LOGINShare
第401話
Latest chapter
佐倉さん、もうやめて！月島さんはリセット人生を始めた 第406話
車内のフロントガラス越しに、なおもフラッシュが焚かれていた。記者たちが車を囲み、シャッター音と怒号が窓を叩く。だが車内は、それとは対照的に不自然なほど静かだった。珠子が、ミネラルウォーターのボトルをそっと差し出した。「明日香、顔色......すごく悪いけど、大丈夫？」その問いかけには、どこか遠慮と不安が滲んでいた。明日香はボトルを受け取ったが、キャップを開けることはなかった。「大丈夫」そう短く答えると、視線を窓の外へと逃がした。しばらく沈黙が続き、やがて彼女は小さくつぶやいた。「私たち、どこに行くの？」その問いに、珠子も戸惑った様子で、横の男に顔を向けた。「そうだね、遼一さん......どこに行くの？」ハンドルを握ったままの遼一は、バックミラー越しに明日香を見た。その視線には、かすかな探るような色があった。「明日香は......どこに戻りたい？」問いかけというより、試すような一言だった。明日香はボトルを静かに膝の上に置き、前方を見つめたまま答えた。「道端で降ろして。あとで、樹が迎えに来てくれるから」それは拒絶ではなく、ある種のけじめだった。だが遼一は、あっさりとそれを退けた。「一人で外にいるのは心配だ。まだ夜の9時前だし......まず南苑の別荘に戻ろう。他のことは、それからでいい」その言葉に、反論の余地はなかった。明日香は唇を結び、それ以上言葉を紡がなかった。助手席で珠子がスマホを見ている。その隣で、明日香もひっそりとスマホを開いた。【心配しないで、今は大丈夫】彼女は日和にそうメッセージを送った。すぐに返事が来る。【大丈夫ならよかった】続けて送られてきたのは、驚きと興奮の入り混じった言葉だった。【そうそう、今日あなたのお兄さん、すごくかっこよかったよ！記者たちに何か言ってたし、大勢の前であなたを連れ去ったの、あれ完全に映画だった！】明日香は眉をひそめた。【彼、何て言ったの？】【うまく説明できないけど......明日ネットニュース見てみて！】語尾には、困り顔のスタンプが添えられていた。車が南苑の別荘に到着したとき、庭先の灯がほんのりと揺れていた。この時間、康生は2階の書斎にいるか、あるいはまだ外か。明日香は、彼に会わないことを心
佐倉さん、もうやめて！月島さんはリセット人生を始めた 第405話
かつて、明日香と藤崎樹の関係は、同じ学校の生徒たちの間でも話題にすらならなかった。だが今、彼女の存在は否応なく視線を集めていた。以前は透明な空気のような存在だった明日香が、いまや藤崎樹の彼女として校内の空気すら変えている。樹が自分を気遣い、早く家に帰らせたいのだと知っていた。けれど、その特別扱いを求めてはいなかったし、自分のために元々決められていたルールを変える必要もない、というのは正直な気持ちだった。ただ静かに、残りの学期を過ごしたいだけだったのに。校門を出た瞬間、激しいフラッシュが、彼女の視界を焼いた。押し寄せる記者たち。カメラのシャッター音が重なり、まるで戦場のようにマイクが突きつけられる。「月島さん、藤崎グループの社長とはいつから交際を？」「昨夜、藤崎社長があなたを探して大騒ぎになったと聞きましたが、本当ですか？」「その夜、あなたはどこに？」質問の波が、怒涛のように押し寄せる。明日香の足がすくむ。肺に空気が入ってこない。喉が締め付けられ、声が出せなかった。珠子は人混みに押し流され、日和だけが彼女の前に立ちふさがった。「やめてください！これ以上近寄らないで！」必死に声を張り上げても、記者たちは遠慮なくカメラを構え続ける。「質問を答えていただけますか、月島さん！」「お願いします......！」そのとき――「みなさん！」鋭く、突き刺さるような男の声だった。その一声で、場の空気が一瞬にして凍りついた。明日香の顔は少し青ざめていた。彼女はこんな経験をしたことがなかった。樹も康生も、記者の取材を受けることはほとんどなかった。振り返る記者たちは、声の主のオーラに圧倒され、静かになって道を開けた。そして、その中心に立っていたのは、遼一だった。明日香はぼんやりと彼が近づいてくるのを見つめた。その姿は、どこか現実離れしていた。空気が歪んでいるような、時空が重なるような......まるで、長い間封印されていた前世の記憶が甦るかのようだった。あれは、遼一と結婚して2年目のことだった。外から見れば、誰もが羨む理想の夫婦。彼はパーティーにも自分を同伴させ、世間には微笑みを振りまいていた。誰もが明日香が「遼一の妻」であることを知っていた。だが、その裏で、明日香は知っ
佐倉さん、もうやめて！月島さんはリセット人生を始めた 第404話
