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第346話

Author: 無敵で一番カッコいい
哲は苛立たしげに指を折りながら数え上げたが、片手では到底足りなかった。明日香と淳也が一緒に過ごした時間、それがこんなにも多かったなんて。

その言葉に明日香はハッとし、眉を寄せた。

「でも、それって普通の友達でもすることじゃない?あなたと珠子だって、一緒にご飯食べたり、買い物したりしてたでしょ?」

補習のことを思い出す。

あの時、海辺で自分を助けてくれたのが淳也だったとは、彼が補習を申し出てくるまで知らなかった。そして彼の顔を見た瞬間、反射的に断っていた。

高校二年間、淳也は一度たりとも自分に優しい顔を見せたことはなかった。彼が自分をいじめ、1組全体がそれに同調するようにして、明日香は孤立し、クラスから排除されていた。

そのことが、彼女を「一人で生きる」という癖に導いた、決定的な原因だった。

今でこそ関係が少し和らいだように見えるが、外から見れば「仲が良い」ように思われても仕方ない。

けれど、誰もあの二年間、淳也が彼女にしたことを覚えていない。あの時、彼に首を絞められ、「なぜ珠子を傷つけた」と詰問された瞬間、明日香は悟った。淳也の心には珠子しかいないのだと。

もしあの場で彼女が黙って頷いていたら、本当に殺されていたかもしれない。

哲の言葉は、そんな記憶の扉を無理やり開けた。彼は、淳也が自分を好きだと誤解しているのだろうか?それとも、自分が淳也に恋をしていると思っているのか?

どちらにしても、馬鹿げている。

淳也と珠子が桃源村の海辺で、二人きりで暮らしていた時期があった。転校したばかりの珠子と淳也にまつわる噂は、すぐに学校中に広まり、誰もが「この二人は普通の関係じゃない」と知っていた。

明日香は首をかしげて、真っ直ぐ哲を見た。

「淳也って、ずっと珠子のことが好きだったんじゃないの?それが私に何の関係があるの?あなたが言ったことは、彼の命を救ってもらったお礼。それだけよ。恋愛なんかじゃない。そのことは、本人にもはっきり言ってあるわ」

明日香には、なぜ哲がこんなにこだわってくるのか、本当に理解できなかった。

「ふんっ」

背後から聞こえた冷笑。淳也の声のようだ。

哲が振り返ると、淳也がレンガの壁に拳を叩きつけていた。

ガチンという音と同時に、壁には細かいひびが走り、拳から滲んだ血が、指先を伝ってぽたぽたと床に落ちていた。

哲は思わず舌打
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