Masuk優奈は、二人が並んで去っていく後ろ姿を見つめながら、頭の中がぐらぐらするような感覚に襲われた。さっきは泣き疲れて、少し気分転換でもしようと思って外に出たのに、まさかエレベーターを降りた瞬間に、あの二人と鉢合わせするなんて。しかも奈穂は、明らかに自分に気づいていた。見たところ、誰かも分かっていたはずなのに、挨拶すらしてこなかった。正修が、何か話したのだろうか?少しくらい二人の関係をかき乱せたらよかったのに。だが、さっきの二人の様子は――どう見ても、仲睦まじい恋人そのものだった。自分の存在など、まったく影響を与えていない。そもそも正修は自分を一度も見ようとしなかったのだから、奈穂が彼のことで機嫌を損ねる理由などあるはずもない。そう思うほど、優奈はまた涙がこみ上げてきた。散歩する気力も失い、そのままエレベーターへ引き返すと、部屋に戻って再びベッドにうつ伏せになり、泣き続けた。一方、奈穂は車に乗るとすぐ、正修の胸にもたれかかり、うとうとし始めた。すると正修が、彼女の髪をそっと撫でながら静かに言う。「気にしなくていい」「ん……?」奈穂は眠そうに顔を上げる。「何を気にするの?」その様子に、正修は思わず小さく笑い、再び彼女の頭を胸元へ戻した。「何でもない」「関山優奈のこと?」奈穂は少し遅れて気づいた。「そうだ」「まあ……最初はちょっとイラっとしたけど、ずっと気にするほどのことでもないかな」奈穂は気だるそうに言った。「だって、あの人が私たちの関係に影響を与えることなんて、ありえないもの。わざわざ気にし続ける必要もないし」もし本当に気にしていたなら、さっきわざと正修の手を握って、優奈の前で仲の良さを見せつけていただろう。でも、そんなことをする価値もない。優奈のような相手には、最初から存在を意識しないのが一番だ。正修は奈穂を見下ろし、目の奥にやわらかな光を浮かべた。奈穂が不機嫌でないのなら、それで十分だった。家に着く前に、奈穂はそのまま彼の胸にもたれたまま眠ってしまった。車が停まった頃になって、ようやくぼんやりと目を開ける。「……もう着いた?」「大丈夫、そのまま寝ていていい」正修は優しくあやすように言い、車に用意してあったブランケットで彼女をしっかり包み込み、そのまま抱き上げて家の中
立ち去る前、遠翔と澪は何度も振り返り、名残惜しそうに奈穂に手を振った。「お姉ちゃん、またね!」「お姉ちゃん、今度遊びに行くから待っててね!」奈穂も微笑みながら手を振り、うなずいた。二人が去ったあと、彼女はくるりと振り向き、正修の手を握ると、思わず小さくあくびをした。「私たちも早く帰ろう。もう眠くなっちゃった」「分かった」正修は握り返しながら言う。「でも、その前に一つ話しておきたいことがある」「ん?」奈穂は眠たげに目をこすりながら彼を見る。彼の表情がやけに真剣だったので、何かあったのかと少し緊張した。「どうしたの?」「さっき君が部屋にいる間、ある女性が来た」正修は言った。「以前、須藤さんのパーティーで会ったことがあると言っていたが、俺はまったく覚えていない」奈穂は頭がぼんやりしていたせいで、少し考えてから思い出した。この前、君江が開いたパーティーに、優奈という女性がいた。雅之の娘で、あの時もずっと正修に近づこうとしていたが、結局機会を得られなかった。まさか、さっき来たのも彼女?「俺は相手にしなかったが、従姉が少し話をしていた。その後、スタッフが彼女の名字が関山だと言っていた」正修は、先ほどの出来事を細かいところまで一つ残らず奈穂に説明した。すべて聞き終えた奈穂は瞬きをし、少し拍子抜けしたように言った。「うーん……特に大きなことが起きたわけでもなさそうだけど?どうしてそんなに真剣なの?」しかも、さっきの様子だと、かなり急いでこの話を伝えたがっていたように見えた。「君にすぐ報告しておきたかったからだ」正修の表情は真剣そのものだった。彼も愚かではない。あの女性の下心など、顔を見ればすぐ分かる。こういうことを奈穂に黙っておくつもりは、最初からなかった。その真面目な様子を見て、奈穂の口元には思わず笑みが浮かぶ。「分かった、分かった」彼女はつま先立ちになり、手を伸ばして彼の頭を軽く撫でた。「えらいえらい」正修は再び彼女の手を握り、瞳にわずかな危険な光を宿す。「その言い方はやめろ」「だって本当のことだもの」奈穂はまったく反省した様子もない。「何かあったらすぐ報告してくれるなんて、十分えらいでしょ」それにしても――スタッフが「関山」と言っていたなら、間違いなく優奈だ。奈穂はわず