着信画面に浮かぶ「木屋南緒」の文字を、樹は一瞬だけ見つめた。そして、ためらうことなく親指を滑らせ、通話を切った。そのまま設定を開き、番号を着信拒否に加えた。「今後、南緒に関する件は一切、取り合わなくていい」その声音は、氷のように冷たかった。「かしこまりました」千尋は静かに頭を下げた。それでいい。明日香は、あの南緒などより、遥かに価値のある存在だ。一方、病室では。南緒は、連続してかけた電話が一向に繋がらないことに、ようやく異変を察し始めていた。まさか、着信拒否？目の奥に、鋭い光が走った。だが、彼女は信じていた。樹は自分を忘れていない。自分に何かが起これば、彼はきっと駆けつけてくれるはず。そんな思い込みが、彼女を突き動かしていた。ふいに何かを思い出したように、ナースコールを押した。現れた看護師に、ある番号を書いた紙を渡しながら言った。「この番号に、代わりにかけてみてくれませんか？」看護師は怪訝そうな顔をしながらも、業務の一環として受け取り、電話をかけた。だが、ほんの数十秒後。「申し訳ありません。番号が、存在しないようです」「あり得ない！」南緒は顔色を変え、ベッドから跳ね起きた。自分で番号を打ち直し、受話器を強く握った。だが返ってきたのは、冷ややかな自動音声だった。「おかけになった電話番号は現在使われておりません。番号をお確かめの上、もう一度おかけ直しください」「嘘だ......！」怒りに任せて、携帯を床に叩きつけそうになる。だが、画面が壊れれば、それすらも彼との最後の接点が絶たれる気がして......力を抜いて、その場に膝をついた。彼は、もう自分のことなど見ていない。その事実に、心が蝕まれていく。---奇妙なことに、ここ最近、学校の下校時間が一時間ほど早まっていた。特別数学クラスが終わった後、明日香、珠子、日和の三人は、混み合う廊下に出た。他の生徒たちと流れを共にしながら、淡々と歩く明日香。しかし、その背後では確実に視線と噂が交差していた。「ほら、あれ明日香でしょ？マジで羨ましいよね。あの子のために、下校時間が一時間早くなったんだって」「だよね！昨日なんてさ、明日香がいなくなって、樹様が夜通し探し回って、学校中がパニックだったんだから！私、
佐倉さん、もうやめて！月島さんはリセット人生を始めた 第403章
たった一晩、家に帰らなかっただけだというのに、登校してすぐ、明日香は教室で次々に声をかけられた。「大丈夫だった？」「なんかあったの？」普段は話しもしないようなクラスメイトたちが、まるで大義名分でも得たかのように、彼女を囲んだ。日和までが、興味津々といった顔で訊ねてきた。「ねえ、昨夜どうしてたの？田中さんが心配してたよ？」明日香は表情を崩さず、簡潔に返した。「ちょっと用事があって外にいただけ。大したことじゃないよ」気丈に振る舞ってはいたが、心のどこかで苛立ちが芽生えていた。明日香にとって、今はそれどころではなかった。目の前に迫る数学オリンピックコンテスト。頭の中は、その準備で埋め尽くされているはずだった。それなのに、まるでスキャンダルの渦中にいるような騒がれ方。表面だけの心配をよそに、明日香は静かに席に座り、ノートを開いた。そのころ、静水病院の個室では、南緒がフルーツを頬張りながら、携帯の画面を何度も覗いていた。指先が震えるたびに、電話の履歴が一つ増えていく。どうして出ないの？心のどこかではわかっていた。樹の中から、自分はすでに消されかけている。けれども南緒は信じていた。「忘れてなどいないはずだ」と。「明日香」など、ただの気まぐれ。そうでなければ、昨日の夜、あんな遅くまで彼がそばにいるはずがない。一度目は偶然でも、二度目は確信だ。南緒の目が細くなった。もし樹が結婚を選べば、私はまだ負けではない。三年前、あれほど深く結ばれた関係が、一夜にして消えるわけがない。午後三時半。樹は重たいまぶたを持ち上げ、天井を見つめた。目覚めたとたん、どこか現実に引き戻されたような違和感があった。ベッドを出ると、廊下から漂ってくる香りに気づいた。リビングに入ると、千尋がソファから立ち上がった。「おはようございます、社長」テーブルの上には、温かみのある料理が並んでいる。千尋が丁寧に説明する。「すべて明日香さんが作ってくださいました。昼頃、一度訪ねて来られましたが、社長が眠っておられたので、お休みを妨げないよう、そっと料理だけ置いて戻られました」そして、彼の携帯を差し出した。「社長、こちらが今朝お預かりした携帯です。木屋さんからお電話がありましたが、私の判断でお取りしませんでした。ただ――
佐倉さん、もうやめて！月島さんはリセット人生を始めた 第402話
