「その顔、嫌がってるに見えるな。これくらいも我慢できないなら、行くのを止めろ」晋太郎は注意した。「先生、携帯を没収してもいいけど、少なくとも僕たちの代わりに僕たちの状況をお母さんに知らせてもらえる?」念江は慌てて隆久の方を見て話題を変えた。「それなら約束しよう。定期的に生活の様子を動画に撮って送る」それを聞いて、二人は安堵の息をついた。「ただお母さんが心配しすぎて体を壊すのが心配なだけなんだ」佑樹は説明した。「ゆみは修行に出ているけど、よくお母さんと連絡取ってる。もし僕たちが急に連絡絶ったら、お母さんは食事も睡眠もまともに取れなくなる」「それは理解できる」隆久は言った。しばらく雑談をしたら、晋太郎は子供たちを連れて帰宅した。彼は人を遣ってメイドリン学園に、子供たちの退学手続きを済ませ、残りの時間は可能な限り彼らと紀美子を外に連れ出し、気分転換を図った。この先、こんな機会はほとんどなくなるのだから。「旅行に連れて行ってやるから、行先を選んで」黙ってソファに座る二人の子供を見て、晋太郎は言った。「お母さんも一緒に行くの?」念江が顔を上げて尋ねた。「行かなければ強制連行するまでだ」晋太郎は答えた。「本当に紳士じゃないね。どうしてお母さんがお父さんのような男を好きになったのか理解できない」晋太郎は佑樹の言葉に反応せず、腕時計を覗いた。「もうすぐ昼だ。お母さんの会社まで一緒に行く」……11時半。紀美子と佳世子は会議を終え、昼食に行こうとしていた。書類を置いた瞬間、紀美子の電話が鳴った。受話器を取ると受付の声が聞こえた。「社長、MKの森川社長がお見えです。お子様たちも一緒です」「わかった、今すぐ行く!」紀美子は答えた。「佳世子、晋太郎と子供たちが来たの。昼食を一緒に食べない?」電話を切り、佳世子に尋ねた。「遠慮しとくわ」佳世子は言った。「家族団らんの邪魔はしたくないし」「わかった、じゃあ先に行くね」「行ってらっしゃい!」紀美子は急いで1階に降りると、晋太郎と子供たちは待合エリアで待っていた。紀美子が近づくと、三人が揃って立ち上がった。その動作はまるで同じ型から抜き出したように似ていた。「ごめんね、今朝は朝食を用意できなく
そう言われると、佑樹と念江は慌てて紀美子の顔を見上げた。落ち着いている母の顔を見て、佑樹はほっと胸を撫で下ろした。「出発は来週の月曜日」「あと6日一緒に過ごせるけど、お母さん……休暇取れないの?」「とれるわ!」紀美子は迷わず即答した。「この6日間、お母さんがずっと付き合ってあげるわ」念江と佑樹は目を見合わせて笑った。「お母さん、父さんが旅行に連れて行ってくれると言ってたけど、行きたいところある?」「そうね、どこに行くか迷っちゃうわ……」紀美子は考え込むふりをした。「僕、いい提案があるんだけど……」念江が話し終わらないうちに、個室のドアが突然開き、男性店員がトレイを持って入ってきた。トレイの上にはアイスクリームが2つ乗っていた。「お客様、本日の特別サービスで、ご来店のお子様全員にアイスクリームをプレゼントしております」「ありがとう、テーブルに置いてください」紀美子は頷き、笑顔で答えた。店員は手に持っていたアイスクリームをテーブルに置いた。しかし、彼が手を引こうとした瞬間、紀美子の目に何かが光るのが見えた。それが何か確認する間もなく、店員の視線が晋太郎に固定された。紀美子の胸に不吉な予感が走り、すぐに叫んだ。「晋太郎、危ない!!」晋太郎が気づいた時、店員はすでにナイフを抜き、自分の首をめがけて素早く突き出してきた。彼は瞬時に目の前の皿を掴み、刃が首に届く直前で受け止めた。「カチャッ」と、お皿が割れる音が響いた。晋太郎はもう一方の手で店員の手首を素早く掴んだ。一気に力を入れると、店員の手は不自然な形に折れ曲がった。「ああっ――手が、手が!!」店員は悲鳴を上げた。晋太郎は息つく暇も与えず、立ち上がって店員の胸元に強烈な蹴りを叩き込んだ。その蹴りの衝撃で、店員はドアにぶつかり、ドアごと後方に倒れ込んだ。大きな音に、レストランの客全員がこちらを見つめた。店長も慌てて駆けつけてきた。床に転がったナイフを見た店長の顔色が一変した。店長は店員の状態など気にも留めず、すぐに晋太郎と紀美子に向かって頭を下げた。「申し訳ありません入江さん、森川社長、驚かせてしまい……こいつをすぐに処分いたします!」「結構だ」晋太郎は怒りを込めて制止した。「
