ログイン萌香の一言一言が、鋭いナイフとなって哲也の心に突き刺さる。私は哲也の顔から、みるみる血の気が引いていくのをじっと見つめていたこんな公の場で、萌香が哲也自身の致命的な手の傷についてバラすとは、思ってもみなかったのだろう。哲也は真っ青になった顔に青筋を立てながら、萌香を指差して怒鳴り散らした。「お前!何適当なことを言ってるんだよ!俺はこれまで多くの人間を助け、数々の事件を解決してきたんだぞ!俺が犯人の似顔絵を描かなかったら、警察がどうやって犯人を逮捕できたって言うんだ?」彼の額からは脂汗が流れ、その視線も狼狽からか落ち着きがない。「これはただの軽いケガで、少し休めば治るんだよ。ペンが持てないなんてのは言いがかりだ。何か証拠でもあるのかよ!」その苦しい哲也の言い訳を聞き、萌香はひときわ甲高い声で笑い飛ばした。「哲也さん、もうそんな嘘はやめたら?凛さんがあなたと離縁したがるわけね。こんな嘘つきな人間、誰だって一緒にはいられないよ」彼女の声はさらに高ぶり、狂気にも似た響きを帯びていく。「手は何ともないんだっけ?じゃあ今すぐ診察受けてきてよ。できるでしょ?」私は冷ややかな目でそのやり取りを見つめ、口元を皮肉に歪めた。見苦しい潰し合い、最高の展開だ。その場にいた者たちは二人の言い争いに混乱し、どちらが正しいのかも判断がつかない様子だった。私はパソコンを操作して、会場の大スクリーンの映像を切り替える。そこに映し出されたのは、哲也の診断書。続いて、毎月の検査記録も映し出していく。回復不可能という事実が、残酷なまでに明記されていた。この確実な証拠は、哲也を打ちのめすには十分だった。あまりのショックに哲也は膝を震わせ、唇をわななかせることしかできなかった。この状況を見た萌香は、同情など微塵も見せず、さらに興奮して罵倒を続ける。「自業自得ね!この嘘つき!あなた、私を抱くときはいつも姉さんの名前を呼んでたよね?気持ち悪い!こんなことになって当然よ!」それを皮切りに、会場からは罵声が上がり、怒りをあらわにした観衆が二人の方へとなだれ込んでいった。取り囲まれた二人は乱闘騒ぎの中で、駆けつけた警官たちに強制的に連行された。拘留中、哲也は弁護士を通じて何度も私に面会を求めてきたが、私は全て無視した。
私はパソコンに向き合い、迷わずエンターキーを押した。その瞬間、哲也と萌香が感謝状を渡されていた会場の巨大モニターの映像が、瞬時に切り替わる。スクリーンには、萌香が私を挑発しにきた時の映像が流れた。彼女が自分で動画を削除したことを認める発言や、哲也がいかに彼女をかばっていたかの詳細もはっきりと録音されている。続いて、技術者に依頼して復元させた映像も映し出された。萌香が監視カメラの映像を削除し、さらにハードディスクの中身まで消去している証拠映像だ。その後の映像は、最近起きた拉致事件の際、萌香が起こした問題の様子だった。ある日、智也が警察署に事件のことで来ていた際に、それについて来た萌香は事務室の椅子に座っていた。そこに、ちょうど通報の電話がかかって来たのだが、警察官が受話器を取る前に、ゲームをしていた萌香がその電話を煩わしそうにとり、「今昼休みなの。邪魔しないでよね」と内容も聞かずに電話を切った映像だった。そんな彼女の態度のせいで、警察はすぐに出動できずに、救出が遅れてしまったのだ。会場が一瞬しんとし、次の瞬間、罵声が飛び交い始める。動画を見た萌香の顔は真っ青になり、必死に職員へ画面を消すよう懇願していた。しかし、目の前にいる母親は、そんな萌香の態度に怒りを爆発させ、机にあったミネラルウォーターのペットボトルを彼女に投げつけた。萌香は泣きたいのに涙も出ず、まるで逃げ回るネズミのように、あちこちを右往左往していた。「ウソよ!こんなの全部デタラメなんだから!動画なんて、凛さんが作った合成に決まってるでしょ!」一方、哲也は最初の動画が流れた時点ですでに言葉を失っていた。自分の前ではか弱そうだった萌香が、まさかこれほど根性の腐った女だったとは予想もしていなかったのだ。極め付けに、通報の電話を切る萌香の映像を見て、哲也は完全に頭が真っ白になった。動揺のあまり言葉を選べなくなっていた哲也が、自分の弁明に必死になり、すべての責任を萌香に押し付け始める。「俺は本当に何も知らなかったんだ!彼女がやったことだって気づかなかったし、悪気があったとも思ってなかったから!全てあいつがやったんだ!監視映像を消したのも、電話を切ったのも全部あの女で、俺とは関係ない!俺は関係ない、むしろ俺は犯人捜しに協力してただろ?!」
