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第1476話 番外編百二十四

Author: 花崎紬
隼人は素早く立ち上がり、ゆみに向かって手を振った。

「ゆみ、遊びに来たよ!」

ゆみは口元を引きつらせた。

——なんでこの人、私がここにいるって知ってるの?

一瞬困惑したが、すぐにゆみは察しがついた。

……間違いない。

佑樹兄さんが裏切ったんだ!

そして澈のこと――きっと臨の仕業だ。

家に裏切り者が二人もいたとは!!

ゆみはドアを閉め、冷たい視線を向けた。

「今日はおじいちゃんの墓参りに行くから遊べない」

「じゃあ、ちょうどいいじゃん!」

隼人が朗らかに言った。

「俺たちも一緒に行こうよ。人が多い方が賑やかだし、おじいさんもきっと喜ぶって!」

その言葉に、ゆみは何も言い返せずしぶしぶ頷いた。

澈は何も言わなかったが、視線はずっとゆみに向けられていた。

一方でゆみは、扉を開けたときに一瞥しただけで、あとは一度も澈を見ようとしなかった。

……見たくないわけじゃない。

見るのが怖いのだ。

ほんの一瞬でも彼を視界に入れれば、彼への想いがまた深くなってしまう。

もう一歩でも踏み込めば、きっと手放せなくなる。

昨夜、ようやく自分に言い聞かせたばかりなのだ。

ここで、すべてを水の泡にするわけにはいかない。

小林のお墓は裏山にあり、ここから少し距離があった。

遠くはないため、三人は歩いて裏山へ向かうことにした。

道中、隼人がゆみに話しかけた。

「ゆみ、告白することがあるんだ」

その言葉に、澈とゆみの鋭い視線が同時に彼に向けられた。

隼人は、白くて整った歯を見せて笑った。

朝日がやさしく差し込み、その笑顔はやけに明るく、爽やかだった。

「今日から君を、本気で口説くことにした」

その言葉を聞いた瞬間、ゆみは足元がぐらりと揺らいだ。

「……な、何て言ったの!?」

「告白だよ!」

隼人は言った。

「俺の周りに金持ちのお嬢さんはたくさんいるけど、君はその子たちとは全然違う!澈が言ってたんだ。君は六歳のときから、この村に来て修行を始めたって。つまり、自分の意志でここに来たってことだろ?

普通のお嬢さんなら、こんな田舎になんて来たがらないよ。ここは一目瞭然、経済状況はあまり良くない。でも、そんな場所で修行を続けてきた君を、俺はすごく尊敬してる。それに、そんな道を選んだ勇気も、本当に、並じゃないよ」

ゆみは何とも言えない顔で彼
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