翌日の夕方、鈴鳴の運転で祖父の実家へ向かった。
「和巳さん、寒かったら暖房強くしてくださいね」
「ありがと。鈴、ポッキー食べる?」
「うっ!」
まだ何も言ってないのに、和巳さんは俺の口めがけてポッキーを突き刺した。信号待ちしてたから良かったけど、地味な痛みにハンドルから手を離し、唇を覆った。
「鈴の運転は静かで安心するよ。俺は人や物にぶつかんなきゃいいって考えだからさ」
「そ、それはまた……確かアメリカって大抵十六歳で免許とれるんですよね」
「うん、場所によっちゃ十四でとれる。車なきゃ生活できないからね。鈴のこの車は自分で買ったの?」
和巳さんはコンビニで買ったカフェオレを開けて飲んだ。
「いやいやまさか、そんなお金ありません。これは父さんにもらったんです。一人暮らしをする代わりに」
「代わり? って、何の?」
「実家が遠いから、すぐに帰って来られるように、って。でも全然帰れてないし、維持費も勿体ないし。新幹線の方がずっと安上がりだから返しちゃおうかと思ってるんですけど」
「そう……」
和巳さんは小さく呟き、また俺の唇にポッキーを突き刺した。痛い。嫌がらせか。
「……ふふ、お前も俺がいない間に色々あったみたいだな」
「え」
前を見つつ、彼の声に耳を傾ける。どんな時でも不思議と、彼の話は集中して聴いてしまう。
「お前が一人暮らしなんて決意したのもびっくりだし。……何よりあの叔父さんが、よく許してくれたな?」
「……」
どんどん空は紫色に変わっている。ヘッドライトを点けて遠くの山々を見据えた。
「和巳さんも知っての通り、俺は容量が悪いです。怒られ続けて、褒められた記憶なんて一度もない。あの家は……居づらくて」
「大丈夫。そのうち見えてくるよ」
見える?
どういう意味なのか分からなかったけど、もう目的地は近かった。
都心から高速を使っても二時間以上かかる山あいのこの場所は、車がないととても不便だ。
ようやく到着し、だだっ広い駐車場に車を止めて、二人で降りる。和巳さんは大きく背伸びした。
「あ~、長かったなぁ。鈴も運転おつかれ! 疲れただろ。俺が運転してやりたいけど、まだ免許証切り替えてないからごめんな」
「大丈夫ですよ。たまには運転しないと忘れちゃいますからね」
軽く笑い合い、少し距離のある正面玄関へ回った。
立派な庭園は手入れが行き届いていて、景観は以前来た時と何も変わってない。いくらしたのか分からない石灯籠も、暗がりの中際立って辺りをぼんやりと照らしている。
玄関前に立ってインターホンを押すと、年配の女性が出迎えてくれた。
「まぁ! 久しぶりね、鈴鳴君。と、もしかしてそちらの方は……和巳君?」
「はい、お久しぶりです」
「やだー! すっかり男前になっちゃって! 皆も驚くわ。さっ、早く上がって。疲れたでしょう」
えっと、この人は確か……夏子さん。
会釈して中へ上がる。しかし並ぶ靴の多さにウッとした。
遠い親戚も来るから顔も名前もあやふやな人がいて、こういう時に困ってしまう。和巳さんは夏子さんのこと覚えてるんだろうか。ずっとニコニコしてるけど。
「和巳君は来ること分かってたけど、鈴鳴君も来てくれるとは思わなかったわ。鈴鳴君ももう二十歳になったのよね?」
「はい」
「せっかくだから一緒に参加してね。まだ学生だから退屈でしょうけど」
笑って誤魔化す。けど、本当にその通りだ。俺が聴いても多分全然分からない。そもそも呼ばれてすらいない集まりだ。だから場違い感が否めない。
でも、それで少しでも和巳さんの気が紛れるならいいか。
会議が終わったらおいとますればいい話だ。そう気楽に考えて三人で廊下を歩いていると、ふと名前を呼ばれた。
「鈴鳴?」
「父さん……」
一瞬、心臓が跳ねた気がした。いや、今もドクドクと脈を打ってる。
そうだ……馬鹿した。親戚の集まりって言ったら和巳さんの両親だけじゃなくて、俺の父親も来るに決まってるのに。すっかり失念していた。
「あ、正剛さん。ちょうど良かった、じゃあ私は先に行ってますね」
夏子さんは台所の手伝いがあると言い残し、先に奥へ行ってしまった。
「正剛叔父さん、お久しぶりです。和巳です。昨日帰国したんですが、事前の連絡が遅れてすいません」
