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第105話

Author: 無敵で一番カッコいい
明日香が、ためらいもなく海に飛び込んだ光景。それは確かに、遼一の予想を大きく裏切る出来事だった。

まるで別人のように変わってしまった明日香。一体、彼女に何があったのか。何が、彼女をここまで変えてしまったのか。あるいは、彼女は何かを知っているのだろうか?

明日香が大谷家に反撃したあの日から、遼一の中に妙な違和感が芽生えていた。

もし、明日香が本当に何かを掴んでいるのだとしたら、このまま生かしておくわけにはいかない。ましてや、藤崎家に接触する機会を与えるなど、決して許されることではない。

遼一が資料を手にして部屋を出ていくのを見つめながら、珠子は内心で落胆していた。この数日、自分が桃源村で何をしていたのか、遼一は一言も尋ねてくれなかった。まるで、自分の存在など初めからどうでもよかったかのように。そう思わずにはいられなかった。

そして、遼一の書斎の机の上に無造作に積まれた数枚の写真を目にした瞬間、珠子の頭は真っ白になった。

明日香が月島家を出てから、遼一は彼女を無視していたのではなかった。むしろ、ずっと明日香の行動を監視させていたのだ。

もし今回、明日香が事故に遭っていなければ、遼一が自ら桃源村に足を運ぶこともなかったはず。

自分は、遼一と幼い頃から共に育ち、数えきれないほどの苦労を共に乗り越えてきた。ふたりは、お互いにとって唯一無二の、家族同然の存在だった。

だが、海外で過ごしたこの数年、珠子には、遼一が少しずつ自分から遠ざかっていくように感じられてならなかった。かつてのような温もりは、もうどこにもなかった。

遼一を失うことが、怖かった。本当に、怖かった。

会社に戻った遼一が会議を終え、会議室を出ると、中村からの電話が入った。

中村は、ちょうど費用の精算を終えたところだった。伝票を手にしたまま、報告を始めた。

「明日香さんは、すでに輸血を終えており、腹部の傷も無事に縫合されました。他に深刻な内臓損傷はありません。ただ......現在、39.8度の高熱が続いており、最低でも一週間は入院が必要です」

報告をしながら、中村は内心、ひたすら願っていた。どうか、自分に明日香の看病をさせることだけはやめてくれ、と。あんな女の世話をするくらいなら、いっそ死んだ方がマシだ。

遼一はエレベーターに乗り込み、時計を確認した。午後4時30分。

「介護人を手配し
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