。「あははははは!」晴は涙を浮かべながら笑い転げた。「晋太郎、お前、さっき言ってたこと……どうしたんだよ?はははは!」晋太郎は携帯をしっかりと握りしめた。彼女は一体どこに行ったんだ?自分の番号をブロックするなんて!晋太郎は苛立ちながら、連絡先から肇の番号を探し出し、電話をかけた。つながると、彼は怒りを抑えながら言った。「肇、紀美子の位置を特定しろ!」肇が返答する前に、美月の声が聞こえてきた。「社長、奥様が見つからないからってアシスタントに頼むなんて、どうかしてますよ?」美月のからかい混じりの声が晋太郎の耳に飛び込んできた。その言葉を聞いて、晴はこらえきれずまた顔を赤くしながら笑い転げた。「お前、なんで肇と一緒にいるんだ?」晋太郎は眉をひそめ、冷たく問い詰めた。「彼は独身、私も未婚。一緒にいて何か問題でも?」美月が返した。「遠藤さん、私から晋様にお話しさせてください……」肇が慌てて割り込んできた。「ただ紀美子さんを探してほしいだけでしょう?他に用事はないわ」美月は言い放った。「奥様と喧嘩したからって、私たちまで巻き込まないでちょうだい」美月がそう言い終わらないうちに、通話が切られ
紀美子は翔太に事情を簡単に説明した。話を聞いた翔太は深くため息をついた。「あの子たちはみんなしっかりした子たちだ。自分で決めたことなら、無理に引き止めるわけにはいかない。尊重してやらなきゃな。だが……こんな場所で気分転換するべきじゃない」「そういえば、翔太さんはここで何を?」佳世子は話題をそらすように尋ねた。翔太はバーの入口を一瞥しながら答えた。「あの連中は舞桜の遠縁の親戚たちなんだ」二人は顔を見合わせ、紀美子は怪訝そうに聞いた。「どうして舞桜の親戚と一緒に?」翔太は苦笑し、鼻をこすりながら答えた。「実はな、舞桜と一週間後に婚約する予定なんだ」「えっ!?」二人は声を揃えて叫んだ。「そんな大事なこと、どうして教えてくれなかったの?」紀美子は驚きを隠せなかった。佳世子は舌打ちした。「翔太さん、私たちより早いじゃない!」「彼らが帰ってから紀美子に話そうと思ってたんだ」紀美子は軽く眉をひそめた。「さっき見かけたけど、舞桜と同世代くらいの人たちみたいね。難しい人たちなの?」「なんというか……」翔太は小さくため息をついた。「茂の親戚と似たような連中だ。だから君には早く知らせたくなかったんだよ。彼らは本当に面倒を起こすから」「舞桜が止めないの?」佳世子は聞いた。「いつまでも我慢してばかりじゃダメよ!」「止めないわけじゃない」翔太は言った。「舞桜の父親からの試練のようなものだ。舞桜は彼らのことで父親と大喧嘩したんだ。でも、父親は自分だけでは決められないと言ったらしい。舞桜の祖父の意向もあるみたいで」紀美子は話の裏を読み取って聞いた。「もしかして、その祖父って……舞桜と兄さんの関係に反対してるの?」「そうだ」翔太は率直に認めた。「舞桜の祖父は、海軍の偉いさんでさ。我々のような商人のことを、なかなか認めてはくれない」「今どきそんな家柄を気にするなんて!」佳世子は呆れたように言った。紀美子はしばらく考え込んでから言った。「でも、そうでなければ、舞桜もここまで来て兄さんと出会うこともなかったわね」「うん、その通りだ。前に舞桜が俺に会いに来たことが、余計に彼女の祖父の反感を買ったらしい」「舞桜は良い子よ」紀美子は翔太を見つめて言った。