「ちょうど今日、あんたが同行してるから、あの店員は悟の指示で襲撃を仕掛けてきたと思う」考えれば考えるほど、紀美子は怖くなってきた。もしさっき晋太郎の反応が少しでも遅れていたら、きっとエリーに首を切られたボディガードと同じ運命をたどっていただろう。悟は暗闇に潜んでいて、いつ子供たちにまで手を出すか分からない。そう考えると、紀美子は子供たちに視線を向けた。彼らが早く隆久について行けば、もっと安全かもしれない。晋太郎は紀美子の手を握って慰めようとした。「余計なことは考えなくていい。この件は俺が解決する。君たちは明日の午前中までに、旅行の目的地決めて」晋太郎の冷静な表情を見て、紀美子はそれ以上何も言わなかった。午後1時半。食事を済ませ、晋太郎は一人でMKに向かった。オフィスの前に着くと、ボディガードが晋太郎にドアを開けた。 中では、瀕死状態に殴られた店員が血だるまになって倒れていた。「起こせ」晋太郎は彼を一瞥し、ボディガードに指示を出した。ボディガードは頷き、すぐに塩水を持ってきて実行した。傷口に塩水を流され、気絶していた店員は痛みで目を覚ました。「お願いです、逃してください!」彼は苦痛の叫び声を上げ、恐怖を堪えながら懇願した。「今更ここで助けを乞うなんて、覚悟を決めて俺を殺そうとしたんじゃなかったのか」晋太郎は冷たい目で彼を見下ろした。「何でも話します!だからお願いです!」晋太郎は冷たく笑った。本当に話す気なら、そんな言葉は出てこない。「ウソ発見器を持ってこい。こいつが嘘をついたら、その親を刺し殺せ」店員の顔は一瞬で蒼白になり、驚きのあまりしばらく声が出なかった。ボディガードがウソ発見器を装着し終えると、晋太郎は指で軽く肘掛けを叩きながら低い声で言った。「お前に聞くことは三つだけだ」店員は緊張で唾を飲み込んだ。恐怖で彼の心拍数が乱れ、機械は警告音を発した。「もう嘘の答を考え始めたのか」晋太郎は目を細めた。「準備させろ」そう言うと、彼はボディガードに指示した。ボディガードが頷こうとした瞬間、店員は慌てて呼び止めた。「待ってください!話します!本当のことを話します!」 「一つ目の質問だ。今日の襲撃計画はいつ指示された?」
晋太郎はメッセージを数通だけ読んで、ボディガードに携帯を返した。「美月にこの番号を調べさせろ」 ボディガードはすぐに美月と連絡を取った。晋太郎は再び店員を見て、冷たく笑った。「貴様のメンタルは想像以上のものだな」店員はきょとんとした表情を装った。晋太郎は立ち上がり、オフィスデスクの方へ歩み寄った。「貴様はずっと嘘をついている」彼はデスクの上にボディガードに用意させたナイフに指を滑らせながら言った。「俺は別に貴様の身元など調べていないし、親の話もただの試しだった。なのに貴様はわざと驚いたふりをして、俺の話に合わせた」店員の表情が徐々に固まっていった。晋太郎はナイフを手に取り、淡々と彼を見た。「そのやり取りのメッセージも、貴様が俺を騙すための芝居だ。貴様は賭けをした。俺が貴様の嘘に騙されるかどうかをな」「それに、レストランで貴様が長期間働いているなら、店長は即座に貴様をその場で叱責するはずだった。しかし、奴はそうしなかった。貴様があの店で働くようになってから、1週間も経っていないだろう!」晋太郎の分析を聞いて、店員の表情が次第に固まった。「なめられたもんだな!だが、これで終わりだと思うな」晋太郎は冷ややかに笑った。「こいつの目を隠せ」「何をするつもりだ?」反応する間もなく、ボディガードが取り出した黒い布で彼の目は覆われた。晋太郎はナイフを店員の左腕の内側に当てた。そこには、一本の黒い線だけのタトゥーがあった。晋太郎にナイフを当てられた部位から金属の冷たさが伝わり、彼の心拍数が一気に上がった。傍らの機械が激しい警告音を発した。「やはり俺の予想通りだった」晋太郎の黒い瞳に冷たさが浮かんだ。店員が返答する前に、晋太郎は素早くナイフを彼の腕に突き刺した。悲鳴がオフィス中に響き渡った。ちょうどドアの前に来た美月は、中の物音を聞くと、興奮した表情を浮かべた。彼女は楽しげに口角をあげ、ドアを押し開けた。晋太郎が店員の腕から、肉血がついた小さな黒い塊を取り出すと、美月は言った。「新型のマイクロ爆弾ですね?」「いつまでそこで見ているつもりだ?」美月は急いで近づき、途中で何枚ものティッシュを取った。晋太郎の横に来ると、彼女は慎重にそのマイクロ爆弾
