次郎は打ち倒され、晋太郎は立て続けに彼の顔を殴った。その勢いは、まるで次郎を殴り殺すかのようだった。秘書達は皆驚いて、秘書長が慌てて肇に電話をかけた。しかし中の次郎はまだ高笑いが止まらず、狂ったかのように叫び続けていた。「晋太郎、できるものなら俺を殺して見せろ!」「馬の骨が!お前はその母とも馬の骨だ!」「......」次郎が血塗れに殴られた頃、肇は駆け込んできた。肇は慌てて晋太郎を抑えて止めた。「晋様!もう止めてください!」「どけ!」晋太郎は血迷った目で肇を見て、冷たい声で怒鳴った。「晋様、ご冷静に!」「こいつはわざと言った、どうか落ち着いて!」「彼を殺したところで、何のメリットもありません!」肇は必死に晋太郎の腰を掴んで手を離そうとしなかった。晋太郎は漸く手を止め、瞳の中の怒りは肇の話で段々と苦しみへと変わった。彼は歯を食いしばり、鋭い目つきで半殺しにされた次郎を見つめた。「セキュリティにこいつを放り出させろ!」晋太郎は怒りを抑えながら命令した。「任せてください」「晋様、どうか落ち着いて!」晋太郎を離し、肇は直ちにセキュリティを呼んだ。そしてすぐ、意識不明になりかけた次郎が担ぎだされていった。10分も経たないうちに。そのことは貞則の耳に届いた。彼は慌てて病院に向かいながら晋太郎に電話をかけた。すぐ、電話が繋がった。「チクショー!」貞則は怒鳴った。「お前は一体どこまでやれば気が済む?」「次郎のことをバラされたくなければ、取引をしないか?」晋太郎は赤く腫れた手の甲を見て、冷たい声で言った。……30分後。貞則は晋太郎の事務所に現れた。「お前、自分が社長だから俺と株の相談ができると思うなよ!」「どうやら次郎はあんたにとって、そこまで重要でもなさそうだ」晋太郎はゆっくりと見上げて言った。「次郎のことで俺を抑えようとするな」「30%の株など、ふざけるな!」「欲張りにもほどがある!」「無理か」「ならば午後にでもMK社として記者会見を開こうか」「貴様、いい加減にしろ!」貞則は怒りで思わず体が震えた。「できるかどうか、見てみるがいい」晋太郎は貞則に警告した。「株主総会を開き、お前をMKから追い出す
「30%もの株なんて、寝言は寝てから言え!」貞則は椅子に腰を掛けた。「相談の余地もないなら、もうこれ以上話す必要はない」晋太郎は言った。「お前は一体どうしたい?」貞則は机を叩いた。「たとえお前を追い出しても、他のヤツをいくらでも育てられる!」「恐らく俺と同じ能力の人を育てたとしても、その頃にはMKは既に踏みつぶされていただろう」晋太郎はあざ笑いをした。「俺がMKを引き受けられないとでも思ってんのか?」「もう10年も会社にいないあんたなんて、どれだけ会社のことがわかるか?」「業界の動向、新商品の企画、開発、あんたには分かるのか?」貞則は言葉を詰まらせた。「次郎の名声がもたらした影響を含めて、MKがどこまでもつと思う?」問い詰められた貞則は、きつく拳を握ること以外、何も言い返せなかった。晋太郎にそう言われ、貞則はますます彼がMKに不可欠だと思ってきた。一旦彼を放したら、数年も経たないうちに、MKは絶対に飲み込まれるだろう。こう考えると、株どころか、自分の帝都での地位も奴に取って代わられるに違いない。しかし、自分が持っている株をヤツに譲渡すると、恐らく次郎はもう一生この会社を受け継げなくなる。その時、彼はもっと自分を眼中に置かないだろう。利害を目の前に、貞則は長らく沈黙した末、ようやく決心がついた。「分かった、30%の株をくれてやろう!」「だがもしお前が次郎に少しでも害をすれば、これらの株を全て撤回するからな!」「弁護士はもうすぐ来る、この場で株の譲渡を行おう」晋太郎は冷たく笑みを浮かべた。「お前、ずっと株のことを図っていたな!」「転ばぬ先の杖、あんたからの受け売りだ」昼頃。株譲渡の契約を結んだ貞則は、悔しくも一旦MKを離れるしかなかった。晋太郎は翔太に電話をかけようとした時、杉本肇が外から駆け込んできた。「晋様!A国から情報が届いています!」肇は慌てた声で報告した。「どうした?」「我々のファイアウォールが、昨夜また3重破られ、技術部はもう手に負えません。「副社長は、あなたが一度A国に重要な案件を疎開することを検討してきたらと勧めています」「出来損ない共が!」晋太郎の顔は凍てつくほど曇り切った。「腕の立つハッカーを探せ」「報酬
