FAZER LOGIN▶ Now Lording……
――それは、英雄が振るうべき聖剣ではない。
宝箱の蓋が、断末魔のような悲鳴を上げて開かれる。 その瞬間、立ち上ったのは不吉な漆黒の霧。 どろりと淀んだ大気が、***
――イグナスは宝箱を開けた、なんとカタストハンマーを手に入れた。
『――勇者イグナスは宝箱を開けた! なんと、カタストハンマーを手に入れた!』
脳内に直接響く、感情の欠落した無機質なシステムアナウンス。
それが俺――戦士ガルア・ブラッシュに下された、死刑宣告にも等しい『戦利品』の報告だった。「ほらこれ、お前が装備しろよ」
足元に無造作に放り投げられたのは、凶悪な棘がびっしりと生え揃った、およそ武器とは呼べない鉄塊の代物だ。
「……俺が、これを?」
「いいから、さっさと装備しろよ。いつまでも初期装備同然の『鋼の剣』じゃ、後半のダンジョンじゃ足手まといなんだよ」屈託のない無邪気な笑顔で言い放つのは、金髪碧眼の輝ける勇者、イグナス・ルオライト。
見た目だけは、神に愛された救世主そのものだ。 だが、今の彼は……『効率』と『最適化』という名の免罪符を振りかざし、仲間に呪具を押し付けて憚らない傲慢な英雄にしか見えなかった。現在の俺の姿は、どう贔屓目に見ても『正義の戦士』ではない。
頭部:『スカルヘルム』――人骨を模した、死臭の漂う兜。 胴体:『ブラッドアーマー』――返り血を吸い続け、赤黒く変色した呪いの鎧。 左手:『背反の盾』――神への冒涜を象徴する、逆さ十字が刻まれたカウンターの盾。そして今、右手に無理やり握らされたのは――『カタストハンマー』という名の撲殺武器。
命中率は、絶望的なまでの三割以下。 しかし、掠りさえすれば敵の魂ごと粉砕する、ハイリスク・ハイリターンの極致たる呪いの武器だ。(……身体が、重い)
節々の筋肉が、呪いの負荷によってギシギシと悲鳴を上げている。
視界の端が暗く欠け始め、正気を削り取られるような悪寒が背筋を這い上がる。 教会の解呪費用や回復アイテムを惜しむ勇者のせいで、俺の「ガルア、またイグナスの意見に反対するの?」
亜麻色の髪をなびかせ、刺々しい視線を向けてくるのは僧侶のミラ・ハーリエル。
慈愛の女神に仕える身でありながら、彼女の信仰の対象は完全にイグナスへと向いている。 彼女にとって、勇者の言葉は「イグナスの言う通り、さっさと装備しなさいよ! ぐずぐずしていたら、本当に置いていくわよ!」
「…………」俺は無言で、もう一人の仲間に視線を向けた。
黒髪の魔術師、ジル・ディオール。 青いローブを纏い、深淵のような瞳を持った理知的な男で何度も助けられた。 だが、彼もまた――。「先を急ぐぞ。ターゲットは『青の暴君』だ」
呪いに苦しむ俺など路傍の石と同義だと言わんばかりに、ジルは淡々と踵を返し、歩き出す。
「ちょっと、ジル! 待ってよ!」
「ほら、さっさと持てよ、ガルア。 お前には期待してるぜ。なんたって戦士は、俺達の大事な『壁役』なんだからな」イグナスは俺の手に強引にハンマーの柄を握り込ませると、悪びれる様子もなく笑いながら二人の後を追っていった。
残されたのは、暗がりに一人取り残された俺と、手の中で不気味に拍動する禍々しい武器だけ。 ハンマーの柄から、耳鳴りじみた機械音が神経を直接撫でてくる。 手首の感覚が少しずつ、確実に死んでいくのがわかった。(……ああ、
勇者を輝かせるための、薄汚れた影。
世界を救う輝かしい物語の裏側にひっそりと綴られる、決して読み返されることのない「壁役……それが、俺に出来る最善の義務だ」
俺は重い一歩を踏み出す。
