LOGIN結婚三年目。 主人公・真嶋美月(旧姓・白石美月)は社長である夫・真嶋圭吾に尽くし続けていた。 だがある日、夫は若い女と腕を組みながら言い放つ。 「お前もういらない」 しかも不倫相手は、関東最大級の極道組織《黒瀬組》が仕切る高級店“クラブ・レイラ”のNo.1キャバ嬢だった。 夫はその女に入れ込み、店の売上金にまで手を出していた。 その額数千万規模の横領。 当然黒瀬組が黙っている訳もなく粛清に動く。 すべてを失い、雨の夜を彷徨っていた美月に声をかけたのは、黒瀬組若頭・九条蓮。 “冷酷無慈悲”と噂され恐れられる男だった。 「お前の夫を回収しに来た」 地獄の底から始まる、危険で甘い溺愛復讐劇。
View More黒蛇の車が去ったあとも部屋には重たい空気が残っていた。 私はソファへ座ったまま、膝の上のケースを見つめる。 中には小型の拳銃。 まだ現実感がない。「……変な感じします」 思わず呟く。 九条さんが煙草を咥えながらこちらを見る。「何がだ」「全部です」 私は苦笑する。「私の知らない世界ばかりで、まるで生まれ変わったみたいです」「……だろうな」 九条さんは短く返す。「普通は一生関わらねぇ世界だ」 その言い方が少し寂しそうに聞こえた。「……九条さんは」 私はケースを閉じながら聞く。「普通の生活に憧れたりしなかったんですか」 九条さんは私の問に沈黙した。 榊さんが空気を読んだように「少し外見てきます」と部屋を出ていく。 静かになったリビングで、九条さんがソファへ深く座り直した。「昔はあったな。普通の学校行って、普通に仕事して、普通に家庭作るみてぇなの」 やっぱり九条さんにもそんな時期があったんだ。「でも無理だろうな「……どうしてですか」「結局、こういう世界でしか生きられねぇ人間もいる。それにこの渡世に足を踏み入れるって事は表の世界からの離脱みたいなもんだ」 その横顔は妙に大人びて見えた。 私はぼんやり九条さんを見つめる。「……でも、九条さんは思ってた極道の人と全然違います」 そう言うと、九条さんが小さく笑った。「どんな想像してた」「もっとこう……すぐ怒鳴って殴る感じというか」「偏見酷ぇな」 珍しく声を出して笑う。 その瞬間だった。 ブブッ――。 再びスマホが震えた。 九条さんが画面を見る。「……椿か。なんだ」『九条、黒蛇のやつら明日にでも本格的に動くかも』 空気が変わる。「根拠は」『さっき港側で人動かしてた。しかも結構な人数』 九条さんの目が細くなる。『でも殆どの人はこっちの世界の人間とは思えない見た目と雰囲気だった。多分高額債務者達か逆らえない半グレ連中ね」「……なるほどな」『美月ちゃんは一人にしない方がいいよ』「分かってる」 電話が切れる。 私は嫌な予感に胸がざわついた。 九条さんが煙草を揉み消す。「黒蛇が何か仕掛けてくる可能性がある」 怖いけど今までみたいに、ただ震えているだけなのも嫌だった。「……私、何かできますか」 九条さんがこちらを見る。「何かって?」「
その言葉を聞いた瞬間、不思議なくらい胸の奥が静かになった。 普通なら怖くてたまらないはずなのに。 九条さんがそう言うと、本当に大丈夫な気がしてしまう。 その時、部屋のドアが開いた。「失礼します」 入ってきたのは黒いスーツ姿の榊さんだった。 いつも通り落ち着いているけれど、空気が張っていた。「あいつら、かなり露骨ですね」 榊さんが苦笑する。「黒蛇の連中、隠す気ありませんよ」「三流の脅しか、それとも余裕アピールか」 九条さんが煙草を揉み消す。「どっちにしろ気に食わねぇな」 榊さんは私を見る。「美月さん、大丈夫ですか」「……はい」 本当は全然大丈夫じゃない。 でも二人を見ていると、不思議と落ち着いてしまう。 すると榊さんが少し真面目な顔になった。「若頭、流石にそろそろ必要かと」「あぁ」 九条さんが短く返す。 何の話だろうと思った瞬間。 