紀美子は申し訳なそうに娘の顔を撫でた。「ごめん、お母さんはさっき考え事をした」「あの人のことを考えていたの?」ゆみは柔らかい声で尋ねた。「あの人って、誰のこと?」紀美子はわざと聞き返してみた。「あのクズおやじのことだろう」隣の佑樹が代わりに答えた。紀美子は朦朧として、晋太郎が出ていってから、既に二日が経っていた。最近彼からは電話どころか、メッセージ一通も来なかった。まるで自分と一生会わないかのようだった。「そんなことないわ、お母さんは他のことを考えていたの」紀美子はため息をついた。「お母さんのうそつき!」ゆみはくちをすぼめた。「最近家にいる時、ずっと携帯を手放さなかったんでしょ!」「......」自分はそんなに分かりやすかったの......?「お母さん、何であのクズおやじのことが好きなの?」佑樹も口を合わせて尋ねた。紀美子はその感情をどう子供達に説明すればいいか戸惑った。「あ、そうだ、天もうすぐ暖かくなるし、お母さんが服を作ってあげようか?」紀美子は話を逸らそうとした。佑樹は呆れて母を見た。「話を逸らすのはよくないよ、お母さん」「逸らしてないよ」紀美子は誤魔化そうとした。「お母さんはただ、もっとあなたたちに気を使いたかっただけ」そう言ったそばから、ゆみが小さな手で紀美子の顔をすくった。「お母さん、何でいつも眉を顰めてるの?」「もし本当にお父さんに会いたいのなら、メッセージを送ればいいじゃん」ゆみは母に勧めた。「いや、彼はきっと最近忙しいから、邪魔したくないの」紀美子は首を振って答えた。彼には、もう説明してあげた。信用してくれない男の機嫌など、取る必要はない。ゆみは清らかな瞳をくるっと回した。お母さんが連絡しないのなら、お父さんに連絡させればいい!後で家に戻ったらすぐお父さんにメッセージを送ろう!こんなにもたもたするなんて。全然可愛くない!病院に到着した。紀美子は子供達を検査に連れていった。楠子が子供に手を出していないと言っているが、紀美子はやはり不安だった。彼女は自分の目で確かめない限り、安心できなかった。30分後。紀美子は子供達の検査レポートを医者に渡した。「入江さん、もう安心してい
その時、飯を食べていた晋太郎はゆみからのメッセージが届いた。ゆみのメッセージを読んで、彼は思わず笑みを浮かべた。しかし最後まで読むと、晋太郎は戸惑った。男の子?自分はいつ男から「男の子」になった?「俺に何を言ってほしい?」「何でもいいよ」「ゆみ、お母さんって、悟さんと仲が良かったのか?」晋太郎は暫く考えてからメッセージを返信した。ゆみは賢く、メッセージを読んだらすぐにきづいた。父は自分の話を誘い出そうとしている。「そうだよ、悟お父さんはお母さんにお世話をしていて、お母さんも悟お父さんにお世話をしているの」「お世話以外、他に何かあったのか?」お父さんは何故そんなことを聞いてるの?ゆみは暫く考えた。もしかしてお母さんと悟お父さんのやきもちをしてるの?彼女は、「やきもち」ということが分かっていた。しかも、やきもちをすればするほど、その人のことが好きだという。それは朔也おじさんが教えてくれたのだ。なら、お父さんに一杯やきもちをさせなきゃ!そうすれば、きっともっとお母さんのことが好きになってくれる!「もしかして、ゆみが見えないとところで、2人が手を繋いだり、抱っこをしたりするかもしれない?」「だってお母さんが食べ物がのどに詰まったら、悟お父さんはとても心配してたんだもん!」ゆみは電話のこたらで微笑みながら返信した。だが、向こうの晋太郎はその話で顔が真っ黒に曇った。手を繋ぐ?抱っこする?その文字が深く彼の心に刺さった。自分の女が他の男とあんなことをしていたと思うと、彼はまるで胸が塞がれたかのように息が詰まった。「分かった!」晋太郎はイラついて返信をした。「忘れずにお母さんの機嫌を取ってあげてね!」30分後。紀美子は佳世子の家の近くまできた。佳世子が怠そうに出てきて、紀美子の車に乗った。彼女の顔が少し赤く染まっているのを見て、紀美子は手を伸ばして確認した。暫く触ってみたら、紀美子は思わず眉を寄せた。「もしかして熱が出てるの?」「分からないよ、何だか頭が重くって」佳世子は力が抜けた声で答えた。「早く、病院へ!」紀美子は運転手に指示した。途中で、佳世子はずっと紀美子の肩に寄り添い、病院まで昏睡していた。病院に入り、
