Masukユーカスが引き下がり、一通りの俺の謝罪を聞くだけ聞いたら、「ふうん分かった。だが、二度と上級生の教室には顔を出すな」セシルは、それだけ言って、さっさと教室に戻ってしまった。
頑張ってここまで来たのに! なんてそっけない。
しかし、何だったんだろう? セシルのあのイイ感じの笑顔は? やっぱりセシルは苦手だ。考えていることが、さっぱり分からない。
助けてくれたから、それをきっかけにして、ちょっとは分かり合えるかと思ったのだが無理だった。やっぱり、セシルと俺が仲良くなるのは、ハードルが高い作業になりそうだ。「セシル様……」
教室に去るセシルの背中を見ながら、ポヤンとした顔でそうつぶやくシロノ。
俺は恋なんてしたことないけれど、やっぱりこれは恋する乙女の顔だろう。できれば、その想いは叶えてあげたい。◇ ◇ ◇
午後の授業は、学年が同じシロノのクラスとの合同授業。
紳士淑女に相応しい嗜みとして、ダンスを学ぶ。せっかく男女で別の学園としているのにいきなり合同授業なのは驚いたが、男女でパートの違う社交ダンスを学ぶなら確かに合同でやったほうが、話は早い。合同授業なのも頷ける。ああ、そっか。シロノが俺を助けに来たのも、合同授業のために俺たちの学園の校舎に来てみたら、ユーカスに絡まれている俺を見かけたからか。納得した。
卒業の時にプロムが行われる広いダンスホールに、俺たちと隣接学園のシロノたち淑女が並ぶ。
先ほどの恋する乙女の顔はどこへ行ったのだろうというほど、キレッキレのシロノ厳しい言葉が冴えわたっている。
「アスナ様。いけませんわ。そのようなステップでは」
「は、はい。シロノ様……」
アスナというのは、あの黒髪の大人しそうな少女のことだろう。
どこか放っておけない雰囲気のあるアスナ。シロノはついアスナが気になって、指導をしてしまっているようだ。母のような気持ちでアスナに向かっているのは、兄の俺には分かるが、周囲にはそうは見えていまい。
「またよ。どうしてシロノ様は、アスナ様をいじめなさるのかしら」「アスナ様、またシロノ様の不興を買ってしまわれたわ」なんて陰口がちらほら聞こえてくる。
シロノ、駄目だよ。これじゃあ、すっかり乙女小説に出てくる悪役令嬢じゃないか。俺は、病気で寝込んでいた時に散々読んだ恋愛小説を思い出して苦笑いする。ずっと病気で伏せっていた俺に、優しいシロノは、いつも面白そうな本を見つけたと持ってきてくれた。……本のチョイスは、恋愛小説多いめだったの驚いたけど、それはシロノが可憐で恋に夢見る乙女なので仕方ない。たぶん。あぁ……シロノの友達も良くない。
シロノを味方したいのだろうけれども、「そうよ、シロノ様のおっしゃる通りよ」「まあ、そんなお作法も知らずによくこの学園に入れたものね」なんて言葉をシロノがアスナをたしなめるたびに添える。 そのことが、より一層悪役感をアップさせる。庇護欲をくすぐる仕草と見た目のアスナ。これは、もう正統派ヒロインは誰でしょう? と問われたら、万人が万人、アスナと答えるだろう。
はあ……。どうしよう。
ダンスは一通りのステップを覚えたら、今度は、男女ペアで踊る。
少しずつペアを順番に変えながら踊って、全員と踊るようにできている。「アスナ様、申し訳ありません。妹があなたにきつく当たって」
アスナと踊るときにそう声をかけてみる。
「あ、……リオス・エルグ様。シロノ様のお兄様ですね」
どうやら、アスナは俺のことを知っているようだった。
「シロノ様からしたら、わたくしの所作が気になるのは、仕方ありませんわ。わたくし、貧しい庶民の家で育ち、子のいない男爵様に養女にしていただきましたの」 アスナがそう言って笑う。 可愛いな。素直そうな笑顔。 おぼつかないステップも可愛い。こう……何というか、庇ってあげたくなる。 それとなく、ゆっくりリードして、アスナが踊りやすいように工夫する。病弱な俺だけど、ダンスくらいは貴族の端くれとしてマスターしている。 アスナは、俺が気を使いながらリードしていることに気づいたのか、小さな声で、ありがとうございます、とお礼を言ってくれる。「そうですか。俺の父グスタフ・エルグとて、貧しい農奴の出身です。私達兄妹も、とても胸を張って貴族だなんて言える家柄ではございません。妹は、ああやって気を張って生きることで、自分を守っているのです。許してやってください。