しかし、その一歩が、全ての終わりへの合図だった。 勇者の美酒に酔いしれるイグナスの背後で、静かに……だが確実に、何かが壊れ始めていた。 救世の物語に記されるはずのない、薄汚れた裏切りと絶望。 祝杯の音をかき消すように、世界を塗り替える破滅の前奏曲が今、高らかに鳴り響く――。俺はゼイクの不意打ちを喰らい意識を失った。 目が醒めると――。「……牢獄……なのか?」 そこは冷たい石壁に囲まれた牢獄だった。 幸い、武具は身につけたままだ。 呪われた装備品は持ち主の意志では外せないため、奪いようがなかったのだろう。「あんたも連れてこられたのかい」 後ろから掠れた声がした。 振り返ると、灰色の囚人服を着た男が四名。 どの者も髪と髭は伸び放題で瞳からは生への執着が消え、深い絶望だけが沈殿していた。「ここはどこだ」 「闇カジノの地下牢だよ」 やはり俺の正体は見抜かれていたのか。 それにしてもゼイクめ、彼は精神干渉を弾く『蒼月鉱の首飾り』を所持していたはずだ。 ベルタの『誘惑の甘息』が効くはずはない。一体何を考えている?「ケケケ……鎧を着たままの『客』は初めてだな」 奥にいた男が喉を鳴らして笑った。「あんたらは、なぜここにいる」 「なぜって……兄ちゃんもギャンブルの借金を払えずにぶち込まれたクズの一人じゃないのかい?」 ここは賭博場。彼らは甘い夢に溺れ、対価として己の人生をここに投獄されたのだ。 ――カツン、カツン。 硬い足音が通路に響く。「ヒィッ!」 さっきまで俺をせせら笑っていた男が、一瞬で恐怖に顔を引き攣らせた。 現れたのは三匹のブラッド・ライカンだ。 屋敷で遭遇したブラッド・ライカンの生き残りだろうか。「い、嫌だ! 死にたくない!!」 「ガタガタ抜かすな」 鋭い爪を首筋に突き立てられ、男は涙を流しながら硬直した。 一匹のブラッド・ライカンが俺を指差す。「ガルアと言ったな。腰の剣は抜こうとするなよ。抜いた瞬間にこのナマモノどもの首を撥ねる」 ……人質か。 魔物らしい姑息な手段だが、今は従うしかない。「分かった」 「よし。さっさとバトルコロシアムへ上がれ
オレは苛立ちで自らの牙をすり減らしそうになっていた。 誇り高きワーウルフの戦士であるこのオレ様が分厚い手錠と足枷を嵌められ、首には冷たい鉄の首輪まで巻かれている。 愛用の曲刀『ムーンリーパー』はサッドの野郎に預けてきた。丸腰で獣のように鎖に繋がれる屈辱に、今にも吠え猛りたくなる。(サッドの野郎……何が『極上の見世物として闘技場へ潜り込め』だ。ふざけやがって……ッ!) 鼻を突くのは、自由自治領ゴルベガスの裏社会特有の腐った匂いだ。 酒と吐瀉物、血と安っぽい欲望が混ざり合った悪臭。 隣を歩くのは、同じく鎖に繋がれた紅梅色の亜種トロル――ハンバルだ。 ヤツは無表情でノシノシと歩いているが、オレは首に食い込む鉄の感触に全身の毛を逆立てていた。 ここは、ゴルベガスの裏社会を牛耳るバルザットの屋敷の裏口。「なんだ、今日の仕入れはこの薄汚い二匹だけか」「へへっ……申し訳ねェです、旦那」「ふん……最近の魔獣使いは能力値が低くて困ったもんだ」 葉巻を咥えた黒服の男が忌々しそうに鼻を鳴らす。 その前で揉み手をしているのは、オレたちをここまで引っ張ってきたのは闇の魔獣使いだ。 くそったれな人間だが、サッドに金で雇われたらしい。「毛並みの悪いワーウルフに、鈍重そうなトロルだな。見世物としちゃあ華がねェ」「そ、そこを何とか! 特にこのトロルなんて珍しい亜種ですぜ!」「何の種類の魔物だ? ファイアトロルでも、アイストロルでもないな」「いやぁ……それがあっしにもわからなくて」「……新種か……それとも突然変異か」 黒服は破格の安値である500スピナを投げ渡した。「ええっ……こ、これだけですかい? 最低でも1500スピナは頂かないと」「文句があるのか? お前