吉川家の出資によって、哲也の研究所は再び軌道に乗り、数々の難事件を解決へと導いた。メディアは哲也と萌香を、誰もが認めるお似合いのカップルだともてはやした。だが、辰樹をさらった犯人はいまだ捕まらず、街では新たな拉致事件が相次いでいた。警察は哲也が犯人の顔を描き出し、一刻も早く犯人逮捕につながることを期待していたのだ。ついには、「特別捜査班」まで設立され、哲也は世間の注目を一身に浴び、まるで救世主のように祭り上げられていた。最初の2つの事件では、哲也の分析は一見すると筋が通っており、いつも核心を的確に突いているように見えた。だが皮肉なことに、警察が現場に急行するたびに、拉致犯はすでに姿を消していた。その理由を、哲也は犯人が狡猾すぎるからだと説明していた。最近の事件で、ある少女が拉致された。監視カメラに映る彼女の叫び声は、恐怖と絶望に満ち、耳を塞ぎたくなるほどで、心臓を直接えぐるように響き続けていた。しかし警察が駆けつけた時、犯人はすでにどこかへ逃走していた。そして少女は冷凍庫の中で発見され、そのときにはすでに息絶えていた。その状況は、辰樹のときとまったく同じだった。捜査の方向だけが、いつも意図的にねじ曲げられているかのように……今度こそ人々は哲也の弁明を信じず、説明を強く求めた。「孫の命を返せ!お前らが捜査の方向を狂わせたせいで警察の到着が遅れたんだ!そのせいで孫は冷凍庫で凍え死んだんだぞ!何が天才似顔絵捜査官だ!名前だけの無能め!」被害者の遺族は毎日、哲也の研究所が入るビルの前で抗議の横断幕を掲げていた。メディアもまた、回答を求めて入り口で彼が現れるのを待ち構えていた。哲也も説明しようと表に出たが、現れるなり遺族に襟首を掴まれ、激しく殴り飛ばされた。萌香に至っては、顔を真っ青にして実家に逃げ込み、二度と人前に姿を現さなかった。まるで外の出来事は自分と無関係だと言わんばかりだった。吉川家が再び金を使って騒動を鎮めようと画策したが、今度の炎上は、どれほど大金をつぎ込んでも消えることはなかった。皮肉にも、そのすぐ後に警察が偶然、児童拉致犯を逮捕することに成功した。私は警察に哲也と萌香へと捜査協力の最大功労者として、感謝状を送ってもらうように、少しだけ口添えをしていた。しかし私の秘
萌香も、私がこれほど冷静に受け流すとは予想していなかったようだ。「凛さん、本当に図々しいね。哲也はとっくにあなたなんかに愛想を尽かしてるのに、なんでそんなに縋り付くわけ?哲也さんが今愛しているのは私。私と一緒にいるときが一番幸せだって言ってたんだから。もう30の凛さんなんか、おばさんなんだよ?そんなんで、私に勝てると思ってるの?」萌香は一歩踏み込み、これ見よがしに勝ち誇った笑みを浮かべた。「もしかして、監視カメラのデータを消したのが私だって、哲也さんが知らないとでも思ってる?あんなに頭の良い哲也さんが、そんな簡単なことすら見抜けないはずがないでしょ?私がわざと辰樹くんを一人にして、攫わせたのに、哲也さんは迷わず私をかばってくれた。偽装工作どころか、証拠の映像まで全部消し去ってくれたんだから」彼女の声は静かだが、一言一句が毒を含んだ刃となって、私の心に深く突き刺さった。「挙句の果てには辰樹くんはあなたの遺伝で喘息持ちだし、いずれ死ぬ運命だったんだ、とまで言ってたしね。こういうことだから、さっさと離婚届を出してくれないかな?」指先に力を込め、私は必死に感情を押し殺した。哲也は、これほど無能な味方を抱えていることを知っているのだろうか。自ら決定的な証拠を持ってきてくれるなんて。私はゆっくりと顔を上げた。「萌香さん、そんなに哲也があなたを愛してくれているって言ってるけど、哲也の書斎に今も美月さんの写真が飾られていることは知ってるの?」表情を凍りつかせた彼女を見て、私の口元が緩んだ。「本当に愛されてるとでも思ってたの?あなたはただの代用品。亡くなったあなたのお姉さんの代わりにすらなれない、模倣品にすぎないんだよ」私と出会う前、哲也には若くしてこの世を去った忘れられない恋人がいた。彼が萌香をこれほど甘やかすのは、彼女がその忘れられない恋人・吉川美月(よしかわ みづき)の妹だからだった。しかし、萌香は哲也に愛されていると思い込んでいる。なんて愚かなことだろう。あの男はどこまでも利己的で、愛しているのは自分自身だけなのだから。萌香の顔からは血の気が失われ、まるで平手打ちを食らったかのように、先ほどまでの傲慢さは跡形もなく消えていた。「適当なこと言わないで!」彼女は声を震わせ、屈辱と怒
