パラレルワールドの使者②
研究機関は三年前に潰れたようだった。使われていた電話番号も今では、通じない。行く道を失った俺は、途方に暮れながらも、調べ続ける。 機関のホームページだったURLが今ではある個人のものとして使用されている事を突き止めた。データーバンクに適合すると、個人情報が全て、明らかになっていく。 椎名南、名前以外の情報は住所と電話番号のみだった。データーバンクがこれ以上の情報は国により守られています、と注意書きを点滅させている。 一人の研究者の情報が機密扱い。そもそもが変だ。データーバンクに辿れない情報はないはずなのに、それ以上、読み取る事が出来ない。「もしかして……この世界にも」 こうなると話は変わってくる。この世界にもデーターバンクと似ているアプリが存在しているのかもしれない。それなら弾く事も出来るのだろう。一個人がアクセス出来ないように、組み換えればいいだけだから。 こうなると記載している住所に行って見るしかないと思った俺は、大事な情報をリュックに収縮して仕舞うと、最初の部屋を跡にした。 庵として空間から存在を許された俺は、彼の記憶を元に、全ての道順を取り込んでいく。人の記憶が鮮明に残っていれば、全てを書き写す事が出来るのだ。悪い思想を持った奴にデーターバンクが渡ると、世界そのものが消滅してしまう。それぐらいの危ない存在だった。 この存在は誰にも気づかれてはいけない。庵の生きた世界でもそれらを阻止する為に、機密扱いになっているに違いないだろう。 数時間歩き続けると、一つの廃墟に辿り着いた。当時は他の人が管理していたのだが、今では椎名が所有者だ。「ここは、まさか」 辿り着くと、かなり建物は朽ちているが、あの事件の記事に添えられていた建物と同じ所だと気がついた。 中に入るには許可がいるが、どうやらイタズラ目的で複数の人が入っているらしい。外から見ても、建物の一部に落書きが添えられている。「……改竄するか」 本人が何処にいるのかを知らない俺は、データパラレルワールドの使者② 研究機関は三年前に潰れたようだった。使われていた電話番号も今では、通じない。行く道を失った俺は、途方に暮れながらも、調べ続ける。 機関のホームページだったURLが今ではある個人のものとして使用されている事を突き止めた。データーバンクに適合すると、個人情報が全て、明らかになっていく。 椎名南、名前以外の情報は住所と電話番号のみだった。データーバンクがこれ以上の情報は国により守られています、と注意書きを点滅させている。 一人の研究者の情報が機密扱い。そもそもが変だ。データーバンクに辿れない情報はないはずなのに、それ以上、読み取る事が出来ない。「もしかして……この世界にも」 こうなると話は変わってくる。この世界にもデーターバンクと似ているアプリが存在しているのかもしれない。それなら弾く事も出来るのだろう。一個人がアクセス出来ないように、組み換えればいいだけだから。 こうなると記載している住所に行って見るしかないと思った俺は、大事な情報をリュックに収縮して仕舞うと、最初の部屋を跡にした。 庵として空間から存在を許された俺は、彼の記憶を元に、全ての道順を取り込んでいく。人の記憶が鮮明に残っていれば、全てを書き写す事が出来るのだ。悪い思想を持った奴にデーターバンクが渡ると、世界そのものが消滅してしまう。それぐらいの危ない存在だった。 この存在は誰にも気づかれてはいけない。庵の生きた世界でもそれらを阻止する為に、機密扱いになっているに違いないだろう。 数時間歩き続けると、一つの廃墟に辿り着いた。当時は他の人が管理していたのだが、今では椎名が所有者だ。「ここは、まさか」 辿り着くと、かなり建物は朽ちているが、あの事件の記事に添えられていた建物と同じ所だと気がついた。 中に入るには許可がいるが、どうやらイタズラ目的で複数の人が入っているらしい。外から見ても、建物の一部に落書きが添えられている。「……改竄するか」 本人が何処にいるのかを知らない俺は、データ
番外編 パラレルワールドの使者① 時空を飛び越え、この世界にやってきた。俺が生きてきた場所は、この世界からしたら、パラレルワールドと言われている。同じ人物達が、複数の世界で生きていき、違う選択肢を選んだ世界から来たのだ。 俺の祖父の名前は庵と言う。俺の知る庵は年齢を重ねる事なく、生きていた。八十年経っても、変わらずの姿に驚きを隠せない自分がいた。 そして数日前、祖父が何者かに狙われ、意識不明の重傷を負っている。余談も許されない状況にいても経ってもいられず、祖父を狙った犯人の目星をつける為に、ここに来た。 世界は違っていても、そこに出てくる重要人物達は変わらない。この世界でも、俺の居場所で存在している人達が、別の人生を歩んでいる。