「もう、何処に行ってたんだよ?」晴は焦った声で尋ねた。「俺が家に帰ったら君がいなくて、何で出かけるのを言ってくれなかった?」「昨日言うのを忘れてたけど、今日は健診の日、紀美子を呼んで一緒にきた」「そか、分かった、後で迎えにいく」「ううん、大丈夫。これから紀美子とちょっとぶらぶらして帰るから」紀美子は不思議に佳世子を見た。「そろそろきるね、もうすぐ検査が始まるから」佳世子は晴にそういいながら、紀美子に目で合図を送った。「分かった、気をつけてね、俺は家で待ってる」「うん」「何で熱が出たことを教えてあげなかったの?」紀美子は尋ねた。「いいのよ。最近彼は神経を尖らせすぎてるの。何でも教えてあげたら、無駄に心配するから余計疲れるし」佳世子は腹を撫でながら、目に優しさが浮かんだ。「この子は将来、きっと晴みたいに優しくて責任のある人になれる」紀美子は手を佳世子の腹に当てながら言った。「ねえ、紀美子。もし女の子だったら、名前を何にする?男の子は?」佳世子は笑いながら意見を求めた。「まだまだ早いよ。それに、名前は晴に決めてもらわなきゃ」「彼はね、女の子だったら『美世』、男の子だったら『浦正』にすると言ってたのよ」佳世子はがっかりした顔で言った。「はっ?時代劇にも出てきそうな名前じゃん!」紀美子も思わずツッコミを入れた。「だからさ、子供の名前について彼と相談するのは間違ってるのよ!絶対嫌だ!」検査室の前にて。紀美子は朝一度きて、そして今また来た検査室を見て、少し変な気分になった。しかし何処が変なのかは自分もよく分からず、ただ不安が募るだけだった。佳世子が検査室に入り、紀美子はベンチに座って待っていた。20分経っても佳世子は出てこなかった。この時、彼女の携帯が鳴り出してきた。晋太郎からの電話だった。彼の怒りは鎮まったのか?紀美子は眉を寄せた。廊下の突き当りに行き、彼女は通話ボタンを押した。「もしもし?」「今どこだ?」晋太郎は尋ねた。「病院。佳世子の健診に付き合ってる」「君、ツバメの巣が好きか?」「まだそのことを気にしてるの?」紀美子は呆れて尋ねた。「違う!」晋太郎は強く否定した。「俺はただ君がそれが好きかどうか聞い
紀美子は考えていたところ、再び携帯が鳴った。今度は舞桜からの電話だ。紀美子は受信ボタンを押した。「舞桜」「き、紀美子さん!」舞桜は恐怖に満ちた声で言った。「庭にツバメの巣が山ほど積まれてる!」「山ほど積まれてるってどういうこと?」紀美子は驚きの表情で聞いた。「わからないよ!さっき買い物から帰ってきたら、いきなりすごくたくさんのツバメの巣が増えてたの!」舞桜は舌打ちをして言った。「すごくたくさんって、どれくらい?」紀美子は舞桜の驚きがどれほどのものか想像できなかった。「一目見ただけで、たぶん何十箱もあるよ!」「......」紀美子は言葉を失った。晋太郎がさっき何て言ってたか――全部食べるか。こんなにたくさんのツバメの巣、一晩で食べきるなんて絶対に無理だろう!この男は一体何を考えているの?「ボディーガードに全部倉庫に運ばせて、夜にはみんなで飲んでおこう」紀美子は頭を抱えながら言った。「わ、分かったわ、紀美子さん」紀美子は電話を切り、ため息をついて検査室に向かった。検査室の前に着くと、ドアが開いていて、紀美子は疑問を感じながらドアを押し開けて中を覗き込んだ。中には医者がいるだけで、佳世子の姿は見当たらなかった。紀美子は急いで聞いた。「先生、さっき検査を受けた妊婦さんはどこですか?」「杉浦佳世子という名前の患者さんですね?」医者は振り返って言った。「そうです。彼女はどうしてここにいないんですか?」紀美子はうなずいた。医者はため息をつき、机の上にあった報告書を紀美子に渡しながら言った。「さっきの患者さん、検査結果を見た後、すぐに帰ってしまいました」紀美子は医者から渡された報告書を見つめた。すると、顔色が急変した。報告書には目を刺すような三つの文字が記されていた──エイズ。紀美子は体中が震え、手が止まらなかった。こんなことがあるなんて......佳世子がこんな病気になるなんて、あり得ない!「若いのにこの病気にかかってしまって、彼女自身も壊れてしまったようです。あなたが早く探しに行って、慰めてあげてください」医者は続けて言った。紀美子は我に返り、顔色を失って廊下の両端を見渡した。消防通路が見えた瞬間、考える間もなくそちらへ向かって走り出した。そして最速のスピードで階段を
佳世子はぼんやりとした表情で紀美子の肩に顎を乗せて言った。「紀美子、知ってる?私が妊娠したことを知ったとき、怖かったの」「でも、晴に妊娠のことを話したとき、彼が無駄に優しく接してくれて、怖さが消えて、全身全霊でこの子を受け入れたの」「少しずつ、私と赤ちゃんは一体になった感じがして、切り離せない存在になった。そして、私は彼の到着を心から楽しみにしていた」「彼は私の子供で、血を分けた存在だから、誰かが彼を傷つけたら、私は死ぬ気で戦うと思う」「でも、まさかこんな病気にかかるなんて思わなかった」「どうすればいいの、この子は?どうしたらいいの......」「紀美子、医者が言ってた、もしこの子を産んだら、彼も病気にかかるって。彼は一生このウイルスを抱えて生きていかなきゃいけない。でも、もし中絶することにしたら、私は絶対にできない、どうしてもできない......」