「後片付けは任せた」晋太郎はナイフをゴミ箱に投げ捨て、美月から視線を外した。「かしこまりました」美月は唇を引き締めて笑いながら答えた。晋太郎はオフィスを出て、紀美子と子供たちのいる客室に戻った。ドアを開けると、紀美子が二人の子供と旅行先を選んでいる最中だった。音に気づき、彼らは晋太郎の方を見た。「あの店員、白状したの?」佑樹が興味深そうに尋ねた。「そう簡単にはいかない」晋太郎は反対側のソファに座った。「奴の悟への忠誠心を甘く見ていたようだ」 「悟は人の心を操るのが上手い人だから、部下が忠誠を誓うのも当然でしょう」紀美子は言った。「で、行き先は決まったか?」晋太郎は話題を変えた。「田舎に行きたい」念江は携帯画面を晋太郎に見せた。「田舎?」晋太郎はてっきり彼らが海外や他の都会を選ぶかと思っていたため、少し驚いた。「どこの田舎だ?」「この辺りは行ったことがないけど、民宿がたくさんあるみたい。お母さんもこういうのどかな場所が好きだって言ってたよ」念江は携帯画面に指さしながら言った。「わかった。荷物を準備して、今夜出発だ」森の奥にある小さな荘園。ドアが開き、ボディガードが慌ててソファで資料を読む悟のもとへ駆け寄った。「社長、晋太郎たちは琢山方面へ旅行に行くとの情報が入りました」 悟は資料を握る手に力を込め、一瞬だけ感情が瞳をよぎった。 「二人だけか?」悟が少し首を傾げて尋ねた。「子供たちも同行するようです。社長、手配しましょうか?」「まだいい」悟は言った。「今手を出したら、子供たちを巻き込んでしまう」 「なぜそこまで子供たちのことを気にするのですか?」ボディガードは不思議そうに尋ねた。「余計なことを聞くな」悟は資料を置き、不機嫌そうに言った。「失礼しました。すぐに仕事に戻ります」ボディガードはハッとして姿勢を正した。ボディガードが去ると、悟は窓の外の景色を眺めた。 彼は子供たちのことを躊躇っているわけではなかった。たとえ今の状況でも、彼は紀美子が子供を失う姿を見たくないだけだった。彼の標的はあくまで晋太郎だけで、紀美子には……まだ未練があった。また、今すぐ行動を起こさない理由は、情報が簡単
悟の計画は、晋太郎の帰還により砂のように崩れた。退路を考えていなかったことが、今の窮地を招いた。だが、彼はその状況をいつまでも続けさせるつもりは無かった。そう考えながら、悟は再び紀美子の資料を手に取った。子供たちを除くと、晋太郎の弱点は紀美子だけだった。……夜。晋太郎は紀美子と子供たち、運転手だけを連れ、都江宴ホテルを出発した。「ボディガードは本当に連れていかないの?」紀美子は周囲を見回して尋ねた。「後ろに大勢ついて回らないと護衛にならないのか?」晋太郎はシートベルトを調整しながら言った。紀美子はしばらく考えて、ボディガードたちはおそらく密かについてきているのだと理解した。だが普段なら派手に車列を組んでいたはずでは?いつもと違うのは、何か目的があるから?幾つかの疑問を抱えていたが、紀美子はそれ以上聞かなかった。代わりに、子供たちと一緒に晋太郎が用意したレゴで遊んだ。道中、紀美子は子供たちと遊びながらも、晋太郎に注意を向けていた。晋太郎は終始真剣な表情で何かのメッセージを返していた。誰かが話しかけない限り、彼は一言も発しなかった。「お母さん、お父さんは仕事で忙しいの?それともあの人の件?」念江もその状況に気づいて母に尋ねた。「お母さんもわからないわ」紀美子は首を振って答えた。「一緒に遊びに行くって言ったのに、一人で忙しそうにしてるなんて」佑樹は唇を尖らせた。「佑樹、急な旅行だったから、お父さんは処理しないといけない仕事が沢山あるのよ」佑樹の不満を察し、紀美子は慌てて説明した。「人のことを話すなら、聞こえないようにしたらどうだ?」突然、晋太郎の声が会話を遮った。紀美子は顔を赤らめた。確かに声を潜めていなかった。「用事を片付けていたが、もう終わった」晋太郎は携帯を置き、姿勢を正した。「他にも何かやってたんでしょ?」佑樹が容赦なく聞いた。 母の言い分はわかるが、ボディガードを連れていないのは不自然だ。今朝も襲われたし、普段ならもっと多くの護衛をつけるはずだが、後ろに誰もいないなんてあり得ない。高速で何かあったら、ボディガードはすぐに駆けつけられるのか?「何をしていたと思う?」晋太郎は佑樹を見て尋ねた。「ボディガ
「なるほど」晋太郎は軽く頷き、興味深そうに頬杖をついて続けた。「他に補足はあるか?」「お父さんはボディガードに情報を流させて、計画を変更したと見せかけるんだ。僕たちと旅行に行くはずが、急用で一人で出張することになった。そして何人かのボディガードをお父さんに成りすまさせ、大勢の護衛を連れて出発させる」子供たちの分析を聞いて、紀美子は呆然とその場に立ち尽くした。彼女は茫然と晋太郎を見つめ、答えを待った。「隆久について行かせるのを許可したのは正解だったようだ」晋太郎が言った。「じゃあ、子供たちの分析は当たったの?」紀美子は尋ねた。晋太郎は頷いた。「ああ。俺は奴のターゲットを混乱させた。護衛なしで堂々と出かけるなんて、バカでも手を出さない。だが、俺が一人で護衛を連れて出かけるなら、君がいない時が奴にとって最高のチャンスだ」「違うわ!」