「僕には忘れられない人がいるんだ。彼は僕の事を忘れているかもしれないけどね」 悲しそうに言いながら、遠くを見ていた祖父の瞳が忘れられない。 この世界では男性同士が子供を授かる事が出来ない事実を知った俺は、驚愕した。自分の世界では、男性同士じゃないと子供を作る事が出来ないからだ。人口の殆どは男性になっている。この世界からしたら、不思議な世界なのかもしれない。「とりあえず、調べるか」 何から調べたらいいのかを考えていると、ふと画面に一人の男が出ていた。彼はある組織が作ったある人をモチーフにした人造人間らしい。見ただけでは区別もつかない姿に、何故だか心臓の音が加速し始める。「ザング、お前は僕と同じDNAで作られている。だから彼と出会った時に、僕の指し示す人物が、誰だか分かるだろう」 襲われる一週間前にそんな話をされた事を思い出した。自分の中で感じた事のない感情の違和感が直感に結びつき、教えてくれている。そんな気がしたんだ。「……タミキ、か」 彼の映像の下に紹介文が書かれている。簡潔に書かれている内容を見つめながら、自分の世界から持ち込んだ人物データーバンクをパソコンにインストールしていく。一つのUSBに保存されていた二つの世界の人物のドッキングを始めた。
74話 夢うつつ 目が覚めた僕はウロウロと部屋を行ったり来たりしている。結局、あれから椎名が訪れる事はなかった。気を張っていたのか、寝れていないのが原因なのか、少しだるく感じてしまう。こうやって動いていないと寝てしまいそうで、仕方なかった。何度も扉を開けようとしたが、外から鍵がかかっているようで、閉じ込まれたままだ。椎名が来るまで、外に出れないと思うと憂鬱だが、仕方ない。「遅いな」 部屋に備え付けられている時計は13時を刻んでいる。どうしようと考えている時に、外から物音が耳を刺激する。ガタンと何かを壊しているような音が響きながら、ガチャガチャとドアノブが回り出した。「やっと……見つけた」 そこにいるのは赤髪の男性だった。様子を見る限り、感覚の中で感じるタミキに近い。急な出現に驚きながらも、ぺこりとお辞儀をしている自分がいた。彼にとっては近い存在でも、記憶を失くしている僕からしたら初対面に近い。「庵、会いたかった。もう大丈夫だから……俺らを邪魔する奴はいない」 ギュッと抱きしめられると、脳に電流が走るように痺れを感じた。この感覚を知っている僕は、彼と抱き合う事で、手放していた記憶を取り込んでいく。体感では何十分も進んでいるように感じていたのに、実際は2、3分経っているだけだった。 この人はずっと僕が追いかけ続けていた活動者で、僕の大切な推し様だ。その事を思い出した僕は、彼の温もりを感じるように、何度も抱きしめる。とくんとくんと心臓の音が頬に降り注がれると、安心感が襲ってくる。長い長い夢を見ていた僕は、本当の意味で彼を受け入れる事が出来た瞬間だったのかもしれない。「何処も怪我はないか? もう一人にしないでくれ」 眉を下げながら、悲しそうな瞳で何度も訴えかけてくる。その姿が愛おしくて、可愛らしくて、彼の頬にキスを落としていく。生暖かい頬の感触を感じながら、何度も何度もキスをすると、二人だけの世界が確立していった。この世界は僕とタミキしか存在しない、特別な空間なんだと実感する事が出来たんだ。 涙を零さないように我慢している彼の瞳にキスをし、瞼を舐め
73話 細胞源 プシューと全ての煙を吐き出すように、カプセルが開いていく。自動的に意識が戻ると開くシステムになっているようだった。うつらうつらと眠たそうにしている椎名は、その音で現実に引き戻されると、タミキの様子を確認し始めた。瞼は開いているが、そこには彼の自我が見当たらない。紫色のもやが原因なのかもしれないが、中和剤を打つ事で、元のタミキに戻しつつ、闇を馴染ませるように対処していった。もう一つの残されたカプセルを確認する事なく、作業をしていると背後から誰かの気配を感じて振り向こうとする。 「好き勝手してくれたな。自分が何をしたのか分かっているのか?」 凄い剣幕の南がグッと椎名の首を後ろから絞めながら抵抗を阻止する。軽く締め上げた首にはくっきりと指の跡がついていた。 「やめ……」 自分の力ではない異様な力を肌で実感しながら、手を緩めると、ゴホゴホと咳き込む椎名は、崩れるように床に傾れ落ちていく。二人に吸わせた煙は少し効果は違うが、元々は同じものだった。人間の肉体と精神を改竄する為に、組み込んでいる新しい細胞源をウィルスを使い、作る事に成功してしまったようだった。 近くにあった注射器を自分の血管目掛けて刺すと、濁った血がドバドバと注射器と一体化していく。まるで何時間も経過したような赤黒い血は、南の知っているものとは程遠い存在だったんだ。 顕微鏡を使いながら、細胞の変異を確認する為に、指の肉を削ぎ落としていく。普通なら痛みを感じるはずなのに、何も感じない。切られた指から、ドットの映像のように新しい指が再生されていく。 「これは」 半端ではない再生能力を、手に入れた南は、人間とは呼べない姿へと変わっていく。彼を中心に巻き込んでいく風は、情報の渦だ。見えないものが姿を表しながら、南にこれから行動を起こす事を一つずつ教えようとしていた。グッと右手に力を入れると、怒りの感情が湧き上がっていく。自分の行動で感情が作られていく事を覚えていきながら、受け入れるしか方法がない彼がいた。