「それに外の人たちも、私がこんな病気にかかったことを知ったら、私を汚れた女だと思うだろう。でも、私は汚れた女なんかじゃない!私は、私は......」佳世子は全身を震わせ、苦しみに耐えながら泣き崩れた。紀美子も涙を流しながら言った。「そんなふうに自分を責めないで、あなたがどんな人かよくわかっている。私たちがなんとかこの病気を治す方法を探すから、きっと方法はあるはず」「佳世子、諦めないで、私たちがいるから」佳世子は紀美子の肩に寄りかかり、目を閉じた。彼女は紀美子に何も答えず、ただ紀美子の腕の中で涙を流し続けていた。内臓が引き裂かれるような痛みが続き、その痛みに頭の中ではただ一言が繰り返されていた。死にたい......紀美子は静かに佳世子を支えていた。どれくらいの時間が経ったのか、佳世子がやっと紀美子の腕から身を引いた。彼女は赤く腫れた目を半開きにし、かすれた声で言った。「帰って、屋上が寒いから」紀美子は彼女のその姿を見て心配し、彼女を一人で残しておくことが何が起こるのか想像もできなかった。彼女は強く佳世子の手を握りしめ、穏やかな声で言った。「一緒に帰りましょう、ね?」「いいえ」佳世子は冷たく言った。彼女は息を整えながら続けた。「この子を中絶しに行きなきゃ」紀美子はしばらく言葉を失った。もしこの子をそのまま産んでしまったら、その子はきっ
そう言うと、佳世子は紀美子の手を強くつかんだ。「紀美子、お願い、お願いだから、晴にはこのことを言わないで!」「お願い、助けて。お願いだから、私と一緒に子供を中絶しに行ってくれない?私はこの子が苦しむ姿を見たくないの......」彼女は懇願するように言った。「このことは晴に知らせるべきじゃないのか?」紀美子は痛ましそうに彼女を見つめながら言った。「ダメ!」佳世子は強く否定した。「紀美子、お願い、お願いだから、言わないで!絶対に言わないで!」「中絶することはいつか必ずばれるわ」紀美子は諭すように言った。「佳世子、このことを隠していると、将来晴に知られたとき、二人の誤解はもっと深くなるよ」「私は、彼に誤解させたいの!」佳世子は理性を失い、叫んだ。「今、私に晴と一緒にいる資格があると思うのか?!「私はエイズにかかっている!エイズだよ!!」「私は彼に失望されることが怖いわけじゃないわ。でも、彼が私と一緒に困るのを見たくない!!」「それじゃ、一人でこのすべてを背負うつもりなの?」紀美子は胸を痛めながら尋ねた。「これは私が自分で招いた結果だ」佳世子は涙を流しながら、無力な笑みを浮かべた。「お願い、紀美子、これは私の初めてのお願いだから……助けて、お願い」「晴はそんなあなたを受け入れてくれるかもしれないと思ったことはないの?」紀美子は問いかけた。「受け入れるなんてことはさせないの。私は自分自身を許せないし、何より、私は本当に彼を愛しているから」佳世子は答えた。佳世子の涙は止まらず、どんどん流れ落ちた。紀美子は彼女の瞳に見える暗さと痛みを感じ、疲れ果てた。彼女は自分に問いかけた。このような状況になった場合、もし自分だったら、晋太郎と一緒にい続けられるだろうか?一瞬で、答えは明らかだった。自分はきっと、一緒にいることを選ばない。自分は晋太郎を遠ざけるために、あらゆる手を尽くすだろう。たとえ一人で苦しみ、暗闇に飲み込まれたとしても、彼を引き込むことは絶対にしない。紀美子は深く息を吸い込んでから言った。「分かった、約束する。でも、諦めないで、治療を受けることを約束して」そして、彼女は必ず佳世子が病気に感染した原因を突き止めると心に決めた。このことは、絶対にこのままにはしておけない。「......分か
紀美子は翔太に事情を簡単に説明した。話を聞いた翔太は深くため息をついた。「あの子たちはみんなしっかりした子たちだ。自分で決めたことなら、無理に引き止めるわけにはいかない。尊重してやらなきゃな。だが……こんな場所で気分転換するべきじゃない」「そういえば、翔太さんはここで何を?」佳世子は話題をそらすように尋ねた。翔太はバーの入口を一瞥しながら答えた。「あの連中は舞桜の遠縁の親戚たちなんだ」二人は顔を見合わせ、紀美子は怪訝そうに聞いた。「どうして舞桜の親戚と一緒に?」翔太は苦笑し、鼻をこすりながら答えた。「実はな、舞桜と一週間後に婚約する予定なんだ」「えっ!?」二人は声を揃えて叫んだ。「そんな大事なこと、どうして教えてくれなかったの?」紀美子は驚きを隠せなかった。佳世子は舌打ちした。「翔太さん、私たちより早いじゃない!」「彼らが帰ってから紀美子に話そうと思ってたんだ」紀美子は軽く眉をひそめた。「さっき見かけたけど、舞桜と同世代くらいの人たちみたいね。難しい人たちなの?」