紀美子はすぐに反論した。「あの時だって、悟は大勢の護衛を連れて銃を撃ちながら追ってきたじゃない!今回私がいるいないで何が変わるの?私がいるからって彼が手柔らかにしてくれるとでも?忘れないで、彼は龍介さんに爆弾を仕掛けて、こっそり私の会社に置いていたのよ!」「要するに、奴は龍介を殺すつもりはなかった」晋太郎は説明した。「君の会社を破壊したり、社員を傷つけるつもりもなかった」「どういう意味?」紀美子は呆然とした。「爆弾は偽物だった」晋太郎は話を続けた。「奴が本当に俺たちを殺す気なら、あの夜の船上で、君を一人で残しておけば良かった。俺が到着した時に爆弾を爆発させれば、奴にとって最も手っ取り早い選択だったはず」「じゃあ、その後の追撃は何だったの?」紀美子は驚愕して尋ねた。「あれは単に俺たちの注意をそらすための手法だ。人間は危険に晒されると、他のことに気を回せなくなる」紀美子はまだ混乱しており、悟が自分のために手を出さなかったなんて納得できなかった。紀美子の表情を見て、晋太郎は彼女がまだ理解していないのが分かった。そして彼は再び説明を始めた。「その件を遡ると、実は俺が奴を会社から追い出した時点に起因する。奴は俺が対抗措置を取ることを理解し、潤ヶ丘がどんな場所で、どんな強力なネットワークがあるかも把握してい
「悟が育てているのは、昔で言えば雇い主のためなら命をも捨てられる兵士だね」念江は真剣な口調で言った。「その通りだ」晋太郎は頷いた。佑樹は話を続けた。「つまり、お母さんがいる場所では悟は手を出さず、いない時は父さんを狙ってくる。だから、僕たちは今安全だけど、ボディガードたちは危険にさらされることになる」「俺のボディガードもただの飯食いじゃない」晋太郎は言った。「それに、出発させたのはボディガードだけじゃない。都江宴ホテルの従業員も何人か同行させている」「従業員?」佑樹と念江は不思議そうに尋ねた。「都江宴ホテルの従業員は全員殺し屋なのよ」紀美子は龍介から聞いた話を子供たちに説明した。しかし、二人はそれほど驚かなかった。前に隆久と話した時、晋太郎が「隆久は殺し屋並みの訓練をさせる」と言っていた。そして、隆久が否定しなかったことが何よりの証拠だった。都江宴ホテルの従業員が全員殺し屋だというのもあり得なくなかった。我に返った紀美子は、子供たちの知能がすでに自分の想像をはるかに超えていることに気づいた。こんなに優れた遺伝子を、自分の未練で引き止めていたら、彼らの人生を台無しにするところだった。――別荘。悟はボディガードから晋太郎側の情報を聞くと、上着を手に外へ歩き出した。「情報は確かか?」悟は再確認した。「はい、今の状況から分析すると、今朝の情報は彼が意図的に流したダミーかと」ボディガードが急いで後を追った。「奴は自惚れているのか、それとも俺をこれまでの相手と同じレベルだと見くびっているのか」悟は笑った。「社長の知略には誰も及びません」車に乗り込むと、ボディガードが言った。「おだてるな」悟の目つきは寒気を帯びた。「今すぐ晋太郎を始末しなければならない。紀美子の方はどうなっている?」「手配の者から、都江宴ホテルの前で晋太郎を見送っていたとの報告がありました。社長、途中で始末しましょうか?」「油断は禁物だ。晋太郎の手下もただ者じゃない。もう少し時機を待て」悟は注意した。「承知しました。すぐに連絡します」――1時間後、うとうとしていた紀美子は晋太郎の携帯の着信音で目が覚めた。彼女は子供たちの様子を確認してから、晋太
紀美子は翔太に事情を簡単に説明した。話を聞いた翔太は深くため息をついた。「あの子たちはみんなしっかりした子たちだ。自分で決めたことなら、無理に引き止めるわけにはいかない。尊重してやらなきゃな。だが……こんな場所で気分転換するべきじゃない」「そういえば、翔太さんはここで何を?」佳世子は話題をそらすように尋ねた。翔太はバーの入口を一瞥しながら答えた。「あの連中は舞桜の遠縁の親戚たちなんだ」二人は顔を見合わせ、紀美子は怪訝そうに聞いた。「どうして舞桜の親戚と一緒に?」翔太は苦笑し、鼻をこすりながら答えた。「実はな、舞桜と一週間後に婚約する予定なんだ」「えっ!?」二人は声を揃えて叫んだ。「そんな大事なこと、どうして教えてくれなかったの?」紀美子は驚きを隠せなかった。佳世子は舌打ちした。「翔太さん、私たちより早いじゃない!」「彼らが帰ってから紀美子に話そうと思ってたんだ」紀美子は軽く眉をひそめた。「さっき見かけたけど、舞桜と同世代くらいの人たちみたいね。難しい人たちなの?」「なんというか……」翔太は小さくため息をついた。「茂の親戚と似たような連中だ。