「和巳君か……! いやいや、父のこともあって急だったんだから仕方ない。それより、本当に久しぶりだね。すっかり大人になって」
「あはは、会う人皆に言われます! ねー、鈴」
二人は楽しそうに、久しぶりの再会に笑っていた。けど、父さんの視線はすぐに俺へと移る。
「ところで、どうしてお前がここにいるんだ? 鈴鳴」
「あ、えっと……」
目には見えない威圧を感じる。
この感じ、久しぶりだ。返す言葉に迷っていると、和巳さんが前へ出て答えてくれた。
「叔父さん。実は昨日、鈴の家に泊めてもらってたんです。それで今日の事を話したら、わざわざ車で送ってくれたんですよ。俺は運転できないんで、本当に助かりました」
「そうか。それならいいが……鈴鳴、お前ちゃんと大学は行ってるんだろうな」
父さんは俺にのみ低い声で問いかけた。
「い、行ってます」
「遊びにかまけて、怠けた生活はしてないか?」
「してません……」
どうしても目を合わせられない。それでも答えると、彼は踵を返した。
「会議中は大人しくしてろ。もう子どもじゃないんだから、みっともない真似だけはするなよ」
木板の床が軋む音。それが遠のいていくことが分かり、ようやく顔を上げることができた。
「鈴、何で敬語なの?」
「えっ? あ、いや……すいません」
「だから何で謝るんだよ」
和巳さんは不満そうに腕を組んで歩き出す。
「まだ叔父さんが怖い?」
彼の質問は、答えるのに逡巡してしまった。
「……父さん、俺が一人暮らしするの反対してたんです。卒業後は絶対ウチに就職するって条件付きで、やっと家を出ること許してくれて」
真実を打ち明けると、彼は腑に落ちた様子で笑った。
「なるほどね。お前も大変だなぁ。俺なんか、むしろ追い出されたのに。それもアメリカだよ? 海外追放だよ」
「あはは。本当に、和巳さんはすごいです」
父さんとバッタリ顔を合わせてしまったのは尋常じゃなく気まずいけど、彼が隣にいると自然と笑いが零れる。
だから、やっぱり頑張れる気がした。
「おぉ、和巳君かい? 久しぶりだねー!」
向かった先は、家で一番大きな客間だ。そこだけで俺の家の何倍もある。マイクが欲しい広さだ。
子どもの時も大きく感じたけど、大人になって見ると改めてどれだけバカでかい敷地だったのか分かる。
部屋に入ると皆和巳さんを見て歓声を上げていた。もう俺の存在はないに等しい。多分、隣にいても見えてない。
でもそれでいい。変に目立ちたくない。
大勢の人に囲まれ、関心を引き付ける彼を遠くから見守った。
……大事な人だ。誇らしい気持ちが何よりも勝つけど、ちょっと寂しい気持ちもある。昔も今も同じで、ここにいるけど、俺は和巳さんのおまけで、いてもいなくてもいい。
子どもの時から、常に二番目。彼とは比較され続けてきた。
ねぇ和巳さん。和巳さんがいなくなった日のこと、思い出したくないけどよく覚えてるよ。冬の終わり。吸い込んだら喉がカラカラになりそうな風が吹く中、一緒に空港の周りを歩いた。フライトの時間まで残りわずか、何度も時計を確認した。いつ戻って来るのか。向こうで何を学ぶのか。……俺と、これからも連絡を取り合ってくれるのか。本当は訊きたいことが山ほどあった。けど和巳さんは俺が話す隙を与えず、心配そうに色々話してたっけ。勉強のこと、進路のこと、両親のこと。「無理しちゃだめだよ」って繰り返していた。何度も肩を落としては持ち直し、そして俺を見つめていた。彼だって、一人で異国の地に飛び立つ。今も不安で仕方ないはずなのに、口から出るのはやっぱり俺のこと。俺は中学二年生で、和巳さんは高校三年生。もうそこまで心配されるような歳じゃないけど、彼は最後まで俺の心配をしていた。見てきた景色も、立っている場所も全然違う。それでも心は繋がっている。地球を覆うこの青い空のように、全ては同じところに存在している。距離なんて大した問題じゃない。俺にそう教えてくれたのは他でもない、彼だった。触れたい時に触れられない。聞きたい時に声を聞けない。辛いことだ。でも、それはさほど珍しいことじゃない。例え同じ家に住んでいたとしても、心がすれ違えば触れられない。声を聞けない。遠い国にいるのと同じなんだ。