「なんというか……」翔太は小さくため息をついた。「茂の親戚と似たような連中だ。だから君には早く知らせたくなかったんだよ。彼らは本当に面倒を起こすから」「舞桜が止めないの?」佳世子は聞いた。「いつまでも我慢してばかりじゃダメよ!」「止めないわけじゃない」翔太は言った。「舞桜の父親からの試練のようなものだ。舞桜は彼らのことで父親と大喧嘩したんだ。でも、父親は自分だけでは決められないと言ったらしい。舞桜の祖父の意向もあるみたいで」紀美子は話の裏を読み取って聞いた。「もしかして、その祖父って……舞桜と兄さんの関係に反対してるの?」「そうだ」翔太は率直に認めた。「舞桜の祖父は、海軍の偉いさんでさ。我々のような商人のことを、なかなか認めてはくれない」「今どきそんな家柄を気にするなんて!」佳世子は呆れたように言った。紀美子はしばらく考え込んでから言った。「でも、そうでなければ、舞桜もここまで来て兄さんと出会うこともなかったわね」「うん、その通りだ。前に舞桜が俺に会いに来たことが、余計に彼女の祖父の反感を買ったらしい」「舞桜は良い子よ」紀美子は翔太を見つめて言った。
「結婚を発表する日に、この件も公表する」晋太郎はペンを置いてから答えた。今のところ、自分はまだ紀美子を正式に口説き落としていない。いきなりこんな話をしても、笑いものになるだけだ。夜。紀美子は佳世子に連れられ、帝都に新しくオープンしたバーに来ていた。入り口に入った瞬間耳をつんざくような音楽が聞こえてきて、紀美子は鼓動が早くなるのを感じた。彼女は佳世子の手を引き寄せ、耳元で叫ぶように言った。「佳世子、ここはやめようよ。あの人たちに知られたら、飛んでくるに決まってる」「どうしていけないの?」佳世子は紀美子の手を引っ張って中へ進んだ。「あの人たちはあの人たち、私たちは私たちよ。付き合ってるからって、こういう場所に来ちゃいけないルールでもあるの?正しく楽しんでるんだから、平気でしょ!」紀美子は佳世子が気分転換のために連れてきてくれたのだとわかっていた。だが、こういう騒がしい場所は苦手だった。理由は主に二つあった。一つは環境が乱雑なこと、もう一つは晋太郎の性格だ。彼が知れば、このバーごとひっくり返しかねない。自分でトラブルを起こすつもりもなければ、晋太郎に誰かに迷惑をかけさせるつもりもなかった。ボックス席に着いても、紀美子はまだ佳世子の手をしっかり握っていた。「佳世子、やっぱりここは嫌だわ。静かなバーに変えようよ?」「え、何?!」佳世子は聞き取れなかった。紀美子はもう一度繰り返し言った。「紀美子、まず座って落ち着いて話を聞いてよ」佳世子は言った。紀美子は彼女の意図を察し、しぶしぶ一緒に座った。佳世子は紀美子の耳元に寄った。「晋太郎、まだ記憶が戻ったって認めてないでしょ?」紀美子は彼女を見て尋ねた。「それがここに来ることと何の関係が?まさか、彼を刺激したいの?」佳世子は激しく頷いた。「男ってのはみんなそうよ。何か起こさないと本当のことを言わないのよ!」「だめだめ」紀美子は慌てて首を振った。「言わないのは彼の勝手よ。私がどうするかは私の自由。佳世子、本当にここにいたくないの」佳世子はまだ何か言いたげだったが、ふと目の端に映った人影に気づき、言葉を止めた。そしてじっとその見覚えのある姿を見つめながら言った。「紀美子、あの人……あなたのお兄
二人は涙を見せれば、ゆみがますます別れを惜しんでしまうことを恐れていたのだ。「ゆみ、待ってるから!毎日携帯見て、お兄ちゃんたちからの連絡を待ってるからね……ゆみはちゃんと大きくなるよ。ご飯もいっぱい食べて、悪さしないで……うう……早く帰ってきてね……」紀美子も、堪えきれず涙をこぼした。晋太郎がそっと近寄り、彼女を優しく抱き寄せた。この別れは、誰の胸にも重くのしかかっていた。ゆみは学校に行かなければならなかったので、佑樹と念江を見送った後、昼食を取るとすぐに急いで飛行機で帰って行った。紀美子は、がらんとした別荘を見回し胸の奥にぽっかりと穴が空いたような感覚に襲われ、ソファに座ったまま呆然としていた。今にも、子供たちが階上から駆け下りてきてキッチンで牛乳を飲むような気がしてならなかった。そんな紀美子の様子を見て、晋太郎は携帯を取り出し佳世子にメッセージを送った。1時間も経たないうちに、佳世子が潤ヶ丘に現れた。ドアが開く音に、紀美子がさっと振り向いた。佳世子と目が合うと、一瞬浮かんだ期待の色はすぐに消えていった。佳世子は小さくため息をつき、紀美子の隣に座った。「紀美子、まだ子供たちのことで頭がいっぱいなの?」紀美子は微かに頷いた。「うん……なかなか慣れなくて。