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ep04.青い記録書

作者: 理乃碧王
last update 公開日: 2026-04-13 19:30:43

「ぐうゥ……ガ、ガルアめ。スカルヘルムを渡したのがマズかったか」

 人気のない納屋の隅で、勇者イグナスは自らの胸を押さえ、血を吐きながらうずくまっていた。

 とある塔のダンジョンで手に入れた『スカルヘルム』。

 人の頭蓋骨を模したその不吉な兜。

 最高クラスの防御力を誇る代償として、装備者の精神を蝕み『混乱』を引き起こす副作用があるのではないかと、イグナスは密かに疑っていたのだ。

 そもそも、イグナスがガルアを仲間に引き入れたのは序盤の冒険で立ち寄った村でのことだ。

 村一番の剣の使い手――その肩書き通り、ガルアは優秀な前衛だった。

 だが、冒険のステージが進むにつれ、イグナスはその存在をひどく疎ましく思い始めていた。

 これといった派手な特技や魔法スキルを持たず、ただ愚直に前衛で『肉壁』となって戦うだけの地味な存在。

 それがガルアだった。

「……胸骨とアバラ、完全に逝っちまったな」

 敵のパラメータが跳ね上がる後半の冒険において、前衛でダメージを受け続けるガルアを回復させるためのMPやアイテムの消費は、日に日に激しくなっていった。

 更には物理戦士であるが故に、武器や防具を最新のものにアップデートし続けるための資金も馬鹿にならない。

 コストパフォーマンスの悪さに苛立ったイグナスは、各ダンジョンで拾った強力だが売値のつかない『呪いの武具』を、ガルアに無理やり装備させるようになった。

 呪われたとしても、教会の設備やミラの魔法で解除すればいい。

 所詮は『使い捨ての盾』だ。イグナスはそう安易に、そして残酷に割り切っていた。

「装備は防具だけにしておくべきだった。あの『カタストハンマー』なんていうふざけた武器まで渡したのが間違いだった……ッ」

 最初は兜から。次は盾、鎧……。

 イグナスの悪意は、システムが許す限りエスカレートしていった。

 呪いの防具で身を固めたガルアが、その副作用でパーティの足を引っ張るたび、イグナスは彼を口汚く罵倒した。

 最初はコスト削減と面白半分の『遊び』だった。

 だが、それは次第にガルアをパーティから自発的に脱退させるための、陰湿なパワハラへと変わっていったのだ。

 イグナスは、とにかくガルアを枠から外したかった。そして今日、念願叶ってようやくパーティから追放できたというのに――このザマだ。

「……クソッ! 次は武闘家を仲間にしなきゃな。装備に金もかからねェし、前衛での火力も期待できる。そんなコスパの良いやつを……」

 激痛を堪え、イグナスはどうにか立ち上がろうともがく。

 早くミラを呼んで、高位の回復魔法をかけてもらわなければ。

 ――カッカッ……。

 その時、納屋の入り口から静かな足音が聞こえた。

 警戒して顔を上げたイグナスだったが、足音の主の姿を認めると安堵の息を漏らした。

「お前か……。丁度良かった、早く回復を……」

 ――ビビィィィィッ……!!

 言葉の途中で、イグナスの心臓を不可視の電撃が貫いた。

 雷属性の魔法。

 それが至近距離から、容赦なく勇者の急所を撃ち抜いたのだ。

 イグナスの視界が急速に闇に塗り潰され、意識がシステムの底へとエラー音を立てて沈んでいく。

 心臓の鼓動が、急速にゼロへと収束していくのを感じた。

 ――死。

 それは即ち、この箱庭世界からの永遠の退場を意味していた。

「な、何故、お前が……?」

 それが、神に選ばれたはずの主人公が残した最後の言葉だった。

 世界を救うべき輝ける勇者は、誰にも看取られることなく、深い、深い闇へと落ちていく――。

【――SYSTEM MESSAGE:GAME OVER――】

***

 その頃、俺は女魔族の腕を引き、闇に紛れて急ぎ足で村を出ていた。

 今はとにかく迷宮の森へと入り、追手を差し向けてくるであろう村人やジルたちから逃れ、身を隠すことを優先した。

 目的地などない。ただ、呪いの防具が立てる重苦しい金属音を響かせながら、当て所なく野道を歩き続けていた。

「……いい加減、その手を放してよ」

 不意に、後ろを歩く女魔族が冷たい声で言った。彼女はあからさまに視線を逸らしている。

 言われてみればその通りだ。助け出したとはいえ、いつまでも敵対種族の手を引いている義理はない。

「……すまん」

 俺は小さく謝罪し、その手を放した。それは即ち、彼女の解放を意味していた。

「どこへなりとも行くがいい」

「あんた、私を殺さなくていいの? 私は村を焼くつもりだったし、何よりあんたを殺そうとしたのよ?」

「…………」

 俺は女魔族の言葉を黙殺し、再び重い足取りで前へと進んだ。

 行き先は決めていないが、これから自分の身に起こり得る『イベント』の想像はついていた。

 勇者イグナスに重傷を負わせ、魔族を連れて逃亡したのだ。怒り狂ったイグナスが追撃してくるかもしれない。

 あるいは、王国から『勇者を裏切った大罪人』として強力な刺客が送り込まれるか。最悪の場合、国中の賞金稼ぎが俺の首を狙ってくるだろう。

 少しの悔恨はある。だが、自分の意志で選んだ結果だ。その時は甘んじて罰を受けよう。俺はそう、固く決心していた。

「ちょ、ちょっと待ちなさい」

「……何だ」

「あんた……私があの村に火をつけようとした『理由』……知りたいんでしょう?」

 その言葉に、俺はピタリと足を止めた。

 確かに彼女は言っていた。『友達を殺された』と。その詳しい事情には、胸の奥でずっと引っかかっていた。

「あんた達が嬉々として殺した『青の暴君』って呼ばれてるドラゴン……あの子の本当の名前は、サピロス。私の、たった一人の友達だった子よ」

 そうか……あの美しい蒼竜が、彼女の友達だったのか。

 だが、あの『青の暴君』と呼ばれるドラゴンは、勇者パーティとして退治せねばならない明確な理由があった。

 迷宮の森に誤って入った村人たちが、次々とあの竜に殺されたと、村長から直々に依頼クエストを受けていたからだ。

「あのドラゴンは罪のない村人を殺した。だから俺たちは退治したんだ」

「そりゃ、殺されるようなことをしたからよ」

「どういう意味だ?」

 殺されるようなこと?

