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第247話

Author: 無敵で一番カッコいい
「忘れないで。私は月島家の人間よ」

明日香は手にした銀行カードを軽く振ると、そのまま相手の頬にパシリと当てた。声のトーンが、氷のように冷たく変わった。

「あなたたちが口を揃えて汚いって言う、表に出られない月島のことよ。お父さんに聞いてみなさい?月島の名を持つ人間を敵に回す覚悟があるかどうか」

一拍置いて、明日香は言葉を強く、はっきりと続けた。

「......私に逆らった、あの三人のこと、覚えてる?今どんな末路を辿ってるか、想像してみなさい」

その瞬間、まるで金槌で頭を打ち据えられたような衝撃が、その場にいた全員の心に響いた。

大谷家は、すでに破産寸前。

真由子は過去のスキャンダルが暴かれ、懲役5年の実刑判決。

美雪は音信不通、消息不明。

山田家と田崎家は数億の負債を抱え、家族ごと国外逃亡。

同じ業界に身を置く人間なら、どの家が倒れ、誰が刑務所に入ったか、知らぬはずがない。むしろ、取引や関係を通じて、何らかの形で巻き込まれていたはずだ。

さっきまでふざけていた男子は、途端に顔色を変えた。

「冗談だよ、なにもそんな本気で受け取らなくたって......な? みんなクラスメートだし、そんな意地悪しないでさ」

典型的だった。金さえあれば、何をしても許されると勘違いしているタイプ。けれど、いざ本物の力を前にすると、こんなにも脆い。

その時、人垣の向こうから鋭く冷えた声が響いた。

「......それで、月島の名前を名乗ってるのが、そんなに誇らしいのか?」

人々をかき分けて現れたのは、哲だった。目は鋭く、まっすぐに明日香を射抜いた。

「いつか必ずこの手で、月島家を潰してやる」

その声には怒りと憎悪が滲んでいた。

康生が背後で行ってきたことを、哲はすべて知っていた。

どれだけの命が奪われたのか。どれだけの人が人生を壊されたのか......死刑になったところで、十度撃ち殺されたとしても、足りないほどの罪だった。

「......待ってるわ」

明日香は、何の感情も乗せず、淡々とそう返した。

それは、誰よりもこの日が来るのを待ち望んでいた者の声だった。

康生が帝都の癌なら、長谷川家はその癌を駆逐する免疫細胞。

明日香は哲の横をすり抜けながら、ふいに手に持っていた銀行カードを掲げた。

そして、そのまま何の躊躇もなく、道端のゴミ箱に放り投げた。
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