佑樹と念江も行っちゃったし、ゆみもすぐ帰っちゃったし……」「あの子たち、本当にあなたに似てるわ」佳世子は言った。「あなたが帝都を離れてS国に行った時も、こんな風に自分の目標に向かって突き進んでたもの」紀美子はぽかんとし、思わず苦笑した。「あれは状況に迫られてのことよ」「そんなこと言ったら、まるで子供たちがあなたから離れたくてたまらないみたいじゃない」佳世子は紀美子の手を握った。「そんな話はやめましょう。午後はショッピングに行くわよ!」「ちょっと!」紀美子は驚いたように彼女を見つめて言った。「どうして急に来たの?」佳世子はきょろきょろと周りを見回し、晋太郎の姿がないのを確認すると、小声で言った。「実は、あなたのご主人に頼まれて来たのよ!」紀美子は、ご主人様という言葉を聞いて顔が赤くなった。「え、え?ご主人なんて……私、彼とはまだそんな関係じゃないのよ……」「遅かれ早かれ、そうなるんだから!」佳
俊介は淡く微笑んだ。「晋太郎、子供たちは俺にとって実の孫同然だ。心配する必要はない」その言葉を聞いて、紀美子は少し安心した。一行は保安検査場の目の前まで来ると、紀美子は子供たちの前にしゃがみ込んだ。彼女は無理に笑顔を作りながら、子供たちの腕に手を置いて言った。「一時間後には搭乗よ。誰と一緒でも、自分のことはきちんと守って。無理しないでね」佑樹と念江は頷いた。「ママ、心配しないで。僕たち、できるだけ早く帰るから」佑樹は言った。「ママも体に気をつけてね」念江は笑みを浮かべて言った。「パパと一緒に、今度は妹を作ってよ」紀美子は一瞬固まり、念江の鼻をつまんで言った。「ママとパパはまだ何も決めてないの。その話はまた今度ね」ゆみを待っている晋太郎は、周囲を見回しながらふと紀美子の方を見た。口を開こうとした瞬間、背後から慌ただしい足音が聞こえてきた。「お兄ちゃん!!念江お兄ちゃん!!」ゆみの声が響き、一同が振り返った。ゆみは小さな体で次々と乗客の間を縫うように駆け抜け、全力で佑樹と念江の元へ突進してきた。そして両手で二人の首にしっかりと抱きついた。「間に合ったよ!」ゆみは泣きながら二人の肩に顔を埋めた。「お兄ちゃんたちの見送り、間に合って良かった」佑樹と念江は呆然と立ち尽くした。まさかゆみがこんなに遠くまで見送りに来てくれるとは思ってもいなかったのだ。二人の目が一瞬で赤くなった。これ以上の別れの贈り物はないだろう。二人はゆみをしっかりと抱きしめ、必死に冷静さを保ちながら慰めた。「もう、泣くなよ!」佑樹はゆみの背中を叩いた。「人がたくさんいるんだぞ。恥ずかしくないのか」念江の黒く大きな目は優しさに溢れていた。「ゆみ、わざわざ来てくれてありがとう。大変だったろう」ゆみは二人から手を放した。「向こうに行ったら、絶対に自分のことをちゃんと気遣ってね。時間があったら、必ず電話してよ。分かった?」佑樹と念江は、思わず俊介を見た。その視線に気づいたゆみは、俊介を睨みつけた。「あなたのくだらない規則なんて知らないよ!お兄ちゃんたちを連れて行くのはいいけど、連絡を絶たせるなんてひどいよ!ゆみは難しいことは言えないけど、家族は連絡を取り合うべきだってわか
紀美子は箸を握る手の力を徐々に強めながら、優しく言った。「念江、大丈夫よ。本当にママに会いたくなったら、会いに来ればいい」念江はぽかんとした。「でもあそこは……」紀美子は首を振って遮った。「確かにルールはあるけど、抜け道だってあるはずでしょう?」念江はしばらく考え込んでから頷いた。「うん。僕たちが認められれば、きっとすぐにママに会える」紀美子は安堵の表情でうなずいた。子供たちと食事を終えると、彼女は階上へ上がり、荷造りを手伝った。今回は晋太郎の部下に任せず、自ら佑樹と念江の衣類や日用品をスーツケースに詰めていった。一つ一つスーツケースに収める度に、紀美子の胸の痛みと寂しさは募っていった。ついに、彼女は手を止め俯いて声もなく涙をこぼし始めた。部屋の外。晋太郎が階下へ降りようとした時、子供たちの部屋の少し開いた扉から、一人背を向けて座っている紀美子の姿が目に入ってきた。彼女の細い肩が微かに震えているのを見て、晋太郎の表情は暗くなった。しばらく立ち止まった後、彼はドアを押して紀美子の傍へ歩み寄った。足音を聞いて、紀美子は子供たちが来たのかと慌てて涙を拭った。顔を上げ晋太郎を見ると、そっと視線を逸らした。「どうしてここに……」「俺が来なかったら、いつまで泣いてるつもりだったんだ?」晋太郎はしゃがみ込み、子どもたちの荷物をスーツケースに詰めるのを手伝い始めた。「手伝わなくていいわ、私がやるから」「11時のフライトだ。いつまでやてる気だ?」晋太郎は時計を見て言った。「もう8時半だぞ」紀美子は黙ったまま、子供たちの服を畳み続けた。最後になってやっと気付いたが、晋太郎は服のたたみ方すら知らないようだった。ただぐしゃぐしゃに丸めて、スーツケースの隙間に押し込んでいるだけだった。紀美子は思わず笑みを浮かべて彼を見上げた。「あなた、本当に基本的なことさえできないのね」晋太郎の手は止まり、一瞬表情がこわばった。彼は不機嫌そうに顔を上げ、紀美子を見つめて言った。「何か文句でもあるのか?」紀美子は晋太郎が詰めた服を再び取り出しながら言った。「文句を言ったところで直らないだろうから、邪魔しないでくれる?」「この2日間で、弁護士に書類を準備させた。明日届く