仲良くしてやって下さいね」そう俺が言って頭を下げれば、「はい!」と元気よくアスナが返事をしてくれた。 正統派ヒロインだ。健気で謙虚だ。たぶん、アスナみたいな健気な子がヒロインの小説があったら、俺は夢中になって読んでいるに違いない。 ふ、不覚にも、ちょっとドキリとした。「アスナちゃん、可愛いよな!」 マキノが、合同授業の終わりに、俺に駆け寄って開口一番のたまう。 攻略されるの、早いな。お前。 チョロい。チョロすぎるぞ。 慣れないステップで一生懸命踊る姿にキュンときたそうだ。「シロノちゃんとは、対照的な感じ? シロノちゃんの前ではちょっと緊張するけど、アスナちゃんの笑顔には、なんか癒されるんだよね~♪」 マキノはずっとデレデレしている。 一生言ってろ。 他にも、アスナに攻略されてしまった男子生徒は多数。合同授業後の教室では、癒し系のアスナと完璧美女シロノの感想で、大騒ぎだった。 俺の可愛い妹、シロノ。シロノほど完璧な美女はいない。アスナと人気を二分する方がおかしいのだが、アスナ、確かに心惹かれる不思議な子だった。 しかし、大丈夫なんだろうか? これ。もし、アスナがセシルを好きになって、セシルに近づいたら、あっというまにセシルも攻略されてしまうのではないだろうか? 口下手で、ついきついことを言ってしまうシロノに、勝ち目はあるのだろうか? 願わくば、セシルがM気質で、言葉攻めにグッとくるタイプ
ユーカスが引き下がり、一通りの俺の謝罪を聞くだけ聞いたら、「ふうん分かった。だが、二度と上級生の教室には顔を出すな」セシルは、それだけ言って、さっさと教室に戻ってしまった。 頑張ってここまで来たのに! なんてそっけない。 しかし、何だったんだろう? セシルのあのイイ感じの笑顔は? やっぱりセシルは苦手だ。考えていることが、さっぱり分からない。 助けてくれたから、それをきっかけにして、ちょっとは分かり合えるかと思ったのだが無理だった。やっぱり、セシルと俺が仲良くなるのは、ハードルが高い作業になりそうだ。「セシル様……」教室に去るセシルの背中を見ながら、ポヤンとした顔でそうつぶやくシロノ。俺は恋なんてしたことないけれど、やっぱりこれは恋する乙女の顔だろう。できれば、その想いは叶えてあげたい。 ◇ ◇ ◇ 午後の授業は、学年が同じシロノのクラスとの合同授業。 紳士淑女に相応しい嗜みとして、ダンスを学ぶ。せっかく男女で別の学園としているのにいきなり合同授業なのは驚いたが、男女でパートの違う社交ダンスを学ぶなら確かに合同でやったほうが、話は早い。合同授業なのも頷ける。 ああ、そっか。シロノが俺を助けに来たのも、合同授業のために俺たちの学園の校舎に来てみたら、ユーカスに絡まれている俺を見かけたからか。納得した。 卒業の時にプロムが行われる広いダンスホールに、俺たちと隣接学園のシロノたち淑女が並ぶ。 先ほどの恋する乙女の顔はどこへ行ったのだろうというほど、キレッキレのシロノ厳しい言葉が冴えわたっている。「アスナ様。いけませんわ。そのようなステップでは」「は、はい。シロノ様……」 アスナというのは、あの黒髪の大人しそうな少女のことだろう。 どこか放っておけない雰囲気のあるアスナ。シロノはついアスナが気になって、指導をしてしまっているようだ。 母のような気持ちでアスナに向かっているのは、兄の俺には分かるが、周囲にはそうは見えていまい。「またよ。どうしてシロノ様は、アスナ様をいじめなさるのかしら」「アスナ様、またシロノ様の不興を買ってしまわれたわ」なんて陰口がちらほら聞こえてくる。 シロノ、駄目だよ。これじゃあ、すっかり乙女小説に出てくる悪役令嬢じゃないか。俺は、病気で寝込んでいた時に散々読んだ恋愛小説を思い出して苦笑いする。ずっと病気で伏せっ