だから君には早く知らせたくなかったんだよ。彼らは本当に面倒を起こすから」「舞桜が止めないの?」佳世子は聞いた。「いつまでも我慢してばかりじゃダメよ!」「止めないわけじゃない」翔太は言った。「舞桜の父親からの試練のようなものだ。舞桜は彼らのことで父親と大喧嘩したんだ。でも、父親は自分だけでは決められないと言ったらしい。舞桜の祖父の意向もあるみたいで」紀美子は話の裏を読み取って聞いた。「もしかして、その祖父って……舞桜と兄さんの関係に反対してるの?」「そうだ」翔太は率直に認めた。「舞桜の祖父は、海軍の偉いさんでさ。我々のような商人のことを、なかなか認めてはくれない」「今どきそんな家柄を気にするなんて!」佳世子は呆れたように言った。紀美子はしばらく考え込んでから言った。「でも、そうでなければ、舞桜もここまで来て兄さんと出会うこともなかったわね」「うん、その通りだ。前に舞桜が俺に会いに来たことが、余計に彼女の祖父の反感を買ったらしい」「舞桜は良い子よ」紀美子は翔太を見つめて言った。
「結婚を発表する日に、この件も公表する」晋太郎はペンを置いてから答えた。今のところ、自分はまだ紀美子を正式に口説き落としていない。いきなりこんな話をしても、笑いものになるだけだ。夜。紀美子は佳世子に連れられ、帝都に新しくオープンしたバーに来ていた。入り口に入った瞬間耳をつんざくような音楽が聞こえてきて、紀美子は鼓動が早くなるのを感じた。彼女は佳世子の手を引き寄せ、耳元で叫ぶように言った。「佳世子、ここはやめようよ。あの人たちに知られたら、飛んでくるに決まってる」「どうしていけないの?」佳世子は紀美子の手を引っ張って中へ進んだ。「あの人たちはあの人たち、私たちは私たちよ。付き合ってるからって、こういう場所に来ちゃいけないルールでもあるの?正しく楽しんでるんだから、平気でしょ!」紀美子は佳世子が気分転換のために連れてきてくれたのだとわかっていた。だが、こういう騒がしい場所は苦手だった。理由は主に二つあった。一つは環境が乱雑なこと、もう一つは晋太郎の性格だ。彼が知れば、このバーごとひっくり返しかねない。自分でトラブルを起こすつもりもなければ、晋太郎に誰かに迷惑をかけさせるつもりもなかった。ボックス席に着いても、紀美子はまだ佳世子の手をしっかり握っていた。「佳世子、やっぱりここは嫌だわ。静かなバーに変えようよ?」「え、何?!」佳世子は聞き取れなかった。紀美子はもう一度繰り返し言った。「紀美子、まず座って落ち着いて話を聞いてよ」佳世子は言った。紀美子は彼女の意図を察し、しぶしぶ一緒に座った。佳世子は紀美子の耳元に寄った。「晋太郎、まだ記憶が戻ったって認めてないでしょ?」紀美子は彼女を見て尋ねた。「それがここに来ることと何の関係が?まさか、彼を刺激したいの?」佳世子は激しく頷いた。「男ってのはみんなそうよ。何か起こさないと本当のことを言わないのよ!」「だめだめ」紀美子は慌てて首を振った。「言わないのは彼の勝手よ。私がどうするかは私の自由。佳世子、本当にここにいたくないの」佳世子はまだ何か言いたげだったが、ふと目の端に映った人影に気づき、言葉を止めた。そしてじっとその見覚えのある姿を見つめながら言った。「紀美子、あの人……あなたのお兄
二人は涙を見せれば、ゆみがますます別れを惜しんでしまうことを恐れていたのだ。「ゆみ、待ってるから!毎日携帯見て、お兄ちゃんたちからの連絡を待ってるからね……ゆみはちゃんと大きくなるよ。ご飯もいっぱい食べて、悪さしないで……うう……早く帰ってきてね……」紀美子も、堪えきれず涙をこぼした。晋太郎がそっと近寄り、彼女を優しく抱き寄せた。この別れは、誰の胸にも重くのしかかっていた。ゆみは学校に行かなければならなかったので、佑樹と念江を見送った後、昼食を取るとすぐに急いで飛行機で帰って行った。紀美子は、がらんとした別荘を見回し胸の奥にぽっかりと穴が空いたような感覚に襲われ、ソファに座ったまま呆然としていた。今にも、子供たちが階上から駆け下りてきてキッチンで牛乳を飲むような気がしてならなかった。そんな紀美子の様子を見て、晋太郎は携帯を取り出し佳世子にメッセージを送った。1時間も経たないうちに、佳世子が潤ヶ丘に現れた。ドアが開く音に、紀美子がさっと振り向いた。佳世子と目が合うと、一瞬浮かんだ期待の色はすぐに消えていった。佳世子は小さくため息をつき、紀美子の隣に座った。「紀美子、まだ子供たちのことで頭がいっぱいなの?」紀美子は微かに頷いた。「うん……なかなか慣れなくて。佑樹と念江も行っちゃったし、ゆみもすぐ帰っちゃったし……」「あの子たち、本当にあなたに似てるわ」佳世子は言った。