 村人たちは、凶暴なドラゴンに襲われた可哀想な犠牲者ではなかったのか。

 女魔族は俺を真っ直ぐに見据え、静かに、だが確かな意思を持って言った。

「……ついてきなさい。真実を見せてあげる」

 俺は言われるがまま、彼女の背中を追い、再び迷宮の森の最深部へと足を踏み入れた。

***

 森の奥深く。俺たちは『青の暴君』……いや、サピロスが倒れた場所へと戻ってきていた。

 巨大な竜は既に息絶え、冷たい骸と化している。

 討伐から数日も経っていないため、そのサファイアのような鱗は腐敗することもなく、皮肉なほどに美しい輝きを保っていた。

「サピロス……」

 女魔族の少女は巨大な骸に歩み寄り、ポロポロと涙を流した。

 やがて、そっと涙を拭うと、振り返って俺に言った。

「あそこ……サピロスの骸の後ろに、不自然に盛り上がっている場所があるでしょ」

 言われてみれば、竜の巨体の陰に隠れるように、一部の地面が盛り上がっている。

 討伐した時は戦闘の余韻で全く気づかなかった。

 俺が近づいて調べてみると、そこには土ではなく、加工された石が無造作に重ねられていた。

「石が積まれているな」

「面倒だけど、その石をどかしてごらんなさい。あんたたち人間が欲しがる『面白いもの』があるわ」

 彼女の指示通り、丁寧に一つずつ石を取り除いていくと――。

「こ、これは……」

 なんと、そこには地下へと続く隠し階段が現れたのだ。

 恐る恐る階段を降りると、そこには広めの小部屋が存在していた。

 驚くべきことに、壁一面がサピロスの鱗と同じ、美しい青色の石材で造られている。

「この迷宮の森にはね、遥か昔『サファウダ』という国が栄えていたの」

「サファウダ?」

「大昔に栄えていた国よ。強力な魔導の力を持っていたそうだけど、歴史から完全に消し去られたらしいわ」

「……初めて聞いたな……」

 歴史から完全に消し去られた、幻の王国。

 何故そんな国が歴史の表舞台から葬られたのかはわからない。

 しかし、ここまでの話で理解したことは一つ。

 この広大な迷宮の森に、一つの国が丸ごと存在していたのだろう。

「サピロスは、サファウダの国で飼われていたドラゴン。そして、この場所はサファウダの女王『ブルーニア様』が暮らしていた、お城の跡地だったらしいわ」

「幻の国の女王ブルーニア……やけに内情に詳しいじゃないか」

「サピロスが教えてくれたの。言葉じゃなくて、あの子の記憶を通してね」

 どうやって魔族の少女と古のドラゴンが意思疎通を図ったのか、その経緯はわからない。

 だが、すべての線が繋がった気がした。

 この古代遺跡の伝説を知る村人の一部が、盗掘や墓荒らしの目的でこの森の深部へ侵入した。

 そして、この秘密の部屋を何百年も守り続けてきた『門番』であるサピロスに、排除されたのだろう。

 それが、クエストの裏に隠された真実バックストーリーだったのだ。

「これは……」

 青い部屋を見渡した俺の視線が、祭壇のような場所に置かれた一冊の書物に釘付けになった。

 それは装丁までが深い青色で統一された、古めかしい記録書だった。

 不思議と埃一つ被っていない。

 表紙には何やら文字が書いてあるが、古代の文字のようで読めない。

「もういいでしょう。あんたには特別に真実を見せてあげたけど、これ以上の詮索はやめて。サピロスが浮かばれないわ」

 ラナンの言葉に従い、俺は無言で隠し部屋を後にすることにした。

 だがその時、何かに操られるように無意識のうちにその『青い記録書』を手に取り、懐へと収めていた。

「そういえば……お前の名前を聞いていなかったな」

 階段を上り終え、俺は背中越しに尋ねた。

「敵であるあんたに、教える必要がある?」

「……それもそうだな」

 俺が自嘲し、一人で迷宮の森から立ち去ろうとした、その時だった。

「……待って……」

「……何だ」

「気が変わったから教えてあげる。私はラナン……ラナン・シャルト」

「名前があったのか」

「一応ね。あなたは?」

「俺はガルア……ガルア・ブラッシュ」

「ガルアか、いい名前ね」

「お前のも悪くない。いい名前だ」

 背中へ投げられたその名前を、俺は深く脳裏に刻み込んだ。

 ――ラナン・シャルト。

 彼女の名前を胸に反芻しながら、俺は呪われた装備の異様な重みを感じつつ、迷宮の森を抜けた。

 木々の隙間から差し込む光が、辺りがすっかり夜明けを迎えたことを告げている。

 空はどこまでも青く晴れ渡り、小鳥のさえずりが聞こえる、平和な朝の風景。

 だが、世界の裏側に触れてしまった俺の心は、その青空とは裏腹に少しも晴れ晴れとしたものではなかった。

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