「それは――龍介さんが自分で瑠美とちゃんと話すしかないんじゃない?」紀美子は微笑みながら言った。「紀美子、今夜は瑠美を呼んでくれてありがとう」龍介はグラスを持ち上げた。紀美子もグラスを上げて応じた。「龍介さんにはお世話になりっぱなしなんだから、こんな簡単なことでお礼言われると困るわ」夜、紀美子と晋太郎は子供たちを連れて家に戻った。紀美子が入浴を終えたちょうどその時、ゆみから電話がかかってきた。通話を繋ぐと、ゆみはふさぎ込んだ声で聞いてきた。「ママ、明日お兄ちゃんたち行っちゃうんでしょ?」紀美子はぎょっとした。「ゆみ、それは兄ちゃんたちから聞いたの?」「うん」ゆみが答えた。「ママ、お兄ちゃんたち何時に行くの?」浴室から聞こえる水音に耳を傾けながら、紀美子は言った。「ママも正確な時間わからないの。パパがお風呂から出たら聞いてみるから、ちょっと待っていてくれる?」「わかった」ゆみは言った。「ママ、それまで他の話しよっか」紀美子はゆみと雑談をしながら、十分ほど時間を過ごした。すると、晋太郎がバスローブ姿で現れた。ゆみの元気な声が携帯から聞こえてきたため、晋太郎は髪を拭きながらベッドの側に座った。「もう11時なのに、まだ起きてるのか?」紀美子が体を起こした。「佑樹たち明日何時に出発するのか知ってる?」晋太郎は紀美子の携帯を見て尋ねた。「ゆみはもう知ってるのか?」「知ってるよ!」ゆみは即答した。「パパ、私お兄ちゃんたちを見送りに行きたい」「泣くだろう」晋太郎は困ったように言った。「だから来ない方がいい」「嫌だ!絶対に行くの。だって次に会えるのいつかわからないんだもん」ゆみは強く主張した。その声は次第に震え始め、今にも泣き出しそうな顔になった。晋太郎は胸が締め付けられる思いがした。「分かったよ……専用機を手配して迎えに行かせる」そう言うと彼はベッドサイドの携帯を取り上げ、美月に直ちにヘリコプターを手配するよう指示した。翌日。紀美子は早起きして、子どもたちのために豪華な朝食を用意した。子供たちは、階下に降りてきてテーブルいっぱいに並んだ見慣れた料理を目にすると、驚いたように紀美子を見つめた。「これ全部、ママが一人
龍介は瑠美に笑いかけて言った。「瑠美、この前は助けてくれてありがとう」彼がアシスタントに目配せすると、用意してあった贈り物が瑠美の前に差し出された。「ささやかものだけど、受け取ってほしい」瑠美は遠慮なく受け取り、龍介に聞いた。「開けていい?」「どうぞ」瑠美は上にかけられていたリボンを解き、丁寧に箱のふたを開けた。中身を目にした瞬間、彼女は驚いて目を見開いた。「えっ!?これどうやって手に入れたの?!瑠璃仙人の作品でしょ!?」「前に君が玉のペンダントしてたから、好きなんだろうと思って」「めっちゃ好き!!」瑠美は興奮して紀美子に言った。「姉さん!これ梵語大師の作品よ!前に兄さんに探させたけど全然ダメだったのに!」紀美子は玉のことには詳しくないため、梵語大師が誰なのかもわからなかった。彼女はただ穏やかに微笑んで言った。「気に入ってくれて良かったわ」一方、晋太郎の視線は龍介に留まった。龍介の目には、かすかな熱意のようなものがある。紀美子を見る時には決して見せたことのない眼差しだ。もしかして、龍介は瑠美に気があるのか?晋太郎は探るように口を開いた。「吉田社長の狙いがこんなに早く変わるとはな」龍介は瑠美の笑顔から視線を外し、晋太郎の目を見つめて言った。「森川社長、それはどういう意味だ?」晋太郎は唇を歪めて冷笑した。「吉田社長、新しい対象ができたのに、なぜまだ紀美子に執着してるんだ?」それを聞いて、瑠美は驚いて顔を上げ、龍介と紀美子を交互に見た。紀美子は瑠美の視線を感じ取って、説明した。「私と吉田社長は何もないから、誤解しないで」「誤解なんてしてないよ」瑠美は言った。「でも晋太郎兄さんが言ってた『吉田社長の狙い』って、私のこと?」紀美子も、晋太郎のその言葉の真意はつかめていなかった。龍介のような、感情を表に出さず落ち着いていて慎重なタイプが、活発で明るい瑠美に興味を持つのだろうか。もしかすると、あの時瑠美が龍介を助けたことがきっかけなのか?二人の年齢差は10歳ほどあるはずだ。でも、性格が正反対なほど惹かれ合うって話もある。もし瑠美が龍介と結婚したら、みんな安心できるだろう。「もしよければ、瑠美さん、連絡先を教えてくれないか?」
