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第1477話 番外編百二十五

Author: 花崎紬
風のない日だったが、ろうそくの炎はゆらめいていた。

ゆみはすぐに、小林がそばにいるのだと分かった。

けれど彼は姿を現すことはなく、ただ静かに見守ってくれているようだった。

彼女はしばらくろうそくの火を見つめたまま、心の中で問いかけた。

「おじいちゃん、そばにいるんでしょう?実は迷ってることがあって……答えてもらえるなら、線香の煙を真っ直ぐにしてくれない?」

そう心の中で念じると同時に、三本の線香から上がる煙が、まるで約束されたかのように、真っ直ぐ空へと昇っていった。

ゆみはほっと胸を撫で下ろした。

やはり、聞いてくれている。

「おじいちゃん、澈のことはわかってるよね。私、彼と一緒になってもいいのかな?いいなら、煙をまっすぐに。だめなら、煙を揺らしてくれる?」

緊張のあまり、ゆみは目を凝らして煙の動きをじっと見つめた。

しかし結果が出る前に、突然強い風が吹き、煙はすべて隼人の方へ流れていった。

隼人は煙にむせて、激しく咳き込んだ。

何しろ、煙は線香だけでなく、燃やした仏紙からも出ていたのだ。

これは……どういう意味??

その後、ゆみがいくら問いかけても、風は止む気配を見せなかった。

それゆえに、小林の本当の答えも知ることはできなかった。

ゆみは受け入れられず、混乱した。

山を下りたあと、澈と隼人を連れて家に戻ると、ゆみは言った。

「ちょっと出かけてくるから、ここで待っててね」

隼人と澈は顔を見合わせた。

ゆみが出て行ったあと、澈が口を開いた。

「食材を買ってこよう」

「ダメだよ」

隼人は澈の足を指差して言った。

「動くのも大変だろ?しかも今日はあんなに歩いたんだから、俺が行くよ」

「一緒に行こうよ」

澈は譲らなかった。

隼人は彼の頑なな態度を見て、それ以上は何も言わなかった。

ゆみは、小林の家を出ると、近所のおばさんから電動バイクを借り、隣村へと急いだ。

あの村には、小林と同じく、「霊能者」と呼ばれるおばあさんがいる。

ゆみはそのおばあさん、「稲荷の市子」に会って、今日の小林のメッセージの意味を確かめたかったのだ。

十数分で、ゆみは市子の家の前に到着した。

彼女は電動バイクを止め、玄関に向かって叫んだ。

「市子おばあちゃんー!いるー?」

「市子おばあちゃん!ゆみだよ!相談があるの!」

「市子おばあち
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