「……ゼイク、なるべく息をするな」「言われるまでもない。これはサキュバス特有の誘惑の甘息だろ?」 気のせいではない。 ベルタの潜伏する豪奢な部屋全体が、退廃的で粘り気のある桃色の霞に深く沈み込んでいた。 極上の果実酒の樽に、頭の先まで漬け込まれたようなねっとりとした酩酊感。 呼吸をするたびに視界が揺らぎ、思考の輪郭が曖昧にぼやけそうになる。 俺はパープル・ミラージュの効果により、精神干渉を弾く呪具の恩恵で辛うじて正気を繋ぎ止めている状態だ。「ぐふっ……アヒヒッ……気持ちいいなぁ」 だが、腕利きの冒険者たちは違った。 彼らは全員が瞳の焦点を完全に失い、だらしなく口を開けて恍惚の表情を浮かべている。 歴戦の証であるはずの分厚い筋肉は弛緩し、手にした大剣や槍の切っ先は力なく床へと垂れ下がっていた。 己の野心も、生への執着も、全てを甘い毒に溶かされている。 精神が既に『別の何か』――目の前の絶対的な妖魔に支配されていた。「人間の男って、本当に底が浅くて可愛らしいわ。どれほど血の滲むような修練で剣の腕を磨こうと、どれほど強靭な肉体を誇ろうと……私から吐き出されるこの程度の技能で、こんなに簡単に尻尾を振る飼い犬になっちゃうんだもの」 ベルタは甘い笑い声をこぼした。 豪奢な黒いドレスのスリットから、飴細工のように滑らかで誘惑的に肢体を覗かせくねらせる。 そして、ベルタはゆっくりと俺たちに歩み寄ってくる。 カツン、カツンと響くヒールの音が、死への秒読みのように不快に響いた。「……悪趣味な妖魔め」「ウフフ、強がらないで。その物々しい装備で、私の生来の力たる『誘惑の甘息』を防いだつもりでしょうけど――無駄よ。精神技が直接効かないなら、物理的にすり潰すだけだもの」 ベルタが艶やかな指先で、パチンと軽快に音を鳴らす。 それを明確
「ギャアアアッ!!」「な、何で魔物がここに……ヒィィッ!」 阿鼻叫喚の地獄と化した大広間。 人間に化けていたワーウルフ――ブラッド・ライカンたちは、逃げ惑う冒険者たちを次々と蹂躙していく。 濃灰色の毛並みが血を吸って赤黒く染まっていく凄惨な光景の中、俺は静かに剣を抜いた。「シェーンと言ったな。俺と背中合わせになりな」 『毒蛇』ゼイクが、深緑の片刃剣を構えながら短く告げる。 ――なるほど、そういうことか。 互いに背中を預ければ、乱戦において致命的な死角を取られるリスクは激減する。 俺はゼイクの指示通り、彼の背中に自身の背をピタリと合わせた。「けっ! 虎と犬ッコロが何匹集まろうと、全員ひき肉にしてやるぜェ!!」 一方、先程俺に突っかかってきた『砕き屋』ブロッド。 彼は血走った目でジャラジャラと鎖斧を振り回した。「邪魔だッ! オラァッ!!」 轟音と共に横薙ぎに放たれた巨大な鉄塊が、飛びかかってきたブラッド・ライカン二匹の頭蓋をまとめて粉砕する。 グチャリ、と嫌な音が響き、上位種の魔物が紙屑のように壁へと吹き飛んだ。 伊達に『砕き屋』の二つ名を名乗ってはいない。腕力は間違いなく一級品だ。「ガハハハッ! 脆い、脆いぜ! この勢いでテメェも潰してやるッ!」 完全に血に酔ったブロッドは勢いそのままに、群れの頭目であるワ―タイガーへと真正面から突っ込んでいった。「ぬぉリヤアアアッ!!」「馬鹿力だけの低能な人間はいりませんねぇ」「ふひょ……!?」 ブロッドの巨体がピタリと止まる。 ワータイガーの爪が、瞬きすら許さぬ神速で巨漢の喉元を深々と抉り取っていた。 鮮血が間欠泉のように噴き出し、大広間の壁や天井を赤く染め上げる。 速い。 異常なまでの瞬速の斬撃だ。 強固な筋肉ない喉を裂かれたブロッドは、断末魔すら上げずに重い音を立てて床に伏した。