そう言うと、晋太郎はさりげなく紀美子から車の鍵を受け取った。佑樹が傍らで晋太郎をじっと見て言った。「パパ、違うよ。ママが誰かとお見合いするわけじゃん」晋太郎は生意気な佑樹を見下ろしながら聞き返した。「じゃあ、何だって言うんだ?」佑樹は笑いながら紀美子を見て言った。「ママみたいな美人、お見合いなんて必要ないじゃん。ママに告白したい人を並ばせたら、地球を一周できるよ」念江も付け加えた。「前におばさんから聞いたけど、ママの会社の重役や課長さんたちもママに気があるらしい」晋太郎の端整な顔に薄ら笑いが浮かんだが、その目には陰りがあった。「ろくでもない奴らだ。君たちのママはそんなやつらに興味ない」重役と課長か……晋太郎は鼻で笑った。計画を早める必要がありそうだな。「そろそろ時間よ。遅れちゃうわ。三人とも、もう出発できる?」紀美子は腕時計を見て言った。一時間後。紀美子と晋太郎は二人の子供を連れてレストランに到着した。龍介が予約した個室に入ると、彼はすでに待っていた。紀美子を見て龍介は笑顔で立ち上がった。「紀美子、来たね」紀美子が前に出て謝った。「龍介さん、ごめん。渋滞でちょっと遅れちゃった」「気にしないで」龍介は晋太郎を見上げて言った。「森川社長、久しぶりだな」晋太郎は鼻で嗤い、皮肉をこめて言った。「永遠に会わなくてもいいんじゃないか」龍介はその言葉を無視し、子供たちにも挨拶してから席に着いた。紀美子が子供たちに飲み物を注いだ後、龍介に尋ねた。「今日は何の用?」「じゃあ単刀直入に言うよ」龍介の表情が急に真剣になった。「紀美子、瑠美は君の従妹だよね?一度彼女に会わせてくれないか?」紀美子は驚き、晋太郎と視線を合わせてから龍介を見た。「この前の件で瑠美に会いたいの?」龍介は頷き、率直に答えた。「ああ、命の恩人に対して、裏でこっそり調べたり連絡するのは失礼だと思ってね」「紹介はできるけど、彼女が会ってくれるかどうかはわからないよ」「頼むよ。あれからずっと、ちゃんとお礼も言えてなかったから」紀美子は頷き、携帯を取り出して瑠美の番号を探し出した。「今連絡してみる」電話がつながると、瑠美の声が聞こえた。「姉さん?どうした?
どっちみち焦っているのは晋太郎の方で、こっちじゃないんだから。これまで長い年月を待ってきたのだから、もう少し待っても構わない。2階の書斎。晋太郎はむしゃくしゃしながらデスクに座っていた。紀美子が龍介と電話で話していた時の口調を思い出すだけで、イライラが募った。たかが龍介ごときに、あんなに優しく対応するなんて。あの違いはなんだ?ちょうどその時、晴から電話がかかってきた。晋太郎は一瞥してすぐに通話ボタンを押した。「大事じゃないならさっさと切れ!」晋太郎はネクタイを緩めながら言った。電話の向こうで晴は一瞬たじろいだ。「晋太郎、家に着いたか?なぜそんなに機嫌が悪いんだ?」晋太郎の胸中は怒りでいっぱいになっており、必然と声も荒くなっていた。「用があるなら早く言え!」「はいはい」晴は慌てて本題に入った。「さっき隆一から電話があってな。出国前にみんなで集まろうってさ。あいつまた海外に行くらしい」「無理だ!」晋太郎は即答した。「夜は予定があるんだ」「午後、少しカフェで会うだけなのに、それも無理か?」午後なら……夜の紀美子と龍介の待ち合わせに間に合う。ついでに、あの件についても聞けるかもしれない「場所を送れ」30分後。晋太郎は晴と隆一と共にカフェで顔を合わせた。隆一は憂鬱そうにコーヒーを前にため息をついた。「お前らはいいよな……好きな人と結婚できて」晴はからかうように言った。「どうした?また父親に、海外に行って外国人とお見合いしろとでも言われたのか?」「今回は外国人じゃない」隆一は言った。「相手は海外にいる軍司令官の娘で、聞くところによると性格が最悪らしい」晴は笑いをこらえながら言った。「それはいいじゃないか。お前みたいな遊び人にはぴったりだろ?」「は?誰が遊び人だって?」隆一はムッとして睨みつけた。「お前みたいなふしだらな男、他に見たことないぞ!」「俺がふしだらだと?!」晴は激しく反論した。「俺、今はめちゃくちゃ真面目だぞ!」隆一は嘲るように声を上げて笑った。「お前が真面目?笑わせんなよ。佳世子がいなかったら、まだ女の間でフラフラしてたに決まってるだろ!」「お前だってそうだったじゃないか!よく俺のことを言える