優奈は叫び終えると、そのまま通話を切り、雅之の連絡先をすべてブロックした。一通りの操作を終えた途端、先ほどよりもさらに激しく泣き出す。どうしてなの。母親の愛も結婚も壊され、家庭も壊されてしまったというのに、それでも父親はあの女のことを忘れられずにいる。あの女の娘は、水戸家の令嬢という身分を持ち、しかもあれほど優秀で、あれほど彼女を愛している婚約者までいる。自分はすべてのプライドを捨ててまで、あんな真似をしたのに。結果は、完全に笑いもの。納得できるはずがない。優奈は京市を離れるつもりなどなかった。いつか必ず、正修を自分のものにしてみせる――どんな手段を使ってでも。……奈穂が遠翔と澪を連れて部屋から出てきたのを見た瞬間、心露の目はたちまち潤んだ。心露はすぐさま駆け寄る。遠翔と澪も心露の姿を見るなり、堪えきれずに飛び込んだ。「お母さん!」二人は声をそろえて叫んだ。「本当に……お母さんをどれだけ心配させたか分かってるの?」心露の頬を涙が伝う。ベビーシッターから、二人がホテルにいると聞かされるまでは、魂が抜けてしまいそうなほど不安だった。必死で人を手配して探させながらも、頭の中は真っ白だった。もし二人に何かあったら――考えることすらできなかった。幸いにも、二人は無事で、ホテルに隠れていただけだった。「お母さん……」遠翔と澪も涙をこぼす。澪が小さな声で言った。「お母さん、ごめんなさい」「お母さん、もう泣かないで。これからは、もうお母さんを悲しませることはしないから」遠翔は自分も泣きながら、手を伸ばして心露の涙を拭った。さっきまで母に対して怒っていたはずなのに、今こうして顔を見た途端、すべての不満も怒りも、すっかり消えてしまった。だって、心露は二人の母なのだから。「もう二度と、こんなふうにお母さんを驚かせちゃだめよ。分かった?」二人は力強く頷いた。三人はしばらく抱き合って泣いたあと、心露が先に涙を拭き、今度は二人の頬に残る涙も丁寧に拭って、笑顔で言った。「今日はね、奈穂お姉ちゃんのおかげなの。さあ、一緒にお礼を言いに行きましょう」「うん!」片手ずつ子どもたちの手を引き、奈穂の前へ向かう。「奈穂お姉ちゃん、ありがとうございました!」双子だからなのか、この二
「ほかに誰がいるっていうの!」優奈は苛立ちを隠さず言った。「この前一緒に会ったでしょう?京市の名家、水戸家の令嬢よ!」雅之はしばらく沈黙し、それから静かに尋ねた。「何か誤解があるんじゃないのか?」「ふふ」優奈は冷たく笑う。「さっきまで私のことを心配して、誰かにいじめられたなら代わりに文句を言ってやるって言ってたくせに。水戸奈穂のことを聞いた途端、態度が変わるのね?」「私はただ、彼女はそんなことをする人じゃないと思っただけだ」雅之は頭を抱えたくなった。「だから、何か行き違いがあるんじゃないかと聞いているんだ」「行き違いって?お父さん、彼女のことをそんなに分かってるの?そんなに親しいの?」優奈はまくし立てる。「それで今度は、自分の娘を疑うってわけ?彼女のほうが、お父さんにとって大事なの?」雅之は困惑した。「何を言っているんだ、優奈。どうしたんだ?」「別に。ただ、水戸奈穂のことを聞いた途端、自分の娘のことなんてどうでもよくなるんだなって思っただけ」優奈の胸の奥では怒りが燃え上がっていた。さっきわざとああ言ったのは、父がどんな反応をするか確かめたかったからだ。だが結果は、自分を失望させるものだった。奈穂があの女の娘だからというだけで、ここまで肩入れするなんて。私こそお父さんの娘なのに。「優奈、どうしてそんな言い方をするんだ?」雅之は驚きを隠せなかった。「私が君を大事にしていない?私は君の父親だぞ。水戸さんとの間に何があったんだ?」優奈は黙り込む。その沈黙の意味に、雅之はふと気づいた。「それとも……誰かに何か吹き込まれたのか?」「その聞き方、やましいことでもあるの?」優奈は皮肉を込めて言った。「誰かに何か言われたら困るようなこと、してるの?」雅之のこめかみがぴくぴくと脈打つ。「誰に何を言われたとしても、余計なことは考えるな。感情的になって軽率なことをするんじゃない。京市にはもういないほうがいい。すぐに家に帰ってきなさい」「帰らない!私は京市に残る!」「優奈!」「何よ、大きな声出して!」優奈の目に涙がにじむ。「お父さんは水戸奈穂をかばうことばかり考えてる!本当は私がお父さんの娘なのに、私がどれだけつらいか考えたことある?あの時、お父さんがお母さんと離婚して、私はあんなに小さいのに片親の家庭の子になったのよ!