九条さんが棚の引き出しを開けた。 中から取り出されたのは黒いケース。 私は嫌な予感がして息を呑む。 カチャ、と音を立ててケースが開かれる。「……っ」 中から取り出された物を見て私の心臓は跳ねた。 ……本物だ。 映画でしか見たことのないような冷たい黒。「九条さん……これ……」「護身用だ」 そう言って見せられたのは小型の拳銃だった。「今後、万が一って事もある」「で、でも……!」 私は思わず後ずさる。「わ、私なんかに無理です……!」「必ず撃てとは言ってねぇ」 九条さんが静かに言う。「ただ持っとけ」 その目は真剣だった。「黒蛇は脅しだけで済む相手じゃねぇ。お前が一人になる可能性もゼロじゃない」 怖い……こんな人の命を簡単に奪える物が目の前にあるなんて……。 ナイフなんかの比じゃない。これは人の命を奪うための道具。「……そんな顔するな」 九条さんがこちらへ来る。「これはお前を怖がらせるためじゃねぇ」 大きな手が私の頭へ触れた。「生き残らせるためだ」 胸が詰まる。 私は小刻みに震えながらケースを見る。「……私、こんなのを人に向けるなんてできません」「出来なくていい。いや、できない方が本来は良いんだ。俺達極道だってこの道に足を踏み入れると自らが決めたやつでも引き金を引く……いや、持つことすらビビるやつなんて大勢居る。それにチャカは持ってるだけで状況
朝。薄い光がカーテンの隙間から差し込み、私はゆっくり目を開けた。「……あれ」 体を起こしかけて、動きが止まる。 肩へ何か柔らかいものが掛けられていた。 黒いジャケット。 九条さんのだ。 昨夜、いつの間にか眠ってしまったらしい。 リビングを見回すとソファの向こうで九条さんが煙草を指に挟みながら書類を見ていた。 横顔が妙に静かだった。 窓の外はもう朝なのに、この部屋だけ夜が続いているみたいに感じる。「起きたか」 視線を上げないまま、九条さんが言った。「……おはようございます」「体調は」「大丈夫です」 本当は少し怠い。 でも昨日よりはずっとマシだった。 九条さんは灰皿へ灰を落とす。「なら良かった」 短い言葉なのに、胸の奥がじんわり温かくなる。 私は毛布を畳みながら小さく息を吐いた。「……私、ここで寝ちゃってたんですね」「途中で部屋戻そうとしたが起きなかった」「っ……」 寝顔を見られたと思うと恥ずかしくなる。「す、すみません」 そういうと九条さんは少し笑っていた。 その時だった。 テーブルの上のスマホが震える。 九条さんの目が変わった。「……榊か」 電話を取る。「どうした」『若頭、少し厄介です』 スピーカー越しの榊さんの声は珍しく硬かった。『黒蛇側が動き始めました』 私は無意識に肩を強張らせる。「具体的には」『美月さんの周辺調査です。以前通っていた美容院、買い物先、交友関係まで洗われています』「……そんな」『どうやら本格的に狙いを定めたようです』 九条さんが静かに煙を吐いた。「圭吾はもう諦めたか」『えぇ。今は完全に“美月さんを押さえる”方向です』 電話が切れる。 部屋が妙に静かだった。 私は自分の指先を見つめる。 震えていた。「……怖ぇか」 九条さんが低く聞く。「……はい」 隠せなかった。「知らない所で、自分の事を調べられてるのが……気持ち悪くて」 九条さんは少し黙ったあと、ゆっくり立ち上がる。 そして私の前へ来た。「顔上げろ」「……え」「いいから」 恐る恐る顔を上げる。 次の瞬間、大きな手が頬へ触れた。「っ……」 親指がそっと震えを止めるみたいに撫でる。「今のお前、追い詰められた猫みてぇな顔してる」「……そ、そんな顔してますか」「あぁ」 九