明日香がベランダから戻ると、千尋と田中の姿はすでになかった。残されたのは、狭くも温もりのあるこの部屋と、ベッドの端に静かに座る樹。外の騒がしさとは裏腹に、この空間だけはしんと静まり返っていた。明日香の顔色がすぐれないのを見て、樹が口を開いた。「何かあったのか？」彼の声は低く、少しだけ震えていた。夜通し眠れなかった心の余韻が、まだ声に滲んでいる。明日香は首を横に振り、柔らかく微笑んでみせた。「ううん、大丈夫。ただ......お父さんに、昨日のことちょっと怒られただけ」それだけの言葉に、彼女の気丈さと傷つきが交差していた。叱られた直後の顔は、どこか濡れた花のように脆く、それでも明日香は俯かずに微笑もうとした。「あのね、お粥作ってあるの。一緒に食べる？」ふいに雰囲気がやわらぎ、樹は頷いた。「うん、いただくよ」食卓の上には、湯気の立つ白粥と刻み葱、梅干し、そして浅漬けが静かに並べられていた。質素だが、どこか心が温まる朝の食事。彼女がそっと箸を差し出すと、彼は受け取って、無言のまま食べ始めた。こんな時間が、いちばん怖い。明日香はふと、そんなことを思った。嵐のような一夜が明け、日常が始まる直前の、この一瞬。ほんのわずかな心の隙間から、何かが忍び寄ってくるような気がしてならなかった。食後、明日香は彼を自室へ案内した。小さな部屋の真ん中に置かれたベッド。その上に座っているのは、くたびれた大きなクマのぬいぐるみ。見る者に微笑みかけるような表情で、部屋の温度を少しだけ上げていた。「あなたの家に比べたら、ずいぶん狭くて簡素だけど......ここしかないから、ごめんね」そう言って明日香が布団を敷くと、樹は静かに尋ねた。「君は、どこで寝るの？」「授業までまだ二時間あるし、私はもう目が覚めちゃって......外で宿題でもしようかなって思ってる」その言葉に、樹は彼女の手を掴んだ。「少しだけ。一緒に寝てくれないか」見つめ合う二人のあいだに、微かな沈黙が落ちた。断ろうとしたが、明日香の胸に蘇ったのは、夜の街を駆けずり回ってまで自分を探した彼の姿だった。結局、頷いてしまった。ほんの少しだけ。二人は服を着たまま、静かに横になった。明日香が背を向けると、背中にぴたりと、樹の体温が重なった。ま
佐倉さん、もうやめて！月島さんはリセット人生を始めた 第401話
明日香はまだ知らなかった。樹が、彼女の行方を追ってほとんど狂気に近い状態に陥っていたことを。帝都中をひっくり返す勢いで、あらゆる手を尽くして探し回っていたことを。夜が明け始めた。朝もやの帳が薄く晴れていく中、古びたアパートの通りには静かな光が差し込んでいた。近所のコンビニからは24時間営業の明かりが漏れ、ふと漂ってくるおでんの湯気やおにぎりの海苔の香りが、朝の訪れを告げていた。だがその穏やかな空気は、突如として現れた数台の黒塗りの車によって破られた。タイヤの摩擦音と同時に、静寂が引き裂かれる。田中が静かに口を開いた。「明日香さんが家を出た後、しばらくこのアパートに身を寄せていたことがあります。もしかしたら、今夜もここに......」その言葉を聞くと同時に、樹は後部座席のドアを乱暴に開けて外へ飛び出した。寝ていないはずの彼の動きは異様に素早く、鬼気迫るものがあった。周囲の建物を見渡し、彼の眉は険しく寄った。こんなところに、明日香が......？埃にまみれた階段は踏むたびに軋み、建物自体が呼吸しているかのように軋音を立てる。安全とは言い難い。いや、それどころか、どうしてまだ人が住んでいるのか不思議なくらいだ。その頃、明日香は、ちょうど浴室から出たところだった。バスタオルで髪を拭きながら、洗濯機にソファカバーを放り込む。昨日の冷えがこたえたのか、頭痛がひどく、朝から鼻が詰まっている。手術以来、少しずつだが体力が落ちている気がする。自分では元気なつもりでも、時折こうして体調の不安が忍び寄ってくる。ソファに腰かけた矢先――「ドンドンッ！」玄関のドアが、乱暴に叩かれた。何事かと不審に思いながらも、明日香はドアを開けた。「えっ？」次の瞬間、言葉よりも早く、樹が彼女を力強く抱きしめた。「痛いよ、樹。どうして、ここに......？」彼の胸に顔が押しつけられたまま、彼女の声はこもった。けれど樹は離そうとしなかった。何かを失って、それが今やっと戻ってきた。そんな切実な安堵が、彼の全身から滲み出ていた。低く震える声で、ぽつりと。「ごめん」やがて、彼はようやく彼女を放し、その後ろには千尋と田中の姿があった。「こんなに大勢で来なくてもいいのに」明日香は小さく苦笑し、ソファカバーを
You may also like
クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚！
レイシ大好き168.8K views離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた
桜夏111.9K views結婚は断るのに、辞職したら泣くなんて
藤原 白乃介105.6K views離婚しましょう、はじめましょう
美希みなみ15.8K views復讐の名のもとに、結婚した彼が最後は”行かないで”と泣いた
雫石しま7.6K views幼馴染の専業ニセ嫁始めましたが、どうやらニセ夫の溺愛は本物のようです
さぶれ-SABURE-3.1K views愛も縁も切れました。お元気でどうぞ
歩々花咲39.5K views見えない世界で出会った二人の約束
mako19.6K views