心がすれ違ってしまったら。だから誰かを想う心に勝るものはない。絶対、会える。どれだけ遠い地にいても、海に遮られても、山が隔たっていても。この想いは、時間も空間も飛び越えられる。『大丈夫だよ。必ず戻って来るから』彼が旅立つ日にそう言ってくれたから、俺は諦めずに待ち続けることができた。惨めでも滑稽でも、愚直だと蔑まれても……カレンダーの前に立ち、日付を捲ることできた。そう、「大丈夫」。必ず戻って来る。だから和巳さんは俺の心配より自分の心配をして、元気でいて。貴方がこの地球のどこかにいるって思うだけで、怖いぐらい俺は強くなれるから。六年。流されそうな時間の中で大人になっていく。傍にはいないけど、一緒に生きていた。昼と夜が正反対の場所にいるけど……やっぱり俺達は今、確かに。……一緒に生きてるんだよな。◇「あぁ~! やっぱりビールはいつどこで飲んでも美味いっ!!」宿泊先の旅館の客室で、
季節は次々に移り変わる。夏から秋、秋から冬へと。「ただいま、和巳さん」「おかえり、鈴!」肌寒い朝と夜を行き来する冬が訪れていた。大学から帰って、笑顔の恋人がいる暖かいリビングに入る。 俺達の生活は何も変わらない。忙しいのも変わらないけど、それは言い換えれば充実しているということ。大学、会社、家、その他のコミュニティを通して時間を費やす。最近は俺も和巳さんも、実家に顔を出すことが多くなった。以前はあえて避けてた親戚の集まりにも参加するようになった。会いたい人が増えたからだ。可愛い親戚の子も優しい祖父母も、気になって仕方ない。……会いたい衝動に駆られてる。そして会う度に、独りじゃないと気付かされる。たくさんの人に支えられて生きてるんだ、と改めて感じていた。「和巳さん、もうすぐ一年終わっちゃうね」「お、そうだね。俺と鈴が再会してから、もう半年も経ったんだ」リビングで寛ぐ和巳さんを尻目に、カレンダーを捲った。今でこそ何も考えずに捲れるけど、半年前は全然違ったな。和巳さんがいつ帰って来るのか。そればっかり考えて次のページを捲って、ゴミ箱に捨てていったカレンダー。あの苦い記憶すら今は懐かしい。恥ずかしいから和巳さんには絶対言わないけど。「そうだ、鈴! 俺達の輝かしい軌跡をお祝いしよう! 終わってしまうことを寂しく思うより、新しく始まる一年に乾杯するんだ!」「おぉ……さすが和巳さん、冬でも脳内は年中お花畑だね!」「鈴、その言い方だと皮肉になるから。それはさておき、冬と言えばスキー! 嘘! 俺は雪が嫌いなんだ! だから体も心も暖まる温泉に行こう! 雪見風呂なんて最高じゃない? 寒いのに暖かい所にいられる至福の時間、朝まで飲みたい!」色々と情報過多だけど、とりあえず温泉に行きたいことだけは伝わった。「温泉もいいね。せっかくだし、冬休みに入ったら行こう。和巳さんが乗りたがってた新幹線で」「おっ、分かってるねぇ鈴。じゃあさっそく計画立てていこうか」和巳さんがノリノリなので、新幹線で行く小旅行を計画した。スキーやスノボも良いと思うけど、和巳さんは「リフトが嫌なんだ」と真剣な顔で言ってきた。高い所が嫌いなんだろうか。でもすごい楽しみだ。和巳さんと初めての遠出……!その旅行は、わりとあっという間にやってきた。嬉しいことに、旅行当日は晴天。和巳さん
明るい照明。嗅ぎ慣れないシーツの香り。壁。……吐息。向き合って密着している友人に、小声で囁いた。「秋……俺もう、二度とこっち関係は協力しない。次何かあっても、ひとりで何とかして……。いいね?」「あぁ……。俺も、もうやめる……もう、何もしない……」秋は投げやりというか、もう疲れて何も考えられない、というように肩を揺らした。安易に乗っかった俺も悪いけど、本当に困った友人だ。でもある意味、問題児は秋より……矢代さんの方が。「ごめん、鈴鳴。俺のせいで、こんな……」息も絶え絶えに、秋は手を握ってきた。くっ、本当はもっとこてんぱんに怒ってやりたいんだけど。こんな風に泣きつかれたらどつけないじゃないか。「いいよ。秋が意外と世話焼けるのは前から知ってたから」「んんっ……」彼の腹を汚す白い体液を指ですくといる。すると彼も腰を擦り付けて、俺のぬれた頬を舌で舐めとった。