「そう?」心露は眉を上げた。「あなた、十五階に泊まっているの?」「もちろんよ!」優奈は平然と嘘をついた。本当は七階に宿泊している。「でも今夜、この十五階は私が貸し切っているのよ」心露は冷ややかに笑った。「十五階にあなたのような宿泊客がいるなんて、聞いていないけれど?」十五階のゲストルームは料金が高く、ホテルの立地も特別便利というわけではない。そのため、普段からこの階に宿泊する客は多くなかった。今夜、優奈が慌ててやって来た時点では、遠翔と澪以外に十五階にチェックインしている宿泊客はいなかった。余計なトラブルを避けるため、心露は思い切って十五階を丸ごと貸し切ったのだ。優奈が十五階に泊まっているはずがない。「えっ?わ、私は……」優奈はまさかこんな展開になるとは思っておらず、言葉を失った。顔が一気に赤くなる。そのとき、そばで優奈と一緒に待っていたホテルスタッフが口を開いた。「お客様は七階にお泊まりの関山様ではございませんか?」優奈の心臓がドキリと跳ねた。余計なことを言うな、と内心でそのスタッフを罵る。「なるほど、七階と十五階の区別もつかない関山様だったのね」心露は鼻で笑った。優奈は今すぐ床に穴があれば入りたい気分だった。助けを求めるように、すがるような目で正修を見る。だが正修は、まったく優奈の方を見ようともしない。「どこを見ているの?」心露はぴしゃりと言い放つ。「今夜はここをすべて貸し切ったと言ったでしょう。どうぞお引き取りを」正修は最後まで優奈をかばう素振りを見せなかった。心の中にかすかに残っていた期待も、完全に打ち砕かれる。恥ずかしさに耐えきれず、優奈は慌てて俯き、足早に立ち去った。エレベーターに乗り込んだ途端、その顔には悔しさと怒りが浮かび上がる。「どうしてよ!」思わず声が漏れた。どうして奈穂は正修の婚約者になれるのに、自分には一瞥もくれないの?しかも今日は、こんな大恥までかいてしまった。もし正修や、さっきの女がこのことを奈穂に話したら――きっと笑いものにされるに決まっている。そう思うほど、怒りは募っていく。エレベーターを降りると、そのまま部屋へ駆け戻り、ベッドに倒れ込んで泣き出した。突然、スマートフォンの着信音が鳴る。優奈は鼻をすすりながらスマホを手に取っ
「うん!」二人の子どもは声をそろえて答えた。……奈穂が二人の子どもと部屋で一緒に食事をしている頃。優奈はエレベーターに乗り、十五階へとやって来た。扉が開いて外に出た瞬間、彼女の視線はすぐに、すらりとした長身で、気品をまとった男の姿を捉えた。胸が思わず高鳴る。正修は、優奈がこれまで出会ってきたどんな男よりも群を抜いていた。裕福な家の御曹司を見たことがないわけではない。だが彼女に言わせれば、あの程度の男たちでは正修と比べることすらできない。こんなにも卓越した男が、どうしてあんな略奪女の娘なんかに独占されなきゃいけないの?優奈は考えれば考えるほど決意を固めていった。自分では完璧なつもりの笑みを浮かべ、正修の方へ歩み寄る。足音に気づき、心露が振り向いた。見知らぬ若い女性がこちらへ向かって歩いてくるのが目に入った。しかも、その女性はずっと正修を見つめている。明らかに彼目当てだ。正修の知り合い?それとも、声をかけに来たの?心露には分からず、軽率に動くこともできなかった。優奈はそのまま正修の少し手前で立ち止まる。「九条社長」柔らかな声で呼びかけた。そこでようやく正修が顔を上げ、優奈を一瞥する。「こんなところでお会いするなんて奇遇ですね。さっき向こうから見て、もしかしてと思ったんですけど……本当に九条社長でした」優奈は嬉しそうな表情を浮かべた。