「あなたが帝都を離れてS国に行った時も、こんな風に自分の目標に向かって突き進んでたもの」紀美子はぽかんとし、思わず苦笑した。「あれは状況に迫られてのことよ」「そんなこと言ったら、まるで子供たちがあなたから離れたくてたまらないみたいじゃない」佳世子は紀美子の手を握った。「そんな話はやめましょう。午後はショッピングに行くわよ!」「ちょっと!」紀美子は驚いたように彼女を見つめて言った。「どうして急に来たの?」佳世子はきょろきょろと周りを見回し、晋太郎の姿がないのを確認すると、小声で言った。「実は、あなたのご主人に頼まれて来たのよ!」紀美子は、ご主人様という言葉を聞いて顔が赤くなった。「え、え?ご主人なんて……私、彼とはまだそんな関係じゃないのよ……」「遅かれ早かれ、そうなるんだから!」佳
俊介は淡く微笑んだ。「晋太郎、子供たちは俺にとって実の孫同然だ。心配する必要はない」その言葉を聞いて、紀美子は少し安心した。一行は保安検査場の目の前まで来ると、紀美子は子供たちの前にしゃがみ込んだ。彼女は無理に笑顔を作りながら、子供たちの腕に手を置いて言った。「一時間後には搭乗よ。誰と一緒でも、自分のことはきちんと守って。無理しないでね」佑樹と念江は頷いた。「ママ、心配しないで。僕たち、できるだけ早く帰るから」佑樹は言った。「ママも体に気をつけてね」念江は笑みを浮かべて言った。「パパと一緒に、今度は妹を作ってよ」紀美子は一瞬固まり、念江の鼻をつまんで言った。「ママとパパはまだ何も決めてないの。その話はまた今度ね」ゆみを待っている晋太郎は、周囲を見回しながらふと紀美子の方を見た。口を開こうとした瞬間、背後から慌ただしい足音が聞こえてきた。「お兄ちゃん!!念江お兄ちゃん!!」ゆみの声が響き、一同が振り返った。ゆみは小さな体で次々と乗客の間を縫うように駆け抜け、全力で佑樹と念江の元へ突進してきた。そして両手で二人の首にしっかりと抱きついた。「間に合ったよ!」ゆみは泣きながら二人の肩に顔を埋めた。「お兄ちゃんたちの見送り、間に合って良かった」佑樹と念江は呆然と立ち尽くした。まさかゆみがこんなに遠くまで見送りに来てくれるとは思ってもいなかったのだ。二人の目が一瞬で赤くなった。これ以上の別れの贈り物はないだろう。二人はゆみをしっかりと抱きしめ、必死に冷静さを保ちながら慰めた。「もう、泣くなよ!」佑樹はゆみの背中を叩いた。「人がたくさんいるんだぞ。恥ずかしくないのか」念江の黒く大きな目は優しさに溢れていた。「ゆみ、わざわざ来てくれてありがとう。大変だったろう」ゆみは二人から手を放した。「向こうに行ったら、絶対に自分のことをちゃんと気遣ってね。時間があったら、必ず電話してよ。分かった?」佑樹と念江は、思わず俊介を見た。その視線に気づいたゆみは、俊介を睨みつけた。「あなたのくだらない規則なんて知らないよ!お兄ちゃんたちを連れて行くのはいいけど、連絡を絶たせるなんてひどいよ!ゆみは難しいことは言えないけど、家族は連絡を取り合うべきだってわか
紀美子は箸を握る手の力を徐々に強めながら、優しく言った。「念江、大丈夫よ。本当にママに会いたくなったら、会いに来ればいい」念江はぽかんとした。「でもあそこは……」紀美子は首を振って遮った。「確かにルールはあるけど、抜け道だってあるはずでしょう?」念江はしばらく考え込んでから頷いた。「うん。僕たちが認められれば、きっとすぐにママに会える」紀美子は安堵の表情でうなずいた。子供たちと食事を終えると、彼女は階上へ上がり、荷造りを手伝った。今回は晋太郎の部下に任せず、自ら佑樹と念江の衣類や日用品をスーツケースに詰めていった。一つ一つスーツケースに収める度に、紀美子の胸の痛みと寂しさは募っていった。ついに、彼女は手を止め俯いて声もなく涙をこぼし始めた。部屋の外。晋太郎が階下へ降りようとした時、子供たちの部屋の少し開いた扉から、一人背を向けて座っている紀美子の姿が目に入ってきた。彼女の細い肩が微かに震えているのを見て、晋太郎の表情は暗くなった。しばらく立ち止まった後、彼はドアを押して紀美子の傍へ歩み寄った。足音を聞いて、紀美子は子供たちが来たのかと慌てて涙を拭った。顔を上げ晋太郎を見ると、そっと視線を逸らした。「どうしてここに……」「俺が来なかったら、いつまで泣いてるつもりだったんだ?」晋太郎はしゃがみ込み、子どもたちの荷物をスーツケースに詰めるのを手伝い始めた。「手伝わなくていいわ、私がやるから」「11時のフライトだ。いつまでやてる気だ?」晋太郎は時計を見て言った。「もう8時半だぞ」紀美子は黙ったまま、子供たちの服を畳み続けた。最後になってやっと気付いたが、晋太郎は服のたたみ方すら知らないようだった。ただぐしゃぐしゃに丸めて、スーツケースの隙間に押し込んでいるだけだった。紀美子は思わず笑みを浮かべて彼を見上げた。「あなた、本当に基本的なことさえできないのね」晋太郎の手は止まり、一瞬表情がこわばった。彼は不機嫌そうに顔を上げ、紀美子を見つめて言った。「何か文句でもあるのか?」紀美子は晋太郎が詰めた服を再び取り出しながら言った。「文句を言ったところで直らないだろうから、邪魔しないでくれる?」「この2日間で、弁護士に書類を準備させた。明日届く
