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第6話

Auteur: 匿名
けれど、秀樹は離婚に応じなかった。

彼は私を無理やり家へ連れ帰り、道中ずっと謝りながら言い訳を続けた。

「葵、僕とあの子はもう終わってるし、今愛してるのは君だけだ。何年も一緒に過ごしてきたのに、あっさり離婚するなんてできないよ。

さっき閉じ込めたのは僕が悪かった。本当にすまない。あのときはただ焦ってて……

彼女にはマフラーを返させるし、もう二度と会わない。だから、離婚なんてもう言わないで」

今も、まだ私を騙そうとしているのか。

私のことを、そんなに馬鹿だと思ってるの?

彼の横顔を見つめながら、怒りが込み上げてくる。

悔しくて、苦しくて、どうしようもない気持ちが渦巻いていた。

そんな中、私はふと思った。もし私が死んだら、秀樹はどんな顔をするんだろう?

――そう思った瞬間、私は妥協した。離婚の話はもうしない。

ただし、一つだけ条件を出した――碧海市へ一緒に行くこと。

碧海市で海を見ることは小さい頃からの夢だった。

今まで私はテレビの中でしか海を見たことがなかった。結婚してからも秀樹は忙しくて、結局一度も行けなかった。

もし、あの場所で死ねたなら、本望だ。

安奈
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