だが正修の眼差しは、古井戸の底のように静まり返っている。もちろん優奈も分かっている。まだ二度目に会っただけなのだから、今の時点で正修が自分に気があるはずがない。もし彼がそんなに簡単に落ちる男なら、自分もこんなに苦労はしていない。彼から冷たい態度を取られる覚悟はできていた。だが、まさか正修がこう言うとは思ってもみなかった。「君は?」優奈が入念に作り上げた笑顔が、一瞬で崩れ落ちた。一度会ったことがあるのに!しかもあの時、自分は奈穂に挨拶までしていた。その隣には正修が座っていたのに、どうして覚えていないの?「九条社長、ま、またまたご冗談を……」優奈は気まずさと苛立ちを押し殺し、無理に笑顔を保つ。「以前、須藤さんのパーティーでお会いしましたよね……」「覚えがない」正修は淡々と言い放つと、それ以上優奈に視線を向けることすらなかった。優
しかし――さきほどの録音を聞いた後では、北斗の言い訳を信じる者など、もはや誰一人いなかった。会場はざわめきに包まれ、配信コメントも相変わらず罵倒の嵐だ。【いやいや、言ってること無茶苦茶でしょ。DV元夫から助けるために入籍?誰がそんなの信じるの?】【助けるのに水戸さんを騙す必要ある?関係持つ必要ある?それに録音聞いたら分かるじゃん。あの五年間ずっと浮気してたんでしょ】【浮気は浮気だろ。言い訳がダサすぎて笑える】【しかもイチャつきながら水戸さんの悪口言ってたよね……胸糞悪すぎ。水戸さんほんと可哀想……】記者たちも容赦なく、次から次へと質問が飛び交う。北斗の額から流れ出た
「理由もない、だと?」烈生は鼻で笑った。「さっき須藤さんは、はっきり理由を言っていた。俺にもちゃんと聞こえていた」そう言うと、北斗の手首を乱暴に振り払う。続いてポケットからハンカチを取り出し、自分の手を念入りに拭った。拭き終えると、ためらいなくハンカチをゴミ箱へ放り投げる。その露骨な嫌悪を見て、北斗の顔色はさらに悪くなった。必死に気持ちを落ち着け、ぎこちなく口を開く。「俺と奈穂の問題です……部外者が口出しすることじゃ――」「は?」彼が言い終わる前に、君江は嫌悪感に満ちた口調で遮った。「その口で奈穂の名前呼ばないでくれる?気持ち悪い。奈穂の気持ちをあんなふうに踏みにじったくせ
奈穂の頬が、ほんのりと熱を帯びる。今日の午後はたしかに……今までのどの時よりも、自分から積極的だった。正修ったら。あんなに真剣で心配そうな顔をしていなかったら、からかわれているのかと勘違いするところだった。「抱いていく」と言われ、奈穂も遠慮しない。彼の首に腕を回し、まるで女王様のように得意げな顔をして、足をぶらぶらと楽しげに揺らす。正修は彼女を抱いたまま浴室を出て、ベッドのそばへ戻り、そっと座らせた。「腰、だるくないか?」彼が聞いた。「平気だよ」「うつ伏せになって。もう少し揉んでやる」その「うつ伏せ」が本当に健全な意味なのか少し怪しかったが、それでも素直にベ
深夜。高代がようやく水紀を見つけたとき、水紀はバーの隅で、完全に酔い潰れていた。店内は音楽が耳をつんざくほど大音量で、高代が何を言っても水紀にはまったく聞こえなかった。水紀の腕をつかみ、ほとんど引きずるようにして外へ連れ出した。外に出た瞬間――水紀は入口脇の木にしがみつき、そのまま激しく吐いた。高代は怒りを必死に押し殺しながら待つ。水紀がようやく吐き終えて、ふらふらと立ち上がったその瞬間。パシッ。容赦ない平手打ちが飛んだ。「自分の姿、見てみなさいよ。いったい何のつもりよ?」水紀はようやく焦点の合った目で高代を見て、へらへら笑いながら酔っ払ったまま高代に飛びついた