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第6話

Author: ナツミ
電話は二回鳴っただけですぐにつながった。

けれど、スマホの向こうから聞こえてきたのは浩一の声ではなく、美桜の甘ったるい吐息混じりの声だった。

「ダーリン、すごい……気持ちよすぎるよぉ~」

「これがお前の望んでたことじゃないのか?」

「私が欲しいのはこんなのだけじゃないよ。あなたの愛、全部ほしいの。くれる?」

「欲張りだな」

「ねえ、くれるの、くれないの?」

「やるよ。命だってくれてやる」

極限までねっとりとしたやり取りに、熱でぼんやりしていた瑞希の頭は一瞬で少しだけ冴えた。

これ以上はとても聞いていられなくて、彼女は通話を切った。

暗い部屋の中で、全身から冷や汗がにじんでいた。スマホを握る手は激しく震えていた。

浩一。どうしてあなたは、ここまで私に残酷でいられるの?

せめてこの一か月だけでも、静かに過ごさせてはくれないの?

浩一が帰ってきたのは、翌朝早くのことだった。

昨夜、朦朧とした意識の中で目を覚ましたときも、熱は下がっていなかった。瑞希は苦しみながらベッドから起き上がり、服を着替えて病院へ行こうとしていた。

まだ階下へ降りきる前に、外から戻ったばかりの浩一が慌ただしく入ってきた。

「瑞希、ただいま」浩一は何事もなかったかのように声をかけ、そのまま大股で歩み寄って彼女を抱きしめようとした。

瑞希は体を少しずらして、その腕を避けた。

あの濃い香水の匂いは、わざわざシャワーを浴びてきたのだとしても、完全には消えていなかった。もともと体調が悪いところへ、その匂いをかいで、いっそう吐き気がこみ上げた。

「ねえ、怒らないでくれよ。お前が先に帰るってメッセージくれたとき、俺も戻って付き添うつもりだったんだ。でも向こうで急にちょっとしたことが起きて、それで残るしかなくて」

「そう」瑞希は目を上げて浩一を見た。無表情のまま、一言だけ返した。

「そうなんだよ。航平のやつが遊びたがって、わざわざ上級コースで滑ろうとしてさ、転んで骨折したんだ。だから俺、付き添いで病院まで行ってたんだよ」

たしかに彼の体からは消毒液の匂いがした。

けれどそれが本当に友人・葉野航平(はの こうへい)のために病院へ行ったせいなのかどうかまでは、わからなかった。

瑞希の表情が少しだけ和らいだように見えたのか、浩一は手を伸ばして彼女の手を握った。

「手、こんなに冷えてるじゃないか。顔色もよくないし……具合悪いのか?」

そう言って、浩一は彼女の額に手を当てようとした。

「うっ――」

瑞希はとうとうこらえきれず、その場で吐いてしまった。

「瑞希、どうした?」浩一は嫌な顔ひとつせず、今にも崩れ落ちそうな彼女を支え、背中をそっとさすった。

吐き終えると、彼は瑞希を抱き上げて階下へ運び、ソファに座らせ、ティッシュで口元をぬぐってやった。

「なんだこの熱……すごく熱いじゃないか。つらいんだろ?行こう、すぐ病院だ」

浩一は彼女をそのまま車に乗せ、まっすぐ病院へ向かった。

瑞希の熱は40度近くまで上がっていた。意識はずっと朦朧としていて、翌日になってようやく熱が少し下がり、彼女ははっきり目を覚ました。

「瑞希、やっと起きた。心配でたまらなかった」

浩一は瑞希の手をきつく握っていた。その顔に浮かぶ緊張と心配、そして一晩眠っていない疲れは演技には見えなかった。

「いつから熱が出てたんだ?どうして俺に電話しなかったんだよ。お前が具合悪いってわかってたら、航平なんか放って、絶対に戻ってきてたのに。

瑞希、わかるか。昨日、医者に40度まで熱が上がってるって言われて、俺、本当に肝を冷やしたんだ」

瑞希は薄くまぶたを持ち上げた。その目の奥には、かすかな皮肉が浮かんでいた。

「昨日の夜、あなたに電話したわ」

「いつ?」浩一はスマホを取り出し、通話履歴を確認した。そこには瑞希からの着信記録は残っていなかった。

どうやら昨夜、美桜が勝手に彼の電話に出て、そのうえ通話履歴まで消したらしい。

「熱でぼんやりしてて、勘違いしたのかもしれない」もうすぐ本当にここを去るのだ。瑞希は、美桜とのことを今さら面と向かって暴く気にはなれなかった。

「俺が悪かった。昨日、お前を一人で帰らせるんじゃなかった」これ以上、耳障りな甘い言葉を聞きたくなくて、瑞希は淡々と言った。「お腹すいた」

すると浩一はすぐに身を乗り出した。

「何が食べたい?誰かに買ってこさせる」

「下で適当に買ってきて」

「わかった。おとなしく寝てろ、俺が買ってくる」浩一はそう言って、病室を出ていった。

瑞希はそっと目を閉じた。透明な涙が目尻から流れ、枕を静かに濡らした。

浩一が出ていってしばらくすると、美桜が突然やって来た。

彼女が現れたこと自体には、瑞希は驚かなかった。

意外だったのは、美桜が病院の患者服を着ていたことだった。

瑞希は目を閉じたまま眠ったふりをし、相手にするつもりはなかった。

美桜は瑞希が起きているとわかっていたのだろう。ゆっくりとベッドのそばまで歩いてきて、自分の下腹部に手を当て、得意げな顔で瑞希を見下ろした。

「瑞希さん、あなたに勝ち目なんてないのよ。私があなたの立場だったら、とっくに自分から身を引いてるわ。そうすれば、こんなみっともない真似しなくて済むもの」

瑞希はゆっくりと目を上げ、彼女を見た。その瞳には、隠そうともしない軽蔑と侮りが滲んでいた。

「愛人の分際で恥も知らずにいるあなたがいるのに、どうして私が恥じなきゃならないの?」

「そういう話じゃないのよ」美桜はお腹を支えるように手を添えたまま、ベッド脇の椅子に腰を下ろした。

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