72話 終わりと始まる夜 タミキに会ってみたい気持ちが昂っていく。そんな僕を椎名は止めると、今のタミキの状況を説明し始めた。「タミキは仮想空間から出てきて一時は意識があったんです。余波の影響で今は治療をしています。因子を除く事が出来たら、目覚めるのですが、まだ……」 因子とか余波とか分からない内容を口に出している椎名は、ふうとため息を吐くと、瞳の奥が揺らいでいく。心配しているようにも見えるが、その話が本当なのかも分からない。会ってみたいと告げると、仕方ないように治療室へと案内された。そこには大きなカプセルが二つ置いていて、そこにタミキが収納されている。苦しそうな表情を浮かべながら、口をぱくぱくと動かしている。紫のもやは彼を守るように、包み込んでいく。その姿を見ていると、胸が痛んだ。これ以上、苦しそうな彼を見る事に耐えきれない僕は、背を逸らしながら、後ろのカプセルへと視線を注いだ。「もう一人、入ってるんだね」「ええ。その人も同じ状況です。それに比べると、貴方は奇跡ですよ」 椎名の声が上擦って聞こえてくる。まるでこの状況に興奮を覚えているように。僕の事を作品を見るように、観察しながら笑みを浮かべた。「待つ事は辛いですが、明日にでもなれば目を覚ましますよ」「どうして分かるの?」 治療をしているのは理解したが、どうして目が覚めるタイミングが分かるのだろうかと不思議に感じた。まるで自分がそう仕向けているようにも、見えたからだ。事実は分からない、だからタミキの意識が戻ったら、はっきりするだろう。今は、複雑な感情を表に出さないように、保留すると、カプセル越しでタミキに触れていく。冷たさがじんわりと体に伝っていく。 複合施設のように大きい隠れ家は、色々な作業や研究をするのに向いている場所だった。これから自分がここで生活をしていく事になるだろう。どこに何が会って、自分の部屋は何処なのかを知っておく必要があった。 一通り案内されると、疲労感が蓄積されていく。ずっと寝ていたのだから、そうなるのは仕方のない事なのかもしれない。それでも、思った以上の反動に、体が限界を感じて
71話 目ざめた先には 部屋から出ようとすると、コンコンと、ノックの音がした。身を構えた僕はゴクリと唾を飲み込むと、ゆっくり開けていく。「やっと起きたんですね。よかった……一年以上眠り続けていたんですよ」 見た事があるような顔をしている男性が立っている。何処かで出会ったような気がするが、記憶の中には存在しない。思い出そうとすると、吐き気が増していく。「僕の名前は椎名と言います。よろしく」 丁寧な話し方に身構えていた気持ちが少し和らいだ気がした。とりあえず今の状況を把握する為に、彼から話を聞く事にした。 彼の説明を聞いて、長い年月過去の体験を繰り返す為に仮想空間に閉じ込められていた事を理解する。本来なら記憶はそのまま、残るはずだと言うのだが、今の僕には記憶なんて残っていない。ジリジリと焼けていく熱さが喉から広がっていく感覚がする。時々、自分の声が電子音のように作られた者に変わっていくように聞こえてくる。「さっきから喉が変なんだ。ジリジリして熱くて……」 初対面の人にこんな事を言うと、怪訝な目で見られるかもしれないと思った。それでも違和感を感じる事はなるべく伝えて欲しいと言われたので、伝えたんだ。 彼はまるで医者のように診察を始める。素人から見ても、症状の理由なんて分かるはずないと思いながらも、椎名に合わせていく自分がいる。「バグを発生させた事で体に影響が出ていますね。こちらではウィルスのようなものです」「ウィルス?」 彼は僕を置き去りにして、淡々と話始める。内容からして専門用語が多いのだけど、素人の僕には掻い摘むぐらいしか理解出来ない。「インフルエンザとか?」「現実世界のものではないですね。大量のデーターとして流れてきた情報が貴方の精神に干渉したんでしょう。現実的な病原体ではなく機械的なウィルスですね。誰かが作ったウィルスが仮想空間にばら撒かれ、貴方にも影響していると言う事ですよ」 非現実的な事を口走る椎名を見ていると、自分は騙されているんじゃないかと疑ってしまう。それでも彼の口調と