「それは――龍介さんが自分で瑠美とちゃんと話すしかないんじゃない?」紀美子は微笑みながら言った。「紀美子、今夜は瑠美を呼んでくれてありがとう」龍介はグラスを持ち上げた。紀美子もグラスを上げて応じた。「龍介さんにはお世話になりっぱなしなんだから、こんな簡単なことでお礼言われると困るわ」夜、紀美子と晋太郎は子供たちを連れて家に戻った。紀美子が入浴を終えたちょうどその時、ゆみから電話がかかってきた。通話を繋ぐと、ゆみはふさぎ込んだ声で聞いてきた。「ママ、明日お兄ちゃんたち行っちゃうんでしょ?」紀美子はぎょっとした。「ゆみ、それは兄ちゃんたちから聞いたの?」「うん」ゆみが答えた。「ママ、お兄ちゃんたち何時に行くの?」浴室から聞こえる水音に耳を傾けながら、紀美子は言った。「ママも正確な時間わからないの。パパがお風呂から出たら聞いてみるから、ちょっと待っていてくれる?」「わかった」ゆみは言った。「ママ、それまで他の話しよっか」紀美子はゆみと雑談をしながら、十分ほど時間を過ごした。すると、晋太郎がバスローブ姿で現れた。ゆみの元気な声が携帯から聞こえてきたため、晋太郎は髪を拭きながらベッドの側に座った。「もう11時なのに、まだ起きてるのか?」紀美子が体を起こした。「佑樹たち明日何時に出発するのか知ってる?」晋太郎は紀美子の携帯を見て尋ねた。「ゆみはもう知ってるのか?」「知ってるよ!」ゆみは即答した。「パパ、私お兄ちゃんたちを見送りに行きたい」「泣くだろう」晋太郎は困ったように言った。「だから来ない方がいい」「嫌だ!絶対に行くの。だって次に会えるのいつかわからないんだもん」ゆみは強く主張した。その声は次第に震え始め、今にも泣き出しそうな顔になった。晋太郎は胸が締め付けられる思いがした。「分かったよ……専用機を手配して迎えに行かせる」そう言うと彼はベッドサイドの携帯を取り上げ、美月に直ちにヘリコプターを手配するよう指示した。翌日。紀美子は早起きして、子どもたちのために豪華な朝食を用意した。子供たちは、階下に降りてきてテーブルいっぱいに並んだ見慣れた料理を目にすると、驚いたように紀美子を見つめた。「これ全部、ママが一人
龍介は瑠美に笑いかけて言った。「瑠美、この前は助けてくれてありがとう」彼がアシスタントに目配せすると、用意してあった贈り物が瑠美の前に差し出された。「ささやかものだけど、受け取ってほしい」瑠美は遠慮なく受け取り、龍介に聞いた。「開けていい?」「どうぞ」瑠美は上にかけられていたリボンを解き、丁寧に箱のふたを開けた。中身を目にした瞬間、彼女は驚いて目を見開いた。「えっ!?これどうやって手に入れたの?!瑠璃仙人の作品でしょ!?」「前に君が玉のペンダントしてたから、好きなんだろうと思って」「めっちゃ好き!!」瑠美は興奮して紀美子に言った。「姉さん!これ梵語大師の作品よ!前に兄さんに探させたけど全然ダメだったのに!」紀美子は玉のことには詳しくないため、梵語大師が誰なのかもわからなかった。彼女はただ穏やかに微笑んで言った。「気に入ってくれて良かったわ」一方、晋太郎の視線は龍介に留まった。龍介の目には、かすかな熱意のようなものがある。紀美子を見る時には決して見せたことのない眼差しだ。もしかして、龍介は瑠美に気があるのか?晋太郎は探るように口を開いた。「吉田社長の狙いがこんなに早く変わるとはな」龍介は瑠美の笑顔から視線を外し、晋太郎の目を見つめて言った。「森川社長、それはどういう意味だ?」晋太郎は唇を歪めて冷笑した。「吉田社長、新しい対象ができたのに、なぜまだ紀美子に執着してるんだ?」それを聞いて、瑠美は驚いて顔を上げ、龍介と紀美子を交互に見た。紀美子は瑠美の視線を感じ取って、説明した。「私と吉田社長は何もないから、誤解しないで」「誤解なんてしてないよ」瑠美は言った。「でも晋太郎兄さんが言ってた『吉田社長の狙い』って、私のこと?」紀美子も、晋太郎のその言葉の真意はつかめていなかった。龍介のような、感情を表に出さず落ち着いていて慎重なタイプが、活発で明るい瑠美に興味を持つのだろうか。もしかすると、あの時瑠美が龍介を助けたことがきっかけなのか?二人の年齢差は10歳ほどあるはずだ。でも、性格が正反対なほど惹かれ合うって話もある。もし瑠美が龍介と結婚したら、みんな安心できるだろう。「もしよければ、瑠美さん、連絡先を教えてくれないか?」