九条さんに見つめられるだけで心臓がうるさい。 こんな感情もう二度と抱かないと思っていたのに。「……そろそろ寝ろ。今日は頭使いすぎだ」 九条さんはそう言って離れようとする。 でも。「……ま、待ってください」 気づけば私は九条さんのシャツの裾を掴んでいた。「……っ」 自分でやっておきながら顔が熱くなる。 九条さんも少しだけ目を見開いていた。「……なんだ」「その……」 うまく言葉が出ない。 一人になるのが怖かった。 部屋へ戻って、暗い場所で一人になった瞬間、全部思い出してしまいそうだったから。 圭吾に裏切られた事。 黒蛇に狙われている事。 普通の生活には戻れない事。 絶対に色々考えちゃう。「……一人にしないでほしいです」 小さな声だった。 九条さんはしばらく黙る。 それから深くため息を吐いた。「……はぁ」 呆れたみたいな声。「ほんと調子狂う女だな」 でもその声はどこか優しかった。 九条さんは私の隣へ座り直す。「これでいいか」「……はい」 胸の奥が少しだけ落ち着く。 静かな夜だった。 窓の外には東京の夜景。「……眠れねぇのか」 九条さんが煙草を咥えながら聞く。「……少しだけ」 本当はかなり。 すると九条さんが私を見る。「じゃあ少し話すか」「え?」「無言だと余計な事考えるだろ」 意外だった。 この人、自分から誰かと話すタイプじゃないと思っていたから。「……九条さんって、いつからこの世界に……極道になったんですか?」 聞くと九条さんが小さく笑う。「随分踏み込むな」「す、すみません……!」「別に謝らなくていい」 そう言って煙を吐く。「まぁ、生まれた時からこんな世界だ」「……」「親父が組の人間だったからな」 静かな声だった。「だから普通の学校行って、普通に就職して、普通に家庭作って……って人生とは無縁だな」 私は言葉を失う。 そんな風に言う横顔が、少しだけ寂しそうに見えた。「……嫌じゃなかったんですか」「昔はな」 短い返事。「だが今さら抜けようとも思わねぇ」 九条さんは窓の外を見る。「この世界じゃ、綺麗事だけじゃ守れねぇもんもある。実際幾つもこの身で経験してきた」 その言葉が胸に残る。 私はぼんやり九条さんの横顔を見つめた。 この人の眼差しは凄く真っ直ぐ
夜の街を黒い車が静かに走っていた。 窓の外には派手なネオン。 だけど車内の空気だけが異様に重かった。 「……本当にここなんですか」 私が小さく聞くと、後部座席の榊さんがタブレットを見ながら頷く。 「はい。確認済みです」 そして少し言いづらそうに続けた。 「麗華とは別の女性と一緒ですね」 「……っ」 胸がずきり
翌朝目を覚ますとカーテンの隙間から薄い朝日が差し込んでいた。「……ん」 ぼんやりする頭を押さえながら体を起こす。 熱は少し下がったみたい。 でも昨夜の事を思い出した瞬間に顔が熱くなる。 九条さんに抱き上げられた事。 額へ触れられた事。 あの近すぎる距離。「……何考えてるの私」 小さく呟いて顔を覆う。 相手は極道だ。 怖い人。 普通なら関わる事すらない世界の人間。 なのに。 昨日の九
シャワーを借りたあと、私は案内された部屋で一人になった。 広い部屋。白と黒で統一された落ち着いた空間。 ホテルみたいに綺麗なのに、不思議と生活感がある。 ベッドの端へ腰を下ろし、私はぼんやり窓の外を見つめた。 高層階から見える夜景は今まで見た事のないくらい綺麗だった。 なのに何も感じない。 頭の中はぐちゃぐちゃだ。 数時間前まで普通に夕飯の献立を考えていた自分が、まるで別人みたいだった。「……はぁ」 深く息を吐いた、その時。 コンコン。「……はい」 ドアが開き、榊さんが姿を見せる。「失礼します」 手には紙袋があった。「若頭からです」「……?」「着替えとか最低
深夜一時過ぎ。 私は借りた部屋のベッドへ座ったまま、ぼんやりスマホを見つめていた。 誰からの連絡もない。 静かすぎる夜。 なのに胸の奥だけが落ち着かない。「……眠れない」 小さく呟き私はベッドから降りた。 少し水を飲もうと思い部屋のドアを開けるとリビングは薄暗かった。 間接照明だけが点いていて、昼間よりずっと静かに見える。 その奥。 ソファに座る九条さんの姿があった。 片手に煙草。 もう