「わたくしのお兄様に、そのような態度。断じて許せません」 キッとシロノが睨む。 シロノは、あの父のせいで苦労してきた。敵が多く、数々の嫌がらせの中で、病弱な俺を守ってくれたんだ。シロノに恩返しをしたくて、シロノの恋を応援しているのに、なんだか助けられてしまった。……お兄ちゃん、役立たずだ……。ううっ。「わたくしが、手塩にかけて純粋培養でお育てした天使のようなお兄様! 貴方の汚い手で垢でも付いたらどうするんですか!」 へ? シロノ? 何か言動がちょっとおかしくない? 純粋培養ってなんだ。ちょっと分からないよ?「お前達、あの冷血グスタフ宰相の子どもだろう? よくそんな態度に出られるな。あの冷酷な親父に恨みを持つ貴族は多いと言うのに」 赤毛の言う通り、あの父に恨みを持つ者は多い。 経費の無駄と、ドンドン貴族を王宮から追い出して、慣例行事も削減してしまう。宰相グスタフ・エルグによって職を失った貴族は数多。 だが、それを俺は間違いだとは思わない。農奴からの成り上がりで、一代で宰相になった父だからこそ出来た、王国存続には不可欠の仕事だ。「恨む方が間違っている。恨む前に、自分を磨けば良かったんだ」 俺が言い返す。「はぁ? 伝統を壊したのは、グスタフだろうが!」 赤毛が俺の胸倉をつかむ。「待て。ユーカス。何をしている」 セシルだ。 良かった。セシルが来たなら、これ以上、赤毛は何もできないだろう。 セシルは、赤毛の腕をつかんで、俺を引きはがすと、俺を抱きしめて庇ってくれた。…………あれ?…………ポジションがおかしい。 さて問題です。この中で、ヒロインポジションはどこでしょう?A、悪漢に襲われて困っている人B、悪漢C、最初に助けに入った人D、最終的に助けに来た人 もし、世の中に恋愛小説検定なんて物があれば、初級で出されそうな問題だ。 ええ、答えは、誰がどう考えても、Aでしょう。そう、ヒロインポジションは、Aなんだ。 どうして、俺がAに居座っているんだ。「大丈夫か?」 セシルが俺に優しく尋ねる。 俺は、釈然としないまま、コクンと、頷く。ホッとして、普段の無表情な顔に、少し笑顔が浮かぶセシル。セシルに恋をしている淑女なら、ドキリとする場面だろう。 やっぱ、ここ、シロノのポジションじゃない? そうだよ、そうあるべきだ
「なんでセシルが俺たちの教室にいたの?」 俺は頭を抱える。「昨日俺たちが入学早々油まみれになって寮室で暴れていたのを、一言注意しに来たかららしいぜ」「え? マジ?」「ああ。クスクス笑ってたクラスの奴をひっ捕まえたら、セシル様がそう言ってたって吐いた」 マキノが、首根っこ掴まれて半泣きのクラスメートに「なぁ?」と聞けば、「は、はい!」と名も知らぬクラスメートが震えながら答える。 マキノがどうひっ捕まえて吐かせたのかは、ちょっと気になるが、今はまぁいい。 今、気になるのは、セシルだ。「なんで、油まみれ事件を注意せずに、さっさと教室を離れてしまったんだろう」「そりゃあ、俺らが、神聖な卒業プロムを馬鹿にするようなジョークを言っていたからだろ?」 しごくもっともな推察をマキノが述べる。 シロノの通う貴族の子女が通う女子校と、俺の通う貴族の子息が通う男子校が、これ見よがしに隣に建てられて頻繁に交流している理由。それは、十三から十五歳の成人直前の貴族が、将来の結婚相手を探すためでもある。 十五歳で正式に社交界デビューを果たす前に、どんな子がいるのか、お互いに見ておけというのだ。悪趣味な制度だ。 卒業プロムで誘うこと、それは、事実上の婚約宣言でもある。 神聖なものであり、たいていの貴族は、そこで正妻をめとる。……まあ、王族だけは別で、フライングで、十五歳の誕生日の時に、盛大なパーティを開き、正妃を決めるのだが。 この風習は、美女の取り合いで、王族が部下と揉めないようにとの配慮と思われる。 真面目なセシルには、その伝統をないがしろにする態度が気に喰わなかったのだろう。……最悪だ。 もうどうしよう。シロノ。お兄ちゃん、シロノの恋を邪魔しちゃったかも。 これは、早々に謝りに行くべきだろう。そうに違いない。 俺は、セシルの教室を探して上級生の教室へ向かう。マキノが付いて来ようとしたが、それは断った。一人で行く方が、謝罪の意が伝わる気がしたから。 十四歳の子が通う一つ上の学年の教室を覗けば、俺の顔を見て教室内がざわつく。 下級生が上級生のクラスに顔を出すのが珍しいのだろうか。それか、悪名高い宰相の息子だときづいて、警戒されているか。一々面倒だな。「どうしたの? 子猫ちゃん」 絵に描いたような軽薄な声をかけられて見上げれば、赤毛の長身の男がヘラヘ