そう言うと、晋太郎はさりげなく紀美子から車の鍵を受け取った。佑樹が傍らで晋太郎をじっと見て言った。「パパ、違うよ。ママが誰かとお見合いするわけじゃん」晋太郎は生意気な佑樹を見下ろしながら聞き返した。「じゃあ、何だって言うんだ?」佑樹は笑いながら紀美子を見て言った。「ママみたいな美人、お見合いなんて必要ないじゃん。ママに告白したい人を並ばせたら、地球を一周できるよ」念江も付け加えた。「前におばさんから聞いたけど、ママの会社の重役や課長さんたちもママに気があるらしい」晋太郎の端整な顔に薄ら笑いが浮かんだが、その目には陰りがあった。「ろくでもない奴らだ。君たちのママはそんなやつらに興味ない」重役と課長か……晋太郎は鼻で笑った。計画を早める必要がありそうだな。「そろそろ時間よ。遅れちゃうわ。三人とも、もう出発できる?」紀美子は腕時計を見て言った。一時間後。紀美子と晋太郎は二人の子供を連れてレストランに到着した。龍介が予約した個室に入ると、彼はすでに待っていた。紀美子を見て龍介は笑顔で立ち上がった。「紀美子、来たね」紀美子が前に出て謝った。「龍介さん、ごめん。渋滞でちょっと遅れちゃった」「気にしないで」龍介は晋太郎を見上げて言った。「森川社長、久しぶりだな」晋太郎は鼻で嗤い、皮肉をこめて言った。「永遠に会わなくてもいいんじゃないか」龍介はその言葉を無視し、子供たちにも挨拶してから席に着いた。紀美子が子供たちに飲み物を注いだ後、龍介に尋ねた。「今日は何の用?」「じゃあ単刀直入に言うよ」龍介の表情が急に真剣になった。「紀美子、瑠美は君の従妹だよね?一度彼女に会わせてくれないか?」紀美子は驚き、晋太郎と視線を合わせてから龍介を見た。「この前の件で瑠美に会いたいの?」龍介は頷き、率直に答えた。「ああ、命の恩人に対して、裏でこっそり調べたり連絡するのは失礼だと思ってね」「紹介はできるけど、彼女が会ってくれるかどうかはわからないよ」「頼むよ。あれからずっと、ちゃんとお礼も言えてなかったから」紀美子は頷き、携帯を取り出して瑠美の番号を探し出した。「今連絡してみる」電話がつながると、瑠美の声が聞こえた。「姉さん?どうした?
どっちみち焦っているのは晋太郎の方で、こっちじゃないんだから。これまで長い年月を待ってきたのだから、もう少し待っても構わない。2階の書斎。晋太郎はむしゃくしゃしながらデスクに座っていた。紀美子が龍介と電話で話していた時の口調を思い出すだけで、イライラが募った。たかが龍介ごときに、あんなに優しく対応するなんて。あの違いはなんだ?ちょうどその時、晴から電話がかかってきた。晋太郎は一瞥してすぐに通話ボタンを押した。「大事じゃないならさっさと切れ!」晋太郎はネクタイを緩めながら言った。電話の向こうで晴は一瞬たじろいだ。「晋太郎、家に着いたか?なぜそんなに機嫌が悪いんだ?」晋太郎の胸中は怒りでいっぱいになっており、必然と声も荒くなっていた。「用があるなら早く言え!」「はいはい」晴は慌てて本題に入った。「さっき隆一から電話があってな。出国前にみんなで集まろうってさ。あいつまた海外に行くらしい」「無理だ!」晋太郎は即答した。「夜は予定があるんだ」「午後、少しカフェで会うだけなのに、それも無理か?」午後なら……夜の紀美子と龍介の待ち合わせに間に合う。ついでに、あの件についても聞けるかもしれない「場所を送れ」30分後。晋太郎は晴と隆一と共にカフェで顔を合わせた。隆一は憂鬱そうにコーヒーを前にため息をついた。「お前らはいいよな……好きな人と結婚できて」晴はからかうように言った。「どうした?また父親に、海外に行って外国人とお見合いしろとでも言われたのか?」「今回は外国人じゃない」隆一は言った。「相手は海外にいる軍司令官の娘で、聞くところによると性格が最悪らしい」晴は笑いをこらえながら言った。「それはいいじゃないか。お前みたいな遊び人にはぴったりだろ?」「は?誰が遊び人だって?」隆一はムッとして睨みつけた。「お前みたいなふしだらな男、他に見たことないぞ!」「俺がふしだらだと?!」晴は激しく反論した。「俺、今はめちゃくちゃ真面目だぞ!」隆一は嘲るように声を上げて笑った。「お前が真面目?笑わせんなよ。佳世子がいなかったら、まだ女の間でフラフラしてたに決まってるだろ!」「お前だってそうだったじゃないか!よく俺のことを言える