扉の向こうに広がっていたのは、むせ返るような熱気と安酒と汗の匂いが充満する大広間だった。 そして――微かな『獣の匂い』が、確実に俺の鼻腔を突いた。 広間には、闇ギルドを通じて集められたであろう数十人の冒険者がたむろしている。 誰もがカタギには見えない、一癖も二癖もあるような連中ばかりだ。「何だオイ、お前が着ているその薄気味悪いの……」「ん?」 不意に背後から「フスッ、フスッ……」という獣のような荒い息遣いが聞こえた。 振り向くと、魔獣の毛皮で作られたベストと巨大なブーツを身に纏い、ボサボサの髪を振り乱した巨漢がいた。 男の背丈は俺よりも二回りは大きい。その男は見下すような視線で俺を見つめていた。「フスッ! 悪目立ちする派手な色の装束だな」 その手には、ジャラジャラと太い鎖が巻き付いた巨大な斧が握られていた。「それって『パープル・ミラージュ』じゃねぇか。どこのダンジョンで手に入れたんだ? 金でもないのか? そんな装備品に頼るなんてよォ」 そう、今回俺が装備しているのはサキュバスであるベルタの『誘惑の甘息』を弾くための対魔法防具だ。 だが、これは同時に物理攻撃のダメージを二倍にして受けてしまう呪われた装備でもある。「そんな、曰く付きのクソ装備で大丈夫かよ、ええおい? フスッ!」 こういう手合いは、まともに相手をしては時間の無駄だ。 俺は何も答えず、無視して部屋の隅へ移動しようとした。「無視すんじゃねーよ! 俺の名はブロッド・バッカスだ!」「……お前の名前など興味はない」 スタスタと壁際まで歩き、背をもたれかける俺に対し、ブロッドという男はあからさまに青筋を立てた。「テメェ、このゴルベガスで『砕き屋』のブロッド様を知らねェのかい!?」 そんな冒険者の二つ名など聞いたことがない。 俺は少し鼻で笑いながら返した。「大男総
スパイスと安酒、そして欲望が焦げたような独特の匂いが混ざり合う歓楽街の裏路地。 石畳には前夜の乱痴気騒ぎの痕跡である割れた酒瓶が転がり、建物の隙間からは薄汚れたドブネズミがこちらの様子を窺っている。 ここは神の加護が届かない自由自治領、歓楽都市ゴルベガス。 華やかな歓楽街の裏では、金と暴力が全ての秩序の街。俺たちはその最奥に向かっていた。「……まとわりつくような視線ね。まるでこちらを試しているみたい」 薄暗い路地の奥から向けられる、値踏みするような、あるいは劣情の視線。 ラナンが心底嫌そうに顔をしかめ、ローブの襟元をかき合わせた。 無理もない。 血と暴力、そして安っぽい欲望が渦巻くこの街の裏側は、まともな神経の持ち主なら数分で頭痛を引き起こすほどだ。「ヒョッヒョッ! 我慢して下され、お嬢ちゃん。このゴルベガスじゃあ、その下劣な欲望こそが『金が動いている証拠』なんでさァ」 先導する闇商人のモヤネロが、ジャラジャラと金ピカの指輪を鳴らしながら振り返る。 そして、どこか探るような胡散臭い視線を俺たちに向けた。「それにしても旦那方、本気でバルザット様の討伐隊なんぞに志願する気ですかい? あそこは表向きこそ領主の館ですがね……裏社会の私らから見ても、どうにも気味が悪い連中が出入りしてるんでさ」「気味が悪い連中、だと?」「ええ。最近じゃあ、金に釣られた街のならず者たちが毎日のように屋敷へ吸い込まれてますがね……中に入った連中が、誰一人として出てきたって話を聞かねェんですよ」 モヤネロの言葉に、俺とラナンは無言で視線を交わせた。 サキュバスであるベルタの影、そして生還者のいない魔王討伐隊。 どう考えてもまともな話ではない。「ヒョッ! まァ、ワシは紹介料さえ貰えりゃあ、旦那方が中でどうなろうと知ったこっちゃありませんがね!」「……いいから案内しろ。そのために法外な金を払ったはずだ」「ヒヒッ、違いねェ!