どうして俺の妹は、あんなに可愛いのか。 風になびく柔らかな白い髪、艶やかな肌、長い睫毛の下の瞳は、雪解けの湖を思わせる清らかな青で輝く。小さな唇は、淡いピンク色……。 窓の下を歩くのは、入学したての制服に身を包んだ妹シロノ。数人の友達と歩いている。 教室の窓からそれを見かけた俺は、つい見惚れてしまって、そうつぶやいた。「それ、ほぼお前だからな。そっくりな顔しやがって」前の席に座るマキノが、俺の顔を見ながらそう釘を刺す。「うるさいな。全く違うだろうが。お前の目は節穴か? そうか、目ではなく節穴が付いているのか?」 双子といえども、俺とシロノでは、美貌には雲泥の差があるだろうが。もはや、同じかどうかを検証するのもおこがましい。 軍司令の息子マキノとは、入学してすぐ仲良くなれた。同室だから、仲良くなれないならば、面倒なことになるから助かる。「しかし、まあ、シロノちゃんは可愛いな。俺らが卒業プロムに出る時に、誘ったら一緒に行ってくれるかな?」「無理だね。シロノは、もう想う人がいる。それに、そんな先のことはどうでもいい」 俺の目的は、あくまでシロノの恋を実らせてやること。シロノを王太子セシルの目に留まるようにすること。 それ以外のことなんて、どうでもいい。目的を達成してから考えればいいのだ。「……じゃあ、さ。俺とお前両方とも相手がいなかったらさ、お前が俺と一緒に行ってくれよ?」 じっとマキノが俺を見つめる。なんだ、その熱い眼差しは。「は? なんだよ、それ」 でも、そうだな。男女ペアの多い卒業プロムにマキノと一緒に行く……。 皆、びっくりするだろう。面白そうだな。「そりゃ、面白そうだ。両方相手がいなかったら……」 俺がOKしようとしていると、「そんな軽く返事する性質のものではない」と、背後から叱られる。 ? ただのジョークに何を本気で? どんな堅物かと思って振り返れば、最悪だ。 そこにいたのは、シロノの想い人、王太子セシルだった。「セ、セシル様……」 びっくりして声が裏返る。 まずい、これからセシルと仲良くなって、『友人の妹が可愛いと、つい目がいってしまいますよね』という王道乙女シチュエーションを作り出そうとしているのに、セシルに嫌われたら困るんだ。「あの……」 俺は慌てて言い訳しようと口を開く。「軽薄な!!」
ここは、由緒正しき王立の学園。 十三歳から十五歳の貴族の子息が、この学園に通うのだ。国王の子息が通う学園、当然のように入学するためには、家柄、教養、剣術などの基本的能力に加えて、礼儀作法などのたしなみも要求される。 裏口入学なんて許す訳もない親父。俺はシロノの恋心を知ったその日から、必死で努力して、堂々と、表からこの学園への入学資格を得たのだ。 入学早々、「あれが、悪名高いグスタフの息子……」「リオス・エルグ、フンッどうせ裏口だろ?」「一体いくら積んで入れてもらったんだか」なんて、噂が飛び交っているが、俺は気にしない。 陰でコソコソ何かいう奴に、関心を払うなんて、無意味だ。俺は、忙しい。 そこら辺の貴族がこぞって陰口を叩いているのだから、当然俺の評判は最悪。 王太子セシルだって、俺のことは心から警戒しているはずだ。状況は最悪だ。 だが、この最底辺から、王太子セシルに近づかなければならない。 ……それに、俺のことよりも、姉妹校として併設されている隣の学園に通う妹が気がかりだ。 こちらは、淑女を育てるべく、少女達を集めた学園で、俺の通う学園と合同授業などもある間柄なのだが、双子の妹のシロノは、そっちに通っている。 シロノもきっと、同じように酷いことを言われているに違いない。 あの可憐で麗しい天使のようなシロノが、そんな目に遭っているなんて可哀想でならない。 心から心配だ。 まぁ……気になるなら、許可さえもらえれば、出入りは出来るし、合同授業も頻繁に行われているから、どうしても気になるならば、見に行けばいいのだが。 ……入学して初日だが、見に行こうかな。さすがにまだ早いか……。 聡明なシロノの事だから、きっと気高くそんな言葉は跳ね返しているだろうが、あの子は本当は繊細な子なんだ。親父譲りのキツイ言い方で、世間から誤解されているが、本当は優しい子なんだ。 願わくば、シロノに、シロノの良さを理解してくれる友達が出来んことを。 ◇ ◇ ◇ 寮室に入れば、同室のマキノ・エルデが、「よろしく」と握手を求めてくる。 俺よりも背が高くがっしりと恵まれた体躯。 ……マキノ・エルデ、確か軍司令が親父だったな。 陽気そうなマキノ。悪い奴ではなさそうだ。「こちらこそ、よろしく」俺が、握手に答えようとすると、手にはべったりと油がつく。