もう哲也に情けをかけるつもりはなかった私は、椎名グループとして、哲也の個人事業である消防救助プロジェクトへの出資を全面停止すると正式に発表した。その知らせはすぐに業界へと知れ渡り、哲也のチームは大混乱に陥った。哲也からの着信やメッセージが何度も届いたので、私は彼に関するすべての連絡先を削除した。彼も窮地に追い込まれたのだろう。私に説明を求めるため、家まで怒鳴り込んできた。しかし、ドアの鍵はすでに替えられ、彼の私物は業者の手によって玄関の外に放り出されていたのだった。その後も何度か私に会うため、椎名グループに押しかけてきたが、警備員の手によって門前払いされ、中へ入ることすら叶わなかった。どうしようもなくなった彼は、資金調達のために、必死に頭を下げて回るしかなくなった。だが相手はみな、彼の名を聞いた途端に拒絶の態度を見せ、中には露骨に不快感を露わにする者さえいた。「出資をしてくれだと?それは、私に椎名グループと喧嘩しろって言っているのか?」一方の私は、辰樹が連れ去られた時の防犯カメラの映像を入手しようと動いていた。映像を見るたびに、胸が鋭い刃物で突き刺されるような痛みに襲われる。続けて、哲也の研究所内の監視カメラ映像もついでに確認することにした。すると、哲也が留守の隙を狙って、萌香が独りで監視カメラの映像を確認する姿が写っていた。そこで私は、萌香が監視カメラ映像を消去した証拠を集めようと思った。だが、決定的な1分間の映像だけが消えているのだ。誰かが悪意を持って、その部分を消去したに違いない。研究所の監視カメラ映像の閲覧権限は、私と哲也の二人にしかない。ということは、哲也は萌香を守るために、証拠隠滅までしていたことになる。私は冷ややかな笑いを漏らし、目からは感情が失われた。「監視カメラの映像を消せば大丈夫だとでも思った?哲也……甘すぎるわ」あの研究所のサーバー権限は、私の会社のエンジニアが握っていることを、彼は忘れているらしい。技術部門の協力もあり、私は当時の操作ログをすべて復元させることに成功した。そこには、事件当日に萌香が権限を使い、辰樹の事件が起こった日の最も大切な映像ファイルを削除した上に、ハードディスクのデータまで抹消した記録が残されていた。こうなってしまっては、誰であっても
哲也はついに本気で怒り出した。話をするよりも先に、彼は私の肩を強く掴み、ぐいと私を突き飛ばす。「いい加減にしろ!」私はそのまま階段から転げ落ちた。膝を階段の角に強打してしまい、骨まで響くような激痛が駆け上がった。「いつまで喚けば気が済むんだ?凛、頭でもおかしくなったんじゃないのか?」私は歯を食いしばって涙をこらえながら、地面から起き上がった。痛みで、目からは自然と涙が溢れてくる。「お前は本当に周りを不幸にする女だな。両親に続いて、今度は息子だなんて」私は全身の血が逆流するような衝撃を受け、その場に立ち尽くした。だが、哲也の言葉は止まらない。「親戚たちも言ってたぞ。お前は疫病神だって。だからな、お前にいくら金や権力があったとしても、みんなお前を避けるんだよ。あの時の火事だってそうだろ?お前の両親は助からなかったのに、お前だけが生き残った。親戚たちのいう通りだと思わないか?お前みたいな疫病神がいるから、周りがどんどん不幸になっていく。今回の辰樹だって、お前のせいで死んだようなもんだろ!」「黙って!」私は震える声でそう叫んだ。この世から消えてしまいたいと初めて心から思った。こんな言葉を、哲也の口から言われたなんて私は到底信じられなかった。あの火事の日、両親は私を火の中から押し出して命を守ってくれた。二人は自分の体で焼け落ちる梁を支え、私に命を繋いでくれたのだ。その時私はまだ幼かったので、虎視眈々と我が家の財産を狙い、外の人間は陰で好き勝手な噂を流していた。中には私のことを「疫病神」と呼ぶ者までいた。「あの子の周りにいる人は本当に不幸になるんだよ。両親だってまだ若かったのに、二人して命をおとしてしまうなんて。あれだけの大火事なのに、どうしてあの子ひとりだけ助かったんだろうね?」私は被害者であるはずなのに、なぜか周囲からは生き残ってしまったことを非難された。そんな孤独の淵にいたとき、唯一、哲也だけが毅然として私を支えてくれた。「あんなくだらない噂、信じる方がどうかしてる。俺はお前を信じてるからな」だから私にとって、哲也はまさに命の恩人だった。この人の所なら私の居場所がある……そう思っていたのに。泥沼から私を救い出してくれたのはこの男だったが、私を地獄に突き落とすのも、同じこの男だったの