「ん、鈴鳴……やっぱ、お前可愛いすぎ」「ちょ、秋、くすぐったいってば」俺も同じようにやり返して、濡れた部分を舐め合う。そうしてじゃれあってたんだけど……途端に、背筋に寒気を感じて我に返った。「あははは。……矢代さん、どうします? ほんとの恋人の前で堂々とイチャイチャしてる、この子達」「うーん、そうだねぇ。可愛いけど、また時間をかけて教えてあげないといけないかもね」しまった……!!後悔しても、もう遅い。振り返って謝ろうとしたけど、また前を握られてドキッとする。「鈴は俺を嫉妬させんのが上手になったね。でも、もう本当に怒った。今度は潮吹くまで許さないよ」「えっ! そ、そんなの無理だって!」青ざめて訴える鈴鳴の隣で、矢代は無邪気に笑った。「ふふふ、人の潮吹きなんて久しく見てないな。ちょっと楽しみだよ。……秋、お前も負けてらんないな。俺の前で彼と戯れたこと、イッて後悔するんだな」「待っ、やだやだ、もう無理! もうイケないって!」「俺はまだイッてないんだよ。最低でも後三回、これから付き合ってもらう。足りない頭で反省しながら、身体で俺を覚えろ。いいな?」「ち、ちょっと待っ……あぁ、俺が悪かった! もう二度と余計な心配はしない! 俺は本当に先生に愛されてるよ……!」軋むベッド、染みだらけのシーツ。そして絶え間なく響く二人の青年の悲鳴に、その夜は色濃く染まった。地獄が終わったのは朝
突然上半身を抱き起こされたと思ったら、今度は座位で貫かれた。嫌だと身を捩っても大きく脚を開かされ、挿入部分を確かめるように触られる。「ほら、中擦られるの気持ちいいでしょ?」「うっ、あっ、やっ……!」絶対、ハイとは言えない。だって目の前には矢代さんと、彼に抱かれてる秋がいる。だけど和巳さんはさらに激しく奥を突いて、俺の中を掻き回した。逃げようとすればするほど押さえ込まれる。「あっ、やだ、そんな激しいのっ……おかしくなっちゃうぅ……っ!」腰をホールドされる。彼の動きと連動して身体が震え、触ってもいない性器が跳ねてしまう。本当は触りたいけど、それはやっぱり許してもらえなかった。「……そうそう、忘れてるみたいだからおさらいしようか。鈴を世界で一番愛してるのは、誰だっけ?」「あっあぁ……か、和巳さん……っ」熱い。肉が蠢く穴の中も、剥き出しの下腹部も。どくどくと脈を打って、全身へと伝わっていく。 「じゃあ鈴が一番感じて。喘いで気持ちよくなっちゃう相手は、誰だっけ?」「ん、和巳、さんっ……和巳さん、だけ。あっ、中すごい事になってる……今も……っ!」胸の突起をぎゅっとつままれる度、口端から唾液か零れる。そしてその度に、彼の性器が高まる気がした。向きはそのまま、矢代さんと秋を盗み見みながら。恥ずかしいのに溺れた身体は快楽に逆らえなくて、むしろもっと彼を求めた。「和巳さん、もっと……もっと、強いの欲しい。おかしくして……っ!」「ふっ……もう、最高……!」後ろに押し倒され、正常位のまま激しく抜き差しされる。見上げる先の彼の顔は、快感に酔いしれてる。俺も多分、彼と同じか、……それ以上にだらしない顔をしてるんだろう。降ってくる汗が伝って、シーツに染みをつくる。肌と肌が触れ合う部分が滑って、なのに張り付いて、やらしい水音が響き渡る。和巳さんの熱で火傷しそうだ。感じ過ぎて制御できず、脚は限界まで大きく開いてしまった。「和巳さん、キスしたい……っ」「うん……いいよ」舌を出して求めると、舌ごと激しく吸い付かれる。ただでさえ熱い身体が、さらに熱く感じた。俺、今……上も下も、和巳さんと繋がってる……。もっと口を塞いで欲しい。離れたらきっと、また情けない声を出してしまうから。今は羞恥心も忘れたい。思考を溶かすほどの快感に包まれたかった。「ふふっ……和巳君と鈴鳴
