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ep00.戦士ガルア

Author: 理乃碧王
last update publish date: 2026-04-10 20:51:14

 ▶ Now Lording……

 ――それは、英雄が振るうべき聖剣ではない。

 宝箱の蓋が、断末魔のような悲鳴を上げて開かれる。 

 その瞬間、立ち上ったのは不吉な漆黒の霧。

 どろりと淀んだ大気が、迷宮ダンジョンの最深部に満ちていく。

 完璧だったはずの物語は、ここから決定的な破綻を迎える。

          ***

 ――イグナスは宝箱を開けた、なんとカタストハンマーを手に入れた。

『――勇者イグナスは宝箱を開けた! なんと、カタストハンマーを手に入れた!』

 脳内に直接響く、感情の欠落した無機質なシステムアナウンス。

 それが俺――戦士ガルア・ブラッシュに下された、死刑宣告にも等しい『戦利品』の報告だった。

「ほらこれ、お前が装備しろよ」

 足元に無造作に放り投げられたのは、凶悪な棘がびっしりと生え揃った、およそ武器とは呼べない鉄塊の代物だ。

「……俺が、これを?」

「いいから、さっさと装備しろよ。いつまでも初期装備同然の『鋼の剣』じゃ、後半のダンジョンじゃ足手まといなんだよ」

 屈託のない無邪気な笑顔で言い放つのは、金髪碧眼の輝ける勇者、イグナス・ルオライト。

 見た目だけは、神に愛された救世主そのものだ。

 だが、今の彼は……『効率』と『最適化』という名の免罪符を振りかざし、仲間に呪具を押し付けて憚らない傲慢な英雄にしか見えなかった。

 現在の俺の姿は、どう贔屓目に見ても『正義の戦士』ではない。

 頭部:『スカルヘルム』――人骨を模した、死臭の漂う兜。

 胴体:『ブラッドアーマー』――返り血を吸い続け、赤黒く変色した呪いの鎧。

 左手:『背反の盾』――神への冒涜を象徴する、逆さ十字が刻まれたカウンターの盾。

 そして今、右手に無理やり握らされたのは――『カタストハンマー』という名の撲殺武器。

 命中率は、絶望的なまでの三割以下。

 しかし、掠りさえすれば敵の魂ごと粉砕する、ハイリスク・ハイリターンの極致たる呪いの武器だ。

(……身体が、重い)

 節々の筋肉が、呪いの負荷によってギシギシと悲鳴を上げている。

 視界の端が暗く欠け始め、正気を削り取られるような悪寒が背筋を這い上がる。

 教会の解呪費用や回復アイテムを惜しむ勇者のせいで、俺の生命ライフは常に最大値から数ミリ削られた状態のまま固定されていた。

「ガルア、またイグナスの意見に反対するの?」

 亜麻色の髪をなびかせ、刺々しい視線を向けてくるのは僧侶のミラ・ハーリエル。

 慈愛の女神に仕える身でありながら、彼女の信仰の対象は完全にイグナスへと向いている。

 彼女にとって、勇者の言葉は聖書バイブル以上の絶対命令なのだ。

「イグナスの言う通り、さっさと装備しなさいよ! ぐずぐずしていたら、本当に置いていくわよ!」

「…………」

 俺は無言で、もう一人の仲間に視線を向けた。

 黒髪の魔術師、ジル・ディオール。

 青いローブを纏い、深淵のような瞳を持った理知的な男で何度も助けられた。

 だが、彼もまた――。

「先を急ぐぞ。ターゲットは『青の暴君』だ」

 呪いに苦しむ俺など路傍の石と同義だと言わんばかりに、ジルは淡々と踵を返し、歩き出す。

「ちょっと、ジル! 待ってよ!」

「ほら、さっさと持てよ、ガルア。 お前には期待してるぜ。なんたって戦士は、俺達の大事な『壁役』なんだからな」

 イグナスは俺の手に強引にハンマーの柄を握り込ませると、悪びれる様子もなく笑いながら二人の後を追っていった。

 残されたのは、暗がりに一人取り残された俺と、手の中で不気味に拍動する禍々しい武器だけ。

 ハンマーの柄から、耳鳴りじみた機械音が神経を直接撫でてくる。

 手首の感覚が少しずつ、確実に死んでいくのがわかった。

(……ああ、理解わかっているさ。これが俺の役割なんだ)

 勇者を輝かせるための、薄汚れた影。

 世界を救う輝かしい物語の裏側にひっそりと綴られる、決して読み返されることのない注釈ルビ

 俺は鉛のように重い足を引きずり、死地へと続く足音を鳴らした。

 今日も俺は、勇者の指先一つで使い捨てられる、『呪われた戦士』として戦場を駆けるのだ。

「壁役……それが、俺に出来る最善の義務だ」

 俺は重い一歩を踏み出す。

 しかし、その一歩が、全ての終わりへの合図だった。

 勇者の美酒に酔いしれるイグナスの背後で、静かに……だが確実に、何かが壊れ始めていた。

 救世の物語に記されるはずのない、薄汚れた裏切りと絶望。

 祝杯の音をかき消すように、世界を塗り替える破滅の前奏曲が今、高らかに鳴り響く――。

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