瞼に当たる和巳さんの手が、段々汗ばむ。どうなってんだ。そんなにやらしい光景なのか? すごく見たい。「でも、それなら何で……最近、俺とシてくれないんだよ。前は毎日シてくれたのに」秋の悲痛な声が聞こえる。でも、……あれ、毎日? 前に俺と話した時は週二って言ってなかったっけ?「あぁ。この前は本当に、疲れてやる気が出なかっただけだよ」「じゃあ、今回は何で……」「はは、そんなの決まってるだろ? 欲求不満に悶えるお前を観察するのが楽しくてしょうがないからさ」矢代さんの、十二分に喜色を含んだ声が鼓膜に届いた。……つまり今までわざとお預けにして、秋を焦らしていたのか。軽く鳥肌が立つ。姿が見えないからこそ、ベッドの軋み具合と彼らの声を全身で感じてしまう。やばい……。矢代さんからキチクの匂いがする。こんな人を敵に回したことが間違いだ。絶対倍返しに合う。後悔しても後の祭りだけど、案の定もう秋の喘ぎ声しか聞こえなかった。「く、そっ……サイテーだよ、アンタ……っ!」「ははは、否定はしないよ。でもお前も人のことは言えないだろ。さっきは本当に鈴鳴君と危ない空気になってたじゃないか。純直な和巳君に感謝するんだな」状況がよく分からないけど、何かガンガン音が鳴ってる。秋が暴れてるんかな。「いつまで経ってもお前は本当にどうしようもない……それでいて最高だよ。俺の為にこんな楽しい趣向を凝らしてくれるなんて」「ち、違っ……あぁ!」何かがビリッと破れる音がした。ちょっと、音声のみは怖くなってきた。「和巳さん、手を離して……! さっきから何も見えないよ!」「う~ん……どうしよっかな。今の光景は、ちょっと鈴には刺激が強いかも……」「ずっとこのままでいる方が気まずくない!?」尋常じゃなく情事の気配を察知している。和巳さんは二人をバッチリ見てるわけだし、俺も彼らと同じベッドに座っているし、この状況はやばい。彼らが本番に入る前に早くここから退散しないと!そう思っていたら、矢代さんの弾んだ笑い声が聞こえてきた。「せっかくだから和巳君と鈴鳴君もここですればいい。このベッドは大きいから、四人乗っても余裕があるよ?」い、今何て……。耳を疑った。矢代さんは秋と抱き合ってるベッドで、俺と和巳さんにもエッチをすすめている。正気じゃない。そんなの和巳さんだって断るに決まってる!「え
「絶対やめた方がいい……嫉妬させるだけならともかく、このやり方は彼を傷つけることになるよ。恋人を傷つけるのは本望じゃないでしょ?」「ははは、心配ないって。先生は恋人が浮気してるぐらいで傷つくタマじゃないから」何言ってんだ、この子は。「恋人が浮気して傷つかないって、それはもう恋人じゃないよ! 矢代さんは絶対傷つくって!」「でもあの人はぬるいやり方じゃ絶対動じないし、本当の気持ちを確かめるにはこれしかないんだよ。あの人が俺のことをまだ想ってくれてんのか確かめるには、これしか」そう答える秋の目は、ガチだ。本気で切羽詰まってる。「こんな事に巻き込んでごめん……でも俺、あの人が好きなんだ」「秋……」彼も相当もがき、苦しんでいる。まぁ、それとこれとはちょっと話が違う気がするけど……。でも困った。彼の辛そうな顔を見てたら、全力で突き放せない。「矢代さんが、ショック受けて倒れないといいけど」計画に沿うことにするか。もちろん演技だから、変な所は絶対に触らない。俺は秋のシャツのボタンを外しにかかった。ところが。「うわっ、何してんだよ。攻めるのはお前じゃなくて、俺。お前はそういうの向いてないだろ」力任せにベッドに押し倒される。そしてあろうことか、彼は俺のベルトに手をかけた。瞬時に嫌な汗が溢れて、慌てて抵抗する。「ちょいちょいちょい! そんなの計画の時は決めてなかったじゃんか!」「決めてないけど、間違ってもお前はタチじゃない。つうか本来は俺がタチなんだよ。あの人にめちゃくちゃに抱かれなきゃ、そもそもこんな人生になってなかった!」よく分からない不満をぶちまけて、秋は俺のベルトを引き抜いてズボンを下ろした。以前、外の公衆トイレで彼にアナル開発を手伝ってもらったことはあるけど……今はちょっと状況が違う。ていうか、俺だけ恥ずかしい格好になるのは嫌だ!「こら! 秋も少しは脱いでよ」「はぁ? ……わ、やめろって!」ベッドが軋むほど、激しい取っ組み合いが始まった。尋常じゃなく息が上がる。互いに互いのズボンを奪い取ったとき、この争いはさらにヒートアップした。「おい、お前いつも和巳さんとする時は自分で後ろ弄るの? それとも弄ってもらうの?」「それは……あ、秋はどうなんだよ?」一瞬の不意をつかれ、ベッドに押し倒された。秋は真上に覆い被さり、俺を見下ろした。顔